【10】敗走する疾風
脚部スラスター損傷により推力が低下しているローゼルのオーディールM3にアイカのガン・ケンが迫る。
蒼い可変型MFは両腕のビームシールドを展開し防御態勢に入っていたが、ビームソード二刀流の格闘攻撃を受け切れる状態とは言い難い。
「ッ! 仲間はやらせないッ!!」
ローゼル機が不安要素を抱えたまま交錯するかと思われたその時、彼女の視界に蒼い機影――ヴァイルのオーディールM3が飛び込んでくる。
「ぬぅぅぅぅぅぅッ!!」
ガン・ケンが振り下ろした2本のビームソードによる強烈な一撃をフルパワーのビームシールドで受け止め、出力差で押し切られないよう蒼い光の盾を維持し続けるヴァイルのオーディール。
莫大なエネルギーの奔流に晒されている両腕の装甲が溶けていくが、仲間を背にしている以上は絶対に退けない!
「う、ヴァイルさん……ッ!」
「くッ! 自らを僚機の盾にするかッ!」
その決意と覚悟がもたらす圧倒的防御力には庇われたローゼルのみならず、渾身の一撃を止められたアイカも敵ながら驚愕の声を上げる。
ヴァイルは自らの危険を顧みず大切な戦友を守ろうとしたのだ。
「ブフェーラ1、アタック!」
そして、仲間想いの優しい心に応えるようにオールレンジ攻撃を捌き切ったリリスも加勢し、赤黒い大型MFの攻撃動作を止めるべくビームソードを振りかざす。
「くそッ! 今回はここまでか……!」
ブフェーラ隊隊長の鋭い一閃をかわしたアイカは想定戦術が崩れたことで各個撃破は不可能と悟り、本来は6機編成である"蒼い悪魔"が増える前に撤退を図る。
「(しかし、我々の作戦目標は既に達成された。革命の第一撃は人々の目を覚まさせることだろう)」
これは敗走ではない。
むしろ"軌道エレベーターの占拠"という作戦目標をほぼ達成した以上、アイカが所属する勢力は勝利していたのだ。
「ゲイル1、シュート!」
「ゲイル3、シュートッ!」
防衛戦の大勢が決した頃、マイクロミサイルを発射しながらゲイル隊のセシルとアヤネルのオーディールM3が戦闘に加勢する。
ガン・ケンと戦っているうちにブフェーラ隊の方が遠くに離れ過ぎていたらしい。
「遅いぞッ! 今からアイツを畳み掛けるッ!」
「いや、深追いするなリリス! 敵増援が来る!」
遅すぎる援軍を確認したリリスは赤黒いMFとの第2ラウンドに意気込むが、珍しく気合が入り過ぎている親友をセシルは引き止める。
彼女が作戦行動中に僚機を名前で呼ぶことも同じぐらい珍しかった。
「エネミー、インバウンド! ……敵機多数!」
ブフェーラ隊の面々を庇うように突出したアヤネルは機上レーダーで敵増援を捉え、その数がとにかく多いことを報告する。
機影の内容は無人戦闘機やバイオロイド専用MFといったこれまで戦ってきた相手のようだが、如何せん数が多すぎる。
「("マスターマインド"め……余計な気遣いをしてくれる)」
元々自分のために用意されていた手駒を勝手に動かしたであろう"マスターマインド"なる同志の判断に肩を
「――スカイロジックより全機、直ちに戦闘を中止し作戦エリアより離脱せよ!」
対するオリエント国防軍側もこれ以上の戦線維持は不可能と判断したのか、
「何ですって……!?」
「国防軍総司令部からの命令よ! 司令部は軌道エレベーターの防衛を断念した!」
機体にダメージがあるにもかかわらずローゼルはまだ戦えると思っているようだが、国防軍総司令部の命令にはスカイロジック含めて誰も逆らうことはできない。
現在の総司令官レティ・シルバーストン元帥は実戦経験豊富で現場への理解が深く、ゆえに前線の将兵達からは信頼されている人物。
おそらく、オリエント連邦政府と協議した上での苦渋の決断だと信じたい。
「……事実上の戦術的敗北か」
「くそッ……!」
しかし、どのような事情であれ軌道エレベーターの防衛に失敗したという結果に変わりは無い。
兵装が足りない状態での戦闘を余儀無くされたとはいえ、期待されていた"戦線の復活"を果たせなかったことにヴァイルとリリスは悔しさを露わにする。
「各機、我々もスカイロジックの指示に従い撤退するぞ。あの大軍を相手取るのはさすがに無理だ」
一方、同じように悔しさを感じながらもセシルは中隊長として冷静に状況を受け入れ、敵増援に包囲される前に部隊を180度転進させる。
素直に敗北を認め、尻尾を巻いて逃げる潔さも時には必要だ。
「スレイさんの姿が見当たらないようですが?」
「彼女は護衛退避の随伴機として先に帰投させた。私たちも全員で無事に帰らないとな」
損傷した乗機を労わるように操縦しているローゼルからの質問に淡々と答えるセシル。
考えるべきことは沢山あるが、今はとにかく基地に戻り3年ぶりの実戦のプレッシャーから解放されたかった。
9月のオリエント連邦は日の出・日の入り共に中緯度以下の地域より遅い時間となる。
ゲイル及びブフェーラ隊がヴワル統合軍事拠点へ戻って来た時、秋空はようやく日が傾き始めたといった感じでまだまだ明るかった。
「ゲイル1、着陸進入を許可する。無事に帰って来たんだ……最後の最後でしくじるなよ」
僚機たちに順番を譲っていたセシルのオーディールM3は最後まで空中待機を続け、管制塔の許可が下りてから滑走路に向けてアプローチを開始する。
「了解。H.L.D(高揚力装置)アクティベート、ギアダウン」
滑走路上に他機がいないことを目視確認しつつ、低速域での安定性を高めるH.L.Dと呼ばれる機構を作動させながら降着装置を展開するセシル。
ファイター形態のオーディールは中高速域を重視した操縦性となっているため、離着陸時の速度域では他のMF以上に挙動の変化に注意する必要があった。
「ゲイル1、オートランド機能は使わないのか?」
「今回は練度維持のために手動で着陸する」
量産機としては少々厄介な機体特性が目を瞑られたのはオートランド機能――自動操縦による着陸・着艦が可能だからだが、管制官の勧めにもかかわらずセシルは完全マニュアル操作で着陸に臨む。
彼女はオーディール系列機に乗り慣れており、失速速度など愛機のスペックは全て頭に叩き込んでいた。
「了解した。管制塔の誘導に従い着陸進入を開始せよ」
その卓越した操縦技術をよく知っている管制官は無理強いをせず、蒼いMFの機影を目視確認しながら完全マニュアル操作に対応した着陸誘導を行う。
「着陸まで5マイル」
5マイル(約8km)離れた場所からでも一目で分かる。
管制官の指示や飛行場側の着陸支援施設があるとはいえ、蒼いMFの着陸進入はまるで機械のように寸分の狂いも無く正確だ。
「着陸まで3マイル――進入コース、適正」
3マイル(約4.8km)地点でも降下角度・速度共に理想的な数値を示しており全く問題は無い。
全てのパラメーターを確認した管制官はその状態を維持し続けるよう求める。
「100、50、30、10……タッチダウン」
ヴワル基地の長大な滑走路が間近に迫る。
セシルは滑走路までの高度を声出し確認しながら右操縦桿を少し引き、機首上げ姿勢の状態で主脚から柔らかく接地。
そのまま推力を絞りつつ降着装置のブレーキを掛けることで減速を開始し、機首上げの自然解消及び前輪の接地を待つ。
「離陸も着陸も完璧だな、ゲイル1」
離陸時の鋭い急上昇とは対照的なソフトランディング――。
事故とは無縁の信頼できる操縦技術に管制官も満足げな笑顔を浮かべていた。
「(あの機体は……よかった、この基地まで退避して来たんだな)」
ふと格納庫の方へ視線を移したセシルは見覚えのある機体が複数駐機していることに気付く。
本来は軌道エレベーター防衛部隊所属と思われるMFや戦闘機――そして、空中給油時に世話になったIl-96-600TZも格納庫に入りきらない状態で屋外待機していた。
「ゲイル1、誘導路への進入を許可する。Dハンガー手前までタキシングせよ」
「了解。H.L.Dディアクティベート、ブレーキリリース」
管制官からの指示に従いタキシングへ移行するセシルのオーディール。
着陸したら必要無いH.L.Dをオフにしつつ降着装置のブレーキを緩め、スラスター噴射の勢いで地上を走行する。
可変型MFの降着装置はディスクブレーキが付いているだけの車輪であり、自動車のように動力を伝達する機構は無い。
「アリアンロッド上級大佐、あんた宛てに伝言を預かっている」
何百回もこなしており慣れているとはいえ、それなりに気を使う着陸を終えて一息つけるといったところで管制官から声を掛けられる。
「何だ?」
「『セシル・アリアンロッド上級大佐は基地へ帰投次第、国防軍総司令部レティ・シルバーストン元帥の所へ出頭せよ』――だそうだ」
怪訝そうに首を傾げるセシルに対し"伝言"とやらの内容をそっくりそのまま伝える管制官。
「……何も心当たりは無いぞ」
国防軍の最高司令官に叱責されるようなことは何もしていないと弁明するセシル。
「(私の長期療養中に創設されたという、あの特務部隊に関する話かもしれない)」
いや、心当たり自体が無いわけではなかった。
口頭注意以外でセシルが総司令部に呼び出されそうな理由のうち、現時点で可能性が高いものが一つだけあった。
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