【12】革命の角笛

 ヴワル統合軍事拠点の海軍専用区画はヴワル海軍基地をそのまま流用した施設。


同基地は世界唯一の"内陸部に位置する軍港"として知られており、航空機並みの飛行能力及び宇宙航行能力を備える"全領域艦艇"を艦隊規模で収容可能な超巨大ドック(コンクリート製ブンカーによる防壁付き)を有している。


短距離戦術打撃群にとっては前身の第17高機動水雷戦隊時代からの母港であった。


「ようこそ! 短距離戦術打撃群旗艦"アドミラル・エイトケン"へ!」


艦船側から岸壁に向かって伸びるタラップの上でアドミラル・エイトケンの艦長、メルト・ベックス大佐は新たな乗組員を敬礼で出迎える。


「まずは少将の私室として用意された部屋までご案内いたします。迷子にならないよう付いてきてくださいね」


「空軍将校の私が言うのも何だけど、良いふねね……前の戦争で大破着底したという話が信じられないぐらいには」


艦の最高責任者たるメルト艦長が直接出迎えるほどの人物とは、短距離戦術打撃群参謀――現場における最高指揮官に任命されたカリーヌ・アリアンロッド少将。


カリーヌは"オリエント国防空軍からの出向"という形式でアドミラル・エイトケンに乗り込み、短距離戦術打撃群が参加するあらゆる任務で指揮を執る。


彼女は前の戦争の時はヴワル空軍基地の司令官を務めていたため、世界を転戦し最後は月で大破着底した武勲艦を間近で見るのは初めてだった。




 メルトとカリーヌ――。


元々二人は後者の妹セシルを通して互いに顔見知りであったが、艦内通路を歩いているうちにすぐに意気投合することができた。


「大変でしたよ……停戦合意成立後すぐに現地で応急修理を行い、曳航可能な状態にしてから1か月掛けてオリエント連邦所有のスペースコロニーへ入港」


7歳年上の少将から前の戦争の武勇伝をせがまれ、メルトは月面で大破着底したアドミラル・エイトケンを地球へ帰還させた時の苦労を振り返る。


疲れ果てた乗組員たちの士気を維持し、限られた資材で艦を応急修理するのは最終決戦と同じぐらい大変だったかもしれない。


ルナサリアン戦争では少なくない艦船が喪失したため、少しでも戦線復帰できる可能性がある損傷艦は放棄したくないという軍上層部の判断だった。


「そこでの大気圏突入に耐えるための2度目の応急修理を経て、ようやくこの基地まで帰って来られたって感じです」


2度の応急修理と月~スペースコロニー間の移動に費やした期間は合計3か月に達し、メルトとアドミラル・エイトケンが母国凱旋を果たしたのは戦争が終わった年の12月末であった。


「今は実戦配備可能な状態まで復元されているのよね?」


「はい、母港での本格的なオーバーホール修理に際して大規模な近代化改修も実施されており、3年前よりも作戦遂行能力は32%向上しています」


だが、その苦労の甲斐あってアドミラル・エイトケンは無事にドック入りすることができた。


カリーヌの懸念を払拭するかのようにメルトは搭乗艦の現況を伝える。


彼女によると応急修理では対応できなかった部分の本格的な修理と同時に戦訓を取り入れた近代化改修が行われ、怪我の功名とでも言うべき大幅な性能向上を果たしたという。


この改修では特に短距離戦術打撃群の創設を見越した指揮通信能力の強化が図られたため、非公式ながら艦種名も"きょう導型重雷装ミサイル巡洋艦"へと変更されている。


「それは頼もしいわね」


入隊以来空軍一筋のカリーヌは艦船に関する高度な専門知識は持ち合わせていない。


しかし、武勲艦を最高の状態で戦線復帰させるために海軍関係者たちが尽力してくれたことは十分に理解できていた。




「ここが少将に利用してもらう部屋です。あなたが空軍基地の執務室で使っていた仕事道具も運び込ませているので、今すぐにでも仕事に取り掛かれますよ」


艦内を歩き回ること数分後――。


乗員室区画にあるドアの前でメルトは立ち止まり、ここがカリーヌに宛がわれた部屋だと説明する。


カリーヌは軍事機密を扱える高級将校なので、階級に見合った待遇と機密保持の観点から個室を与えられることになった。


無論、万が一の場合は艦の最高責任者であるメルトにもカリーヌ含む乗組員の私室への強制立ち入りが認められている。


「ありがとう。でも、その前にブリッジやCIC(戦闘指揮所)――それと航空機格納庫も見せてもらおうかしら」


ドアを開けて部屋の中にキャリーケースを置いたカリーヌだったが、彼女は部屋から戻って来るなり"今後仕事で利用することになる場所を見ておきたい"とねだり始める。


階級が上である自分の命令にメルトが逆らえないことを知ったうえでワザとやっているに違いない。


「セシル――あ、いえ……セシル上級大佐たちの機材が気になりますか?」


「フフッ、私も昔はドライバーとして腕を鳴らしていたからね」


航空機格納庫に言及された時点で本心を察したメルトの指摘に対し、こう見えても昔はエースドライバーだったのだと自慢げに胸を張るカリーヌ。


「……もう私はMFには乗れない。だから、航空戦は妹たちに頑張ってもらわないと」


生真面目で堅物なセシルよりも明朗快活なカリーヌでも愁いを帯びた表情を見せる時はある。


操縦資格の失効に加えて彼女は"コックピット恐怖症"を患っており、法律的にも体調的にもMFに乗り込むことはできなくなっていた。


だから、7歳年下にして自分よりも遥かに才能溢れる妹に夢を託したのだ。




「ええ……彼女たちには前の戦争で何度も窮地を救ってもらいました」


図らずも姉の想いを背負うカタチとなったセシルは瞬く間に頭角を現し、やがてオリエント国防空軍最強のエース部隊を率いるエースドライバーという地位を不動のモノとする。


その圧倒的な戦闘力による航空優勢の確保には度々助けてもらった――とメルトは述懐しながら微笑む。


セシルのゲイル隊がいなければ撃沈されていたかもしれない場面も決して少なくなかった。


「現時点では短距離戦術打撃群はゲイル隊とブフェーラ隊に航空戦力を依存しています。あえて言葉を選ばずに言うなら、彼女たちに戦闘効率を高める手段を提供することが我々海軍の役割であります」


そして、今の短距離戦術打撃群には航空母艦はおろか航空巡洋艦すら配備されていないという点も変わらない。


本来ならば固定翼機を搭載可能な航空巡洋艦が編入されるはずだったが、残念ながら同艦の準備を出港予定日時に間に合わせることは難しそうだ。


もっとも、軍上層部はおろかメルト自身でさえ短距離戦術打撃群の中核はゲイル及びブフェーラ隊だと認識しているため、艦隊の定数割れについてはあまり問題視していないのだが……。


「そんな寂しいこと言っちゃダメよ? 私たち空軍軍人はあなたたち海軍の所有物に居候させてもらう立場なんだから」


立場のわりには謙遜的過ぎる言動に思うところがあったのか、カリーヌはメルトの額を人差し指で軽く突きながら"過度に自分を卑下するな"と優しく窘める。


オリエント国防軍は伝統的に空軍を寵愛してきた歴史があるとはいえ、公的には陸海空軍及び海兵隊は対等な関係とされている。


「所属は違えど私たちは同じオリエント国防軍の軍人。困難に直面した時は協力して立ち向かいましょう」


「……ありがとうございます」


オリエント国防軍の花形と云われる空軍の元エースドライバーの紳士的な対応に思わず感極まり、嬉し涙を我慢し感謝の言葉を絞り出すことしかできないメルト。


「あなたたちの居場所はあの子たちが守る。そして、あの子たちの帰る場所はあなたたちに守ってもらう」


空軍がいなければ海軍は制空権が確保できない。


海軍がいなければ空軍は洋上を拠点とした作戦行動ができない。


オリエント国防軍という同じ旗の下、お互いの弱点をフォローし合わなければならないとカリーヌは説く。


「みんなに愛されるこのふねは絶対に沈めさせない。みんなが信頼してくれるあの子たちは絶対に死なせない」


オリエント国防軍の至宝たるアドミラル・エイトケンとゲイル隊は絶対に生き残らせると誓いを立てるカリーヌ。


「必ず約束するわ」


かつて所属部隊が壊滅する中で自身も重傷を負いながらも、一人だけ死ねなかった彼女なりの過去に対する贖罪だったのかもしれない。




 国際連合――。


ルナサリアン戦争による本部壊滅を経てオリエント連邦・ルドヴィレ市に移転したこの国際機関は同時多発テロの標的とはされなかったが、隣接するヴワル市の重要施設は奇襲攻撃に晒されたため間一髪ではあった。


「――私たち国際連合はレヴォリューショナミーによる卑劣なテロ行為を厳しく非難すると同時に、安全保障理事会決議に基づき国際社会に協力を求めるものと――」


テレビの中では現在の国連事務総長ソイニ・リストライネン氏による緊急会見が放送されており、彼は国際社会その物を鼓舞するように"新たなテロリズムには屈しない"と熱弁を振るっている。


「人類共通の脅威が現れた時だけはこれ見よがしに協調路線を取る――ご都合主義な展開は相変わらずね」


その報道特別番組を遥か遠い宇宙から視聴している女が二人。


うち一人は同胞たる地球人が普段は内輪揉めに終始していることを知っているため、自らが加担したテロリズムに対する団結力も一時的なモノで一枚岩にすらなれないだろうと嘲笑う。


「しかし、我々の意志はこの世界を繋ぐ数多あまたのマスメディアのセンセーショナルな報道によって十分過ぎるほど伝えることができた」


だが、世界情勢の混迷化による国際社会の分断はあくまでも個人的な野望。


地球人の女は表向きは"レヴォリューショナミーの重要人物"としての振る舞いを重視する。


「そして、これで私たちは正真正銘の"世界の敵"となった」


彼女の発言にもう一人の女――黒毛のウサ耳が特徴的なルナサリア人の女も同意し、今後予想される激戦に思いを馳せるように天井を見上げる。


「それでいい……それでいいのよ、スズヤ。あなたの祖国を逆侵攻によって蹂躙した地球の国々と、それに屈して傀儡かいらい政権と成り果てたルナサリア共和国を正しい方向へ軌道修正するには"革命"あるのみ」


地球人の女はルナサリア人の女をあえて本名――ヨミヅキ・スズヤの名で呼び、憎しみの炎を宿したその心に少しばかりの燃料をくべる。


彼女とスズヤはルナサリアン戦争の頃からの知り合いであり、降伏勧告に従わず国外逃亡した後者を前者が匿って以来、なし崩し的に行動を共にするようになっていた。


「……その名前で呼ばないでください、"マスターマインド"。今の私は"カグヅチ"です。それ以上でもそれ以下でもない」


世界への宣戦布告の際に着けていた下半分を切った般若面を外し、3年前と変わらぬ素顔を見せながらも地球人の女――"マスターマインド"と同じく自分は名前を捨てた存在だと述べるカグヅチことスズヤ。


実態は国際テロ組織であるレヴォリューショナミーでは機密保持の一環として、主要人物に固有のコードネームが与えられている。


「フフッ、そうね……我々は名前を捨てて革命に殉ずる者共。始まりという名の終わりを目指し、終わりという名の始まりへと旅立つ時が来た」


マスターマインド――英語で"黒幕"という意味のコードネームを名乗る彼女の正体はライラック・ラヴェンツァリ。


高能力人工人間バイオロイドを作り出し、二度にわたり娘たちを含む地球人類と敵対した地球の裏切り者。


「世界は変わる。私たちが開かんとしている最後の扉によって……」


彼女がスズヤを気に掛けていることは事実だとしても、元ルナサリアン皇族親衛隊隊長への助力は野望達成を見据えた通過点でしかなかった。

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