【7】軌道エレベーター

Date:2135/09/19

Time:14:42(UTC+6)

Location:Space Elevator STELLVIO,Olient Federation

Operation Name:-


 軌道エレベーター"ステルヴィオ"――。


オリエント連邦・ヴワル市北東部に存在する、同国が持つ技術力及び経済力の集大成として建造された世界一の高さを誇るメガストラクチャー。


今、地上と宇宙を繋ぐ交通の要衝は運用開始以来最大の危機に直面していた。


「こちらAWACSエーワックススカイロジック、現在も作戦行動中の機体は状況を報告せよ!」


「航空戦力の約40%を喪失している! これ以上は戦線を維持できない!」


戦闘空域の遥か後方から防空戦を支援している早期警戒管制機――コールサイン"スカイロジック"の問い掛けに応答できた戦闘機パイロットの報告を聞く限り、戦局は全くもって芳しくない。


高性能機と優秀な人材で構成されているはずの軌道エレベーター防衛部隊が苦戦を強いられている。


「弱音を吐かないでッ! あなたたちが守っているのは軌道エレベーターなのよッ!」


「じゃあ、なんでスパイラルやスターメモリーが攻撃してくるんだ!? ウチの機体じゃないかよ、ええッ!?」


最前線の兵士たちと同じぐらいこの状況に苛立っているスカイロジックのオペレーターは珍しく声を荒げるが、MFドライバーも負けじと目の前で起きている異常事態について聞き返す。


ルナサリアン残党やかつて軌道エレベーター建設に反発していたアメリカ合衆国による攻撃ならまだ納得できる。


しかし、敵航空戦力の中にはなぜか"RM5-21 スパイラルⅡ"や"FA21α スターメモリーα"といったオリエント連邦製MFが多数紛れ込んでいたのだ。




「こっちのレーダーでは識別信号を正確に把握しているわ! その情報を戦術データリンクで共有しているんだから、それを見て迎撃しなさいな!」


現代のIFF(敵味方識別装置)は高度な情報ネットワークと接続されており、通常の作戦行動において誤認識を起こすことはほぼ無い。


しかも、"昨日の友が今日の敵"になったとしても暗号化キーを変更することで即時対応できる柔軟性も備えている。


自分自身の思い込みよりもIFFの正確性を信じろ――。


スカイロジックは"敵対勢力ならば迷わず撃て"と味方機たちに奮起を促すが……。


「地球人同士で殺し合えってのか! ああッ、チクショウ――!」


だが、そう簡単に割り切れるものではないのかもしれない。


AWACSとの会話に一瞬だけ気を取られたMFドライバーは僅かな隙を突かれ、よりにもよって同じ地球人が乗っているかもしれない日本製MF"晴嵐22型甲"の攻撃を被弾。


その直後に撃墜されてしまったのか通信が途絶え、軌道エレベーター防衛部隊所属の"RM5-25B オーディールB型"が黒煙を吐きながら墜落していく。


「一機やられた! 向こうは本気で仕掛けてくるぞ!」


「くそッ! 同士討ちのリスクを考慮すると迂闊に手を出せん!」


軌道エレベーターを襲撃してきた航空戦力には地球製MFが多数含まれていて、尚且つ搭乗者が明確な敵意を持っていることが分かった。


しかし、IFFが機能しているとはいえ敵にオリエント連邦製MFが混じっているため、同士討ちを恐れて攻め切れない者も少なくない。


「同胞なら模擬戦闘で手の内が分かるはず――なのはお互い様ってわけね」


中でも特に厄介なのはオリエント国防軍を離反したと思わしき連中だ。


奴らと軌道エレベーター防衛部隊は似たような戦法を取っていることもあり、互いに決め手に欠ける状況が続いていた。


「援軍はまだか!?」


「どこの基地も同時多発的な奇襲への対応に追われているわ」


自軍のパイロットやドライバーたちの悲痛な声にスカイロジックは厳しい現実を伝え返すことしかできない。


軌道エレベーター奇襲のカモフラージュが目的なのか、オリエント連邦各地に点在する主要軍事基地も小規模な空襲に晒されていたのだ。


軌道エレベーターから比較的近い空軍基地であるヴワル基地やラッツェンベルグ基地も空襲を受け、まずは自分たちの頭上に迫る敵機の迎撃及び防衛態勢の構築を優先していた。


「……でも、呼び出せる中では一番強い面子が要請に応じてくれた。全機、もう少しだけ持ちこたえてちょうだい」


幸いにもオリエント国防軍最大の規模を誇るヴワル基地は空襲を自前の航空戦力で凌いだらしく、総司令部からの命令によりその部隊が軌道エレベーター防衛戦に参加してくれるという。


彼女らが何者なのかスカイロジックはよく知っていた。


「(到着予定時間をオーバーしている……何をやっているのよ、ゲイル隊!)」




 到着予定時間から遅れること約1分後――。


空中給油中を狙った奇襲を退けたゲイル及びブフェーラ隊は、軌道エレベーター周辺の様子が視認できる距離まで近付いていた。


「これより戦闘空域に入るが……かなり混戦のようだな」


「どっちが優勢なんだ? ここからじゃよく分からない」


編隊を組む両部隊はそれぞれの小隊長であるセシルとリリスを先頭に戦闘空域へと進入する。


激しい航空戦の様子が見えているとはいえ、この距離だと具体的な状況確認はまだ難しそうだ。


「ウチの軍の反応? どこの味方部隊だ?」


「気を抜かないで! IFFを偽装している可能性もある!」


「誰か識別信号を確認してくれ!」


ルナサリアン戦争で大活躍した絶対的エース部隊の参戦に狂喜乱舞するかと思いきや、軌道エレベーター防衛部隊の兵士たちは明らかに混乱していた。


混戦の中で同士討ちでも起きたのだろうか?


「味方部隊が押されているみたいですわね……それにしても随分と慌ただしいようですが」


「……各機、交戦を許可する。今回は味方機もかなり多い。フレンドリーファイアには気を付けろ」


味方部隊の通信を傍受したローゼルが異常を察知する中、セシルは躊躇うこと無く戦闘空域へ突入しつつ交戦許可を出す。


彼女は"周囲からエース部隊として扱われている自分たちが加勢すれば落ち着くかもしれない"と判断したのだ。


「了解! ゲイル3、交戦エンゲージ!」


「やっと来たわね! 90秒遅れているわよ!」


やる気満々なアヤネルの啖呵が聞こえたことでスカイロジックはようやく"一番強い面子"の到着に気付き、頼れる味方の参戦を歓迎すると同時に実戦では許容できないレベルの遅刻について釘を刺す。


「ゲイル1よりスカイロジック、これより我が隊は貴機の管制下に入る。遅刻した分は行動を以って取り戻す」


90秒という時間の重要性を理解しているセシルは言い訳はせずAWACSの管制下に入ることを宣言。


「仕方ないでしょ、空中給油中に襲撃されて抗戦したんだから」


意外と口下手な彼女に代わって遅刻理由を説明したのは、先ほどの一件について愚痴り始めたスレイであった。




 オリエント国防軍が使用している戦術データリンクシステムの情報が更新され、オリエント国防空軍各機のレーダー画面にゲイル及びブフェーラ隊の機影を示す光点が表示される。


「戦術データリンクが更新された……ゲイル隊だ! 援軍はゲイルとブフェーラ!」


援軍の所属が判明した瞬間、苦戦を強いられていたオリエント国防軍の戦闘機パイロットは歓喜の声を上げる。


ルナサリアン戦争で活躍したゲイル及びブフェーラ隊の勇名は広く知れ渡っていた。


「"蒼い悪魔"が紛れ込んだようだ! 警戒しろ!」


無論、それは軌道エレベーターを襲撃している敵対勢力の者共も同じだ。


オリエント国防軍の通信を傍受したアメリカ人と思わしきMFドライバーは同志たちに警戒を呼び掛ける。


「3年前に殺された戦友たちの無念、そろそろ晴らさせてもらう!」


「下手に戦場を荒らすなよ。"ダークナイト"の邪魔になる」


敵対勢力の中には3年前の戦争にも参加していたルナサリアン残党もいるようだが、仇敵の登場に殺気立つ彼女を別のMFドライバーが冷静にいさめる。


どうやら、敵対勢力の快進撃の要因は"ダークナイト"なる秘密兵器だかエースだかにあるらしい。


「AWACS、味方が苦戦しているエリアがあれば教えてほしい。そこの敵戦力を優先的に叩く――そうでしょう、リリス大佐?」


「今日はやけに頭が冴えるじゃないか、ブフェーラ3。ちょうど私も同じことを考えていた」


おそらく、エース部隊には敵エースにぶつかる役割が与えられるだろう。


ヴァイルの意見具申をリリスはニヤリと笑いながら受け入れる。


「方位0-2-2、防衛部隊用飛行場の周囲で活発に動いている敵機がいる」


考えを先読みされていたスカイロジックは改めてゲイル及びブフェーラ隊に求められる役割を伝える。


今回の敵航空戦力は全体的に手強い印象だが、その中でも特に厄介そうな敵エースに対処してほしいようだ。


「迎撃機が戦闘態勢に入る前に叩く算段か」


「離陸時に頭上を押さえられるとさすがに厳しいわね……」


問題の敵機の意図を察したアヤネルとスレイは二人揃って悩ましい表情を浮かべる。


航空機搭乗員として離陸時を狙われるしんどさは十分理解できる。


「ええ、飛行場も空襲で少なくない被害が出ている。制空権奪還は最優先課題の一つよ」


「了解した。各機、針路を0-2-2に取れ。邪魔な敵だけを叩きながら飛行場方面の友軍支援に向かう」


スカイロジックから与えられた指示内容を把握したセシルは軌道エレベーター北東側に針路を取り、大将首を狙ってくるであろう敵機に注意しつつ愛機オーディールM3を加速させる。


「気を付けてね。さっき言った"活発な敵機"は我が軍のデータベースに当該機が存在しない――つまり、私たちにとって未知の新型MFである可能性が高いわ」


前の戦争でルナサリアンという未知なる敵に対して臆せず立ち向かったゲイル及びブフェーラ隊の実力はよく知っている。


それを踏まえたうえでスカイロジックは油断しないように注意を促すのだった。

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