【6】REFUELING

 ヴワル基地の防衛を別の部隊に任せたゲイル及びブフェーラ隊は、軌道エレベーター"ステルヴィオ"の救援へ向かうべく針路を北東に取っていた。


基地に戻る余裕が無かったため弾薬補給はできなかったが、推進剤については飛行しながら補給を行う空中給油機を手配してもらえることになった。


「ゲイル1、貴機のチェックを実施し給油態勢を取れ」


「こちらゲイル1、了解」


ランデブーポイントでゲイル及びブフェーラ隊と合流したIl-96-600TZ空中給油機――コールサイン"スカイネクター"は各機に対し手際良く燃料補給を行い、最後にセシルのオーディールM3への給油準備に入る。


セシル機が一番最後となったのは部隊内で最も操縦技術に優れており、ポジショニングに手間取る可能性が低いためだ。


「残り50m」


空中給油機側のオペレーターの誘導の下、丁寧且つ迅速な動きで機体を調整するセシル。


オリエント国防空軍が戦闘機・MF共通で採用しているのは"プローブ・アンド・ドローグ"と呼ばれる、給油機から曳航される燃料ホースに受油機が直接近付いて接続する方式。


関連装置を小型軽量化できるのがメリットだが、受油機の搭乗員には誤って空中衝突しない程度の操縦技術が求められる。


なお、MFの場合は航空燃料の代わりにE-OSドライヴ用の粒子と推進剤を充填されることになる。


「残り25m――ポジションキープ」


重くて大きいIl-96の後方では強い乱気流が発生するため、その影響を特に受けやすいMFはこれ以上接近できない。


燃料ホースが最大限に伸び切っている中、蒼いMFが定位置に就いたことを確認したオペレーターはポジションキープを求める。


「接続確認! 完璧だ、ゲイル1!」


Il-96の燃料ホース先端部(ドローグ)とオーディールM3の受油装置(プローブ)が接続されたことを再確認し、手元のコンソールパネルを操作し始めるオペレーター。


彼は機長及び副機長の後方――かつて存在した航空機関士という乗務員と同じ位置に座っており、給油装置の操作以外にも必要に応じて機長たちの補佐を行う。


「これより空中給油を開始する」


各パラメータを入力し終えたオペレーターがスイッチを押せば、後は自動化が進んだ給油装置が必要量の充填をやってくれるのだ。




「ステルヴィオへの空襲がマジだとして、一体どこのどいつが全世界を敵に回すようなことをやるんだ?」


隊長機が空中給油を行っている間、沈黙に耐えかねたアヤネルが口を開く。


軌道エレベーターはオリエント連邦と国交締結している全ての国が利用可能な交通施設にして、宇宙太陽光発電で得られた電力を地上へ送る重要インフラ。


その発電量は人口約2000万人のオリエント連邦にとってはむしろ供給過多であり、余剰電力の一部は周辺諸国やエネルギー資源が乏しい先進国に輸出されている。


軌道エレベーターの機能不全により不利益を被る国が多いことを考えると、同施設に対する攻撃が他国の軍事作戦である可能性は低い。


「タイミング的に一番怪しいのはレヴォリューショナミーだろう。例の電波ジャックは最初から宣戦布告のつもりだったのかもしれない」


「しかし、現状では奴らの組織に関する情報が少なすぎますわ」


リリスは約1時間ほど前に全世界へ宣戦布告を行ったレヴォリューショナミーの犯行だと推測したが、ローゼルは情報不足を理由に慎重な見解を示す。


「防衛部隊との通信が途絶えているという報告も気になるわね。私たちが間に合えばいいんだけど……」


「この国の防空網を潜り抜け、内陸部の奥深くまで侵入できるほどの強敵――か」


突然の奇襲攻撃にオリエント国防軍も混乱しているのか、レヴォリューショナミーの宣戦布告以来情報は錯綜していた。


その状況下で奇跡的に入手できた信頼性の高い情報――軌道エレベーターが既に陥落している可能性にスレイとヴァイルは不安の色を隠せない。


「ぜ、前方より所属不明機接近! IFF(敵味方識別装置)への応答ありません! 敵機ですッ!」


そして、彼女たちの心配はすぐに現実のものとなる。


レーダー画面で自分たち以外の航空機の存在を確認したIl-96の副機長が前方を注視すると、その視線の先に所属不明機らしき小さな機影があった。




 ロシア製ジェット旅客機をベースとするIl-96は当然ながら運動性・防御力共にそこまで高くないため、敵機に狙われたらひとたまりも無い。


空中給油機は基本的に敵機に近付かれてはいけないのだ。


「作業中止! 切り離せ!」


「ダメだ! 必要量の充填がまだ――」


E-OS粒子及び推進剤の充填を受けていたセシルは補給作業の即時中止を求めるが、空中給油機のオペレーターは充填量の不足を理由にそれを却下する。


階級ではセシルの方が遥かに格上とはいえ、空中給油時は正しい専門知識を有するオペレーターの判断を優先すべきだ。


「これだけあれば足りる! 接続解除!」


しかし、自機のUIで各種リソース量を確認したセシルは独断で給油装置の接続を解除。


彼女のオーディールから展開されているプローブと給油機側のドローグがズレた瞬間、本来充填されるはずだったE-OS粒子及び推進剤が空中に飛び散り霧消していく。


「ゲイル1よりスカイネクター、貴機は後方へ退避せよ!」


「……了解した。給油装置を格納後、直ちに退避行動へ移行する」


燃料切れを招きかねないセシルの独断に少々面食らいつつも、彼女が空中給油機の安全を重視していることを理解したスカイネクターの機長は指示を受け入れ、ドローグを引き込みながら機体を転進させ離脱を図る。


「各機、FCS(火器管制システム)のセーフティを解除! 給油機をやらせるな!」


僚機に臨戦態勢を取らせ、遠ざかるIl-96の後ろ姿を確認しながら自らも所属不明機との交戦に備えるセシル。


「エネミー2、インバウンド! 機種照合――UTAウータ!」


「さっき戦った無人機か!」


所属不明機を機上レーダーで捕捉し、敵機と断定したスレイは即座に機種照合を行う。


その結果はUTA――アヤネルが言及している通り、約1時間前に交戦したばかりのルナサリアン製無人戦闘機"オンリョウ"だった。




「相手は2機だ。この程度の敵戦力なら容易に対処できるが……どうする、中隊長?」


自分たちの実力を以ってすれば苦戦しないであろう敵戦力への対応を問うリリス。


出撃時から補給できていない兵装の残弾数を考慮した場合、ここではやり合わないというのも選択肢の一つだろう。


「スカイネクターを逃がすための時間は稼ぐ! ブフェーラ2、3、マイクロミサイルの弾数に余裕はあるな?」


だが、ゲイル隊のみならずブフェーラ隊の指揮権も預かっている"中隊長セシル"は、空中給油機を守るために戦うことを選んだ。


彼女は部隊の弾薬消費をなるべく均一化することも兼ねて、マイクロミサイルを余らせていそうなブフェーラ隊の2名にアタッカーの役割を託す。


「一斉発射は可能ですわ」


「こちらブフェーラ3、同じく弾数に問題無し」


セシルの計算通り、ローゼルとヴァイルは先制攻撃の基本たる一斉発射に使えるだけのマイクロミサイルを残していた。


「よし、お前たちの先制攻撃による殲滅を狙う。仕損じた場合は他の機体でフォローしてやる」


マイクロミサイルで先手を打つことは確かに効果的な戦法だが、無人戦闘機もバカではないので回避運動で避けられる可能性もあり得る。


アタッカーたちの能力を信頼しつつも、念には念を入れてそれ以外の面子でバックアップ体制を整えるセシル。


「その時はお願いしますわ。ブフェーラ3、攻撃タイミングの指示はわたくしで構わなくて?」


「そちらに一任する」


一方、アタッカー2名も自発的に役割分担について相談しており、今回は先任者にあたるローゼルに対しヴァイルが譲歩するカタチとなった。


「交戦距離に入るぞ! アタッカー以外は撃ち漏らしを包囲できるように準備!」


アヤネルの報告を受けた蒼いMFたちは柔軟にフォーメーションを切り替える。


ブフェーラ隊が突出するパターンは比較的珍しい。


「(UTAの兵装は航空機関砲と短射程ミサイルだけだ。こちらのマイクロミサイルなら確実に先手を取れるが……)」


先ほどはローゼルの言い出しっぺに反論せず従ったが、別にヴァイルはパワハラを受けているわけではない。


むしろ同僚の性格と敵機の兵装の特性を把握しているからこそ、迅速な作戦遂行のために争わなかったのだ。




 無人戦闘機が搭載している兵装の射程は決して長くない。


しかし、AIは反応速度でそれを補ってくるだろう。


「ターゲット、ロックオン! ブフェーラ2、シュート!」


「ブフェーラ3、シュート!」


敵機を捕捉した瞬間、ローゼルとヴァイルはFCSによる適切な攻撃タイミング表示を待たずにマイクロミサイルを一斉発射する。


彼女たちの反応速度は平均値以上の極めて優秀なレベルであったが……。


「あっちも撃ってきた!」


「命中判定はこっちで見てやる! お前らは回避運動ッ!」


それとほぼ同時に反撃の短射程ミサイルが発射されたことを目視したスレイとアヤネルは、敵味方の位置を把握しながら僚機たちに回避運動を呼び掛ける。


「……二人ともよくやった。少しだけ冷や汗をかいたが、無事に乗り越えられたな」


周囲の者にとっては永遠のように感じられた刹那の末、一方的に被弾した2機のオンリョウはバラバラに空中分解しながら墜落していく。


ローゼルたちの健在を確認したセシルは珍しく安堵の表情を浮かべ、バックアップに甘えず一度のチャンスで決めたことを高く評価する。


「これでスカイネクターの安全は確保された。全機、編隊を組み直せ」


想定外の障害は迅速に排除され、空中給油機も安全圏まで離脱しつつある。


距離感を錯覚してしまうほど巨大に見える軌道エレベーターを正面に捉え、"中隊長"として再び編隊の先頭に立つセシル。


「さーて、そろそろ最大戦速で"空の柱"へ向かおうか! 遅い奴は置いていくからね!」


「「「了解!」」」


その中隊長に匹敵する実力を持つリリスに発破を掛けられた各機は推力を上げ、偶発的な戦闘によるタイムロスを取り戻すべく目的地への移動を再開する。


「(まだ軌道エレベーターは落ちていないように見える……間に合わせなければ)」


無論、飄々と振る舞っているように見えるリリスもここからは時間との勝負になることを十分理解している。


前の戦争で"戦線を復活させる"とも称された、ゲイル及びブフェーラ隊の加勢が間に合えば軌道エレベーターの陥落は防げるはずだ。

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