【8】DARKKNIGHT(前編)
軌道エレベーター"ステルヴィオ"周辺空域のうち、最も熾烈な戦闘が繰り広げられている北東エリアではオリエント国防軍側が圧倒的劣勢に陥っていた。
対空レーダーに捕捉されにくいMFと無人戦闘機による奇襲攻撃で防衛部隊用飛行場は壊滅。
帰る場所を失った防衛部隊は同胞を攻撃することに対する躊躇いもあり、優れた操縦技術と高性能な機材を活かせぬまま各個撃破されるような有り様だった。
「こちらヴィヴロス2! 隊長機がやられた! この部隊はもうアタシ一人だけだ!」
軌道エレベーター防衛部隊に所属するMF部隊の一つであるオリエント国防空軍第1航空師団第22戦闘飛行隊もまた、最新鋭機のオーディールB型を駆るヴィヴロス2を残して全滅するという悲運に見舞われていた。
唯一生き残っている彼女は隊長機を撃墜した敵の新型MFから距離を取り、この惨状をAWACS(早期警戒管制機)に報告しながら近場の味方部隊への合流を図る。
「(オールレンジ攻撃め……隊長もヴィヴロス3も初見で対応し切れずに落とされてしまった)」
自機を執拗に追跡してくる新型MFに内心脅えながら部隊が壊滅した瞬間を振り返るヴィヴロス2。
単独で突っ込んで来た新型MFはヴィヴロス隊の一斉射撃を急上昇で回避しながら小型レーザー砲を複数射出。
四方八方から蒼い光線を乱射するオールレンジ攻撃に着任したばかりだったヴィヴロス3は為す術無く撃墜され、その敵討ちに臨んだ隊長のヴィヴロス1も呆気無く返り討ちに遭ったのだ。
「(でも、それ以外の戦い方はアタシたち
そんな状況下でヴィヴロス2が生き残っていたのは運の良さだけではない。
彼女は隊長が称賛するほど観察力に優れており、新型MFを駆る敵ドライバーの操縦がオリエント国防空軍のスタイルであることを見抜いていた。
「(悪く思うなよ。軌道エレベーターは我々の革命を実行するにあたり、全世界に対する人質として必要な施設。ここを取らなければ計画は第一段階から
そして、血のように暗く赤いカラーリングと巨大なバックパックが特徴的な新型MFのドライバーもヴィヴロス2のことを知っているようであった。
「あんた……2年前に無許可離隊した――」
見覚えのある機動で距離を詰めてくる赤黒いMFのドライバーの正体を確信するヴィヴロス2。
今から約2年前、ヴィヴロス隊は隊員の無許可離隊という不祥事により一時期謹慎処分を下されたことがあった。
その原因を作った前任のヴィヴロス2は結局行方不明のまま軍籍を剥奪され、当時3番機だった現ヴィヴロス2がコールサインを引き継いだのだ。
「今の私には同胞――元同僚を撃つ覚悟がある! その決意を示すために名前は捨て去った!」
オープンチャンネルで呼び掛けてきたヴィヴロス2に対する反応、そして自らの過去と決別したかのような発言――間違い無い。
赤黒いMFを操る凛々しい声の女性はやはり……。
「ふざけんなよッ! 勝手にいなくなったと思ったら、そんなボスキャラクターみたいなMFに乗ってきやがって!」
彼女が自分の知り合いであることを前提に怒鳴り声を上げたヴィヴロス2は戦意を復活させ、これまでとは一転して攻撃態勢を取る。
「世界を変えるためにあえて悪役を演じている! オールレンジ攻撃端末、射出!」
それに応えるように超大型バックパックから8基のオールレンジ攻撃端末――通称"フェアリア"を射出する赤黒いMF。
「一思いに楽にしてやる……"私の後任"のヴィヴロス2!」
次の瞬間、赤黒いMFの周囲に待機していた端末たちが一斉に動き出し、蒼い光線を発射しながら現ヴィヴロス2のオーディールに襲い掛かる。
「くそッ……くそッ!」
隊長や同僚が完封された様子を見ていただけあり、悪態を
しかし、極めて正確な立体機動攻撃の前に徐々に被弾が
「ファイア! ファイア! ファイア!」
もはや撃墜は時間の問題かと思われたその時、灰色のMFの後方から突如飛来した一斉射撃が端末たちの攻撃動作を遮るのだった。
「ん……世界で2番目に厄介な奴らが来たか」
牽制攻撃――と呼ぶには強力過ぎる一斉射撃は届かなかったものの、それで多勢に無勢と判断した赤黒いMFは端末たちを収納し一時後退を図る。
「ブフェーラ隊! あの敵機をマークしろ! 可能ならば撃墜しても構わん!」
「了解!」
絶体絶命の危機に陥っていた友軍機を庇うように部隊を展開しつつ、セシルは指揮下のブフェーラ隊を率いるリリスに敵機追撃を命じる。
撃墜は現時点では難しいにしても、最低でも新型MFの情報収集ぐらいは期待している。
「大丈夫か? 僚機はどうした?」
「全機あいつに撃墜された……ちょうど味方部隊へ合流しようと後退していたところだった」
心配げに機体を接近させたセシルからの問い掛けに対し、声を震わせながら状況報告を行うヴィヴロス2。
「……分かった。しかし、そのダメージでは戦闘続行は大変そうだな」
味方の声を聞いたセシルは"怪我は無さそう"だと安堵する一方、オーディールB型の損傷を目視確認した彼女は戦闘続行については懸念を示す。
「ゲイル2、お前は彼女の護衛退避に回れ」
本来は指揮系統が異なる友軍機を無理に連れ回すべきではないと考えた結果、セシルは僚機のスレイにヴィヴロス2の撤退支援を任せることにした。
「了解。あなた、コールサインは?」
「軌道エレベーター防衛部隊所属、ヴィヴロス2だ。わざわざ護衛退避に人員を割いてもらって申し訳ない」
別命を与えられたスレイはヴィヴロス2の隣に就き、軽い自己紹介を交わしてから共に戦闘空域外への脱出を目指す。
「ゲイル3は私と一緒に来い。ブフェーラ隊の援護をしつつ新型機の情報収集を行う」
戦闘空域に残ったセシルともう一人の僚機アヤネルは先行するブフェーラ隊を追いかけるために機体を加速させる。
「了解、今回は貧乏くじを引かされた感じだな」
「護衛退避も楽な仕事じゃないぞ。勘違いしているお前は対エース戦に連れて行ってやる」
遠回しに"護衛待避に就きたかった"と愚痴るアヤネルを窘め、そういうことを言う奴には相応の仕事を与えるセシル。
「ゲイル1! アタシはアレに乗っている奴を知っているかもしれない!」
「何だって?」
二手に分かれる直前、ヴィヴロス2は自分が知り得る限りの情報をセシルに伝える。
「アイカ=バンキ・デュラハン――2年前まで同じ部隊に所属していた、アタシの元同僚だ」
アイカ=バンキ・デュラハン――。
それが赤黒いMFを駆る女の本名であった。
「各機、相手はどんな手を使ってくるか分からない新型機だ。気を引き締めて掛かれよ」
その頃、新型MFの追撃を命じられたリリス率いるブフェーラ隊は敵機を交戦距離に捉え、早くも臨戦態勢に入っていた。
「味方機から話を聞いておくべきでしたわね……」
「空戦で確かめれば分かることだ。MFに一撃必殺の超兵器が搭載されている可能性は低いから、相手の出方を窺ってもいいかもしれない」
直前まで新型MFと交戦していたであろうヴィヴロス2から情報を引き出すべきだったと嘆くローゼルとは対照的に、自分たちの実力に自信があるのか比較的余裕を持った戦法を提案するヴァイル。
彼女たちが対峙している赤黒いMFは大型レーザーランチャーなどを持っていないように見えるため、極端に高い火力を誇る機体ではないとヴァイルは踏んだのだ。
「(ブフェーラ隊か……特に隊長機は手強そうだ。今後の障害になり得るならば、倒せる時に倒すべきだが……)」
そして、敵エース部隊との戦いで慎重にならざるを得ないのはアイカの方も同じだった。
3年前の戦争ではオリエント国防空軍に所属していたこともあり、"蒼い悪魔"の片割れたるブフェーラ隊の活躍には度々元気付けられたものだ。
無論、それほどの実力を持つエースを敵に回すことの恐ろしさは想像に難くない。
仮に同等の機体に乗っていたら五分五分に持ち込むので精一杯だろう。
「機動力はこちらの方が高い! 単独戦闘は禁止! 3機で確実に仕留めるぞ!」
「見た目で判断してもらっては困るな!」
しかし、幸いにも今は自分と相性が良い超高性能機を与えられている。
セオリー通り可変機らしいスピードを活かしつつ連携攻撃で攻めてくるリリスたちに対し、アイカは一見すると鈍重そうな赤黒い大型MF――"XREV-010 ガン・ケン"の大推力による加速で一気に振り切ってみせる。
「速い!? 大型機とは思えませんわ……!」
大推力を発揮するメインスラスターが設置されたバックパック込みで全高6mは超えるであろう大型機の機動性に翻弄され、目標を視界内に捉え続けることができないローゼル。
「ああ! あの巨大なバックパックに大推力スラスターと……固定武装を積んでいるかもしれない!」
「直撃させる! レールキャノン、ファイア!」
同じく予想を上回る機動性に驚きながらもヴァイルが未知の攻撃に注意するよう警告した直後、アイカのガン・ケンが飛び去った方向から蒼い電流を纏った徹甲弾が超高速で飛来してくる。
その攻撃の正体は赤黒いMFの大型バックパック裏面(機体側)から展開された、肩掛け式の中射程連装レールキャノンによるものだった。
「ッ……!」
直撃したら一撃で落とされる危険もある強力な攻撃に辛うじて反応し、射線から無理矢理ズレるように横滑りすることで全弾回避していくローゼルのオーディールM3。
「かわしたか! やはり僚機も良い腕をしている!」
ブフェーラ隊が最強クラスのエース部隊と云われる所以は、隊長機を支える僚機も極めて高い能力を有していること――。
この楽とは言えない状況を楽しめるだけの余裕をアイカはまだ残していた。
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