【2】復活の疾風
ヴワル統合軍事拠点(
戦闘機のわりにガラス張りのキャノピーは確認できないし、そもそも機体形状自体が空力的に妥協しているように見える。
まるで航空機に似た今のフォルムとは全く別の形態を備えているかのような……。
「緊急出撃だ! 機体の準備は済ませているな!」
「無茶言わないで下さい! 空襲もあなたの出撃も全部想定外なんです!」
格納庫に到着したセシルは新たに組む事となった専属チーフエンジニアのノエル・ド・ルイユ大尉に対し機体の状態について尋ねるが、タブレット端末を持って忙しそうなノエルは"まだ準備は終わっていない"と答える。
「遅いッ! ミキならとっくに――いや、今はそんなことはいい。可及的速やかに準備を進めろ」
新たな搭乗機の周囲に取り付いて未だ作業中のメカニックたちの姿を一瞥するなり声を荒げるセシル。
しかし、以前組んでいたチーフエンジニアの名前を思わず口にした瞬間彼女はハッと我に返り、ノエルの肩に手を置きながら準備を続けるよう指示を出す。
現場ではセシル(上級大佐=准将相当)よりも階級が高い者はほとんどいない。
「装備は空対空! 急げよ!」
彼女が率いるオリエント国防空軍第3航空師団第85戦闘飛行隊"ゲイル"が運用する機体はRMロックフォード・RM5-25M3 オーディールM3型。
この全長5m程度の小さな兵器は空対空装備を使用できるが戦闘機ではない。
オーディールM3の分類は"モビルフォーミュラ(MF)"――遥か昔、ルナサリアンとは別の異星人の兵器を参考に開発された小型機動兵器なのだ。
「(隊長、ミキ大尉のことをずっと気にしてるんだ……)」
自身の愛機に乗り込む直前、隊長セシルとノエルのやり取りを偶然聞いていたスレイは上官が以前のチーフエンジニアの失踪を引きずっていることを悟る。
セシルが前の戦争で組んでいたミキ大尉――ミキ・ライコネンは極めて優秀な技術士官だったが、約2年前に突如無許可離隊となって以来消息不明となっていた。
そのため長期療養から復帰したセシルは専属チーフエンジニアがおらず、やむを得ず別の部隊からノエルを引き抜いてきたのである。
「(……集中しなくちゃ。まともな実戦は3年ぶりなんだから)」
前の戦争では自分の機体を見てくれることもあったミキの行方は確かに気になるが、今は目の前の新たな戦いに集中するべきだ。
F1マシンを彷彿とさせる狭いコックピットに潜り込んだスレイはシートベルトを締めながら機体の始動を待つ。
MFは再始動用の超小型バッテリーを搭載しているものの、通常の出撃準備時は発電機や電源車からの電力供給を利用する。
「E-OSイーオスドライヴ、出力正常。
一方、先に動力炉のE-OSドライヴの始動を完了していたアヤネルはチェックリストに沿って各機器の最終確認を行っていた。
操縦に必要な情報を立体映像として表示するH.I.Sの視認性調整をしつつ、それが不調の場合に利用するかもしれないアナログ式予備計器の動作も一通り見ておく。
味方機や管制塔と会話するための航空無線システムは全く問題無さそうだ。
「ゲイル3より各機、こちらは準備完了だ! 他の2人はどうだ?」
「ゲイル2、出撃準備完了!」
コックピットを覆う全天周囲スクリーン兼カウルを閉じたアヤネルからの通信に力強く応答するスレイ。
部隊内で2番目に技量が高いとされるアヤネルが3番機となっているのは、単純にゲイル隊への配属が最も遅かったためらしい。
「よし、作業員は退避急げ!」
準備に手間取っていたセシル機も全ての作業が完了したのか、ノエルはメカニックたちに退避を促しながら蒼いMFを敬礼で見送る。
「……ゲイル1より管制塔、誘導路への進入許可を求める」
自機の左右でアイドリングしている僚機の姿を確認した後、VInMiC航空基地の管制塔に対し誘導路への進入許可を求めるセシル。
「こちら管制塔、了解した。貴隊の発進を最優先するよう全機へ通達する」
管制塔からの返答は極めて迅速であった。
しかも、航空管制官の自己判断によりゲイル隊は先に誘導路へ出ていた味方部隊よりも早く離陸することが認められた。
ゲイル隊は前の戦争で最大級の戦果を挙げ続け、"戦争遂行において必要不可欠な存在"とまで評された伝説的エース部隊。
他の一般部隊を押し退けてでも優先的に離陸させる価値があると判断されたのだ。
今日のオリエント連邦・ヴワル市の天気は快晴。
格納庫の外には雲一つ無い秋晴れの蒼空が広がっていた。
風も穏やかな絶好のフライト日和だが、残念ながら今回は遊覧飛行というわけにはいかない。
「アンノウン接近まで180秒!」
「ゲイル隊だけでもいい! 早く空に上げさせるんだ!」
「他の部隊はゲイル隊の邪魔をするな」
航空管制官や味方部隊の交信が聞こえる中、ゲイル隊の3機は上限一杯の速度で誘導路をタキシングしていく。
MFは小型軽量なわりに大推力スラスターを装備しているため、飛行機と異なり少しスロットルを開けるだけで容易に加速できる。
「ゲイル隊、前方の機体の離陸を待ってから滑走路へ進入せよ」
ゲイル隊が滑走路の手前に近付いたところで管制塔は一時停止の指示を出す。
先に滑走路へ入っていた味方部隊のオーディールM3がちょうど離陸していたからだ。
「ブフェーラ1よりゲイル1、先に上空で待っているからな」
ゲイル隊と同じ機種を運用する味方部隊はオリエント国防空軍第2航空師団第70戦闘飛行隊"ブフェーラ"。
同部隊の小隊長を務めるブフェーラ1――リリス・エステルライヒ大佐はセシルの親友であり、彼女の不在期間中にゲイル隊の指揮を任されるほど信頼されていた。
そして、最新鋭機のオーディールM3を与えられたうえで自分用にカスタマイズすることが認められるなど、セシルに匹敵する実力を持つエースドライバーとしても知られている。
「ああ、こちらが離陸したら編隊を組み直そう」
親友の実力者らしいスムーズな離陸を微笑みながら見守るセシル。
ブフェーラ隊のオーディールが上昇に転じたタイミングでゲイル隊各機も滑走路へ進入し、離陸位置に就く。
「ゲイル隊、離陸を許可する! 緊急発進急げ!」
「了解! ゲイル1、離陸開始!」
所属不明機に攻撃の意志があるとしたら、そろそろ攻撃態勢に入っている頃合いだ。
管制塔に急かされたセシルは左操縦桿兼スロットルレバーを前に押して機体を加速させる。
現代のMFは離陸時の推力制御を自動化したオートスロットル機能を備えているが、機械と同じぐらい正確な操縦ができる彼女は使用しないことの方が多い。
「V1! ローテーション!」
V1(離陸決心速度)を超えた直後に機首上げが可能なローテーション速度(VR)を迎え、各ポイントでの速度到達を声出し確認しながらセシルは姿勢制御用の右操縦桿をゆっくりと引く。
次の瞬間、接地感が無くなると同時に彼女は機体全体がふわりと浮き上がる感覚を感じ取る。
「V2! ギアアップ!」
V2(安全離陸速度)を超えたら仮にメインスラスターが片方停止しても安全な上昇を続けられる。
十分な速度と高度に達したセシルのオーディールM3は降着装置を格納し、先行するブフェーラ隊へ追い付くべくフルスロットルで加速するのだった。
「見事な上昇力だ。相変わらず良い腕をしているな」
高度1500ft(約457m)まで軽々と翔け上がってきた蒼いMFを視認するなり笑顔を浮かべるリリス。
機体の状態や気象条件によって効率的な上昇率は変化し続けるため、それを瞬時に把握できるのは優れた操縦技量の証である。
「フフッ、セシル姉さまの技量は隊長が一番ご存知でしょう?」
ブフェーラ隊にはリリスの僚機として2名のMFドライバーが所属している。
一人はローゼル・デュラン大尉。
セシルのことを"姉さま"と呼ぶほど慕っているが彼女の実妹ではなく、セシルの実家アリアンロッド家の分家にあたる名門貴族デュラン家の令嬢だ。
その育ちの良さは特徴的なお嬢様口調からも窺い知ることができる。
「アリアンロッド大佐、他の2人は?」
もう一人はヴァイル・リッター大尉。
超が付くほど生真面目な性格の持ち主で、年齢的には中堅どころながら良質な実戦経験と優れた技量を併せ持つ。
前の戦争の途中からブフェーラ隊に転属し、それ以来コールサイン"ブフェーラ3"として同隊の3番機を務めている。
「私たちのためにゆっくり飛んでいてくれたのか?」
「やっぱりこの6人が集まると落ち着くわね」
遅れて離陸してきたアヤネルとスレイが合流したことにより、前の戦争で活躍したエースドライバー6人が3年ぶりに揃い踏みする。
青系の制空迷彩を纏った機体を駆るゲイル及びブフェーラ隊は"蒼い悪魔"の異名で恐れられ、その圧倒的な戦闘力で敵対勢力の戦意を容易に挫いたという。
「各機、おしゃべりはそこまでだ。私が休んでいた間、弛まず訓練に励んでいた証拠を見せてみろ」
最高の技量を持つセシルはエースドライバーが多数集まるドリームチームを率いるのに最適な人材だ。
彼女は厳格な態度を以って仲間たちの気を引き締めさせる。
「ブフェーラ隊、私の指揮下に入れ!」
「了解! 第70戦闘飛行隊はこれよりゲイル隊へ合流する!」
セシルの指示を受けたリリスは自身の僚機を連れてゲイル隊と編隊を組む。
ゲイル隊とブフェーラ隊はそれぞれ独立した飛行隊だが、両部隊が一緒に出撃する際は前者が主力を担うことが多い。
「前の戦争の時と同じだな。さあ、いつでもご命令を……中隊長」
一時的に分隊長となったリリスは中隊長扱いの親友セシルに指揮権を預け、自らは指示を請う側へと回る。
「アンノウン捕捉! ゲイル1、交戦許可を!」
抜群の視力で最初に機影を視認したアヤネルは隊長に交戦許可を求める。
「オールウェポンズフリー! 各機、アンノウンが敵対行為を取ってきた場合は交戦を許可する!」
その報告を聞き終えるよりも先にセシルは火器管制システムのセーフティ解除を命じると、各員の能力を信頼し事実上の自由戦闘を認めるのであった。
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