【3】REHABILITATION

Date:2135/09/19

Time:13:06(UTC+6)

Location:Vuwal,Olient Federation

Operation Name:-


 ヴワル湖――。


オリエント連邦のほぼ中心に位置する世界最大級の淡水湖。


スクランブル発進したゲイル隊とブフェーラ隊は広大な湖の上空で接敵を控えていた。


この空域で迎撃できれば仮に撃墜した敵機が墜落しても二次被害は起きないはずだ。


もっとも、基地やヴワル市街地への侵入を許さないためにはここで迎え撃つしかないのだが……。


「こちら防空司令部! 各機、アンノウンの所属が判明するまでは攻撃禁止!」


ヴワル基地内に置かれている防空司令部から通達とアンノウンの編隊による一斉攻撃は、奇しくもほぼ同じタイミングであった。


「あいつらやる気だ! 散開ブレイク! 散開ブレイク!」


MFや無人戦闘機といった小型機が搭載するマイクロミサイルの弾幕を回避したリリスはこれを敵対行為と判断し、再攻撃で一網打尽にされないようすぐさま散開を命じる。


中隊としての指揮権はセシルに預けているが、その状態でも必要に応じてリリスが指示を飛ばすことは多々ある。


ただし、両者の指示内容が大きく異なる場合、指揮系統の原則に基づき階級が上位のセシルが優先される。


「各機、腕は鈍っていないな! 先に手を出してきた方が悪い! 叩き落とせ!」


そのセシルは迅速に回避運動へ移った僚機たちの所在を確認すると、初撃をしくじった敵部隊の背後を取るように素早く移動。


無人戦闘機に散開される前に攻撃開始の合図を送る。


「了解! ブフェーラ2、交戦エンゲージ!」


最初に火蓋を切ったのはローゼルのオーディールM3。


彼女へ続くように他の機体もウェポンベイのカバーを開き、遠距離戦の主兵装であるマイクロミサイルを一斉発射するのだった。



 豊富な実戦経験によって鍛え上げられた連携から放たれるマイクロミサイルの攻撃を受け、おそらくは搭載AIの自己判断で散り散りに回避運動を開始する敵機たち。


「ブフェーラ3より各機、機種照合が完了しました。これより戦術データリンクを介して情報を提供します」


そのうちの一機に食らい付いたヴァイルは敵機をロックオンし続けながら機種照合を行い、機体OSに内蔵されているデータベースが提示した結論を戦術データリンクシステムに反映させる。


ヴァイルが見ている情報は高度なネットワークにより他の味方機や陸海の友軍からも確認でき、逆に僚機や地上部隊、味方艦隊が得た情報を彼女のオーディールM3に転送することもできる。


ゲイル及びブフェーラ隊はこういった"ネットワーク中心の戦い"を使いこなす点でも群を抜いていた。


「こいつは……前の戦争でルナサリアンが使ってた無人戦闘機か!?」


「油断したらこっちがやられるぐらいには厄介ね……」


敵機の詳細データを受け取ったアヤネルとスレイは眉間に皺を寄せる。


二人が激しく追い立てている敵機の正体は旧ルナサリアン製の無人戦闘機。


地球側コードネーム"LUAV-02 ウータ"――開発元のルナサリアンにおける正式名称は"オンリョウ"という。


全長11m程度の小型軽量な機体に高性能な戦闘用AIを搭載する、前の戦争で多くの有人機を撃墜した難敵だ。


「情けないことを言うな、ゲイル2。お前の腕ならAI如きに後れは取らないはずだ」


肉体的な限界を持たず、精神的な迷いが起こり得ない人工知能は確かに強い。


だが、人間の潜在的なチカラは機械などには負けないはずだとセシルはスレイの能力に太鼓判を押す。


「久々に出たね、セシルのAI嫌いが」


「何もAIその物を否定するわけじゃないが……戦闘用AIを持てはやす風潮は気に入らない」


部下想い? 人間主義?


いや……単に流行り物が嫌いなだけだとリリスから指摘され、珍しく苦笑いを浮かべるセシル。


「私が休んでいた間にそこそこ進化しているようだが、あまり人類を無礼るなよ」


AI技術の発展は日進月歩の勢いだ。


特に無人兵器を積極運用していたルナサリアンからの技術流入により更なる性能向上を遂げたが、文字通り規格外の能力と対AI戦闘経験を持つセシルには全く歯が立たなかった。


「ゲイル1、ファイア! ファイア!」


驚異的な運動性で逃げるLUAV-02を完全に捉えたセシルは右操縦桿のトリガーを引く。


次の瞬間、蒼いMFの下面に装備されているレーザーライフルから蒼い光線が発射され、回避運動の切り返しが遅れた無人戦闘機の胴体を正確に射貫くのであった。



「やはり手際が良い! よーし、私も負けてられないな!」


親友のブランクを感じさせない戦闘技術に触発され、負けじと無人戦闘機とのドッグファイトに臨むリリス。


「隊長! 後方に注意チェックシックス!」


全長約5mの有人機オーディールと全長11m程度の無人機LUAV-02の運動性はほぼ互角。


互いの背後を窺うようなポジション争いの末、灰色の無人機の優勢が明らかになったことでローゼルはすかさず注意を呼び掛ける。


相互監視は部隊全体の生存率を上げるうえでは非常に重要だ。


「ぐッ……!」


無人戦闘機の兵装は全て射撃武装。


空中衝突寸前の至近距離では使えないことを知っているリリスはあえて急減速で自ら間合いを詰め、機体を意図的に失速させる戦闘機動"ポストストールマニューバ"でポジションを逆転させる。


各部スラスターによる姿勢制御が可能なMFは低速域での運動性に優れており、技量が高いドライバーならば有機的な機動を行うことも可能だ。


「チェックメイトだ! ブフェーラ1、ファイアッ!」


AIの予測値を上回る操縦で無人戦闘機の背後を奪ったリリスは右操縦桿のトリガーを引き、レーザーライフルで敵機のエンジン部分を正確に狙い撃つ。


処理能力を超える突発的なアクションへの反応が遅れたLUAV-02に回避する術は無かった。


「くそッ、後ろに付かれた!」


リリスが卓越した技量で無人戦闘機を終始圧倒する一方、ヴァイルは油断していたわけではないが別の敵機に背後を取られていた。


「そのまま引きずり回せ! 援護してやる!」


それを目視確認したアヤネルは得意の精密射撃で援護することを申し出る。


「ゲイル1、バックアップ頼む!」


「了解、攻撃準備中のカバーは任せろ」


無論、自分自身が狙われたら本末転倒であるため、アヤネルは上官且つ偶然手が空いていたセシルに自機のカバーを求める。


指揮系統を明確にするうえで厳格な上下関係は確かに必要だが、それが意思疎通や相互協力を滞らせる要因となってはいけない。


戦場では高級将校も一兵卒も平等に危険と隣り合わせなのだから。


「……ゲイル3、ファイアッ!」


ヴァイルのオーディールを追いかけ回す無人戦闘機に狙いを定め、必中を期すべく待ちに入るアヤネル。


そして、千載一遇のチャンスを見極めた彼女は火器管制システムが適切な攻撃タイミングを表示するより先に右操縦桿のトリガーを引く。


「チッ、このライフルにはまだ慣れないな……!」


結果は見事命中。


しかし、戦間期に制式採用された新型レーザーライフルの命中精度にアヤネルはまだ満足していないようだ。


「トドメは……必要無いみたいね」


それでも彼女の精密射撃は無人戦闘機の急所を確実に射貫いており、被弾箇所から亀裂が広がり空中分解していく様をスレイは確かに見届けていた。




 ゲイル及びブフェーラ隊の活躍により約10機で侵攻してきた無人戦闘機は一掃された。


交戦開始からわずか10分程度の出来事であった。


「こちら防空司令部、敵航空戦力の全滅を確認した」


レーダーで敵機影の反応消失を確認したヴワル管区防空司令部のオペレーターは肩の力を抜く。


「流石だな、ゲイル1」


「当然だ。空戦で後れなど取るものか」


言葉少なながらも最大級の称賛は悪いモノではない。


だが、既にエースドライバーとして確固たる地位を確立しているセシルはこの程度では浮かれなかった。


「いや……待て、方位1-9-1に新たな機影を複数捕捉! 距離200!」


迎撃が完了したことで基地への帰投を許可しようとしたその時、防空司令部のオペレーターが見ていたレーダー画面に突如所属不明機を意味する白い光点が複数現れる。


ヴワル基地のおおよそ真南約200マイル(=約320km)に飛行場などは無いため、その近辺から航空機が急に湧くというのは若干不自然に感じられる。


「次は何ですの? スターライガの人たちはシエスタ中でして?」


遅れて来た敵増援にお嬢様らしからぬ悪態をくローゼル。


ヴワル市内には前の戦争で活躍した最強集団"スターライガ"の本部があるので、可能ならば迎撃に協力してほしいのだが……。


「今は宇宙に上がっていて不在らしい。我が軍とスターライガは必要に応じて相互支援を行う取り決めを交わしている」


部下の愚痴を窘めるようにリリスはスターライガ側の事情について補足説明を入れる。


元オリエント国防空軍関係者が創設したスターライガは国防軍及びオリエント連邦政府と太いパイプを持っており、この三者は公式・非公式問わず様々な協力関係を結んでいた。


「タイミングが悪いですわね……」


「……あえて今日を狙ったのかもな」


上官の説明に納得したローゼルは肩をすくめる。


一方、ヴァイルの推測については現時点では判断のしようが無かった。


「敵機視認! 機種照合開始――RMA-25だと!?」


僚機に先んじて敵増援を視認したアヤネルは全天周囲スクリーン兼カウルに表示された形式番号に珍しく驚愕する。


「ねえ、その機体って……!」


RMA-25というMFについて前の戦争で交戦したことがあるスレイは覚えていた。


「バイオロイド……! もっと厄介な奴らが来るか!」


AIよりも手強い"機械のような奴ら"の来襲に表情が険しくなるセシル。


バイオロイド――それは35年前にとある天才科学者が自らのDNAを使って生み出した、史上初の量産型高能力人工人間であった。

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