【1】REVOLUTIONARMY
ホウライサン条約の非公開部分とされる文章が数分間に亘って表示された
「――ご覧頂いた通り、ホウライサン条約には覆い隠された不都合な真実が多数存在する」
この電波ジャックで世間に暴露された"本来の条文"はほんの一部に過ぎない。
それら以外にも各国政府が所有する原文にのみ記載されていたり、一般公開された決定稿とは異なる表現の文章が多々見受けられた。
「この条約の本質は戦後賠償という大義名分を借りた、地球側による一方的な責任転嫁と略奪行為である!」
ホウライサン条約の発効を以って戦争終結となったのはあくまでも結果論。
同条約が立案された目的は"合法的に地球から月を支配するため"だと声を荒げるルナサリア人の女。
「そして、それを知りながらも条約に署名したフユヅキ・ヨルハ率いる暫定ルナサリア共和国政府こそ、月の民たちを苦境へ追い込んだ売国奴なのだッ!」
また、彼女は旧ルナサリアン代表者として調印式に参加したフユヅキ・ヨルハを厳しい言葉で非難する。
一般的には徹底抗戦のムードを抑制し、旧ルナサリアンを停戦交渉の席に着かせた功労者とされているのだが……。
「誇り高き月の民である私は偽りの平和によって築かれた世界の行く末を危惧している!」
ルナサリア人の女は拳を握り締めながら力強い口調で訴える。
自分のように旧ルナサリアンの魂を受け継ぐ者こそが"真の月の民"であり、ゆえに地球人と売国奴によって作られた偽りの平和は断固認めない――と。
世界中の放送システムとネットワークを電波ジャックできる技術力を持つ集団と言えど、その状態を長時間維持することは難しい。
世界に対する宣戦布告をそろそろ始めるべきだろう。
「私が望むのは、戦争責任のなすり付けに代表される理不尽な仕打ちに遭う者がいなくなる世界!」
ルナサリア人の女の願いはただ一つ。
理不尽にも戦争責任という濡れ衣を着せられ、敗戦国の民という理由だけで虐げられている同胞たちの救済だ。
「私の下にはあらゆる垣根を超えて大勢の同志が集結し、来たる革命に向けて最終準備を進めている」
彼女は戦勝国たちを牽制するかのように"これは一個人や小規模なテロ組織の犯行ではない"と告げる。
この時、ルナサリア人の女はカメラではなくその周囲に立つ大勢の撮影スタッフの方を見ていた。
「我々が有する放送信号割り込み技術が正常に機能しているのであれば、この映像は全世界のあらゆるメディアに対しリアルタイムで送信されているはずである」
そして、彼女の期待通り電波ジャックは世界中のメディアを乗っ取ることに成功していた。
テレビのチャンネルを切り替えたり動画サイトで別のページに移動しても無駄だ。
何かしらのメディアが目に入る場所にいる限り、この映像と音声から逃れる術は無い。
「我々の言葉が真実だと感じた人々は決起せよ! あなたたちにできる方法で腐敗した権力に立ち向かってほしい! それこそが我々の革命に対する最大級の援護となるだろう!」
自分たちの行動の正当性を強化したいルナサリア人の女は大衆に向けて語り掛ける。
無能な政策や度重なる増税で大衆を苦しめてきた、既存の政治権力を打ち倒せ――と。
「我々の名は『レヴォリューショナミー』――」
彼女が率いる組織の名はレヴォリューショナミー。
その名は革命(Revolution)を実行する軍隊(Army)という意味を持つ。
「世界に変革をもたらし、より良い未来への軌道修正を目指すべく……この革命を実行するッ!」
レヴォリューショナミーがどういった手段に訴える組織なのか。
同組織の指導者を名乗るルナサリア人の女は一体何者なのか。
全てが謎のまま宣戦布告は行われた。
ヴワル統合軍事拠点――。
オリエント連邦・ヴワル市内に集中していた陸海空軍の各基地を統合し、効率向上を図った世界最大級の軍事拠点。
正式名称の英語表記の一部分を取って通称"
「(あの戦争から3年――旧ルナサリアンの中には残党化し抵抗を続ける勢力も少なくないと聞くが……)」
レヴォリューショナミーを名乗る者による宣戦布告が行われた時、オリエント国防空軍所属のエースドライバーであるセシル・アリアンロッド上級大佐は食堂で遅めの昼食を取っていた。
彼女は前の戦争の最終決戦で左腕を失う重傷を負い長期療養を強いられていたが、再生治療による左腕の復活を経て数か月前に現場へ復帰。
今日も左腕の筋力回復を主眼とした体力トレーニング及び練度維持のためのシミュレーター訓練に明け暮れる予定であった。
「はんッ! 公共の電波に割り込んで堂々と犯行予告とはな……劇場型テロリストめ」
前例の無い大規模電波ジャックを一笑に付し、あまり真に受けていないのはアヤネル・イルーム大尉。
この銀髪碧眼のクールな女はセシルの部下の一人であり、彼女が率いる部隊では射撃技術を活かせるマークスマンとして活躍した。
そして、地頭の良さゆえレヴォリューショナミーの本質を直感的に見抜いていたのかもしれない。
「だけど、あいつらが公開した条文は世間を騒がすには十分だと思う」
一方、アヤネルの同僚であるスレイ・シュライン大尉は異なる見解を示す。
明るい金髪とエメラルドグリーンのつぶらな瞳が特徴的なスレイは、ミサイル系兵装の扱いに長けるドライバー。
気性が激しいと評されがちなオリエント人としては比較的大人しく、部隊内におけるムードメーカー兼抑え役となっていた。
「私は聞いたことが無いよ。敵国の一般国民にも戦争責任を追及し、そのためならば生活苦に追い詰めるほどの制裁を課すことを事実上認める講和条約なんて……!」
所謂"歴女"として正しい知識を豊富に持っているからこそ、レヴォリューショナミーが提示した資料が与える影響を懸念するスレイ。
確かに、現代の民主国家では国民にも選挙制度を介した政治参加が認められているが、それをどのように国家運営へ反映するかは政府が判断すべきことだ。
国とは民が在ることで初めて成立するモノとはいえ、果たして"国家=国民"という等式は多様性に満ちた今の時代においても正解なのだろうか?
「ああ、レヴォリューショナミーとやらの言っていることが事実だとしたら、講和条約とは名ばかりの報復行為だぜ」
昼食として頬張っていたライ麦パンを飲み込み、劇場型テロリストのみならず列強諸国に対しても批判的な意見を述べるアヤネル。
「祖国を蹂躙された欧米人は確かに辛かったはず……でも、それは本土決戦で月面都市を破壊されたルナサリア人たちも同じなのよ!」
前の戦争で特に大きな被害を受けた欧米人たちに同情しつつも、戦災に見舞われたのはルナサリア人も同様のはずだと叫ぶスレイ。
彼女は本土決戦――ホウライサン包囲戦に参加した軍人の一人として、自身の行動を後悔せずとも負い目は感じていたのかもしれない。
「(やられたらやり返す――か。時には必要かもしれないが……しかし、な)」
部下たちのやり取りを見守りながら紙コップに注がれたホットティーを飲み干すセシル。
奪われた分を取り戻そうとするのは当然の摂理だが、地球側によるそれは少々行き過ぎているようにも思われた。
ルナサリアンが地球の思想や文化まで根こそぎ奪ったという証拠があるのだろうか?
もしかしたら、ルナサリアンと互角以上に戦えることが判明した時点で戦争目的は変質してしまったのかもしれない。
「……我々は軍人だ。あまり政治的な話題に夢中になるなよ」
一個人として思うところは色々ある。
世界で起きている物事に対し思考を張り巡らせることは悪くないし、自らの行動を決めるうえではむしろ必要不可欠だ。
だが、"軍事と政治は適切な距離感を保つべき"と考えるセシルはあえて部下たちを窘める。
「私たちが必要な時には必ず命令が下される」
セシルが語った"職業軍人としての矜持"が試される時はすぐに訪れた。
緊急事態の発生を意味するけたたましい警報音が食堂に鳴り響いたのだ。
戦時中に散々聞き慣れた警報音が聞こえた瞬間、ついさっきまで喧騒としていた食堂に静寂が訪れる。
食事と会話を楽しんでいた軍人たちの表情が引き締まり、和気藹々としていた空気が一変する。
「アラートだ……!」
「静かにしろ!」
警報音に反応したスレイを諭しつつ、スピーカーから流れる音声に聴覚を全集中させるセシル。
「緊急連絡! 当基地に向けて多数の所属不明機が接近中! 航空機搭乗員は直ちに出撃準備を開始せよ!」
「敵襲だと!?」
基地に対する空襲――それ自体は3年前に散々経験したモノだったが、3年ぶり且つオリエント連邦中央部に位置するVInMiCが狙われているという事実にアヤネルは驚愕していた。
仮に国外から飛来してVInMiCを直接狙うと仮定した場合、数重にわたり張り巡らされた防空システムを突破する必要がある。
その間、国内各地の軍事基地やレーダーサイトの監視を全て掻い潜ることは現実的では無い。
オリエント連邦の防空システムは前の戦争の本土防衛戦でも有効に機能しており、世界一の防御力を持つことで知られているのだ。
「スクランブル待機中の航空隊から優先的に離陸させる! それ以外の部隊は管制塔からの指示を待て!」
出撃準備が命じられると同時に食堂にいた全兵士が一斉に動き出す。
昼食中だった者も今回はやむを得ず食事を中止し、それぞれの持ち場へと駆け足で向かう。
「スレイ! アヤネル! 私たちも上がるぞ!」
自分たち航空機搭乗員に対する指示を確認したセシルも部下2人を急かしながら食堂を出る。
彼女らは更衣室で耐Gスーツ等の機能を持つ機動兵器用飛行服"コンバットスーツ"に着替えなければならない。
「これは演習では無い! 繰り返す! これは演習では無い!」
基地中のスピーカーから流れるこの音声が事態の深刻さを如実に物語っている。
「(先ほどの宣戦布告とこのタイミングでの奇襲――間違い無い、レヴォリューショナミーは新たな敵だ!)」
そして、通路を走りながらセシルは一つの結論に辿り着いていた。
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