499話 今の世代についていけません

 『黙示録事件』から三年後、王国はハイブリッドから名称を改め『オーキソス族』としてオーク的特性を持った新たな種族を王国内に迎え入れた。当初はオークを彷彿とさせる彼らに忌避感を覚える者も多く居たが、そんな世論をひっくり返す二人のオーキソス族が偉業を打ち立てた。


 『鬼剣帝』アルディス――王国初のオーキソス族の騎士にして、騎士就任初年から御前試合に中堅として参加すると全ての対戦相手を薙ぎ倒し、なんと王立外来危険種対策騎士団の副将と主将が一度も出番がないという偉業を達成。

 そんな彼が最後に特別試合として師匠と敬愛する『剣皇』ヴァルナと見せた激戦は、王国民を虜にするのに十分な強さを見せつけた。


 そしてもう一人は天才科学者ルーシャー。彼女は王国初のオーキソス族の博士号取得者だ。王国のオーク研究の権威であるノノカ教授の養子である彼女は幾つもの画期的な論文を書き上げて飛び級で王立魔法研究院に迎え入れられた。

 また、彼女は容姿が美しくノノカの娘として甲斐甲斐しい姿を見せることから異性の目を集め、アイドル的な人気も持ち合わせていた。


 他にもオーキソス族は様々な分野で活躍し、時の人となった彼らを悪く言う者は少しずつ減っていった。同時に世界での魔物の遺伝子操作の取り決めが緩和され、人々の魔物に対しての意識が薄まったのも要因の一つにはなったかもしれない。

 人との間にハーフオーキソスが産まれたことも話題になった。

 混血になればオーキソス種は世代を越えるごとに減っていき、最後には普通の人間と同化することになるだろう。しかし、彼らはそのことについてはむしろ肯定的に受け入れていた。


 事件から五年後、突如として王国筆頭騎士ヴァルナが結婚すると同時に騎士団を休職することを発表。これは世間に大いなる驚きとして受け入れられ、彼は騎士団から姿を消した。

 その頃には既に王国内の野生オークの殲滅は間近の状態であり、予測通りその後オークの完全根絶宣言が成される。


 だが、問題はここからだった。

 国際情勢の変化によって更に他国の物流や人の行き来が活発になるにつれ、違法に魔物を王国に持ち込んだり、持ち込んだ魔物を無断で逃がしたことで野生種として繁殖したり、他国の危険思想の持ち主が逃げ場を探して王国に潜伏するケースが増えてきたのだ。


 王立外来危険種対策騎士団はターゲットをオーク狩りからこうした魔物全般へと業務を広げていくが、オーク狩りが終わったことで全盛期を通り過ぎた外対騎士団は民意的にも予算的にも騎士団の中心から外れていった。

 強い求心力を発揮していたルガー団長も老齢から現役を退き、ローニーが団長職を引き継いだのも時期的には微妙だった。そもそも、ローニーもルガーもこれ以上外対騎士団の拡大をしても意味が無いだろうという合意はあった。


 それでも外対騎士団は民の間で未だ存在感のある騎士団だ。

 『若獅子』改め『獅子心レオプライド』となった天才剣士ロザリンドと、ヴァルナが休職したことで王国筆頭騎士に繰り上げされたアルディス――ヴァルナは英傑騎士という名誉職が新たに作られ、そちらに扱いを移された――の二枚看板による躍進は、世間もよく知るところである。


「……それはそれでいいんですけどねぇ。二人の若い騎士ばかりピックアップされるから今や外対騎士団はミーハー扱い。他の騎士団に比べて入るハードルが低い割には仕事が楽だと間違った噂が広がり、入ってくる新人の質は落ちるばかり。おまけに退職者が……はぁ……」


 十年前より更に老け込んだローニーの隣にあの困った秘書だったセネガはいない。代わりにいるのは三年前からサポートしてくれる若い女性騎士たちである。秘書一人ではセネガと同じ仕事量を処理できないので三人に増やさざるを得なかったのだ。

 ちなみにそのうちの一人はくるるんとは違うナーガの女騎士である。

 少数かつやや特例的だが、今やナーガも騎士になる時代だった。


「セネガさんはンジャさんと一緒に大陸に帰っちゃうし、ロンビードさんやホベルトさんたちベテラン勢はルガー団長に続くように引退……キャリバンくんはリンダ教授のところに行っちゃうし、一番痛かったのが去年のアキナ班長のデキ婚だよなぁ……まさかブッセくんとそこまで進んでるとか予想しないじゃないですかぁ~~……はぁぁぁ~~~~……」


 深海より深く沈みそうなため息と共に、ローニー団長は激変した騎士団構成員リストに視線を落とす。

 年の差十歳以上のアキナとブッセの結婚はヴァルナ結婚騒動以来の騎士団内での激震だった。今は副班長だったザトーが道具作成班の穴を埋め合わせているが、アキナは扱いは難しいが間違いなく天才技術者だっただけに彼女の離脱は相応に響いていた。

 ちなみにあの可愛かったブッセは今現在凄まじいまでの発育の良さでアキナ班長を身長で追い抜いており、今では彼女がたじたじになる立場である。


 また、シアリーズはヴァルナの結婚と同時期に騎士団を辞め、今は息子が産まれて溺愛しているという。結婚はしていないことと父親が不明なこと、そして息子の顔がヴァルナに似ているのがやや気になるが、彼に似ているということはクロスベルにも似ているということで、しかも彼女は誰の子なのか聞いてもニヤニヤしながらはぐらかすだけなのですごく謎である。


 余談だが、クロスベルは女性関係から逃げるのを諦めて王国内の一夫多妻が許される地域に籍を置くことで己のだらしない女性関係を受け入れたようだ。彼は心当たりはないと言ってはいるが、クロスベルはクロスベルなのでまた後になって「できるとは思わなかった」とか言うのではと周囲は信用していない。


 もちろん、騎士団内も悪いことばかりではない。

 キャリバンの抜けた穴は彼の弟弟子が埋め合わせているし、最近多忙で騎士団に同行する回数のめっきり減ったノノカに代わり、自称彼女の助手だったベビオンが予想外の成長を遂げている。

 また、あのおバカで有名なアマルがいつの間にか騎士団内のいざこざを収める係になっており、彼女の手によって新人の離脱率や団内の調和が保たれている。代わりに彼女をやや偏愛する女性騎士がじわじわ増えているのがなんとも言えないが、当のアマルはロザリンドの隣が今だに定位置だ。

 彼女の恋人だった詩人王子エリムスとは何度か破局と復縁を繰り返し、今度こそ結ばれる予定らしい。彼も最後までよく粘ったものだが、アマルのことなのでまた破局するかもしれない。


 と、執務室の部屋が開け放たれて一人の騎士が入って来る。

 遊撃班の副班長にまで出世したカルメだ。

 相変わらず男か女か判別出来ない彼は、以前と比べてクールめな印象になっている。ヴァルナがいなくなってからは特に多面的な知識を身につけて仕事が早くなり、今回も他の班に先んじて書類の束を提出してきた。


「はい。遊撃班の報告書、全部終わりましたよ」

「カルメ君、本当に助かるよ……書類は期日前に必ず提出するし、新人の面倒見もいいし、優しいし……君は結婚していなくなるとか言わないよね?」

「駄目ですよ。結婚も出産も個人の自由なんですから、萎縮させるような言葉はいけませんっ」


 腰に手を当ててやんわり叱るカルメに、ローニーは項垂れる。

 確かに正論だが、急に人がいなくなって困るのも本当の事だ。

 だから一人抜けても業務に問題が起きないようちゃんと想定して組織を作りましょうという話であり、悲しいことにいま困っているのはローニーの落ち度ということになる。


「それよりも、今日は残業しちゃ駄目ですよ。大事な日なんですから」

「そうだねぇ……でもマチとリベリーの誕生日すら満足に祝えない年の多かった私にそんな催しに参加する資格があるのか? ないのでは? 人間失格では?」

「なに言ってるんです、人間失格なのはロック先輩だけですよ」

「いや確かに困った酔っ払いですけどねあの人は。いい加減健康の為に禁酒させるべきでしょうか」


 二人してあの赤ら顔の困った騎士を思い浮かべて同時にため息をついた。

 相変わらず酔っ払いなロックは、もう酔っ払う演技が染みつきすぎて唯の酔っ払いなのかもしれない。最近は健康診断に引っかかってフィーレス先生とタマエ料理長の目が厳しくなっていて、若い連中にも嫌われ、段々と肩身が狭くなっているロックであった。


 二人でため息をつくが、それでもロックは今久々に仕事をしているはずだ。


「聖靴からやってきた騎士ゴートの件、上手くやってくれますかね……?」

「これで役に立たないなら減給ですよ、減給」

「カルメくんってほんと酔っ払いに情がないよね」


 二人が話しているのは今の王立外来危険種対策騎士団の内部の問題の話だ。

 噂をすれば影が差す、ではないが、執務室にロックが入ってきた。


「ういぃ、ひっく。報告だよぉ~ん」

「あれ? 随分早くないですか? 彼はだったと記憶してますが……」

「そーなんだけどさー」


 困った様に酒瓶で頭をごりごり擦るロックは、一つため息をついた。


「バカだねぇ、あいつも。子分に王国一の騎士の顔くらい覚えさせときゃ良かったのにさぁ。オジサンもうしーらないっと」


 彼は、見てしまったのだ。

 騎士団の新人が、本部で思い出に浸っていたとある騎士を仲間と間違えて無断出撃に連れて行くのを。




 ◇ ◆




 俺――ヴァルナは、今日ここに来られなかった後輩からの手紙を読んでいた。


 手紙の主はキャリバン。

 今はキャリバン・コルテーゼ、すなわちリンダ教授の伴侶だ。

 籍を入れたのは最近で、キャリバンから告白したらしい。


(意外、でもないか。あの教授のキャリバンへの入れ込み様を考えれば)


 彼から送られてきた写真には、懐かしきアルキオニデス島で自然再生プロジェクトに勤しむ人々に交ざったオーク達の姿がある。あのテロ事件で品種改良を施され、ハイブリッドにはなりきらない程度の微量の人間因子を組み込まれたオークたちだ。

 他の写真にはテロの実行犯だったオーキソスの女性も何人かおり、一様に今の生活に生きがいを感じているようだった。事件後に殆どの者が懲役刑に処されたが、そんな彼らの居場所になるようにリンダ教授とノノカさんが協定を結んでいたのを俺は知っている。


 プロ、ヒュウなどの懐かしいファミリヤたちに囲まれたキャリバンもまた人生が充実していそうだ。だが、手紙にはみゅんみゅん、くるるん、ぴろろの三人がすっかり大人になった今も子供の頃のノリで甘えてくるので愛が物理的に重いらしい。罪作りな男だ。

 ともあれ、幸せならそれで結構。

 騎士団を離れても目標を見据えて動いているのは良いことだ。


 で、そろそろ現実を見ようと俺は手紙と写真を便せんに仕舞い、懐に収めた。


「騎士団本部に久々に行ってみたら強制出撃させられた件。ひげジジイゆるさん」

「ひげ……誰それ?」

「そうか、ひげジジイもう引退したんだった。職場内のジェネレーションギャップ……」


 俺を引っ張って小型騎道車に無理矢理乗せた新人に首を傾げられて大分ショックだった。というかここ数年騎士団に殆ど顔を出してなかったとはいえ一応王国の英傑騎士なのに顔も知られてないのか。

 小型強襲騎道車の存在もショックだ。従来型騎道車の十分の一にも満たない大きさの乗り物が作れるほど魔導機関は小型化していたらしい。これがあれば俺の時代も物資の運搬が滅茶苦茶楽だったろうに、損した。そこはかとなく損した。


「まぁいいや。おまえ所属と名前は?」

「遊撃班ゴート小隊所属のミ・サンダス・ティーガー。サンダスって呼んでよ」

「ミ? ミで始まる名前って処刑人の血族じゃなかったっけ……」

「そのミで合ってるよーん」


 にへら、と笑ってピースサインをしてくる辺り、確かに昔見たミ・スティリウス・ノワールと似てる気もする。驚くことに武器は変形式の大鎌らしく、背中に折りたたまれたたものを背負っている。オーク向きの武器じゃないというか、戦い向きの武器じゃないというか。こんな武器を使う騎士を見ると、外対とオークの戦いが終わったことを実感させられる。

 というか、強襲班のなかで小隊が編制されているのが凄く新鮮だ。休職してる間に変わりまくっている職場に困惑していると、サンダスが緊張感のない声でこちらの様子を窺ってくる。


「えーと先輩? でいいのかな? 一応緊急出撃らしいから戦力多いほうがいいかなって連れてきちゃったんだけど。ノリで」

「ノリかい! まぁ同僚のよしみだから手伝いはするが、残業はしないぞ? 今日用事あるから定時で帰るぞ?」

「なに言ってんの先輩。定時帰りは騎士団全体で徹底されてんじゃん。残業は悪だーってみんな言ってるじゃん」

「なん、だと……!?」


 時間縛りの任務だらけで残業の嵐だった俺の世代を全否定する言葉に、俺は心が折れそうだった。時代ってやつはなんて残酷なんだ。これといって理由はないけどひげジジイを殴りたくなる。これもひげジジイが引退して気軽に奴のせいに出来なくなったせいだ。許さんひげジジイ。


「ま、まぁそれはそれとして! 状況はどうなってんだ? マトは何?」

「俺も隣の同僚から聞いたんだけどさぁ。王国内に潜伏する海外の不穏分子が凶暴なオーガを……」

「オーク?」

「オーガだってば。角生えてるやつ! オークなんて今時いないよ! パイセンマジ大丈夫? ブランク長すぎるんじゃない? なんか不安になってきたんだけど……」

「俺も明日からが俄然不安になってきたよ」


 パイセン呼ばわり辺りにサンダスから俺への敬意が抜けていくのを感じるのが悲しい。


 閑話休題。

 サンダスの話をまとめるとこうだ。


 この小隊の長であるゴート――さっきから小型騎道車の座席の最前席で「この手柄があれば聖靴に返り咲ける」とか「タヌキの公安もたまには役に立つ」とかデカイ独り言を言っている変な奴が情報を仕入れたことには、これから行く先の市街地にあるテロリスト所有の倉庫内にオーガが三頭いるそうだ。

 オークがいなくなった後なのにこんな危ないことになってるんかい、と突っ込みたくなった。


「聖艇の監視を掻い潜られてんのか……最近は小型船も性能が良いから、瀬取りかなんかで上手く潜り抜けたんだな」

「そうらしいね。で、我らがゴート小隊長殿は功を焦って情報を上司に告げずに無断出撃中です」

「報連相全落としのスリーアウトじゃん」


 俺の知らん間に騎士団の鉄の規律がとんでもねーことになってた。

 こんなのもう鉄じゃないよ、こんにゃくだよ。ぷるぷるだよ。

 思わずサンダスの顔をまじまじ見ると、彼は首を振って肩をすくめた。


「この部隊、ゴート小隊長が自分の味方する奴だけで作り上げた部隊でさ。俺はこいつらが無謀なことして死なないか心配だから付き添ってるようなもんなの」

「おいおいおい休職してる間に俺の職場腐ってやがるんだが!?」

「まぁそーゆーわけで。パイセンの戦力に期待してますよっ♪」


 調子の良いことを言ってにへら、と笑うサンダス。

 内心「もう俺みたいなロートルは必要ないな」と立派に成長した後輩達を見たかった俺は凹んだ。俺が若い頃はなぁ、と新人にしたり顔で語るような先輩騎士にはなりたくないと思っていたのに、今猛烈に言いたい。

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