497話 本当の新世界秩序です
長く長く、永遠に醒めないのではないかと思える程に果てしない復興と後始末が終わった。
過労で倒れる者が何人いたか。
脱走を試みる者が何人いたか。
書類に埋もれて動かない者もいた。
それでも王国民は頑張り抜いた。
本当に、本当に奇跡的なことに、国内最大のテロでの死者はおらず、後始末で忙殺の殺の字が本物の殺意となって殺された者もいなかった。むしろ後者の方がやや奇蹟がかっているような気もする。
イヴァールト六世はこの嘗てない国難を乗り切った民達に深く感謝し、復興終了の宣言日を『勤労感謝の日』という新たな国家の祝日に決定し、労働に従事した騎士、衛士、復興に関わった民たちと巻き込まれた民達に恩賞としてお金を配った。即物的なばらまきだが、こういうときは効果がある。
あとひげジジイはそれを理由に自分は身を切らずに乗り切ろうとしたが外対騎士団内で反乱が起きそうなくらいの大騒動になったので渋々ボーナス増額を決定した。テロの後は騎士団の内乱など冗談ではないが、冗談で済まない程度に外対のひげジジイへの怒りは凄まじかったのである。
話を戻し、王から受け取った俺もちょっとびっくりする位には高額だったのでどこからそんな予算を確保したのか不思議だったが、アストラエが内情をあっさり暴露した。
「議員共の報酬と押収分から削った金だ。いやもう、父上はお冠だよ。そりゃ王だから冠は被るけどそうじゃなくてさ……議員宿舎に閉じ込められた議員連中が自分たちの命を助けて貰う為にあちこちに隠してたへそくりをかき集めてたみたいでさ」
今、俺とアストラエはいつもの王宮ではなく嘗ての級友ジャニーナが経営する飲食店にいる。今は昼のピークが過ぎて暇になってきたくらいの時間帯で、アストラエの横にはセドナもいる。尤も彼女はいま久々の
「ちなみに、そのへそくりってのは……」
「非課税の裏金みたいなもんさ。この非常時にテロリストに金払って逃げようとしてた上に出てきた金が汚い金だったもんだから、もう凄いよ。聖靴派が中心になってこの裏金のシステムを作ってたことまでもう判明してる。これが聖靴派の最期になるだろうね」
血の粛清だよ、などとアストラエは笑うが流石に比喩的表現だろう。
まともに仕事をしていたのは偶然にもセドナとともにオークの手を逃れたスミス大臣を含むごく少数。ちなみにネメシアの実家であるクリスタリア家とロザリンドの実家のバウベルグ家は私兵で応戦して騎士団が助けに来るまで民を守る努力をしてくれていたようだ。
尤もスミス大臣の取り巻きはちょっと怪しいが、他にも無派閥の新人が意外にも頑張っていたので議会も完全に捨てたものではないのだろう。裏金連中は多分捨てられるけど。ざまあないぜ。ローニー副団長も小躍りする程度には喜んでいた。
「あの人の左遷理由、そういうことだったんだなぁ……待てよ、そうなると聖靴のクシュー辺りも引責じゃないか?」
「彼自身は騎士団の存続の為に仕方なく目こぼししてたんだろうけどね。自覚はあるのか、幹部連中共々早い段階で恩賞と勲章授与を自ら辞退したから軽い処分で済んだみたいだよ。プライド高そうに見えて存外引き際が良かったね?」
「本人なりに騎士団に対する愛があったのかもな……」
騎士団の維持に腐心したせいで過ちを犯しかけた皇国騎士団長ルネサンシウスのしんみりした顔が脳裏を過る。大きな組織の長には、それなりに背負うものがある。
それに、プライドの塊の聖靴騎士団が勲章を諦めるのは相当なものだ。
イヴァールト王も彼らの有事の働きと覚悟を汲んであげたのだろう。
はむはむと
「でも、これからが問題だよ……結局、一部のハイブリッド化は止められなかったんだもん」
「それなぁ。やっぱそんなに話は甘くなかったよなぁ」
「僕は未だにそんなに会ったことがないのでノーコメントで」
『ニューワールド』首謀者のシェパーの捕縛後、騎士団は全国のシェパーの息がかかった拠点を制圧して回った。殆どの拠点は電撃的な奇襲で即座に制圧されたが、中にはシェパーからの連絡の遅さから緊急事態と判断して民のハイブリッド化を強行してしまった施設もあったのだ。
王都のテロ以降にハイブリッド化された人間は男女を問わずおおよそ百名。
その内情は『ニューワールド』所属のシェパーの信望者が二割、その家族や恋人など――殆どが生まれつきの疾患や病などハンデを背負っていた――が一割、残り七割は事情も知らない民達だ。中には緋想石抜きだったために上手く人型にならなかった者もいたが、それはノノカさんの指導の下にルーシャーが緋想剣を使って因子を調整し、なんとか人型にはなったそうだ。
それでも尖った耳や緑の皮膚は隠しようもない人外の証。
民の大半が何の事情も知らない今、世間での扱いはオークもどきの化物となりかねない。
中には精神的に不安定になっている者もいるので、キャリバンの所の人外娘ズによるセラピーが執り行われているという。
ああなってしまった以上、意識は人と変わらないからと即座に社会に戻すことは出来ない。肉体的にも精神的にも未知数な部分が多いし、現行法では彼らを人類とするかしないかが微妙だし、問題は一朝一夕には解決できない。下手をすると政治的には解決しても差別や偏見が何百年も残ることになるかもしれない。
「ノノカさん曰く、リンダ教授やアマナ教授を含めて使えるだけの伝手を全て使ってハイブリッドを殺させるような事態は絶対に避ける、らしい。新種族としての人権をもぎ取るってさ。俺も手伝うつもりだ。まぁ、一応はシェパーもな」
ハイブリッドと言えなくもないシェパーの肉体は中途半端なオーク化をしたままだ。
これは王が「醜く不便な体で一生を過ごさせる」という罰を下した結果だが、当の本人は長年悩まされていた膝の問題が解決して「もっと早くオーク化してればよかった」とまったく気にしていないようだ。
表向き「体調不良につき大臣を辞職」という扱いになった彼の重罪は秘密裁判で裁かれるそうだが、普通に極刑のありうる罪状だけにどうしたものかと思う。
同情する気は微塵もないが、仮にもアルディスとルーシャーの育ての親だ。彼らがシェパーをどう思うにせよ、殺してしまうのは彼らの未来の選択肢を狭める気がする。
「悪いんだけど一応シェパーも生かす方向にしてくれんか? 終身刑でもいいからさ」
「構わないが……本当にいいのか? オークあらば地の果てまで追い詰めて必ず殺すと息巻いていた君が?」
いたずらっぽく笑うアストラエに、俺は堂々たる二枚舌を使った。
「アルディスが騎士になりたいそうなんでな。王立外来危険種対策騎士団はいつだって幹部候補生を募集中だよ。オークは騎士になってはいけないなんて法律には一言も書いてないよ」
「これは一本取られたね、アストラエくん!」
「いやぁ~結構本気で意外なんだけどなぁ。今まで息をするようにオーク殺すって言ってたじゃん」
しきりに首を傾げるアストラエにセドナは端的な提案をする。
「なら実際にアルディスくんとかに会いに行けば気持ちが分かるんじゃない? 外対のみんな曰く『オーク版ヴァルナだけどヴァルナよりピュアでかわいい』らしいよ?」
純ハイブリッド種であるアルディスは、あの決戦以来すっかり懐かれてしまった。本来は檻の外に出すこと自体に問題があるのだが、七星クラスの実力者が一人監視につくことを条件にルーシャー共々外に出させている。
アルディスは今まで興味を持たなかった外の世界に最初こそ退屈そうだったが、今は少しずつ外の知識を取り込むことに意欲を見せ始めている。そして最近ハグを覚えてしょっちゅう俺に抱きついてくる。心なしかカルメが嫉妬の視線をぶつけているような気がするが俺悪くないもん。文句あるならお前も来い。どうせマモリにも「マモリキヅネを心配させた罰だコン……」と健気にハグされてるし今更一人増えても構わん。ただし指をわきわきさせてるシアリーズは除く。
ちなみに、何故アルディスが騎士を目指しているのかを彼は言わないし俺も聞いていない。
俺の背中に憧れたなんて理由なら良いが、ロザリンドみたく騎士道じゃなくて人や剣技に興味を持って言っているのかもしれない。理由は何でも良いが、約束は忘れないよう言い含めてある。
アストラエは怪訝そうに首を傾げる。
「約束ってなんだ?」
「むやみに相手を傷つけるの禁止」
「……そんだけ? 人を襲わないとか正しいことをしろとか、そういうの約束しなかったのかい?」
「しねーよ。そんな曖昧な約束押しつけられてもアルディスが困るだろうが」
「確かにねぇ。人を襲わないって言ったって助けるために戦わないといけない時もあるし、アルディスくんまだ子供なんでしょ? 何が正しいかなんてこれから学んでいくことだもんね」
「そゆこと」
だから、俺はなるだけアルディスが外を見て世界を知る機会を削りたくなかった。ノノカさんも同意見らしく、時間を見つけてルーシャーを外に連れ出しているようだ。小さなノノカさんを慕うルーシャーは、身長差では勝っているのにノノカさんの子供のようで微笑ましかった。
余談だが、意外にもルーシャーはアマルにも懐いているそぶりがある。というかアマルはハイブリッドの人々にまったく物怖じせず何かと差し入れを持って言ったり話しかけたりしているのでハイブリッド側で好感度が高い。おバカで図太いのが妙な方面で役立っているようだが、主に女性ハイブリッドにモテてるのは気のせいだろうか。
「ちなみに何故かアストラエに忠誠を誓う奴も一人いるぞ。理由は分からんがお前に負けて投降したと主張してる。そんな筈ないんだけどなぁ、お前あの戦いに参戦してないもん」
「確かに謎だ……ん? いや、ん? いやまかさな……一応今度理由を聞きに行くか」
アストラエはそんなハイブリッド達に多少は興味を持ったようだが、彼の関心は他の所にも向いている。
「これからどうなるのかねぇ。君も知っての通り、会議が大荒れだったんだ。魔物の品種改良禁止の一部見直しは青天の霹靂だったよ。緋想石の回収についてもかなり近いうちに新体制が発足するだろう。ハイブリッド達を守るという視点からすれば利用できるが、それでも方々に波及する大波だ」
「聖盾も大忙しだよ。今は議員の裏金暴きだし、終わったらまた違う仕事が沢山あるし。これから私たちどうなっちゃうんだろうね?」
そう言いつつ、彼らは別に将来を悲観してはいない。
俺もそうだし、新しい目標も出来た。
親友には言っておこうと、口を開く。
「俺な。政治の世界に少しばかり踏み込もうと思うんだよ」
二人が驚いた顔をして、おかしくて笑う。
「あはは、変な顔すんなって。いや、政治家になろうとまでは言わないよ。でも騎士団なりの政治的な駆け引きとか、そういうの覚える段階にいきたい。これまでそういうのはひげジジイに任せきりだったけど、アルディス以外にも将来を不安視してるハイブリッドたちが沢山いるんだ。彼らを守る術を少しでも手に入れときたいんだ」
「へ~~~……君があんなに面倒くさがってた政治にねぇ。今の地位でも気軽に動けるんだろ? それじゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないけど、俺の予想では王国のオーク狩りはこれから加速度的に進むことになると思う」
セドナは即座に俺の意図を読み取った。
「なるほど、ハイブリッドのフェロモンによる命令権だね。今までオークを見つけ出さないといけなかったけど、オークの上位種として作られたハイブリッドはオークを強く惹き寄せる力がある。これまで後手後手で戦う場所を選べなかった対オーク戦略がひっくり返るんだ」
「言うほど簡単じゃないだろうけどな。それでも今回の一件で外対騎士団の社会的地位はかなり強固なものになった。これまでケチな数しか入ってこなかった新人騎士の数も増え、予算もがっぽり奪い取れる。そうなると対オークの戦いには終わりが見える」
「もう英雄は必要ない、か。もとより英雄を名乗った覚えはなかろうがね」
「当たり前だ。自称英雄とか恥ずかしすぎるわ!」
そう言って、三人で笑う。
実際にそうしたやりとりに参加するのはもっと先のことになると思うので、今はまだ暇を見つけて勉強の段階だ。コイヒメ義母さんやネメシアに色々教わることも多そうだし、そのときはアストラエとセドナにも力を借りたい。
「なんか、さ」
不意に、セドナが過去に思いを馳せるように瞳を閉じる。
「士官学校の卒業式のとき、三人で騎士団の未来を引っ張るってノリで誓ったじゃない? あれ、今更になって輪郭が見えてくるなんて不思議だよね」
アストラエが苦笑いして頷く。
「こういう風になるとは想像してなかったけどね。僕なんかあと何年かしたら聖艇抜けるしさ」
「コネが残るだろ? きっと未来にアストラエのやりたいことに活きるよ」
「僕の当面の課題は
「そのついでに俺を手伝え!」
「いやいや、変わらず君を振り回す側にいるよ!」
「ねーねー私はー?」
甘え声のセドナは可愛いが、もちろん言わずもがなだ。
「友達のピンチならいつだって駆けつけるさ」
「てか、そういうセドナはなんか目指すところ出来たのか?」
「ん。私ね、聖盾で出世しまくって自分の捜査チーム作りたいなって!」
将来を語るセドナは、今まで以上に笑顔が輝いて見えた。
「今回も結局後手に回っちゃったけど、こういうときに聖盾の正規の筋とは違った、私の権限で独自に調査出来るチームがあったらもっと話が早かったと思うの! だから、私これからガンガン出世してバンバンコネ作ってドンドン新人に粉かけて、対テロにも使えるチームを作る準備するんだ!」
「セドナのチームか……そりゃいい。俺らにこっそり情報流してくれたら尚のこといい」
冗談半分でそう言うと、セドナはにたりと意地悪な笑みを浮かべた。
「代わりに二人は二度と私に隠し事出来なくなっちゃうよ~? どんなに証拠を消しても必ず見つけちゃうんだからね!」
「……なぁヴァルナ。セドナにこう言われるとなんとなく笑えないのは気のせいかな」
「……俺はこう思う。やましいことをしないようにするのが一番平和だと」
「肝に銘じておくよ」
彼女ならいつかカルメが本当は男なのか女なのかさえ暴いてしまうような気がする。
そうして俺たちは暫く料理をつつきながら語り合い、そして帰路に就いた。
帰り道、空を見上げながら漠然と王都の大事件を振り返る。
(マジで色々あったな……)
結局、シェパーの変革は王国という国を否応なしに動かす結果となった。
国内の派閥による弊害、騎士団の扱い、犯罪対策、人権問題……それが王国内で収まったのは奇蹟に近いが、世界も世界で彼の関係ない場所で変化を迫られた。結果として、俺自身もまた今のまま過ごす訳にはいかないと新たな未来を思い描くようになった。
この世界は自分が見ている範囲だけが現実ではない。
世界という現実を彷徨う俺たちは、運命を少しずつ書き換えながら生きている。
オークを皆殺しにすると誓った俺が考えを変えたのは、環境の変化のせい。
世界が変われば、人は否応なしに選択を迫られる。
選択は常に完璧とはいかず、時間制限の中ではじき出すしかない。
シェパーは限られた時間の中で余りにも多くを選びすぎた。
逆に、選ばなすぎた聖靴派閥のような存在もいた。
選ばされて戦いに身を投じたハイブリッドも多くいた。
俺はと言えば、騎士道という灯火を頼りに、仲間達と手を繋いで何とか乗り切っただけだ。
世界が変わるとき、それをねじ曲げて今を永続させることは出来ない。
しかし、共に歩む仲間がいれば、協力し合うことは出来る。
俺たちはどう変われば良いのかを、俺たちの理想と信念に従って選ぶことができる。
そして選択には、常に責任が伴う。
「ただ役割に徹して仕事を受け取るだけの時期は終わりだ。こっから先は、俺が世界を変えるための仕事を見つけていかないとな」
維持するだけが仕事じゃない。
新たな国民となるであろうハイブリッドの居場所を確保するのも、俺の騎士道だ。
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