496話 終わりは始まりです

 王都が死に物狂いで損害を隠蔽していたその頃、世界サミットも実は荒れていた。


 原因は議題そのものである魔物因子に関する議題と、もう一つ。

 これまで世界サミットの最終意思決定において賛成と反対と相槌以外喋らなかった運命の女神が何故か今回に限ってやる気満々だったことだ。


 基本的に世界サミットは世界中の為政者たちが話し合った結果を天使と悪魔が一度神々の元に持ち込み、基本は人間の決定に沿いながらちょこちょこ肉付けしたり削ったりして返し、を何度か繰り返して結論が出る。

 ところが、女神序列二階位である運命の女神――階位は人でいう階級であり、二階位の女神たちは一階位である最高神を除けば実質的な女神の最高位である――が口を出すと、神々の議論が非常に長引く。


 なにせ運命とは世界を満たす目に見えない律そのものだ。

 しかも運命の女神の指摘は一つ一つがなかなか鋭かった。


「人間による遺伝子操作って品種改良とかで既に一部使われてるわけであって、いつまで頭ごなしに魔物だけ駄目にするのかな? あと百年? 千年? それとも人間には原則不干渉ってしながらこれだけは神の威光を見せびらかすの?」


「魔物と人とのバランスが取れるまでこれ関連に神が口を出すってことだったけど、そもそも何を以てバランス取れてるって決定するの? 数? 戦闘力? どちらかがどちらかを滅ぼすまで? 変異した人を人と認めるかのときもまごついたけど、この辺の議論って『これまで』しかなくて『これから』が欠如してない?」


「進化の緋石……人間は緋想石って呼んでるけど、回収に時間かりすぎじゃない? 今までお役所仕事的にやってたけど、気合い入れてスムーズに回収出来る組織を神々の側で用意してすみやかに回収しないから今回の問題が起きてるんだよね? そこ、どう考えてるの? 基本方針に逆らってはいないけど沿ってもいないよね?」


 これまで神々が内心思っていたけど話が長くなるからと言わなかったことを突くわ突くわ。運命の女神よこれ以上喋らないでくれと目線で訴える他の二階位を完全無視してガンガン詰めるものだから、詰められた下の階位の神々は泣きそうだった。


 こうして、神々の側での議論が白熱したことで人々の待たされる時間も増えた。

 尤も、人間側からすればこれまでやや形式的になりつつあったサミットが大きく動いている状態なので、退屈する暇はなかった。


 こうして世界サミットは大きく前進し、四日間を費やして歴史上重要となる指針がいくつか定められることとなる。


 そして、彼らは通常位相に戻ってくると王国の贅を尽くした料理に舌鼓を打った。

 会議中も食事は振る舞われていたが、会議からの開放感もあってか今まで以上に食事が進んでいる。


「いやぁ、今回の会議は正に世界が変わるものでしたなぁ」

「まったくです。自分の代でここまで会議が動くとは」

「新鮮な経験をしたせいか、一度見た筈の王宮内もいっそう輝いて見えますなぁ」

「そうですなぁ! ははははは!」


 為政者たちの会話を聞きながらニコニコするメイドたちは全員もれなく内心で冷汗だらだらだ。なんせ争いの痕跡がバレないよう過剰なまでに王宮をピッカピカにしたのだから。調度品は壊れたものを破棄して同じ品やそっくりな品に入れ替え、カーペットも絨毯も総入れ替えし、見える範囲は全て完璧に仕上げた。


 そして輝かしい反映の裏で、サミットで一切使われる予定のない隣の部屋の中は未だ壊滅状態にある。厳重に鍵を閉めて絶対に入れないようにしてあるし入る者もいないのだが。壁一つ隔てた向こうに決して見せられないものがあるのだから彼女たちのスリルは半端ではない。


 既に王国の王族たちや使用人には最低限王都内で起きたこととその対応は伝えてあるため、王族たちもいつもの笑みを浮かべながら内心は汗だらだらである。


 ちなみに一部破壊された外壁は四日で修理が間に合わないのでぶっ壊れたままである。庭園は庭師が死ぬほど頑張ってぱっと見には痕跡が分からないくらいに仕上げたが、もし国賓達の誰かが酔っ払って行く予定のない場所に行った瞬間、テロの痕跡がこんにちはする。


 彼らが王都を出てパレードの歓声に包まれ、王都を出て大通りを通って帰っていく際に絶対に視界に入らない筈の場所は、みんなハリボテの如く反対から見るとぶっ壊れたままだ。王国側からすればヘラヘラ笑ってないでさっさと母国に帰りやがれと叫びたい気分である。


 尚、執事長セバス=チャン・バウレンは四日間氣を体内でこねくり回しながら治癒を受けて会議終了にギリギリ間に合う形で復帰している。二代武闘王セカンドオデッセイであることが知れ渡ったことでちょっとした人気者扱いの執事長が数日前まで骨をバキバキに折られて寝込んでいたとは誰も思わないだろう。

 無論、四日間寝込んだ後にいきなり仕事なので無理をしているのは言うまでもないが、彼以外もみんな無理をしているのをメイクで覆い隠して誤魔化している。


(このセバス=チャン・バウレン、護衛たちにも一切氣の揺らぎを悟らせずにやりぬいて見せましょう!)

(執事長……おいたわしや!)

(いつまで続くんですかね、この歓談は……)


 それからたっぷり数時間かけ、諸々の準備が終わった国賓たちを見送るパレードが始まった。王都の町並みを見回した為政者たちは感心する。


「おお、来たときより更に活気に溢れておりますな!!」

「垂れ幕や看板が更に増えて、より豪華ではないですか!」

(準備した者の心境は業火だろうけどね)


 アストラエは知っている。

 あの大量に増やされた垂れ幕の中には罅割れ、崩れたりどうしても作業の間に合わなかった破壊の痕跡が残っていることに。看板が増えたのは、看板を支える足場を使って道路の破損や傷を誤魔化すためであることに。


 ちなみにパレードの通り道から離れた高級住宅街はオーク達の投石によって屋根や外壁に穴が空いた場所が多数だが、遠目から見れば違和感がないよう即席で修繕されている。近づいて見ると綺麗に揃った屋根がよく見たら良い感じにペンキを塗っただけのベニヤ板という状態なので、これを修繕と言えるのかは謎でしかないが。雨が降ったら色が落ちてもうおしまいである。


 仮設浄化場は研究院の余った土地でちょっとした丘のようになっているが、全力で作った看板と全力の臭い消しによって今のところ気付かれていない。あと一時間長く居座られるとオークの遺体が分解される独特の堆肥のような臭いが隠しきれなくなるだろう。


 当然、路地裏に入れば建物に大穴や崩落は数多ある。というか城を挟んでパレードとは反対方向に当たる部分はもっと酷い。修理の音が聞こえると不審がられるので今は全作業がストップしているが、今の王都はハリボテの都市である。


 民衆は熱狂的に声援を送っているが、当然多くの人々は早く帰れと思っている。

 これで国王が不人気だったらどさくさに紛れて実情を告発する者が出てくるところだが、生憎と民は金で買収されているのでそんなことはしない。しても衛兵が即座に捕えられるよう準備をしている。


 と、パレードの途中に他国の王族の一人がぎょっと目を見張った。


「あ、あの地面の大穴はなんですかな……?」


 王国側の全員の背筋が凍り付く。

 彼が指さした先には、道路を穿つ巨大な大穴があった。

 これはギガントオークが地下の構造が脆い部分に誘導されたことで踏み抜いてしまったものであり、ブッセが誘導してここに嵌めることでギガントオークをより安全に倒すことが出来たという経緯がある。

 どう考えても四日で修理が間に合わず、誤魔化すにしても破壊の痕跡が大きすぎてどうにもできなかった大穴。それを前に、王国第一王子イクシオンが疑いの余地を残さない自信満々な笑みで穴を指さす。


騙し絵トロンプイユです!」

「え」


 イクシオン、稀代の大嘘である。


「我が国の新進気鋭の騙し絵師、バウム氏による渾身の一作ですね! 丁度王都では騙し絵展を開いておりまして、あれはその目玉の絵でございます! どうです、どこからどう見ても大穴が空いているようにしか見えませんが、実際にはそう見える見事な絵なのです!」

「え、えぇ……でもあれ、どう見ても穴が空いて……というか来る時にはなかったような?」

「最終日限定のパフォーマンスで描き上げられたものです!」


 全部嘘である。

 イクシオンは自己催眠レベルで自分を騙すことで一切の淀みなく嘘を吐き散らかしていた。これも王族の並々ならぬ精神力故なのか、それとも現実からの逃避がそうさせるのかは定かではない。

 イクシオンがぱんぱんと手を鳴らすと使用人が一つの絵を持ち込む。

 それは、びりびりに表面を引き裂かれたようにしか見えない絵だ。

 バウム本人が描いて展示していたものをイクシオンが個人で買い取って持ってきた品に、周囲の関心が集まる。


「これもバウム氏の絵です。どうです、破れているようにしか見えないでしょう? しかし角度を変えてみると……」

「おお、キャンパスは無事だ! なんとも摩訶不思議ですな!」

「これほど精巧な騙し絵は見たことがない!」

「あの大穴以外にも幾つか破壊の痕跡のようなものがあるが、あれも全てそうなのか!」


 示し合わせたように民衆の一人が破壊の痕跡に手で撫でると、破壊の痕跡などないようにするりと滑った。言うまでも無くサクラであるし、彼の隣の破壊痕は本物だが、そんなことは露知らない国賓たちは盛り上がる。


『もう修理間に合わないからバウムちゃんの騙し絵ってことにしましょう』


 そう言ったのは破壊の原因を作った作戦立案者、ブッセだった。

 その提案を元にバウムと、彼女の助手としてトマ――彼はトマス・アキマスという著名な画家でもある――が全力で仕上げたのがこの騙し絵だ。大まかな部分をトマが描き上げ、人を騙す細部をバウムが必死で仕上げた破壊の痕跡の騙し絵は、本物の破壊の痕跡と見分けがつかないほど精巧に作られている。


 道具作成班の度肝を抜いた狂気の奇策だが、大穴のサイズが大きすぎてそれしか自然に隠す方法がないという話になり本当に実行されることになった。


「本物にしかみえないけどなぁ……」

「騙し絵です。私も見たときは騙されましたとも」

「あれ? でもサミットに参加して別位相にいた王子はどうやってアレの存在を事前に知って自信満々に騙し絵だと――」

「王子ですから、当然です」

「そう、ですか。王国だとそういうものなのか……? そういえばイクシオン王子はあいどるゆにっとなるものをプロデュースしていると聞きましたし、実にサブカルチャーに精通しておられるのですね」


 王子必殺、嘘のごり押し。

 相手は押されて騙される。


 最後に国賓達は見送りの騎士達の整然とした隊列を見る。


「相変わらずヴァルナ殿とシアリーズ殿は存在感がありますなぁ」

「他の騎士の面々も最後まで務めを真っ当している」

「来る時と同じ光景の筈なのに、なにやら気迫が違って見えますなぁ」


 さっさと通り過ぎて帰りやがれという気迫である。


 疲労困憊の騎士達はメイクで無理矢理顔色を隠し、己を石像だと思って全神経を姿勢の維持に注いでいる。今ここで一瞬でも気を抜いたら倒れるという者も少なくない。彼らを支えるのは気力、責務、料理班の料理、そしてひげジジイことルガー団長への憎しみと国賓達への呪詛である。


(お前らさえ、お前らさえいなければ……)

(失せろ……二度と王国に来るな……)

(笑うな、喋るな、歩くな……走って帰れ!)


 まさか他国の騎士達に憎しみを向けられているとは露知らぬ国賓達。

 しかし護衛たちはその限りではなく、当然殺気を僅かに察知するのだが――そんな彼らも無視出来ないゲストがいたためにそうはいなかかった。


 騎士団の列の中で一人だけ、高めの場所で堂々と姿を晒す男がいたのだ。


(だっ)

(ダッ)

(だッ)

(ダっ)


 彼らは声に出しそうなそれを必死で抑える。

 護衛任務に集中しなければならないのは理解している。

 しかしそれを差し置いてでも、見ずにはいられない強烈な現実があった。


 そこには、皇王イメケンティノスが発案したある意味伝説の『勇者の服』に身を包んだ男、クロスベルが堂々と立っていたのだから。


((((だせぇぇぇぇぇ~~~~~~~ッ!!!))))


 股間もっこりの白タイツ、ミニスカート、乳首を隠すような謎ボタン。

 ありとあらゆる要素が成人男性が身に付けるにはキツすぎる要素の集合体。

 間違いなく、クロスベルは世界で一番ださい服に身を包んでいた。


(いや、うわ、えっ、ださ……)

(この世にこんなにもださいものある!?)

(やばい恥ずかしすぎて直視できねぇ!)

(なん、な、なんなんだこれは……なんなんだ。シリアスな笑いなのか?)

 

 クロスベルは瞳孔の開いた目で虚空を見つめているが、衝撃的なダサさに護衛達はもう護衛どころではない。クロスベルの顔がヴァルナそっくりであることまで認識力が回らないほどの視覚情報の爆弾である。国賓達もざわめくが、皇王イメケンティノスだけは大喜びで諸手を挙げる。彼だけはパレード直前に彼のことを聞かされていたからだ。


「おお、勇者クロスベル! 余の為にその服を着て見送りにきてくれたのか!! せっかくおぬしのために作った特注で最高級の勇者に相応しき美の化身の如き衣服、よく似合っておるではないか!! 素晴らしいぞ、勇者クロスベル!! 貴殿の勇姿、このイメケンティノス決して忘れぬ!! 百代の未来まで語り継いでゆくぞぉぉぉぉ~~~~~~~ッ!!」


 彼以外全員ダサイと思っているが、仮にも世界最大級の国家の王が褒めてしまうと誰もダサいとは言い出せない。ここでダサいと公言すればイメケンティノスのセンスにけちをつけて恥を掻かせることになるし、関わり合いになりたくもない人は大多数だった。


 このクロスベルはひげジジイの策略で違和感を誤魔化すために用意された特大の違和感、すなわちデコイである。

 本人は涙を流して死ぬほど嫌がったが、ジジイが上手だった。


『お願いします、王立外来危険種対策騎士団の皆さん。俺に戦いを手伝わせてください……って、言ったよなぁ? 王立外来危険種対策騎士団じゃなぁ、事後処理終了までが戦いなんだよぉッ!! 契約書にも書いてるしなぁ!!』

『あああああ!? 書類の目立たない端っこの文字みっちりのところに確かに書いてるぅぅぅぅぅ!? イ゛ヤ゛ァァァァーーーーーー!!!』


 震える手で契約書を見つめる彼の肩をぽんと叩いて慰めるピオニーの姿が印象的だった。彼も嘗て契約書でやっちまった男の一人だ。


 こうして、多少の違和感を補って余りある最高の囮と化したクロスベルは精神崩壊状態で突っ立っている。多分次に目が覚めた時には自分が恥ずかしい姿をしたという記憶を完全に忘却していることだろう。

 護衛達は、ひげジジイの狙い通り騎士の様子を窺う余裕もないくらいダサイ光景に目を奪われ、結局そのままパレードを通り過ぎて帰路に就いた。


 ……港まで彼らを送る騎道車は各地のシェパーの拠点に騎士を送り込んだ後にとんぼ返りで王都までやってきたものだ。全車両で運転手の仮眠室がフル稼働しており、人員交代の余裕もなくほぼ極限状態の彼らが最後の貧乏くじの役目だ。


「鼻にからし塗り込んででも寝るなよ……」

「副運転手のお前こそ、気付いたら寝てるとかやめろよ。マジ、ここで事故ったら洒落にならん」

「よし、もししくじったらライの騎動車がひき殺しに来ると思おう」

「待って、あいつマジでやりかねん怖い怖い怖い」


 ――こうして、世界サミットに参加した各国首脳陣とその護衛達は、ちょっと変だなとやや思わなくもない気がする程度の違和感は覚えつつもまさか国家転覆のテロが起きたとは夢にも思わないまま王国を後にした。


 もてなす側は、もてなされる側に裏や苦労を見せる必要は無い。それは組織、接客としては正しいが、そのために身を削って苦労させられた人間に対しては余りにも無体な言葉である。

 王都の騎士と衛兵、メイドや使用人達はパレードが終わると同時に膝から崩れ落ち、泥のように眠り――そして目が覚めてから気付いた。


 ここからは外見だけ繕った誤魔化しではなく、であることに。パレードの装飾の撤去、後回しにして隠した破損部分の修繕、廃棄が間に合わなかった大量の残骸の処理場所選定、死体処理の再開、そしてお待ちかねの始末書……。


「もう後片付けは嫌だぁぁああぁぁぁーーーーーーーッ!!!」


 誰の声とも知れない魂の叫びが王都に響き渡った。

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