426話 条件確認は必須です
レイフウ道場にドンロウ道場へ五行勝負を仕掛けて欲しい。
そして、その手伝いを俺たちにして欲しい。
ライエンの言葉の真意を、俺は測りかねた。
言っていることは分かるが、意図や理由がまるで掴めない。
最初に口を開いたのは、ショウ師範だ。
「それは、勝負に勝て……という意味でよろしいのでしょうか」
「勝敗は問わぬ」
ますます意味の分からない言葉が出たが、ライエンは言葉を続けた。
「勝てずとも長引かせよ」
「は……?」
「朕は説明は得意ではない。ダーフェン、ホンシェイ、説明を」
「「ははっ」」
一礼して歩み出てきた双子の役人が説明を始める。
「我らが主はバン・ドンロウ殿の国への貢献には感謝いたしております。彼らの商売は宗国の近代化に一役買い、経済が活発になることで民草の懐も潤い、税収も申し分ありません」
「しかし、我らが王はバン・ドンロウ殿に懸念を抱いております。法に触れる行為の疑惑はかねてよりありましたが、王にはそれ以上の懸念があり、バン・ドンロウ殿に首輪をかけたいとお思いです」
つまり、いい加減バンの商売が目に余りだしたといった所だろう。
バンはこの国で権力と財力を握りすぎた。
下手をしたら王権を転覆させかねないほどに。
宗国は王を頂点とした国ゆえ、王より強い存在がいてはならない。
アストラエがまるで日常会話でもするように自然に質問する。
「方法や如何に」
「バン・ドンロウにはどうやら世間に知らせたくない隠し事がおありのようで、ドンロウ道場総本山の奥に存在する施設への入り口を制限しております」
「特に外国には知られたくないのか、諸外国から武芸を学びに来た人間は末端にいたるまで絶対に身内として迎え入れないようお触れを回しているとか」
「それに、確かにバン・ドンロウは商才がおありなのか商人として絶大な地位を築いてはいますが」
「商売を始める際に必要だった筈の元手を含め、彼の資金回りにはどうも宗国の関与しないお金の流れが存在する節があります」
宗国の関与しないお金の流れ、とはなんだろう。
犯罪で仕入れた裏金のようなものか、それとも何らかの資源を独占しているのか。
考え込んでいると、セドナが先に質問した。
「外国からの資本が流入してるってことが言いたいの?」
「我々は、その可能性が高いと考えております」
流石はセドナ、察しが良い。努力と経験で知恵を身に付けた人間でしかない俺には、この天賦の思考のキレは真似できない。
双子の説明は続く。
「バン・ドンロウ殿の支配地域には港も存在し、そこでは小規模ながら海外との交易が行われております。それに、言ってはなんですが我が国は貿易相手が少ないが故に貿易に関する法律の改正が遅れており、抜け道が多いのです」
「バン・ドンロウが法を犯すか、抜け道を使って海外の組織と通じている可能性は高い。しかし、それは問題ではありますが今回の依頼の本質とは異なります。問題は、流入する海外の資本が何故、なんのためにバンの元に流れ込み、その資本とバンの隠し事に何の関係があるのかです」
「事と次第によっては、彼の失脚にも繋がりかねません」
その言い様はまるでバンが失脚すると困るようにも聞こえるが、考えてみれば困りはしそうだということに気付く。
国内最大規模の商人ということは、ドンロウ一派が雇用する人間や彼の恩恵を受ける人間は非常に多い。そのトップがいきなりお縄にかかればドンロウ一派中心となった経済が突如として停滞し、彼が王に献上しているという莫大な税金も消え去る。そうなれば困るのは王の方だ。
「首輪ってそういうことか。バンの弱みを握って上手くコントロールしたいんだな」
「言葉を選ばなければ」
「そうも言えます」
「しかし、弱みが眠っているであろう総本山はバンによる情報管理や出入り管理が厳しく、国としても下手に刺激して更に警備が厳重になったり隠し場所を変えられると厄介であります」
「しかも、実力行使した場合、四聖拳とバン殿当人が出向いてくる。対して宗国の兵力は、寝返りの可能性があるドンロウ道場と関係のある者を除けば少々心許ないのが現状です」
アストラエが「なるほどな」と頷く。
「だから最高戦力たるその五人を五行勝負に引っ張り出し、鬼の居ぬ間にガサ入れするということか」
五行勝負はバンにとっても実力を披露するパフォーマンスとして貴重な機会だ。断れば逃げたとも受け取られかねない以上、必ず出てくるだろう。そうすれば、総本山は最高戦力を欠いた状態になる。
それでも厳しい戦いになりそうだが、そこは王も考えがあるらしい。
「人類最強と謳われるガドヴェルト殿と、絢爛武闘大会優勝者のヴァルナ殿。二人が五行勝負に参加すると情報を事前にばら撒けば、総本山の者とて戦いを一目見たくなって相応数現場に到着するでしょう。総本山の者はバン殿が自ら選んだ根っからの武人達ですから」
「そこに民衆も押し寄せる。王はこの五行勝負に国内最大の武闘会場、『武演館』の利用を許可する予定です。後になって総本山にガサ入れが入ったと知れても、押し寄せる民衆が邪魔で会場から出るのは難しくなるでしょう。よってガドヴェルト殿、ヴァルナ殿両名の五行試合参加は必須ということでお願いいたします」
勝敗は問わないが長引かせろ、という注文の意図はそういうことだったらしい。
ショウ師範は複雑な顔をしているが、王の頼みを断れるほどの拘りはなさそうだ。
「はいはーい、もう一つ質問がありまーす」
セドナが元気に手を挙げる。
これは普段の天真爛漫さではなく、少し演技していると俺は感じた。
「バン・ドンロウのヒミツが総本山にあるっていう情報、誰がどんな風に裏を取って掴んだの?」
「我々が掴みました。バンは我々を王の下に送り込んだ間諜だと思っていますが、事実は違う」
「我らが忠誠を誓うは最初から王のみ……俗に言う二重間諜というやつです」
悪びれもせずにっこり笑う双子の兄弟に、セドナは「やっぱり」と苦笑した。
ダーフェンとホンシェイはドンロウ道場で武術を学び、やがて王の側近となった。バンはこれを利用して彼らから王の動向を探らせていた。しかし実際にはダーフェンとホンシェイは最初からゴウラィエンブ王に忠誠を誓っており、彼らの真の目的はバンの秘密を探ることだった、という訳だ。
この王、とんだ食わせ物だなと内心で思う。
ただ、アストラエは乗り気ではなさそうにデザートの杏仁豆腐を匙でつつく。
「僕たちが関わるメリットなくない、この話?」
「それは確かに。言ってしまえば宗国内の内ゲバだしな」
「得するのはライエンおじさん、失敗しても懐があんまり痛まないのもライエンおじさん。こっちにももっと旨味が欲しいよね~。ちらちら」
わざわざ視線を口に出しておねだりするセドナに、ライエンも苦笑して返事する。
「――朕は別にこのままバンを放置して彼奴が王国で狼藉を働こうが、宗国の腹が痛まねば構わんのだが?」
瞬間、店内を恐ろしい寒気と覇気が吹き抜けた。
俺も、アストラエも、セドナも、その場の全員が感じた。
一国の王という存在が如何なるものであるか、その存在としての格を。
ライエンはすぐに普通の顔に戻り、デザートを平らげる。
「朕としてはどちらでもよいが、貴殿らと関係のない話でもないからな。無論、これは唯のお願いであるが、叶えてくれるなら宝物殿から好きな宝を一つ持っていってもよいぞ。ショウもだ。宝の代わりに願いがあるなら聞くが?」
「それは……いえ、結構です」
「で、あるか。しからば朕はここで失礼する。ダーフェン、ホンシェイ」
「「ははっ」」
二人は即座に礼をすると、イーシュンに「こちらを」と札束を渡して去って行く。食事代と迷惑料といった所だろうが、受け取ってイーシュンの糸目が一瞬開眼する程度には大金だった。
ライエンは双子が空けた入り口を通り、堂々と退店し、俺たちが残される。
俺は知らず固唾を呑み込む。
「あれが王様の圧ってものか。食わせ物どころの話じゃないな」
「ビックリしちゃったね~。パパが本気で怒ったときのこと思い出しちゃった」
「……」
セドナも驚きを隠せなかった中、アストラエだけ床を見て沈黙している。
どうしたのかと思いきや、アストラエは肩を揺らしてくつくつと笑っていた。
「どうしたんだお前」
「いや……あの王は確かに厄介な王だが、僕らが若いからと少し驕ったな」
「……というと?」
アストラエは顔を上げ、いいものを手に入れたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「五行試合を長引かせるには実力者が必要で、僕たちにそれに協力しろということは、例えば僕ら全員にガドヴェルトを入れて全員外国人チームで宗国最強の拳法家たちを蹴散らしていい訳だろ?」
「まぁ、そうなるな」
確かに、俺たちは見習いとはいえレイフウ道場の門下生扱いなのだから参加する権利はあるだろう。宗国トップの拳法家たちが王国騎士にボコボコにされるのは国の体裁上よくない。
だが、あの連中は本当に強い。
俺とガドヴェルトはともかく、他の面子が一勝できるか怪しいレベルだ。
「はっきり言ってメンケント、セドナ、それにお前の三人が勝てる公算は低いぞ。お前の肉体の鍛え方はどんな戦いも出来るオールマイティなものだが、四聖拳は格闘戦に特化した鍛え方をしてる。この差は大きく出る。俺だって絶対勝てるってほどの自信はまだない」
「そこじゃないぞヴァルナ。勝てるかどうかじゃない。勝ったら何が出来るか忘れたか?」
「えーと、勝った場合……一つバンに絶対の命令が出来るんだったか」
「じゃあ命令の内容は僕らで決めていいよな?」
あっ、と声が漏れた。
アストラエの口角がニィ、と上がる。
「多分だがあの王様、俺らが参加しても一、二勝が限度だと踏んでたんだろう。つまりドンロウ一派が敗北するという想定をあの王はしていない。まぁ実際そうなのかもしれんが……はて、勝ったと聞いたときあの王は慌てるぞ?」
俺とセドナは顔を見合わせ、異口同音に呆れる。
「「悪党の発想」」
「ははは。悪いのは勝利時の条件を指定しなかったライエンおじさんだからなぁ!!」
悪魔の笑みで勝ち誇ったように両腕を振り上げるド畜生アストラエ。
こいつ、王の話を聞いてるとき妙に静かだと思ったらこれを狙っていたらしい。
「てか五行勝負勝者の命令権って師範にあるんじゃねーの?」
俺たちの視線はショウ師範に向く。
師範としては王の無茶ぶりだけでもなかなかに苦しい上に、俺たちに力を借りなければ勝負を引き延すなど土台無理な状況だ。しかし、王に対して無礼を働くことは避けたいから命令権は持っておきたい。しかし命令権を行使するには勝つか粘らなければならず、実現するには結局俺たち助っ人外国人が必要……ショウ師範は出口のないループに閉じ込められてひどい懊悩のため息をついた。
「もう引退しようと思っておったのに、何故こんな苦労が湧いて出るのだ……」
そんなショウ師範の肩を、話がよく分かってなかったらしいガドヴェルトが叩く。
「よく分からんが、そんな難しい顔するな! なんなら勝負の間だけ俺が看板背負って師範の代役してもいいぞ!!」
「サラっと恐ろしいことを言うなッ! おぬしのような男に任せたらレイフウ道場の門下生が増えかねなくて恐ろしい! とんだ乗っ取りじゃわい!」
「しかし僕たちは命令権目当てだ。命令権をくれないなら手助けしなーい」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! いい、もういい!! 命令権はやるから好きにしてくれッ!!」
「アストラエくん、ショウ師範を虐めすぎだよ!?」
「そうだぞ、ちったぁ師範を労れこのドグサレ外道」
「褒め言葉にしか聞こえんなぁ! あーっはっはっはっはっは!」
こうしてショウ師範は命令権を手放してアストラエは高笑いした。とりあえず、俺が外付け安全装置として余りにもあんまりな命令をしないよう目を光らせておこう。マジで何言い出すか分からんし。
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