425話 お願いします

 宗国に着いてから数日が経過した。


 あの後、レイフウ道場にガドヴェルトを連れて行くとショウ師範は目眩を起こして倒れてしまった。すぐに目を覚ましはしたが、やっぱりガドヴェルトを指導するのは断られてしまった。

 と言うわけで、俺たちはガドヴェルトと共に道場の訓練の様子を見ながら独自に修行している。俺はガドヴェルトを訓練相手に氣の練りを練習していた。


「これを、こうして……あり? なんか違うな」

「もっと前面に収束させた方がいいんじゃないか? 肘を意識してるだろ。そうじゃなくてもっとこう、背中から直通させる感じで……」

「背中て。ええと……ああ、そういうことか。こうだ!」


 ガドヴェルトの曖昧なアドバイスを元に模索してみると、思った通りに腕に氣が通る。流石は氣の天才ガドヴェルトである。ちょっと指導が感覚的だが、彼の師と俺の氣の師のタイプが近いのかなんとなく通じる。


 アストラエはというと、滝に打たれながら氣の練りを練習していた。


「滝の流れに逆らわず、沿うように……僕自身が二の型・水薙……そうか、水薙のあの透き通った感覚はここに源流があったのか……」


 アストラエが何かを掴んだ瞬間、氣の質が変わる。

 より先鋭化され、収束された氣はあいつを一つ上の氣の位に押し上げたようだ。


 そしてセドナはというと。


「よっ、ほっ、やーっ! ほわちゃーっ!!」


 メンケント相手に見よう見まね拳法を繰り出している。ノリノリなことに髪型も宗国式のお団子で、服装もチーパオに着替えている。一応激しい動きを前提としてスパッツを穿いているが、元々が美少女のセドナなのでレイフウ道場の門弟達の集中力を著しく乱していた。


 しかも、軽い声に反してメンケントが受け止めるセドナの拳がヒュパァンッ!! と凄まじいキレの音を出している。氣を込めつつもレイフウ道場で教える拳法とはあまり似ていない独自のアレンジを加えまくっているが、受けているメンケントは相当痛いに違いない。それが証拠にメンケントの氣が受けることに特化してめきめき上達している。痛みを我慢するのに必死で本人は気付いてなさそうだが。


 そしてその日の昼、全員がショウ師範に呼び出された。


「貴方方の……レイフウ道場への体験入門を……認めます……」

「はぁ。なぜ急に?」

「ハッキリ言いまして、貴方方が気になりすぎて弟子たちから修行に身が入らないという声が多いです」

「それはその、騒がしくてすみません」


 俺としてはその程度で氣を乱していては氣の極致には至れないとエロ本師匠に教わったのであんまり気にしていなかったが、氣の教えにも色々あるのだろう。

 そういえば、あのエロ本師匠も実は宗国出身だったんじゃないだろうか。

 ついでなので聞いてみることにした。


「ショウ師範。エロ本を後生大事に抱えた氣の使い手をご存じないでしょうか」

「そんなふしだらな武人がいたら儂が根性を叩き直します」

「エロ本を読んでも氣を乱さなければ氣の極致に行けるとか言ってる人で、子供の頃の俺に氣を教えてくれた、まぁ一応師匠的な存在なんですが……」

「貴方に?」


 途中まで胡乱げだったショウ師範の目が一気に鋭くなり、何やら考え込む。


「……貴方ほどの氣の使い手を育てたのなら只者ではありますまい。お名前は?」

「それが、子供の頃のことなので……あっちも名前を名乗らない上に、エロ本取り出した辺りで絶縁したので」

「賢明な判断かと」


 ものすごく納得した顔で頷かれた。

 ともあれ、こうして俺たちは体験入門という形ではあるが本場宗国の氣を正式に学べることになった。


 この間にも王国と宗国の間では様々な視察や話し合いが進んでいたが、なにせ皇国と違って宗国は今まで碌に国交のなかった国である。皇国と違って視察に費やす日にちは長く、俺たちの自由時間もそれに比例して多くなる。


 かなり充実した時間だった。

 合間合間で剣の稽古もしたが、氣が応用できる部分は多く、大分スキルアップしたと思う。ついでにそれらの成長について分析して訓練に応用出来るよう話し合いをしてたら夜更かししてしまったりもした。


 ガドヴェルトに関しては、元々化物だったのが更に化物になった。

 まさか振り上げた拳で流れ落ちる滝を割るとは思わなかった。

 あれを見た瞬間、ショウ師範は「もう貴方が道場を継いでくれ」と不貞腐れていたくらいである。


 ついでにガドヴェルトの旅話や俺のオーク討伐の話で門弟共々盛り上がったりもした。


「なんつーか、こんなに充実した日々送ったの久しぶりだ」

「君は年がら年中オーク狩りに追われてるというか、自ら追ってるからね。いくら専業とはいえたまには息を抜いた方がいい。宗国は他の土地と比べてもオークが少ないようだしね」

「そうだよねぇ。今もどうせ『何故宗国ではオークが少ないのか調査した方がいい』とか思ってるでしょ! 駄目なんだからね!」

「駄目ではないだろ別に!?」


 勿論、指摘の通り考えていた俺であった。


 だが、平凡な日々には終わりがくるものだ。

 その日は突如としてやってきた。

 いつも通り全員で訓練に励んでいる時だった。


「うむ、我が国の者と異国の者が肩を並べ、同じ武を鍛える。善きかな善きかな……」


 突然訓練場に現れた、気のよさそうな男。

 その正体に俺たちは度肝を抜かれた。


「ゴウラィエンブ王!?」

「ああ、構えるでない構えるでない。今日はお忍びなのだ。ここにいるのは通りすがりのライエンという男、ということにしてくれ」


 朗々と笑うゴウラィエンブ王は確かに宮廷で見た豪華絢爛な服ではなく、質素な服に着替えている。玉座に座していたときの迫力も鳴りを潜めているのは、こちらが素なのだろうか。それでも只者ではないオーラはあった。

 王の後ろには直属の部下たるダーフェンとホンシェイの姿もあった。二人もまた質素な服に着替えている。


 俺はアストラエに視線を送るが、アストラエは首を横に振る。

 つまりこの来訪はうちの国王にすら知らされてないことらしい。


 当然、いきなり王が道場にやってきたとなればショウ師範も門弟も平常心ではいられない。ゴウラィエンブ――当人の意見を加味して以降はライエンと呼ぶ――はそのことも承知しているのか、用件を口にする。


「ショウ・レイフウ。王国の客人達。それに、世界最強の拳士と名高いガドヴェルト殿。貴殿らとすこし話したいことがある。時間はよろしいかな?」


 勿論、異を唱えられる者はその場にいなかった。

 いや、唯一ガドヴェルトだけは普通に「まぁいいか」程度の気持ちで頷いていたが。

 そうだよな、こいつ一国の王を手も触れず屈服させたことあるもんなぁ。




 ◇ ◆




 礼々軒の大きなテーブルを囲い、王が庶民の料理を口にする。

 イーシュン一家は緊張でガクガクであり、流石のコルカも冷や汗を垂らしている。

 ライエンは自ら注文した王国風料理を咀嚼し、カっと目を見開く。


「これはぁッ!!!」

「「「!!」」」


 その場のほぼ全員の肩がびくっと震える。

 俺、アストラエ、ガドヴェルト辺りはいつも通りだ。ガドヴェルトは別に王を特別扱いしてないのと、俺は氣の感じで悪印象ではないのが分かったのと、アストラエは単に王族としてその程度で驚かない教育を受けているためだ。


 ライエンは何も言わずにもうひとつ料理を食べ、そして頷く。


「もう二十年ほど前になるか、王国より一人の女性が宮廷料理人に料理を教えろと突入してきた事件があった。あのとき突入してきた女傑が朕に振る舞った料理……その異国の奥深い味わいを、この料理から感じる。ううむ、実に懐かしい!! 思い出の味とはこういうものなのだろうな!」

「もしかしなくてもその女傑はタマエという名前だったんじゃないですかねぇ」

「そう、それだヴァルナ殿よ!」


 びしっと箸を人に向ける行儀の悪さMAXなライエン。

 どうも王の衣を脱ぐとひょうきんになるタイプらしい。


 タマエ料理長の武勇伝に関しては今更驚くことでもないが、料理を作ったコルカがタマエ料理長の弟子であることや彼女が騎士団の料理班を取り仕切っていることを伝えると、ライエンは得心がいったと言わんばかりに頷いた。


「縁は異なもの味なものとは、古人もよく言ったものよ」

「なんだそりゃ。思い出の味を通して過去と巡り会うって意味か?」

「ははははは!! いやまったくその通りになったわ!」


 意味を理解していないガドヴェルトの言葉に大笑いするライエン。

 周囲も何だかライエンに気を遣っているのが馬鹿らしくなったのか、普通に食事に戻る。これもライエンの王としてのカリスマのなせる技なのかもしれない。


 一通り腹が膨れたところで、ライエンは真面目な顔になる。


「さて、腹が膨れたところで本題に入ろう」


 その目は、ライエンではなくゴウラィエンブ王としての迫力を帯びる。


「ショウ・レイフウ。貴殿にはドンロウ道場に五行勝負を申し込んで欲しい。そして客人達に、その力添えをして貰いたく、朕は『お願い』に参った」


 平穏は終わりを告げ、事態は荒波の如くうねり出す。

 それは紛れもない嵐の前兆であった。

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