427話 SS:間接的な戦いです

 バン・ドンロウの弱みを握る為にゴウライェンブ王が仕組んだ、レイフウ道場対ドンロウ道場の五行試合。後にイヴァールト王に報告して「好きにして良し」と許可を得たヴァルナたちは修行を始めていた。


 既に充分強いと判断されたガドヴェルトとヴァルナは、ショウ師範直々の実戦訓練を中心とした立ち回りの強化。


「脇が甘いッ!!」

「ぬ、また抜けられた。ショウ師範と手合わせすると自分の隙の多さと引き出しの少なさを実感するな……」

「分かる。散々謙遜してたけど、やっぱこの年まで現役張ってただけあってここぞというタイミングの駆け引きが抜群に上手いんだよなぁ」

(……若い門下生ならとっくに腰砕けになるくらい扱いておるのに、冷静に技術を吸収されていく儂の身にもなって欲しい。つらい)


 アストラエは持ち前の才能で技術を吸収しつつも、体作りに専念。

 付き合わされているメンケントは最初こそ嫌そうな雰囲気があったが、やがて武術が王宮騎士としての仕事にも役立つと考え直したらしく、今では熱心に修行に取り組んでいる。


「ふっ、はっ、ふっ、はっ! 成程、肉体改造も存外悪くないな。自分の拳の重みが変わってきた」

「流石です、アストラエ王子。しかし流石は拳法の本場、宗国……この技術、屋内戦闘の教本を変えるだけの可能性を感じるな。帰るまでにレポートを纏めて団長に提出しよう」


 ついでにショウ師範はなりふり構っていられないと思ったのかイーシュンを道場に呼び戻し、ついでにコルカも修行に参加している。勿論コルカは既に相当な実力者なので、今では門下生達に「姉御」と呼ばれている。


「さあ、イーシュン! もういっちょ拳叩き込んでこーい!!」

「ハァァァ……スゥゥゥ……じぇやあああああッ!!」

「すげぇ、イーシュン先輩! 道場辞める前より拳が鋭くなってるぜ!」

「やっぱ奥さん出来ると違うのかなぁ……」


 その一方でセドナはというと、壁に突き当たっていた。


「どうしよう、スタイルが決まらない……」


 各々が自らの長所を活かしたスタイルを体に馴染ませる中、セドナだけが決まった勝ち筋を見いだせずに足踏みしていた。


 勿論、セドナは真面目に修行していたし、家や職場で学んだ護身術をベースに修行開始前よりかなり強くなった自負がある。しかし、修行開始から三日目くらいにヴァルナと手合わせした際、セドナは自分でも気付かなかった問題をずばりと突きつけられてしまった。


『かなり強くなってはいるんだけど、お前の戦いには強みがないな』

『強み? 強さじゃなくて?』

『そう、強みだ。セドナは相手の拳を受け流すことは出来るし、氣を乗せた拳や蹴りで相手を攻撃することも、不意を打つことも出来る。でも、どれも尖った強さじゃない。何をするにも一歩足りない感じがする』


 ヴァルナはどう伝えるべきか暫く考え、やがて纏まった思考を言葉にする。


『この技術で相手と張り合ったら負けないぞ、っていう部分がない。高レベルの戦いであればあるほど、最終的には勝負に出る為の一種の武器が必要だ。もちろん道具の話じゃなくて、いわば必勝のスタイルな。この有無はかなり大きい』


 たとえばヴァルナは格闘戦の際、放つ拳や蹴りの数は意外と少ない。

 何故ならば、ヴァルナはここぞという時に静から動に動きを切り替え、一瞬で懐に入りこむと同時に必殺の一撃を炸裂させて相手を崩すという必勝パターンがあるからだ。


 アストラエは天才なので戦闘中に相手の性質を読み取り、相手の予想出来ない、あるいは予想出来ても防げないような戦法を即座に見つけ出してそれを実践してしまう。これもある意味アストラエ独自のスタイルだ。


 一方、そのどちらのやり方も中途半端にしか出来ないセドナは、勝負を勝ちに引きずり込むだけのものがない。事実、組み手などの際に格下には勝てるが同格以上の相手には順当に負けてしまうのは、ヴァルナの指摘が的を射ているからだろう。


 以来、彼女はあらゆる拳法のスタイルを試してみたが、これというものが見つからずにいた。


(剣の才能もなかったけど、格闘技の才能もイマイチだったかぁ……ちょっとショック)


 普段のセドナなら、自分が周囲から後れを取ろうと自分が強くなった実感さえあれば嬉しかった。しかしそれは、強くなれればヴァルナやアストラエが褒めてくれる、二人により対等に近づけるからという思いがなかったとは言えない。


 今、全員が共通の目的である五行試合を目指している中、セドナは恐らくこの五行に入れないだろう。どれほど頑張っても友達と同じラインに立つことが出来ない自分の現状に、セドナは無力感を覚えていた。


 こういうとき、自分は頭脳労働に回るべきということをセドナはこれまでの経験から学んだ。しかし、今回の問題は割と構造がシンプルであり、そうなるとやはり拳が物を言う。セドナはどうすれば他の皆のように拳法で強くなれるのか、そればかりを考えては、諦めた方が良いという無情な事実と実りのない問答を繰り返していた。


 ヴァルナもアストラエも、セドナの現状に特に何も言わない。

 今回ばかりは自分のことで精一杯というのもあるだろうが、実際には違うようにセドナは感じている。すなわち、これは自分自身がどこかで区切りを付けなければいけない問題なのだと。


 そんな彼女の背に声をかける人物がいた。


「思い詰めた顔、してます」

「あ……リュンちゃん」


 ショウ・レイフウの孫娘、リュン・レイフウ――道場の一員だ。

 最初に道場に来た際にお茶を出してくれた子である。

 リュンが長椅子に座り、隣に座るよう促してくるのでセドナはそれに従う。


「修行に、行き詰まってるんですよね……分かります」

「リュンちゃんも?」

「私はもう諦めた側です」


 リュンはほんの少しの寂しさと、それを呑み込む寛容さを感じさせる笑みを浮かべる。

 彼女の両親は事故で他界し、以来ずっとショウの道場で世話になっているらしい。

 セドナからすれば、控えめながら可憐な花を連想させる――そんな人物だ。


「おじいちゃんの孫だから免許皆伝くらいはいけると思ったけど……才能なかったみたいで。あと何十年も修行に打ち込めばなれるかもしれないけれど、それをするくらいなら道場のことより世間のことを学びなさいって言われちゃいました」

「もっと砕けた話し方でいいよ、リュンちゃん」

「そうですか? それじゃ……私も割り切れずに暫く迷ったけど、いざ外の世界に出てみると悪くはなかったよ」


 他人行儀な口調の取れたリュンは自分の髪飾りを触る。

 きっと町で買ったのだろう、簡素ながら花弁をあしらった鮮やかな色彩の髪飾りだ。

 うっすらとだが流行の化粧もしている。


「お洒落は好き。でも、ドンロウ派が何してくるか分からないから、相手に捕まらないようせんを取る練習は今もしてるかな」

「先? 先手必勝的なことかな……」

「えっと、多分貴方たちの国ではカウンターが近いのかな? 先手を取るのは先の先って言って、相手の動きを利用するのは後の先って言うの」


 レイフウ流の型を簡単に披露して説明するリュン。相手がいなくとも堂に入った動きで、まるでリュンと戦う架空の相手の姿が見えるようで、彼女なりに本気で拳法に打ち込んでいたことが伝わってきた。


「セドナちゃんって戦いでは凄く積極的だけど、攻めの決め手がないまま積極的に突っ込むのはちょっと無謀だと思う。消極的な戦い方も、ありだと思うよ?」

「むー。なんかそれって戦ってる感が薄くない?」

「不満そう。ふふっ」


 納得出来ないという感情が顔に出すぎたのか、リュンは可笑しそうに笑う。

 そしてレイフウ一派の門下生を一人手招きした。


「ウス! 何でしょうか、リュン先輩!」

「一分ほど軽く手合わせしよ。では、始め!」

「ウッス!」


 礼儀正しく鼻息の荒い門下生は即座に構え、拳や蹴りを放つ。

 リュンはそれを身を翻してひらひらと躱す。

 攻撃は当たっていないが、門下生の熾烈な攻めで次第に距離を詰められていく。門下生は体が温まっていくが、リュンは一撃も相手に攻撃していない。セドナならこの時点で既に何発か相手に攻撃をたたき込めているように思う。


 そして門下生が遂にリュンを射程に収め、鋭い蹴りを放つ。

 その、刹那。


「ヤァッ!!」


 気合一閃。

 リュンが蹴りの放たれる直前に門下生に両手で氣を乗せた掌底をたたき込む。

 不意を突かれた門下生は重心が崩れ、蹴りは虚空をなぜた。

 しかし、流石というべきか、門下生はすぐに態勢を立て直して防御をかなぐり捨てたインファイトに入る。リュンが直接攻撃を避けている以上、大ダメージを狙わず拳を刻んでいくつもりだろうとセドナは思った。


 門下生の拳が一発、二発と放たれる。

 次に大きな拳を放たれればリュンに当たるのでは――そうセドナが思った刹那、リュンが突如として踏み込み、門下生の胸部に掌底を叩き込む。


「セイッ!!」

「うがッ!?」

(そこ飛び込むの!? リュンちゃんすごっ!)


 セドナは舌を巻いた。

 今のは構えや動きの隙ではなく、心の隙を突いたものだ。

 このタイミングでまさか仕掛けてこないだろうという心の油断を彼女は突いていた。

 しかし、確かにいいカウンターだが威力不足なのか門下生はまだ倒れない。


(でもやっぱり体格、体力、筋力的に長期戦になれば門下生くんが有利だし、それだけじゃ勝てないよね……って、あら?)


 リュンが負ける可能性が高いと思っていたセドナだが、予想は覆される。

 門下生の動きの切れが段々と悪くなり、次第に精細さを欠き始めたのだ。

 やがて一分が経過したとき、門下生は嫌な汗を全身に浮かべていた。


「ありゃっす、リュン先輩!」

「ありがとね」

「相変わらず先輩の立ち回りは滅茶苦茶しんどいっす! 自分、修行不足を再度痛感したっす!」


 少し憔悴した顔の門下生が宗国式の礼をして去って行く中、リュンは自慢するように人差指を立ててセドナにウィンクする。


「どんな戦いに見えた?」

「門下生のあの子、もっと戦える筈なのに弱くなっていったように見えた……」

「そう、私は攻撃してたの。あの人の心にね」

「心に? 氣って相手の気分さえ操れるの!?」

「そういうのもなくはないらしいけど、私が使ったのはそうじゃないよ。ただ単純に攻めの手が弱いから避け続けて、反撃出来るときにして、その消極的な戦いを延々と続けただけ」


 それの何が特別なのかと思ったが、セドナはここでヴァルナの戦いを思い出してはっとする。


「そっか……相手からすると、何一つ攻撃が決まらないって心理的に大ダメージだよね」


 ヴァルナは士官学校時代、ローリスクの化身みたいな立ち回りで相手の心をへし折ったことが何度もある。ヴァルナの場合は本人が強すぎたのも相手に敗北を認めさせた要因だが、自分の勝ち筋を徹底的に避けられれば焦りもするし、自分の攻撃が通用しないと思い込んで気持ちが萎えることもある。


 相手の闘志や自尊心を揺さぶり続けるリュンの戦い方は、自分と戦うだけ損をするぞと相手に思わせる立ち回りなのだ。

 自分が弱いなら相手を弱くすればいい。

 普通なら出来る訳がないが、リュンは立ち回り一つでやってのけた。


「相手が一流の戦士なら通用しづらいけど、攻めるだけが戦いじゃないでしょ? 拳法も使い方一つでこんなに変わるんだよ」

「そうだね……そっかぁ」


 思わずセドナは納得の声を漏らす。

 ヴァルナやアストラエといった一流の戦士の背を見過ぎて、無意識のうちに強さの概念を狭めてしまっていたようだ。


 ヴァルナの所属する王立外来危険種対策騎士団は、直接戦闘をする班もしない班も立場は対等の立場だという。普通の戦闘組織なら直接戦闘が花形で後方支援は添え物扱いされることが多いが、外対騎士団のそれは「内容と性質が違うだけで、どちらも不可欠でミスの許されない戦いである」ということを教育段階で徹底的に叩き込むそうだ。


 五行勝負に直接貢献できず、知略も活かせないなら、次の戦いに備えて今の時間を学びに使えば良い。それこそ自らの非力さを補う事に頭を使っていればよかったのだ。強さのあり方も努力の仕方も一つではないのだから。


 この努力は今回の旅の中では役に立たないかもしれないが、今回の旅がどんな結末を迎えようがセドナの人生は続いてゆく。その中で、この研鑽は役立つかもしれない。セドナは自分が目指すべき方向性を理解できた気がした。


「リュンちゃん、その戦い方もっと教えてよ!!」

「いいけど、条件があるな」

「私で出来ることなら何でも!」

「王国のこと、もっと聞かせて欲しいの」


 なんだ、そんなことなら――と言いかけたところでリュンの目がカッと見開いた。


「王国に推しのイケメンが見つかる場所ってないかな!」

「推し、え……旦那探しか何か?」

「ううん、私見てるだけで満足なタチだから。アストラエさんくらいの美形がいるくらいだからきっと先進的な王国にはそういうことを楽しむ店があるんじゃないかなというか! 宗国は結局むさいドンロウ一派の店ばかりで目に潤いがないというか! 拳の強さでモテようとするとかお呼びじゃないというか!」

「え、え」


 その後、マシンガントークで理解できない世界を展開されたセドナは何とか寄り添おうとしたが半分の理解が限界であったためギブアップした。セドナにとってイケメンは勝手にパーティに参加してくるものなのでどうにもできなかったのだ。

 それでも半分でも話に付き合ってもらえたことでリュンが満足していたのが印象的だった。どうやら彼女の趣味嗜好はこの国では賛同の得られないものらしい。


 拳法辞めて見つけたのがそれで良かったのだろうかと思わないでもないセドナであった。

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