415話 全ての準備は整いました

 今現在、現地近くのホールを借りて皇都の命運を決める作戦会議が行われている。


 作戦の概要はこうだ。


 まず、部隊は大まかに三チームに分けられる。

 一つは騎士団。

 一つは自警団アンティライツ、冒険者、王国騎士の混成部隊。

 そして最後の一つが、ジュボッコに致命打を与える為の虫運用部隊だ。


 騎士団と混成部隊はそれぞれ別れてジュボッコを十字砲火する。

 騎士団は当初、これに対して難色を示した。


「強力な射撃武器は万一逸れた際に近隣の建築物に被害を出す。それは容認しがたい」


 しかし、ジュボッコが王都に侵入した責任の一端は自分たちにあるとして参加した冒険者たちの中から代表としてルートヴィッヒが実証データを持ち出した。


「今回の作戦のキモは、バグをジュボッコに無事届けること。そして我々の主な役割はバグ運搬の最大の障害である蔓を奴に少しでも無駄遣いさせること。つまり、飛び道具の威力ではなく数が重要なのです」

 

 ジュボッコは自らに近づくものを虫や物などに拘わらず自動で迎撃し、一定以上の接近を許した物体や生物に大量の蔓を向ける性質がある。そして自動迎撃である以上、多方向から大量に生物や物が押し寄せた場合は迎撃力が飽和することが確認されている。


 有り体に言えば、破壊力のないものでもいいからとにかく量を投げろということだ。確かにそれなら弩弓や大砲といった大仰な兵器は必要ない。


 また、『魔女の井戸』ことジュボッコが噴水から汲み上げている水に関しても対策が為された。これは皇国騎士団側からの提案である。


「『魔女の井戸』はジュボッコを燃やすにもそうだが、バグのとりつきを妨害する機能としても作用すると思われる。しかし噴水の水道管への給水停止は明日までには間に合わない。よって、我々は水の供給を停止するのではなく、水をジュボッコの頂点まで汲み上げることを妨害する作戦を考えた」


 ジュボッコの体内に蓄えられた水は、ポンプのように自在に汲み上げている訳ではない。ジュボッコが自らの体を変形させてポットのように溢れる寸前まで水を蓄え、必要な時に放出していると思われる。


 では、上に水が登り切るまでにポットに穴が空いたらどうだろうか。

 この可能性を王国側の騎士団を交えて協議した結果、ある道具が急遽用意された。


「これがそのための武器だ。簡素な品だが、パイプ槍と呼ぶ。それほど大量に数がある訳ではないので気をつけるように」


 それは、鉄製のパイプの先端を尖った形にカットし、側面に幾つか穴が空いているだけという余りにも原始的な武器だった。しかし、そもそもこの槍は相手を刺突するための武器とは趣が違う。


「この槍をジュボッコに深く突き刺す。その際にパイプの側面でも端でもいいから穴のある部分がジュボッコの貯水部分に到達すれば、あとはパイプの穴を通して水が勝手に漏れ出す。あれだけの巨体を覆う水を蓄えているのだ、穴が空けばそこにかかる圧も大きくなる」


 つまり、パイプ槍はストローのようなものらしい。

 ちなみに突き刺さった際にパイプの空洞にジュボッコの破片が詰まったらどうするのかという意見も出たが、パイプ槍にワイヤーを括り付けておいて水が漏れない場所は引き抜くらしい。


「パイプ槍は例外的に弩弓にセットして発射するが、威力はともかく飛距離は本来の弩弓の矢などより落ちるので市街地に害が及びリスクは減るだろう。ただし、さほど動きもしない目標を相手に外す間抜けが私の部下にいるとは思いたくないので、そのつもりで」


 あれだけ大きく、しかも動かない的に外すとかあり得ないからな、と騎士団長直々にプレッシャーである。確かにあれで外したら俺も怒るかもしれない。

 そもそもパイプ槍が上手く突き刺さるかという問題もあるが、元々ジュボッコの元になっているアルラウネは幹が柔らかめだったので、そこまで無茶な作戦でもない気がする。


 ふと作戦を端の方で聞いているスラム組を見ると、ミリオとルルがニヤニヤしている。


(皇国は帝国に比べてあんまり鉄パイプがないからな。パイプが不足してるって聞いて『ゴミの町』からキレイなのをかき集めて保管してた在庫を高値で売りつけてやったぜ)

(元手ゼロで大儲けってわけね。しかも品質保証なし! あっくど~)

(まぁ流石に作戦失敗は困るから厳選はしたけどな)

(相変わらずこっすい商売だけは得意ね~ミリオって!)

(抱きついてくれてもいいぜ?)

(あ、それは遠慮しとくわ。それはそれとして儲けたんだからバーナード帰還祝いのパーティ代金アンタ持ちね)

(俺の扱ぁいッ!!)


 確かに鉄パイプは王国でも結構な貴重品だが、それにしたって皇国最大の都市で王の命令もあるのにパイプをスラムから買うしかないというのは想像を絶する技術の遅滞だ。丁度いいサイズのパイプを偶然使ってなかった可能性もあるが、この様子では水道管に使用したパイプも全部輸入で自国生産が間に合ってないのかもしれない。


 そして、蔓を消耗させ『魔女の井戸』も弱体化させたところで、やっと出番が回ってくるのがスパルバクス操る虫たちだ。アストラエが話を始める前に操虫について触れる。


「どうやって虫を操るかについては国家間の機密に関わるため一切の詮索は無用に頼むよ。出来るという前提で話は進むからね」


 皇国騎士団長ルネサンシウスは事前に話を聞いているので神妙に頷き、事情を知らない騎士たちもそれに倣う。現場の人間は知る必要のあることだけ知ればいいし、それ以外の事情を抱え込ませるのは無駄に負担を増やすだけだ。


(まぁ、外対の場合はみんな色々想像が付いちゃうのとオープンな風潮のせいで裏事情ゆるガバだったけど。それで上手く回ってるしなぁ)


 今頃騎士団は危機に陥っていないだろうか、と少しだけ考えるが、あの面子が揃っていると考えると心配するだけ無駄な気がする。出張中の仕事貢献度から給料を減らされる心配にでも切り替えておこう。減ってたら今度こそひげジジイのひげ千切る。


 閑話休題。作戦の続きだ。


「僕ことアストラエとうちの護衛のヴァルナ、そしてもう一人の護衛のメンケントが主に突入の役割を担う。僕とヴァルナでジュボッコの蔓を迎撃し、メンケントが虫の入ったカートを押す。ただし、流石に我々が十字砲火の中を突っ切るのは事故の率が高いので、我々が一定以上接近した時点で皆には攻撃停止命令が下る」


 騎馬隊長アレインが慇懃に手を挙げる。

 流石に王族相手には礼儀正しいようだ。


「質問があります。我々が攻撃の手を緩めれば、迎撃に割いていたジュボッコの蔓がより集中してしまうのではないですか?」

「それに関しては問題ない。皆の攻撃停止の直前から、今度は囮の虫を大量に放って相手をさせる。長時間は持たないが、我々が突入するまでの間は働いてくれるだろう。あとは懐に潜り込めば、虫型モンスターがジュボッコの蔓の根元を刈り、そして木を蚕食する」


 ジュボッコの蔓は木の幹までは及ばない。

 それは、集合体となったジュボッコにもある程度その傾向が見られた。

 蔓の攻撃範囲を突破出来ない生物はそのまま追い返し、潜り抜けられる強い生物には自分の身を食べさせて幹の内部の種を被食散布してもらう、という生存戦略なのだろう。


 ただし、完全に殺しきるには幾ら凶悪な虫の魔物とて時間がかかる。

 よって、ある程度ボロボロにして抵抗力が弱り、更に『魔女の井戸』が使えなくなったと判断した時点でセドナが金にモノを言わせて用意した魔反応油による焼却を行う。

 全ての説明を終えたアストラエは周囲を見渡し、不敵に微笑む。


「以上が、作戦の概要だ。既に準備工程は五割ほど終了しているので、このまま準備が終わり次第作戦を開始する。日が沈むより前に仕事を終わらせ、夜はあの怪樹を燃やしたキャンプファイヤーでも見ながら勝利の祝杯をあげようではないか」


 アストラエの不敵な笑みに、その場の全員が頷いた。


 ――それから約一時間後、全ての準備は整う。


 この頃にはルルの同僚であるセフィールとマナもとっくに合流し、冒険者部隊に配置。ルル自身もそちらに赴いた。バーナードはいい作戦があるということでルルと離ればなれで別働隊を動かしている。


「あ~あ。バーナードってば肝心な時にどっか行っちゃうんだから……でもでも、こういう時に限ってバーナードはキレッキレに冴えたこと企んでるのよ!」

「嬉しそうね、ルルちゃん。愛しの人との再会だものね」

「これで顔も知らないバーナードの悪口を聞く日々が終わり、そしてバーナードののろけ話を聞く日々が始まると」


 マナのあんまりかつありそうな分析にセフィールは吹き出し、ルルは否定したいけどバーナードの話は確かに沢山したいので恥ずかしそうにふいっと顔を逸らした。


「しっかし、配置場所が気に入らないわねぇ」


 ルルは口を尖らせ、道を挟んで反対側に鎮座する皇国騎士団を見やる。


「一番あのいけ好かない騎士団に近い配置なのに、その中でも更にいけ好かない騎馬隊と隣同士とか……ノーコンすぎてこっちに何か飛ばしてくるんじゃないでしょうね?」

「そこまでじゃないとは信じたいかな。確かに馬に乗れない騎馬隊って不安しかないけど」

「今から配置変更をお願いする?」

「しなーい。流石に他の隊に迷惑だし、こうなったら連中の倍は成果をあげて冒険者とスラムの力の差を見せつけてやるわ!!」


 鼻息荒く意気込むルルの頭上を、鳥の影が通り抜ける。

 伝令を任されたフクロウのファミリヤだ。


『総員、用ォォーーー意!! コレヨリ一分後ニ作戦開始、ホォォーーー!!』


 国家、組織、思想、あらゆる差異を抱えたまま、彼らは一つの目標に殺到する。

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