414話 納得いきません

 スパルバクスは何故か仲間になり、スパルバクスが完全にアストラエに屈服した事でカリムも自動的にアストラエの配下に。我が親友はいつの間にか世界一の暗殺者を従えたやべー奴になっていた。


「君だって充分やべー奴だろう。戦闘能力的に」

「そうだよヴァルナくん。自分の事あんまり棚に上げるのはよくないよ?」

「納得いかねぇ」


 カリムは爺ルバクスの心変わりに躊躇いがちだが、まぁそれで上手くいくならいいかと爺ルバクスの歩行の補助をしている。スラム組はシュタット以外全員初対面の伝説の暗殺者に興味津々のようだ。


 しかし、和気藹々している時間はあまりない。

 早速だがアストラエ主導で情報共有が為される。


「……という訳だが、どうだスパルバクスよ」

「虫を通してジュボッコの様子も多少は知っておりますが、一日という制限があったとしてもロングホーン・ウィスパは十五で充分。残り五匹分のリソースをリープマンティスの幼生に回して触手の根元や葉を刈って貰い、残る力をターゲットを分散させるためにそこらの虫に手伝って貰う方が良いかと」


 先ほどまでの様子からちょっと耄碌してる可能性を考えていたが、今のスパルバクスはアストラエへの腰の低さ以外極めて理知的に見える。あの初対面時に泣いてアストラエを拝んでいたのは一体何だったのだろうか。ギャップが強すぎて怖いが、聞いて理解不能なことを言われたらもっと怖いので聞くに聞けない。


 ロングホーン・ウィスパについてはスパルバクスが虫を放し飼いにしている隠れエリアで用意出来るし、リープマンティス幼生も問題はない。囮の虫は現地調達可能らしい。これで虫とそれを操る人員は確保出来たことになる。


「ロングホーン・ウィスパを奴の懐に叩き込むことについては僕とヴァルナで箱に詰まった虫を運ぶとか、そういう方法でなんとかするとして……それにしてもあのジュボッコの蔓は尋常な数ではないし、それにこちらが作戦遂行中に皇国がいきなり火炎瓶をまた投げつけてきたら……」


 と、アストラエの説明に割り込むようにルルが退屈そうな声を漏らす。 


「説明長すぎてわかんなーい意識高い系の男のクソつまんない話嫌ーい」

(シュタットどー思うよ)

(バーナードともっといちゃつきたいだけでしょ)

(だよなぁ)


 仮にも他国とはいえ王子に対してとんでもない物言いにメンケントの額に青筋が走るが、バーナードが彼女を制す。


「要するに王子様はもっと味方が欲しいんだよ。蔓のターゲットを分散するために頭数が欲しいし、そいつらに虫を攻撃して邪魔されたくない。それにこの作戦にはスパルバクスという犯罪者がいないと成立しないから、それを皇国騎士団に目こぼしして貰いたい。違いますか?」

「その通りだ」

「さっすがあたしのバーナード! わっかりやすぅい!」

「君って奴は変わらないなぁ」


 笑顔でバーナードに抱きつくルルと、困った友人だとばかりに呆れるバーナード。どうもこういうやりとりは昔からよくあったらしく、ミリオたちも懐かしむような顔をしている。確かにルルは現金そうなのでああやって調子の良い態度は取っていそうだが、そうは言いつついつか本気で押し倒していちゃつく算段でもしてるかもしれない。


「じゃ、皇国の方に行くか。意識高いけど話クソつまらない男よ」

「私はそういう話し方も嫌いじゃないよ、アストラエくん!」

「何で慰められてるんだ僕は。納得いかん……」


 メンケントは遂に王子がないがしろにされる環境に慣れたのか、特に何も言わなかった。今回の護衛で一皮むけてくれて俺も嬉しい。これでこいつらの相手をする負担をある程度分かち合うことが出来る。欲しくなくても分かち合わせるけど。


 


 ◇ ◆




 ――皇国との話し合いは、俺抜きで行われた。


 これはいわゆる裏の協定に該当する話し合いであるため、清廉な騎士はお呼びではないとのことだ。王族はスパルバクスの引き渡し交渉も兼ねて当然参加し、セドナは仕事上セーフらしいので同席し、護衛のメンケントまで行ってしまう。俺だけ置いてけぼりである。

 とはいえ、前日から忙しくて仕方なかった中での息抜きだ。気疲れもあり、皇国の城で王国用にあてがわれた部屋で普通に寛ぐことにする。


 スパルバクスは聖盾騎士団の監視兼護衛で町に出ている。

 彼の言う「現地調達の虫」の収集だろう。


 一方、孫であるカリムはというと、意外にもそれには同行せずに悪友たちと共に作戦の準備をしていた。ロングホーン・ウィスパをジュボッコの至近距離まで安全に運ぶための箱の作成だ。ちなみに車輪つきじゃないと不便だということで丁度いいものをミリオが持ち込んでいる。


「いやぁ二輪荷置きカートめっちゃいいな。本当に丈夫だし改造にもってこいだぜ」

「良い買い物になって良かったですね、ミリオ。あのマシンガントークの女性、本当に良い品を売ってくれました」

(ああ、あれもしかしてコメットさんに買わされてた奴か……)


 運命のすれ違いとは不思議なものである。

 まさか彼女も虫を運ぶ用途とは思っていなかっただろう。

 ジャンクを弄り回してカートを魔改造する様はアキナ班長を彷彿とさせる。道具作成班に必要な能力はありそうだ。


(能力は、な)


 暫くするとアストラエ達が少し疲れた顔で部屋に入ってきた。

 服の喉元を緩めてテーブルの水差しに即座に手を伸ばすアストラエに、話し合いの内容を聞く。


「どうなった?」

「概ねこっちの要望通り、と言っておこう。ただし一つだけ面倒な条件を押しつけられたよ」


 水で喉を潤したアストラエは、コップをテーブルに置く。


「今日中に作戦を決行しろ。そして出来なくばスパルバクス引き渡しはナシだとさ。今、ルルとバーナードも含めていろんな人がこの無茶な作戦の為に駆けずり回っている」

「性急だな。嫌がらせか?」

「それもあるやもしれんが、本音はきっと国民の目が気になるのさ」


 皇王の意向は一貫して、この問題の早期終結。とはいえ、それを差し引いたとてスパルバクスを王国に明け渡すのは痛いし、余りにも皇国の立場がない。だから王国の少々無茶な要求に、相応に無茶な要求をぶつけてあわよくば利を得たいといったところか。


「ロングホーン・ウィスパに全てを解決して貰う気だったが、明日の夜明けまでにジュボッコが生きている場合は失敗とするらしい。代わりにルネサンシウス率いる皇国騎士団は全面協力だ」

「厳しそうだな。ジュボッコ、またちょっと大きくなってるし」


 城の窓から見下ろす城下町に、あの巨大怪樹の姿が見える。

 周囲の建物と比較するに、少し伸びていた。

 ただ、厳しくてもなんとかするのが仕事人だ。


「作戦はどうする。従来通りの線は捨てず、プラスアルファってところか?」

「それが妥当だろうね。『魔女の井戸』対策も含め、セドナに物資集めを頼んだが、さてどうなるか――」

「ん、噂をすればだな」


 聞き慣れた足音が部屋の外から微かに聞こえ、俺たちは部屋の扉を向く。そこからセドナが息を切らして姿を現し、アストラエと同じく水差しの水を求める。綺麗なコップに水を注いで渡してやると、セドナは水の中に自分の指を突っ込んで水をかき回す。するとぬるかった筈の水が急激に冷えたことを示すようにコップが結露した。


「魔法でわざわざ冷やすんかい……」

「んく、んく、ぷはっ! いやぁ、お外まだ結構暑くて」


 お恥ずかしいとばかりに舌を出すセドナに、アストラエが問う。


「首尾はどうだ?」

「うん、予想通り買い付けようとしたら相手方の商人がゴネちゃって」

「では、アルラウネに使用したあの特殊な油は……」


 アストラエの表情が険しいものになるが、セドナはけろっとした顔をする。


「いや、ちょっと面倒だったからスクーディア系列組織の支部の力を借りてちょっとせっついたら顔色変えて頼んでない在庫まで全部吐き出してくれたよ!」


 ――唯でさえ世界的に見ても豊かである王国に於いて総資産ぶっちぎりの一位を誇るスクーディア家の販路は、先進各国の勢力図にも見事に食い込んでいる。外国では法律や立場の壁が様々な行く手を阻むが、唯一、金という名の絶対的な力だけは衰えることがない。

 そんな特大組織に脅された商人は可哀想という他ない。

 当のセドナがほとんど悪びれないのがまた酷かった。


「本当は冒険者さんの為に取っておきたかったんだろうし客足の遠のきとか色々気にしてたんだろうけど、今回は急いでたから仕方ないし。ちょっと可哀想だから後で代金は弾んであげるからいいよね!! さぁ二人とも、存分に私を褒めてよいぞー!」

「商人のプライドを札束でべちべちするような暴挙なんだよなぁ」

「そういうとこだぞセドナ。僕らは君をそんな子に育てた覚えはありません」

「ちょっと、頑張ったのになんでさ!? 納得いかなーい!」


 ――それから数時間後。


 王国主導の下、驚くべき早さで作戦準備は整った。

 作戦名はひねりもなく、『ジュボッコイーター』。

 スラム住民、皇国騎士、一部冒険者まで参加した一大作戦だ。





 そして、その作戦にこれから意図せずして参加することになる冒険者が二人。

 ルルと共に冒険をしている二人の女性、セフィールとマナだ。

 二人は一人で駆けだしてしまったルルを追って、今しがた馬で皇都付近に辿り着いていた。


「見て、セフィール。あの抉れた大地」

「オークが大侵攻した痕跡ですか……町の様子はよく見えないけれど、大事ないといいですね」

「皇都の無能衛兵と騎士には期待できないけど……ん?」


 ふと、マナが何かを見つけたのか馬を飛び降りて地面の抉れた場所へ駆け寄る。

 彼女はしゃがみ込み、そこから土に塗れた物体を拾い上げた。


「……オモチャの笛?」

「何なんでしょうね、こんな場所に? 伝令用のものにも見えないですが」


 二人はその質素な笛が何故こんな場所に落ちているのか訝しんだが、やがて「こういう品が意外と質屋でいい値をつける」と冒険者気質な部分が出てしまい、それを道具袋にしまい込んだ。今はそんなことよりルルの無事が先決であると思い直したからだ。

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