391話 ここ一番の混乱です

 自警団アンティライツは、数十年前から存在する組織だそうだ。

 組織とは言っても実際にはスラムで暴力を持て余した連中が見境なく人を襲わないよう纏める目的で生み出されたらしいここは、スラムの皆の為になる活動を行うようにしている。


 建物の修繕、トラブルの仲介、手に入りづらい品の入手……このためアンティライツはスラム内では一定の信用がある。一方で、所詮は腕っ節だけで教養の無い乱暴者が大多数を占める身内意識の強い集団な為、逆に強引すぎるやり方でトラブルを起こすこともある。

 どんな組織も一長一短。困ったときは頼るけど、普段は近くに居て欲しくないというのが周囲の本音らしい。


 そのアンティライツのリーダーである大男、ドルファンは紅茶の香りで気を静めながら素直に謝罪してきた。


「……すまなかった。ちょっとトラブってて気が立ってたんだ。ミリオ達も悪かったな。今度埋め合わせする」

「いーっていーって。たまにはそんな時もあるよ」


 ミリオ達は気にしていないようだが、ドルファンは道理を弁える冷静な姿と後先考えない攻撃的な姿の二面性があるようだ。一歩間違うと家庭内暴力の常習者になるタイプだが、さっきはこちらにも少々非があった。


「すぐ名乗らなくてこちらもすまなかった。俺は騎士ヴァルナ、後ろの金髪がキングダムで女の子はセドナ。一番後ろのがメンケント」

「よろしく」

「ヨロシクお願いします!」

「……お世話になります」


 本名を名乗るとトラブルを呼び寄せかねないのでアストラエは偽名だ。俺の名前を突っ込まれた時は偶然の一致で誤魔化す。

 ドルファンは紅茶のカップをテーブルに置く。


「紅茶は俺の数少ない趣味でな。イライラが収まらない時はこれで気分を落ち着かせる。茶葉を手に入れるのは毎度大変だが、暴れて周りに余計な迷惑かけるよりはいい」

「そうだな……ちなみに貴方の言うトラブルというのは、俺たちも気をつけた方が良いことか?」

「いいや、アンタたちには関係ないことだ。短い間だがゆっくりしていきな。ただし裏路地には自分から近づかないことだ。スラムでも白眼視されるようなどうしようもない奴に襲われたくなければな……まぁヴァルナだけは心配しねぇけど」

「してくれてもいいだろ?」

「俺を片手で捻るような奴はむしろ襲われる側を心配すべきだろ」


 先ほどの握力チェックを思い出したのか、ドルファンはげんなりしている。

 対照的に彼の言葉に親友達はうんうん頷いている。


「腕の一本で済むと良いな、不逞の輩」

「ヴァルナくん、血反吐吐くまで殴っちゃ駄目だよ?」

「お前らから仕留めるぞコラ」


 きゃー、とふざけて手を取り合い怯えるふりをする二人に、ドルファンが「海外の騎士って皆こんなのなのか、それともこいつらが一番緊張感がないのか……」とぶつぶつ呟いている。他の騎士団は知らんが外対なら大体こんなノリだぞ。冷静に考えたらファンシーすぎるけど。


 と、バーナードがふとドルファンに問う。


「そういえばルルは? 留守か?」

「……ああ。ま、いねぇもんは仕方ねぇ。俺から許可が出た証としてアンティライツの面子を二人ほど同行させるから回ってきな。俺たちがどんな生活をする何者で、何を求めているのかを……な」


 こうして自警団への挨拶はあっさり終了した。

 ただ、ルルと呼ばれる人物のことを問われた際のドルファンの反応と、その後の台詞は妙に耳に残った。




 ◆ ◇




 スラムは意外と……と言うと失礼だが、文化的な生活をしていた。

 というのも、彼らは皇都という無駄の多い社会の中からこぼれ落ちたものを拾って生活しているため、『拾い方』を心得ていればそれなりの生活は出来るらしい。また、その日暮らし程度とはいえ仕事で収入を得ている人は、もう少し文化的だ。


 まともな場所は土地の値段が高いから敢えてここに居を構えている人もいるらしく、ここなら税金が浮くと笑って話していた。殆ど脱税だが、国が黙認している限りは俺たちから何も言うことはない。


 また、遠目に教会の炊き出しというのも見た。

 王国ではそもそも教会の数が少ないが、皇国は女神信仰の影響力が強いため、貧しい人も神を信じれば恵みがあるということを示したいらしい。ただ、スラム住民の数が多すぎて貧困を取り除く抜本的活動には着手できていないそうだ。


 ただ、それを説明するミリオとシュタットの彼らを見る目は厳しい。


「教会って金持ちなんだぜ。たまにストリートチルドレンを拾って神学校に入学させたりもしてる。でもよ、百人いたらその中の一人ってなもんだ。残りのガキ共は結局炊き出しだけじゃ食っていけねぇから盗みを働く。生きるためにそうするしかねぇのに、連中は助けたたった一人を指さして『子供に未来を与えた私たちってなんて偉いんでしょう!』とでも言いたげだぜ」

「教会はスラムの住民を対等な人間とは見ていません。お布施も出せない野蛮人に哀れみで文明の絞りかすを与えているとでも思ってるんでしょうね」


 社会から意図的に見捨てられたストリートチルドレンのことか、あるいはかつてそうであった己のことなのか。自分のせいではないのに生まれが貧しかったがために見下されることへの不快感が表情に如実に現れている。

 だが、納得しかけたところでセドナが眉を吊り上げて――も可愛いので怖さはないが――背後から二人に怒る。


「コラっ! 不満があるのは別にいいとして、あそこで炊き出しをしてる人たちを睨むのは違うでしょうが!」

「い、いや。君は教会のことを知らないからそう言えるんだよ!」

「組織を運営する人はそうでも、現場の人は違う思いを持ってるのはよくあることだよ。見て、炊き出ししてる人たちの顔……あれは仕事で配りに来た人の顔じゃない」


 セドナが指し示す先で炊き出しのスープとパンを配るシスターは、受け取りに来る一人一人の顔を見て、笑顔で丁寧に食事を渡していく。俺にはそれがうわべだけの演技か本心かは分からないが、セドナの真偽を見分ける目なら信じることが出来る。


「きっと限られた時間と予算の中であの人達も戦ってるんだよ。少しでも上の立場の人から譲歩を引き出して、少しでも多くの困る人に希望を与えたいんじゃないかな? じゃないと、ご飯を受け取って去って行く人の背中をあんな優しい目で見れないもん」

「でも全員が受け取れる訳じゃねえじゃん」


 納得出来ないという風に反論するミリオに対し、セドナは首を横に振った。


「どうせ理想は叶わないからって何もしなかったら、助けられる人も助けられなくなる。そんな優しさのない世界になって欲しい?」

「それは……そりゃ、助け合えた方がいいけどさ」

「でしょ? だからどっちかを選ぶなら助ける方を選ぼうって、あの人達は思ったんじゃない?」


 と、そこまで語っていてセドナははっとした顔で頭を下げる。


「あっ、ごめんなさい! その、炊き出しの人たちがあんまりにも一生懸命に見えたから、それを悪く言われるのはなんかイヤだなって思って……」


 この人を想う気持ちをとても分かって欲しそうなセドナの視線が二人に刺さる。人を思いやる感情の籠ったウルウルな目でじっと見つめられたミリオとシュタットは抗いきれずに結局折れ、ただ教会の人だからという理由で怒ったり恨んだりしないと約束させられていた。


「罪を恨んで人を憎まず! 悪い方に考えるんじゃなくて良い方に考えないと。商売人として大成するなら尚のこと相手の求めるものを見極めるのも大事だよ?」

(ぐっ、なんか知らんが逆らえなかった……っていうか最初は気にしてなかったけどセドナちゃんめっちゃ可愛くない? こんな子に怒られるなら全く悪い気はしないな!)

(確かに嫉妬心は何もいいものを生まないな……それはそれとして、セドナちゃんってこんなに美人だったか? まじまじ見てなかったから気付かなかった……)

「……わたしのお話聞いてる?」

「ああっ、そんな顔しないで! 聞いてるよセドナちゃん!」

「うん、俺たちが間違ってたよセドナちゃん!」


 ミリオとシュタットの顔が瞬時にデレっとしたのを見て、セドナは「本当に大丈夫かな……」と腰に手を当てて疑っているが、そんな仕草さえ彼女は可愛いので更にデレっとされている。

 俺とアストラエは顔を見合わせ、ため息をついた。


(こいつら堕ちたな)

(気配を消して印象を薄くし、ここぞという時に存在感を放ち美貌と感情に訴えて心を奪う。スクーディア家の家族はセドナになんと恐ろしい教育を施したのだろうか……)


 実際のところどっちが正しかったのかはこの場では分からないが、こういうときに人の心を動かせる人間こそ今を変えられるのかもしれない。


 ところで、実はアンティライツの拠点を出る直前にドルファンがバーナードに「話がある」と言い出して以来、彼と別れている。いい加減戻ってきて良さそうなものだが、と思っていると、やっと話から解放されたのかバーナードが小走りで駆け寄ってきた。


「すいません、案内人なのに別れちゃって……ふぅ」

「いいっていいって。それで、何の話だったんだ?」

「大した話じゃないんです。ドルファンには妹のルルってのがいるんですが、その子がここ何日か顔を見せなくて。あの人は妹に頭のあがらないシスコンなんで、心配して気が立ってるんですよ」

「へー。事件性はないと?」

「ルルの奴は冒険者ですから、二、三日予定がずれるなんてよくありますよ」


 バーナードはルルと親しいが故なのか、気にしてる様子はない。

 自警団のリーダーにも弱点の一つや二つはあるらしい。


 その後、スラム社会見学は特にトラブル無く進んだ。

 特にミリオとシュタットが完全にセドナの虜にされたおかげで、思ったより彼らの交友関係から深い話を聞けたりもした。


 皇都スラムは多様性を認めず所得格差が極端な社会構造と、国家として弱者を支える戦略が欠如していること、それを補おうとする人々が団結出来ていないことなどの複合的な条件が生み出しているようだ。


 国の都合、組織の都合、社会の都合……それらが噛み合わないことで生まれた隙間からこぼれ落ちた人々が形成した独特の環境、スラム。これは思ったよりしっかりしたレポートが出来そうな予感だ。


 そしてその夜のこと――アストラエは大浴場にてニタァ、と笑ってこんなことを言い出した。


「いいかヴァルナ。ルル某は冒険者。明日の我々は冒険者ギルドに視察に行く。そして我々はハチャメチャ大三角だ。後は……分かるな?」

「お前絶対トラブル起きろと思ってんだろこのボケが。そうそう都合良くトラブルが起きてたまるか! もし起きたら久々に運命の女神に苦情案件だわ! なぁ、メンケント! お前も何か言ってやれ!」

「だから貴様この田舎騎士! 王子に反論するよう誘導するなァッ!!」

「そうだメンケント! ヴァルナに言ってやれ、トラブルが起きると!!」

「護衛の私としては起きて欲しくないのですが!?」

「じゃあ俺の味方だろメンケント!」

「いいや僕に味方して貰うぞメンケント!」


 ちょっと悪いノリが出てしまって暫く続いた茶番は、後から浴場に姿を現したイクシオン殿下が「それ以上虐めるのはよしなさい」とたしなめて、メンケントを抱き寄せてよしよしと撫でるまで続いた。

 いや、殿下。メンケントがこの旅で一番の混乱と困惑を見せてるので離してやってください。撫でる動きが手慣れてるのが怖いです。


「無論、普段はアイドルの女の子などにしている。しかし男にするのもやぶさかではない。寒国の詩人王子エリムスくんが連れてきた三人の護衛たちにもアイドルの資質を感じるからね。ちょっとした練習さ」

「恐れながら、アンタどこ目指してんだ」

「最近たまに兄上のことが分からないよ、天才の頭脳を以てしても」


 ちなみに解放されたメンケントは暫く意識が混濁したように虚空を眺めていた。

 色々とストレスや常識ゲージの限界を突破してしまったらしい。

 哀れメンケント。

 風呂でのことは正直ちょっと悪ノリしてすまんかった。

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