392話 経済が回ります

 皇国騎士団の再編に関する会議は紛糾していた。


「――全く以て失望したぞ! 何だあの体たらくはッ! おかげでイヴァールトに随分譲歩してやる羽目になったわッ!!」


 皇王イメケンティノス二十四世の怒りに貴族達は震えた。


 まず真っ先に切られたのが、騎士団管理を任されていたトップ貴族たちだ。実務は殆どやっておらず、出動の必要性がある情報も遅延行為で誤魔化しを図り、実質的な運営をルシルフル男爵に押しつけて発言権だけは抱えているこの貴族達を、怒れる皇王の前で庇える者はいなかった。


 また、これまで騎士団の質を保つためのふるいでもあった筈の規則が形骸化していたことも問題になった。これについて実務を任されていたルシルフル男爵の責任も追及されたが、男爵自身は規則違反者の記録を取り、報告自体は行っていたことが判明。

 彼に責任を負わせるのは酷だという声や、これだけの仕事能力がある人間をすぐに用意出来ないという意見を鑑みて、彼は殆どあってないような軽い処分を受ける代わりに騎士団に残ることを許された。


 違反者報告の書類は騎士団を管理する貴族や、騎士団長以下部隊長クラスの間で握り潰されていたことが判明した。不正が殆どなかったのは重装歩兵隊、次にマシだったのが騎士団長直属の部隊。握りつぶし方が悪質だったのは騎馬隊。他の部隊は全て処分を無視したり、或いは恣意的な個人攻撃に利用していた実態が明らかになる。


 これにより懲戒解雇が決定した騎士団員が二十七名、謹慎処分となった騎士団員が十四名、減給処分となった者が五十六名。皇都騎士団員のおよそ三分の一が処分されるという異例の大事件に発展した。


 更に、これはあくまでルシルフル男爵が一人で見回って見つけることが出来た範囲であり、実際の違反者は更に多く存在するであろうことは想像に難くなく、皇国上層部は是正に頭を悩ませることになる。


「定年制度の期間をもう少し短くすべきだ。見ろ、減給処分者の殆どが出世もしていない年長だぞ」

「騎馬隊は表向きは騎士団の憧れな分、今回のこれは痛い……彼らもなまじ馬術は優れているだけに、すぐに代わりを用意出来ぬ。おのれアレインめ、よくもあのようなことをしでかしてくれたものよ」

「欠けた部分は地方から補うか?」

「いいや、それでは問題の解決にならぬ。考えてもみろ、これまでの演習結果を……」


 会議に参加した貴族達は一様に渋面を浮かべる。

 王国騎士団はこれまでの実戦演習でも数を上回る圧倒的な質を見せつけて皇国騎士団を破ってきた。しかしそれはあくまで演習であるため全戦力を投入したことはなく、総力戦になれた皇国は負けないというプライドは保ててきた。


 しかし、実際には『三代武闘王サードオデッセイ』にして『剣皇』などという二つ名まで持つたった一人の騎士に、自分たちの騎士団は蹂躙された。その原因は、ひとえに組織としての質の悪さである。

 イメケンティノス二十四世が重い口を開く。


「多少騎士の数は減っても構わぬ。金も出す。質を上げよ。今のままでは話にならぬ」

「――予算増加の必要はありませぬよ、陛下」


 と、王に進言する勇気ある者が一人。

 フロレンティーナ父、ミカエル・ド・モルガーニ公爵だ。


「なに? それは如何なることか、ミカエルよ」

「懲戒解雇になった騎士達の給料は、我々が思っていたよりずっと高かったのです。それに減給処分により適正な給料になった者が増えたことや、経費と称していらぬ出費を不正に処理していた者の減少……更に、独自に調べた所によるとまだまだ削れる無駄がありそうです。よって、既に予算に余剰分が出来ているのです」


 これに一部の貴族は顔色を変えた。

 黙っていれば皇王は更に騎士団への予算を増額するので、騎士団運営の空席に座る旨味があった。しかしミカエルがそれを容赦なく叩き潰した。これによって空席はミカエル率いる革新派が一気に座りやすくなってしまった。


 革新派を疎む伝統派の一人がこれを阻まんと緩慢な動きで手を挙げる。


「削れる無駄、と申しますがミカエル卿。騎士団の維持には騎士団以外の多くの人間の職が関わっておりまする。そうした人々を頭ごなしに減らして職にあぶれさせるのが無駄を削ることの意味とは言いますまいな?」

「そ、そうだモルガーニ卿! 仕事の質が落ちれば騎士団の生活や武装、設備の質が下がるのでは本末転倒になりかねぬぞ!」

「まだそこまで決まっている訳ではありませんが、もし仮にその必要があるなら、削られた人々の再就職先を我々が用意しようと考えております。これは騎士団のイメージをよりクリーンにする働きも見込めます。これも長い目で見れば予算の増額なしで実行できましょう。それに騎士団の多くの無駄は、騎士団が堕落したからこそ出た膿の部分も大きい。これを減らすのは騎士団の質の向上にも一役買ってくれます」


 伝統派貴族たちは表向き納得しながら内心で歯ぎしりする。

 もし予算を減らそうと言えば王も不安から難色を示しただろうが、予算をそのままにするという方針とその理由は尤もらしいものばかり。金をかければ質が高まるという従来型の考えを利用して私腹を肥やしてきた伝統派からすればたまったものではない。


 ミカエルは改革派として当初予算を削る方法を提唱してきたが、近年は予算を削らず内部をスリム化し、余剰の金を様々な方法で民に還元するという手法を取り始めている。彼は最終目的の為に段階を踏み始めたのだ。

 人間は減らすよりも増やすよりも、現状維持を好む。

 ミカエルはそれを利用して改革を進めているのだ。


 案の定、皇王はミカエルの方に理を感じたのか、彼に向けて頷く。


「そちは、予算を増やさず改革を行える者に心当たりはあるか?」


 その問いに、ミカエルは真摯な態度で候補を述べる。

 改革派を中心に、中道派も混ぜ込んで。


 後にルシルフル男爵は、この改革にて実質騎士団のナンバーツーへと出世を遂げる。ここでトップに持ち上げないのは、ルシルフルが補佐役に回ってこそ真価を発揮する人材であるのを見抜いてのことだ。

 ルシルフルは、よき理解者と出会えたことを感謝した。




 ◇ ◆




 さて、遂にこの日がやってきた。

 ここ最近やってなかったから久しぶりに暴れられる。


「よし、冒険者に体験登録してオークを皆殺しに行くぞお前ら!!」

「趣旨変わってないかい、ヴァルナ?」

「冒険って魔物を殺すことじゃないと思うの」


 テンション上がって珍しく叫んだら親友二人にすごくドライな目をされて悲しみを背負った。揺られる馬車のなかで唯一「ヴァルナったら子供みたい」とくすくす笑うフロルの生暖かい目線が恥ずかしい。子供は皆殺しとか言わないけど。


 騎士団との実戦演習とスラムの見学を終えた翌日、俺たちは予定通り冒険者視察の為に皇都から少し離れた町にあるギルドに向かっていた。フロルは一応アストラエが魔物のいる地に赴くことを不安に思ってギリギリまで付いてくるらしい。


 さて、かなり昔に一度説明はしたが、ギルドというのは大陸において各国の人々が魔物に対抗するために創設した国家機関である。その主な業務は冒険者という名の戦力の登録及び管理。同時に冒険者に対し、国や民間人から魔物討伐や護衛、犯罪者の摘発等の依頼の仲介等を行って仕事を提供している。

 ちなみに、魔物との戦いで協力が必須になる商人や職人などもギルドに加入することで様々な恩恵を受けられたりもする。こちらは冒険者に比べて結構ルールや手続きが煩雑で、メリットとデメリットがあるらしい。


 国によって少しずつ違いはあるが、ギルド自体は国家間条約で基準が統一されているため、国は維持費や許可を出すだけであまり活動方針や個々の事情には口出しできないという不思議な組織だ。立場的には国より民寄りであり、冒険者達の多くが国への信頼より各国ギルド同士の繋がりを重視しているらしい。


 ちなみに王国は国の仕組み的に全くギルドを必要としていないので、各国からすると信じられないくらいギルド規模が小さい。特に冒険者ギルドの業務はなんと皆無。シアリーズは実はギルドにも席を置いているが、彼女は商人ギルド所属で冒険業務はもうやっていない。

 王国は粗方開拓し尽くして冒険するところ殆ど無いし、仕方ないね。


 これについてギルド側は「王国はギルドの影響力を意図的に狭めて国際的な基準に反している」とか文句を言われるのだが、導入するメリットがないから仕方ないじゃんというのが王国の意見である。当然、これは王国がオーク以外の魔物問題に困らされていないのが大きな理由だ。


「ギルドもそんなに五月蠅く言わなくていいだろうに……」


 俺のぼやきに、フロルが苦笑する。


「大陸にはギルドを中心とした『魔物経済』が存在するのが当たり前ですからね。王国を知らない多くの人からは理不尽な扱いに見えるのでしょう」

「魔物経済?」

「冒険者が魔物を討伐する場合、まず冒険者がいて、問題を起こす魔物がいて、それにお金を払う依頼者、仲介するギルドがいます。そして冒険者が必要とする武器や遠征に必要な装備、薬、冒険をよりやりやすくするための開拓、それらを支える様々な店舗や職人、それらが住まう町、そこに食料を売る農民と仲介する商人……といった風に、魔物討伐の仕事は経済に様々な循環を促しているのです。当然魔物から採取される貴重な素材の売買や加工もそうです」

「なるほど。魔物を起点にして全てが成り立っている循環だから魔物経済なのか」


 王国にはそんな経済循環は全くない。

 騎士団がそれに該当するのでは、と思う人もいるかもしれないが、騎士団のオーク討伐は国家の事業である。法的なかみ合わせや冒険者を雇うメリットをリスクが上回る点など、実質民間主導のギルドとは何もかも条件が違う。そう考えると、やはり王国の方が異質な存在なのだろう。


「なので、今回はその魔物経済の見学という側面が強くなると思いますわ」

「役割分担するか。俺とアストラエで現場を見て、セドナは他の視察と一緒に町を見て回って貰おう。経済関連はセドナが一番強いからな」

「まっかせといて!」


 Vサインで応えるセドナのにっと笑った笑顔が眩しい。

 ギルド視察はスラムの時と違って俺たち以外にも視察者が少数いるので、俺たちは多少興味本位で動いても問題ない。ちなみにセドナが「二人についていく」と言い出さないのは、彼女の戦闘技術が対魔物に向いていないことを理解しているからだ。


 やがて、遠目に一つの町が見えてくる。

 ギルドを中心に魔物経済で大きくなった町、いわゆる『冒険者の町』と呼ばれる場所――ロンティーが。

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