390話 握力システム採用です

 仕事柄、外対騎士団という組織は大都市より地方に向かう事が多い。

 そして閉鎖的な地方の町村は、外対騎士団に友好的とは限らない。


 彼らは確かにオーク退治を望んで騎士団に文を送る。

 しかし、送るのはあくまで代表であり、意思決定は大抵多数決で行われるため、その求めは総意ではない。彼らは騎士団のことをよく知らないし、騎士団の意義も、目的も知らない。知る必要の無いコミュニティで生きてきたからだ。


 故に、退治に来た騎士団に平気で石も投げるし暴言も吐くし、頑なに協力しないこともある。彼らにとってオークが山から来た余所者なら、騎士団は町から来た余所者なのだ。


 騎士団のオーク討伐が短くとも一週間かかると聞いて「そんなにかかる筈がない」と怒り狂った人を俺は何人か見たことがある。昔はもっと酷かったそうだ。こうした人はことあるごとに騎士団に近づいてきては「無能騎士」「税金の無駄遣い」「子供でも分かるようなことが分からない」と執拗に罵倒してくる。


 何故一週間かかるのかを説明しても無駄だ。

 罵倒したい思いが優先事項の第一位であり、それを盲信する限り全ての事実に「言い訳だ」というレッテルを貼り、とうとう覆い隠して捨ててしまう。


 我慢できずに暴行事件を起こして謹慎になった騎士も、今はともかく昔はよくいたらしい。尤も、騎士の方が身分が上なので任務を妨害した相手への暴行は行き過ぎない限り罪にはならなかったりもするが。

 ただ、騎士が村人などに暴力を振るえば、その噂はあっという間に広がる。彼らはより非協力的になり、ひそひそ話と後ろ指を差す行為に傾倒していく。だから騎士団は最初から最後まで誠実であらねばならない。


 ちなみにアキナ班長の場合、相手が泣いてやめてくださいと懇願するまで殴るか、堂々と「え? お前頭悪すぎね? これだから未開地の野蛮人はめんどくせーな」とナチュラルに罵倒する。

 そしてひそひそ話と後ろ指を指す人に一人一人丁寧に全力で「ヒソヒソ喋ってねーで言いたことがあったら相手の目ぇ見て喋りましょうってママに教わらなかったのかア゛ァンッ!?」と絡む。いやもうマジでやめてくれ。


「……前々から思ってたけどさ、ヴァルナくん。その人よく左遷執行官ヤガラに飛ばされないよね」


 セドナの素朴な疑問に対する回答は至極簡単だ。


「俺たち騎道車の中で生活の大部分を送ってる訳だからさ。逆を言うと、うっかりアキナ班長に目をつけられたらヤガラは『どう足掻いても逃げられない』し、『次の仕事でも同じ状況になる』ワケ。そしてアキナ班長は感情のみで動く生物だからお得意の脅しが通じない。ヤガラはそれを正しく理解し、なるだけ関わらない方向で動くことにしたんだと思う」

「うわぁ……」


 なんと言って良いか、という微妙な表情のセドナの隣で、アストラエが顎に手を当ててふむ、と唸る。


「アキナ某の見事な開き直り方を讃えるべきか、ヤガラ某の保身能力の高さを讃えるべきか……」

「まぁ班長は普通にやりすぎて減給食らうし、ヤガラはロック先輩の絡みから逃げられてないけどな」


 セドナが「ダメじゃん」と思わず漏らし、俺とアストラエが「確かに」と笑う。ほのぼのした空気がひとしきり流れたところで、アストラエの言葉が俺たちを現実に引き戻す。


「それで……今しがたその余所者が来た時の村人の反応を君は思い出したと?」

「ああ。とはいえ肌で感じる空気の緊張感はこっちのが数倍だ」

「……凄い。道行く人の全員がわたしたちを静かに警戒してる。余所者を警戒することが日常の一種なんだ」


 セドナの言葉に、先頭をゆくバーナードが頷く。


「そうです。ここは皇都とは違う法則で動く世界だと思った方がよいかと」


 彼の言葉に頷きつつ、俺は改めて周囲を見る。


 建物自体は少々手入れが雑だが意外と立派だ。

 しかし、その左右に並ぶ建物から感じる威圧感は皇都の町並みと全く違う性質を帯びている。町中が威圧的だとすれば、ここは閉塞的だ。気が弱い人なら息が詰まって引き返しかねないほどに。


 町ゆく人々の服は、整っているものもあればくたびれているものもある。共通しているのは、彼らは俺たちが来たところで急に会話をやめたり露骨に避けて通ったりしないこと。そして、その中の一部にこちらを監視するような鋭い目が少しずつ、少しずつ、日常の隙間に混ざっていること。


 露店のような場所には雑に食材がぶら下げられ、あまり衛生状態が良くは見えない。昼間だというのに仕事がないのか何もせずに喋っている人や、道端に敷物をしてずっと寝ている人が散見される。道行く人々の放つ臭いも少しばかり強い。

 スラムの外と変わらないのは元気いっぱいな子供達くらいだが、その彼らも時たま俺たち余所者を値踏みするかのような視線を向けることから、その生活ぶりが覗える。


 バーナードは視線を動かして誰かを探すそぶりを見せる。


「……スラムには独特の連帯感があります。彼らはここ以外に居場所がない。その怯えが逆に余所者への威圧感と暴力に化けることもある……おおーい!」


 彼が道脇にいたある二人組に声をかけると、その二人がゆっくりと寄ってくる。二人とも男で、年齢は同年代くらいだろうか。片方はやんちゃそうな短髪で、もう片方は愛嬌のある笑みを浮かべるロングヘアだ。


「よう、久しぶりだなバーナード! 後ろの人たちがお客さんか?」

「そうだ。いつもの調子でいたずらすんなよ?」

「バーナード、思ったより元気そうで良かったよ。手紙で知った君の様子はなんか無理してそうだったし」

「いや、実際騎士団の空気は窮屈だよ。ここに来てほっとしてる自分がいるくらいだ」


 親しげに挨拶して二人と軽くハグをしたのち、バーナードは振り返る。


「スラム出身の友達です。短髪の方がミリオで、髪が長い方がシュタットです。二人はスラムと外を繋ぐちょっとした仲介人というか……多少は商人の真似事もしてます」


 ミリオはその説明が不満だったのか、口を尖らせる。


「真似事ってなんだよー! スラムで手に入らない品は俺が一挙に受け持ってんだぞ!? いわばスラムの裏のドンだ!! おいあんたたち、俺にはいい顔をしておいた方がいいぜ~?」


 と、調子に乗ったミリオの後頭部をシュタットが叩く。


「ちょっと顔の広い便利屋風情が調子に乗らない」

「あでっ! んだよぉ、シュタット! いーじゃねえかどうせ今日限りの客だろ?」

「忘れたのかい? この人達はバーナードが連れてきたお客さんだ。観光人騙すようなノリで大口叩いてたら自分だけじゃなくてバーナードにまで恥かかせることになるんだよ? それともルルに言いつけてやろうかい?」

「い゛っ!? そ、それは勘弁してくれよぉ~!」


 そのルルという人物に頭が上がらないらしいミリオは、シュタットと共に改めて自己紹介する。


「おっほん。ご紹介にあずかったミリオだ。今は便利屋みたいなもんだが将来は大商人を目指してるんでヨロシク!」

「ミリオと共に便利屋を営むシュタットです。これでもスラムの中では顔が広い方なので、多少はみなさんのお役に立てるかと思います」


 俺たちは簡単に二人に挨拶を済ませる。

 一応アストラエが王族だということや俺の立場は伏せて、偉い人に頼まれて視察に来た外国の騎士程度の扱いに抑えて貰う。あまり大騒動になると視察どころでもないからだ。


 まさか目の前の四人の内三人がとんでもない経歴とは知らないミリオは頭の後ろで腕を組んで物珍しげな顔をする。


「ふーん。視察を命じた上司ってのも物好きだなぁ。普通わざわざ海外に来たら観光名所とかウロウロして帰るもんなんじゃねえの?」

「観光名所は見飽きたんだよ、多分ね」

「はぁー、海外旅行するほど金がある人たちは考え方が違うねぇ」


 嫌味とも取れる言葉だが、実際そうだとは思うので誰も気にしない……かと思いきや王子への不敬の重なりにメンケントが若干苛立ちを見せ始めている。俺がより彼に近い場所に立っているアストラエを見ると、アストラエは裏拳でメンケントの胸を軽くノックして小声で警告する。


「メンケント、慣れない仕事で神経質になるのは分かるけど、目的の為にどう行動すべきか考えような」

「は、ははっ!」


 メンケントは反射的に膝をついて服従の礼をする。

 ……今、アストラエは王族だということを隠してるし、メンケントとアストラエは同僚の設定なのに。

 いきなりの行動に、アストラエが王子だと知らないスラム組が目を丸くする。


「えっ、何? 何でいきなり大声でしゃがむの?」

「どうかしましたか? 地面に何か?」

(し、しまった!! つい癖で……!!)


 焦るメンケントに、俺は助け船をよこすことにした。


「あー……メンケントはその、いきなり思い出し笑いをする癖があってな。昨日の抱腹絶倒ジョークを思い出してしまったんだろ。あ、笑いのツボが独特だからジョークの内容は聞かなくていいと思うぞ」

「そ、そうなのか……まぁ、出来ればあんまり挙動不審な動きはしない方が良いな、うん」

「大声を出すと気の短いものを刺激する可能性もありますしね。既に何人か警戒心を見せています」


 確かに、人混みに紛れてこちらを睨む目が少し強くなり、増えた感じがある。メンケントは一瞬こっちを睨んだが、これはお前が悪いので抗議は受け付けないと首を横に来ると悔しそうに俯いて立ち上がる。


「すまん、頑張って堪える……ふふっ」

(めっちゃ笑みが引き攣ってるぞ……あの二人は納得したみたいだが)

(騎士ヴァルナぁ……ミスしたのはこちらとはいえ、とことん人をコケにしやがってぇ……)


 ひとまずミリオたちが納得した裏で、バーナードがこっそりほっと胸をなで下ろしている。彼はアストラエ王子の正体を察しているからさぞヒヤヒヤしたことだろう。察しているというのは、直接そうだと言われてはいないがルシルフル男爵が暗に匂わせた言い方をしたから想像は出来ている感じだ。


 俺は、前途多難だな、と小さくため息をつきながら案内人に従ってスラムを歩き始めた。スラム組の三人は昔から仲が良かったのか、何やらひそひそ話をしている。


(……なぁバーナード。あのヴァルナっていう緊張感のなさそうな騎士、なんか堂々としすぎて逆にスラム民みたいじゃね?)

(馬鹿お前、あの騎士めっちゃ強いんだぞ! 多分強すぎて動じてないだけだって!)

(正直僕も一瞬地元の人かと思った。彼一人ならオーラなさすぎて暫く余所者だとばれないんじゃないかな)


 そこの三人、聞こえてるからな。

 褒めてんのか貶してんのか一体どっちだそれは。

 ……アストラエがにやにやしてたので後で蹴る。


 ちなみに、この中で最もスラムに馴染んでいるのは実はセドナだ。

 セドナはこの中でも唯一女性でしかも美少女なのに、スラムの人たちは王国組四人の中で彼女の方にあまり意識が向かない。敢えて地味目に見える格好や髪型に変えているのもあるが、それも含めて自分の存在感をコントロールしているのだ。


(魔法の才能は別として、こいつにはちょっと人知を超えた才能を感じるな……)


 どこかから「お前が言うの?」という幻聴が聞こえた気がするが無視する。

 ところで、スラム観光ツアーの舵取りはバーナードの担当だが、今どこへ向かっているのか聞いていない事を思い出す。


「最初はどこに向かうんだ?」

「本格的にうろつく前に挨拶した方が良い相手が居るんです。自称自警団……まぁ、大丈夫だとは思いますが、虫の居所が悪いようなら引き返した方が良い。そういう集団ですね」


 申し訳なさげなバーナードの顔に、成程、と納得する。

 自警団と言えば聞こえは良いが、実際には自警団と呼ばれる組織の多くが法律から外れた理で動くコントロール不能の戦闘集団だ。最悪の場合だけは想定しておこうと態度には出さず決意する。


 やがて、スラム内でもそれなりに大きな家が見える。

 小金持ちのちょっとした別荘くらいの大きさはあるだろうか。

 入り口の木陰で二人の男が古びたトランプで勝負をしている。

 その二人は家の前に人影が見えた時には既にトランプをテーブルに置き、腰に差すナイフを隠そうともせずに近づく。ミリオとシュタット、そしてバーナードが二人の男と暫く話すと、男達は素直に家のドアを開けた。


 そこにいたのは、黒い肌に筋骨隆々のスキンヘッドという王国では滅多にお目にかからないタイプの人だった。肌の色的にはカシニ列島の人たちに近いだろうか。厳つい男は不機嫌そうにじろっとこちらを睥睨すると、ぶっきらぼうに「アタマは誰だ?」と告げる。


(アタマ? ……リーダー格って言いたいのか?)


 念のためバーナードに確認を取ると首肯した。

 一応この視察は言い出しっぺの俺が色々と責任を取る事になっているため前に出ると、男は不機嫌な顔を隠そうともせず大きな手を差し伸べる。


「自警団アンティライツのリーダーやってるドルファンだ。バーナードのこたぁガキの頃から見知ってるから話は聞いてやった。スラムに探りを入れるんだってなぁ?」

「別に犯罪摘発とか人捜しじゃないですけど、俺たちはスラムという場所に対して無知なので、ここがどんな場所か知りたいと思っているのは確かです。俺たちは皇国の人間じゃないので貴方方が何かしら不利になるような情報は漏らさないと約束しても良いですが」


 俺がドルファンの大きな手を握り返した瞬間、彼が目を剥く。


「じゃあもう帰りな。ここは――こういう場所だよッ!!」


 瞬間、彼の大きな腕が俺の手のひらを押し潰さんばかりの握力で握り締められたので咄嗟に相手の三倍程度の握力で握り返した。


「余所者が俺たちのナワバリに入ったらどんな目に遭うかコレで思いでででででででででででッ!? クソがテメェ腕になんか仕込んでやがっ……アガァァァァァァッ!? つ、潰れるッ!! 俺様の腕がこんな細っこい手にッ!? はぎぃぃぃぃぃぃぃッ!?」

「スラムでの握手って随分荒っぽいんだな。で、これどうすれば終わるんだ? もう十分互いの手は握ったろ?」

「テメェが先に離せやッ!! ギギギギギギギギッ!?」


 ドルファンの鼻息が荒くなり瞳から涙が零れ、凄まじい形相で歯を食いしばっている。仕方ないので離したら、あちらはにやりと笑ってさっきの二倍の力でまた手を握りしめてきたので今度は相手の手を潰す寸前まで力を籠める。


「甘ちゃんが、スラムで相手に情けを見せることの意味を教えェェェェェガァァァァァァァッ!!? はぎっ、はぎっ、い゛え゛ぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!?」

「……もう一度聞くぞ? この握手、どうすれば終わる?」


 ドルファンはその後二十秒粘ったが、俺が握手する右手にそっと左手を重ねて更なる圧力をかけようとしたところで「分かった、分かった!! 話を聞く!! 約束する!!」と叫んだことで熱烈な握手は終了した。


 なお、家の中にはドルファンの部下らしいのもちらほら居たのだが、俺が視線をやると一斉に目を逸らした。


(なんてこった、唯でさえ握力最強なだけでなくあの薬指と小指の付け根らへんの関節をコリコリさせて相手の激痛を誘う奥義まで持ってるドルファンさんをああも呆気なく……)

(すまねぇドルファンさん! アンタで勝てないなら俺も勝てないよ!!)


 この組織は相手の手を力一杯握って先に音を上げた方が負ける握力システムでも採用してんのか。バーナードをちらっと見ると「すいませんこいつらちょっと……いえ大分馬鹿でして」と視線で語っていた。

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