378話 陥落しました

 王都、ゲノンじいさんの工房――。


「おめぇ毎度どっからこんな代物持ってくるんだ」

「二回しか持ってきてないでしょーに。たまたま手に入ったんですよ」

「五月蠅ぇ口答えすんな。ったく、儂も扱ったことねぇ代物だぞ……」


 ゲノンじいさんは俺の持ち込んだあるものを指で触り、金槌で軽く叩いて音や感触を確かめながら難しい顔をしている。


 持ち込んだのは、アルキオニデス島で対峙したアース・トーテムが所持していたドラゴンボーンだ。まさかのドラゴン素材の持ち込みに工房の全員が集まって俺とゲノンじいさんを取り囲んでいる。


 俺としてはこのドラゴンボーンはアース・トーテムの墓標にでも使ってやれば良いのではないかと思ったのだが、ハルピーにとって竜の骨はあまり縁起が良くないらしく、島の戦士トゥルカも戦利品として持って行けと本土帰還直前に押しつけられた。


「勿体ないからなんか良い感じに加工してくださいよ」

「くださいよじゃねーよテメェ。竜素材の武器は『竜の呪いで鍛冶屋が死ぬ』って言われるくらい手間なんだぞ。見ろ、強度チェックに使った金槌が弾力に押し負けてる」


 普通の動物の骨なら確実に割れる威力で振り下ろされた金槌が、弾かれるように跳ね上げられる。ドラゴンボーンは貫禄の無傷だ。弟子達もこの仕事に興味津々で、珍しく口を出してくる。


「この剃りからして曲刀ですかね?」

「いや、長すぎるだろ。両断して双剣にした方がいい」

「大太刀って手もありますぜ」

「チャンドラダヌス!」

「作成経験者がいねーだろうがよぉ。まっすぐに矯正できないんかねこれ?」

「ドラゴン素材の加工は大体が個人でやるから記録は世に出回らねぇしなぁ」

「チャンドラダヌスー!」


 よく見ると、わちゃわちゃ騒いでいる職人に交じってぴょんぴょん飛び跳ねながら何かを主張するタタラくん――もとい、タタラちゃんを発見した。身長が低くて声がゲノンじいさんに届いていないようなので、後ろから抱っこして高さを稼いであげる。


「ほいよ、これでいいか?」

「あ……ふ、ふん! コゾーにしては気が利くな!」


 コムスメにコゾー呼ばわりされた。


「翁~~~!! チャンドラダヌス~~~~!!」

「んあ? 何やってんだタタラ」

「だから、チャンドラダヌスだって!!」

「……?」


 職人達は首をかしげる。業を煮やしたタタラちゃんは俺の手からするりと脱出して工房の奥に走り込み、そして本を抱えて猛ダッシュで戻ってきた。彼女の体躯と不釣り合いなほど大きく手垢がつくほど読み込まれた本は、タイトルに『魔物と武器の歴史』とある。

 勢いよくページをめくったタタラちゃんは、あるページを開いてテーブルに置いた。


「チャンドラダヌス!」

「チャンドラダヌス?」

「なるほど、チャンドラダヌスか」


 職人達が勝手に納得しているが、俺は全く話について行けない。

 何だチャンドラダヌスって。チンドン屋の仲間か。

 知らないものは調べれば良いと本をのぞき込むと、謎の正体がそこにあった。


「なになに……ネームドドラゴン『ウロボロス』はその異例の体躯の巨大さから、撃破後に遺体を解体して出た竜素材も膨大だった。特に注目されたのが肋骨部分で、大量の肋骨を利用して多数のドラゴンウェポンが作られた。竜弓『チャンドラダヌス』の誕生である。しかし、討伐隊の内輪もめや国家間の騒乱のどさくさに紛れて弓は次々に行方不明となり、更に偽物が大量に市場に出回ることで弓の多くが行方知れずになった……」


 通常ドラゴンウェポンはドラゴンの最も丈夫な部分を加工して作るのが慣例である。その理由はゲノンじいさんが言った通りで、とにかく加工が難しいからだ。出来るだけ元の素材の形状に寄せた形でないと採算は合わず、時間が膨大にかかり、しかも丈夫じゃない部位は加工に失敗して破損することも多いという。


 なのでドラゴンは討伐されるとまず最も発達している部分を討伐者が素材としていただき、一部は食肉として討伐者に振る舞われ、残りは研究者たちに研究し尽くされつつ綺麗に分解され、最後は骨格標本としてどこぞの博物館に売り飛ばされる、というのが一連の流れらしい。


 閑話休題。

 つまり、タタラちゃんはこの骨を弓にすべきと主張したいようだ。

 改めてドラゴンボーンを見ると、確かに剣にするには長くて細いが弓にすれば丁度いいサイズ感かもしれない。しかも弓であれば加工は最小限で済む。


 ゲノンじいさんは暫くドラゴンボーンを見て沈黙する。

 タタラちゃんは自分のアイデアが認められるかどうか、固唾を呑んで見守っていた。

 やがてゲノンじいさんは、ドラゴンボーンをタタラちゃんの手に握らせた。


「お前がやれ、タタラ。手伝いくらいはしてやるが、言い出しっぺが完成させろ」


 そのぶっきらぼうな言葉を聞いた瞬間、タタラちゃんは見開いた目を星空のように輝かせ、全身から隠せないほどの喜びと好奇心にふるふると震わせて「うんっ!!」と勢いよく頷いた。

 弟子達は突然のことに困惑気味だ。


「ちょっとお頭、タタラはまだ加工の仕事したことねえでしょうに!」

「女の子に玄翁握らせる気ですかい!?」

「ごちゃごちゃ五月蠅ぇ! そんなに心配なら手伝えばいいだろうが! ただし助言はいいが、方針と加工はタタラに一任する!! 口答えは許さんッ!!」


 有無を言わさぬ迫力に弟子達は縮み上がる。

 俺はゲノンじいさんの隣にこっそり移動してにやにやする。


「親馬鹿ならぬ爺馬鹿ってやつ?」

「儂ぁ本気だぞ」

「だから、その信頼も爺馬鹿なんじゃない?」

「五月蠅ぇぞクソガキ。それよりお前も剣見せやがれ、研いでやる」


 俺は茶化したが、ゲノンじいさんは伊達や酔狂で人に仕事を任せない。タタラちゃんなら自分と同等か、それ以上に仕上げられると思ったからこその発言だろう。

 もしかしたら、数年後には彼女が俺の剣を研ぐかもしれない。




 ◆ ◇




 さて、そろそろ様子が気になってきたな、と俺は自宅へ向かう。


「感動の再会だから水を差すのもと思って事情だけ話して家にほったらかしたからな……タキさん。いや、義父さんって呼ばなきゃだけど」


 まさかコイヒメ義母さんとマモリも、兄が初出張の土産に行方不明の父親を連れて帰ってくるとは思っていなかっただろう。ものすごくポカンとされた。


 昨日の夜に久々に運命の女神と夢の中で会ったら「政略結婚の件はわたしわるくないもん……」と木陰でふるふると震えていたが、タキ義父さんの件でチャラということにしてあげた。「わたしその件何も関わってないけど……」と複雑そうな顔をされた。


 まぁ確かに、騎士やってるとたまに平民から「海の平和を守ったり犯罪者を捕まえてるんですよね! いつもありがとうございます!」などと感謝されて複雑な気分になることはある。その仕事は別の騎士団が主にやってるんだけどなーって内心で思っちゃうし。

 そんなこんなで暫く運命の女神とはわかりみトークをした気がするが、それはさておき。


 門を潜って庭に出た俺は、屋敷の縁側に早速タキ義父さんを発見した。


 吐血して倒れ伏した状態で。


「たッ、死んでる!?」

「ゴフッ、生きて……いる。口から吐いているのは、先ほど試しに啜った激辛担々麺の汁だ」

「汚いよ! てか見たことあるよこの展開!」

「娘が……娘が美しく成長しすぎて……途中までは耐えたが、無理であった……」


 その気持ちは分からないでもないが、とりあえず俺はぱんぱん、と手を鳴らす。すると屋敷の使用人がどこからともなく数名出てきた。


「吐瀉物の掃除と、一応看護をよろしく」

「かしこまりました、若旦那様」


 若旦那呼ばわりは未だに慣れない。

 顎で人を使うような行動、これが特権階級の生き方なのか。

 純真だった頃の自分が失われていく……いや、士官学校入学して以降そんな時期はなかった気もしてきたが。それにあっちも仕事でやってるので変に気を遣いすぎると逆に仕事しづらいらしい。

 いつか「マモリお嬢様が優しすぎて女なのに勘違いしそう……」とか言ってる危ない使用人もいたことだし。


 数分後、イセガミ家は一つの部屋に集合していた。

 コイヒメ義母さんは感動の余りハンカチで涙を拭う。


「本当に……こんな日が来るなんて夢みたいで……」

「拙者とてそうだ。斯様に数奇な縁が家族を繋ぎ止めるとは……」


 タキジロウさんの手がコイヒメさんの肩に回り、コイヒメさんもタキジロウさんに肩を寄せる。二人の別たれた時間を埋めるかのように、その表情は安らぎに満ちている。一度は死別したものと思った夫婦の再会。それも家族愛のなせる業なのかもしれない。

 そういえば、と、隣に座るマモリを見る。


「マモリは加わらなくて良いのか?」

「先に一杯甘えたから……今は母上の番。私は……そう、代わりにお兄ちゃんに甘える」

(ぐふっ)


 マモリの恥じらいと甘えの入り交じった声が俺の心を容赦なく貫く。

 しかも控えめに手を握ってくる慎ましさが逆に愛らしい。

 俺の手をそっと持ち上げて両手で握ったマモリは、目を潤ませる。


「父上のこと……悲しいけど、乗り越えようって思ってた。なのにお兄ちゃんは死んだはずの父上を見つけ出して連れ帰るだなんて……本当に、本当に無理をひっくり返しちゃうんだもん。私、お兄ちゃんに会えて、お兄ちゃんの妹になれて本当に幸せ者だなって」

(ごふぅっ!!)


 吐血しないので精一杯な連撃に俺は内心悶絶する。

 マモリからすれば本当に感謝と好感の気持ちで一杯なのだろうが、こんなにどストレートに伝えられると衝撃が凄まじい。あとお兄ちゃんの単語がいちいち俺の何かを抉り、抱きしめたい衝動に駆られる。

 しかも、マモリは既に戸籍上は家族なので愛らしさの余りぎゅっと抱きしめても何の問題もない。

 というか、マモリから先にハグしてきた。

 柔らかく暖かい感触が押し寄せる。


「父上がいればイセガミ家はもう安泰だから……だから、お兄ちゃんはお兄ちゃんの道を進んで。それで……たまに……たまにでいいから、私の我が儘を聞いてくれるといいなって」

「聞いてくれないと呪うのか?」

「呪っちゃおうかな……か、家族のことが恋しくなる呪いとか……」


 何たることか、嘗て出会った頃のマモリは呪う呪うと何かにつけて呪詛を放とうとしていたのに、もはやマモリの呪いにはかわいさしか残っていない。俺は操られるようにマモリを抱き返して頭を優しく撫でた。


「じゃあ手始めに何がしたいんだ? 兄ちゃん時間の許す限り付き合ってやるからな」

「今は……えと。家族四人で、家族らしい生活がしたい……こんっ」

(ぉごばァッ!!)


 最近マモリは恥ずかしくて言いにくいことを狐さんに託すのが癖になりつつあるらしい。しかも願いの内容が余りにも些細で、しかしずっと叶う事のなかったものなだけに胸のキュンキュンが心臓を圧殺しそうだ。

 俺は今回の休暇では意地でも仕事関連のことはせず家にいようと決めた。


 騎士ヴァルナ、義妹に陥落す。

 あくまで妹としての感情だぞ、いいな。

 最低でもシスコンと呼べ。


 なお、コイヒメさんとタキジロウさんが同じ部屋にいることを完全に失念していたアホの俺だが、あっちはあっちでこちらの様子が見えないほど自分たちの世界に入り込んでいたので特にトラブルはなかった。


 ……ところでタキジロウ義父さん的に俺に会いにくる女性が複数名いることはどう思っているのだろうかと聞いてみたら、列国は一夫多妻が珍しくないし全員実力ないし家柄に秀でているのでよいのでは? とあっさり返された。

 やはり列国はあくまで自分の家の発展が第一なのは変わらないようだ。


「それはそれとして、私個人は浮気は許さないわよ? あ・な・た♪」

「はい」

(二人の関係性が垣間見えるな)


 そんなこんなで、俺はその後数日間、暖かく優しいイセガミ家の中で過ごした。家族の中での兄たる自分の在り方が自然と身についてきて、また一歩彼らと真の意味での家族に近づいた気がした。


 ただし、たまに『あのすっとぼけな肉親二人ならここで予想だにしないすっとぼけを見せるだろう』などと考えることがちょこちょこあった。意外と両親のことも恋しいのかも知れないと複雑な気分にさせられるのは何故だろう。腹立つわぁ。

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