379話 容易に想像可能です

 その日、イセガミ家の修練場に珍しい顔が睨み合っていた。


 方や、死んだと思われていたのに奇跡的に生存が確認されたタキジロウ・イセガミ。

 方や、騎士団随一のおバカ騎士と名高いアマルテア。


 互いに互いの一挙手一投足をも逃すまいと睨み合い、模擬武器を握る手にも力が籠もっている。じりじりと身を焦がすような緊張感が見物人である俺にも伝わってきた。が、そこは飽きっぽいアマルのことなので途中からあっさり肩の力を抜いてしまった。

 

 ほんの一瞬。

 アマルが力を抜いた瞬間、タキジロウさんは音も立てずに地面を滑るような動きで一気に距離を詰め、上段に構えた槍から射殺すような刺突を繰り出す。


辰巳天滝たつみてんだき流奥義、天泣てんきゅう

「うわったったったったぁッ!?」


 突然の襲撃にも慌てた声を出しつつ対応するアマルだが、刺突は絶え間なく次々に叩き込まれるために体勢を立て直せないようだ。

 見物に回っている俺とロザリンドはその動きを分析する。


「十一の型・啄木鳥きつつきと少し似た動きもあるが、リーチの差を最大限に活かした実用的な奥義だ」

「確かに……足を狙った攻撃は避けづらいですわね。それが自分の射程外から飛来するとなれば尚更ですわ」


 記憶を失った後も体が覚えていたらしい槍捌きがアマルを追い詰める。

 槍を捉えようにも刺突後に槍を引くのが恐ろしく速い。

 この戦い、アマルには厳しいものとなりそうだ。

 俺の分析を代弁するように、ロザリンドが顎に指を当てて唸る。


「アマルは水薙と紅雀しか使えない代わりに、相手の攻撃を薙ぐことと刺突のリーチの二つで戦う剣士です。自分より射程が長いだけならなんとかなりますが、ああも低空の攻撃をされては薙ぐことが出来ず得意の間合いに持ち込めません」

「一点特化剣術の弱みだな。弱点にはとことん弱く、戦術の幅が狭い」

「冷静に分析してないでアドバイスくださいよセンパイ~~! ロザリィ~~!!」


 情けない叫び声を上げながらもアマルはタキジロウの猛攻をギリギリで躱している。その体捌きにタキジロウは目を細めた。


「基礎は出来ているようだな。氣の練りも年齢の割になかなかだ。しかし……」


 タキジロウの繰り出す槍の先端がフェイントのような動きをし、次の瞬間アマルの喉元に突きつけられる。なまじロザリンドの速度になれているが為に目が踊らされてしまったようだ。

 十分だろうと思った俺は声を張り上げる。


「そこまで!! 勝者、義父さん!!」

「はえ~~、おじさん強すぎる……! あ、ありがとうございました!」

「ありがとうございました。いや、武家の出でもないのにその年でそこまで動けるのは驚いた」


 訓練終了の言葉と共に握手を交わす二人。


 ここ最近、屋敷に籠もりすぎたか暇を持て余した後輩たちが遊びに来る。

 イセガミ家の面々は義理の息子の後輩たちを快く受け入れてくれており、第一印象が悪かったマモリとロザリンドも打ち解けている。そんな中で提案されたのが、タキジロウさんを交えた訓練である。


 改めて感じるが、これでも騎士団の中で中堅以上に食い込みつつあるアマルとの戦いで初見から弱点を見抜き、殆ど手の内を明かさないまま負かせるタキジロウ義父さんの練度は凄まじい。

 この間模擬戦をやったが、絢爛武闘大会参加者級の実力だった。流石にマルトスクのような超越者には一歩劣るが、それはそもそも比較対象がおかしいだけだ。


「むしろ吾はヴァルナとの戦いで自信を喪失するかと思ったぞ。一体どのような訓練を続けたらあんなにも強くなれるのだ……?」

「反復練習です」

(いや、義息よ……反復練習をするだけでそこに至れるなら世はもっと猛者だらけだと思うぞ……)


 反復練習は素晴らしい。

 効率よく強くなるには反復練習がいい。

 きちんとした指導者は必要だが、反復練習の成果は体に染みつき、どんなときでも発揮できるようになる。逆にちゃんと反復練習していない動きは咄嗟には出ないし失敗率が高い。よってこの世で最も効率よく強くなれる方法は正しい指導者の下に行われる反復練習である。

 戦いの出来ない人を戦えるようにする儀式、それが反復練習だ。

 しかし、これを口にすると大体の人が納得しないか嫌な顔をする。


 以前、「外国人騎士登用によって自国民の騎士登用が減る」という主張をしていた若者のデモ隊に捕まったことがあった。その際、懇切丁寧に平民登用枠とスカウト枠は全く別ものであるから外国人騎士を減らしても君たちが採用される確率は上がらないことと、それでも採用されたくばヘッドハンティングを狙って強くなるために反復練習しろということを告げると、翌日からみるみるデモ隊が減っていき三日と経たず消え去った。


「おかしいんだよなぁ。せっかく看板掲げてるんだからデモしながら素振りしたり立ち止まってるときは足踏みして足腰鍛えろって言ったらいきなり半数以上帰るし、残った奴らも指導してあげてるのに日に日に居なくなるし……」

「ヴァルナ先輩直々のご指導に対して無礼千万な方々ですわね! とんだ根性無したちです!」

(義息よ、そもそもいい年して昼間から集まってデモが出来るほど暇を持て余した若者たちなのだから、誰も心底真剣ではなかったのではないか……?)

「しかも分からないのが、同僚騎士がみんな俺を褒めるんだよ。空気読めないヤツにはもっと空気読めないヤツをぶつけるのが正解だったー、とか」

「誰にも流されない鋼の意思を持つ先輩、流石ですわ!!」


 全肯定してくるロザリンドはロザリンドでちょっと不気味に思うこともあるが、俺が留守の間に相当頑張ったらしいので今日はちょっと甘やかしてあげることにしている。

 と、そこでアマルがはいはい、と学校の生徒の如く手を挙げる。


「じゃあそのマンプク練習をやってるのに負ける場合はどうすればいいですか!」

「反復練習な。勝てないなら対策を考えて新しい反復練習を始める」

「じゃーそれがメンドクサイって人は?」

「どうもしない。努力しなきゃ負け続けるだけだ」


 強くあらねばならない世界が騎士団である。

 外対騎士団とて、求められる能力を満たすための努力は必要だ。

 文官になる道もあるが、それは戦いの道を完全に諦めることでもある。


「まぁ、だからこそ俺は強くなりたい意志がしっかりある後輩は、出来るだけしっかり面倒見たい訳よ。てなわけでアマルは通常の訓練をしつつ槍使いとの訓練経験を積んだ方がいい。普段全然同格や格上の槍使い相手にしねーだろ?」

「だって苦手なんだもーん!」

「じゃあお前の彼氏のエリムスに槍使いの敵が迫った時も同じこと言うか?」

「三十六回逃げれば勝ち!!」

「三十六計逃げるにしかずな。うろ覚えの諺を使うな……まーとにかく、逃げられればそれでいいが無理なときもあるだろ。勉強しとけ、諺と共に」

「えー……うーーん……はぁぁ……努力しまーす」


 なんとも歯切れの悪い返事だが、歯切れが悪いということは脊髄反射で「イヤ!」とは言えないしこりが心の中にあるということだ。良かったな詩人王子エリムスよ、見捨てて逃げるって言われなくて。


 さて、面倒を見る後輩は一人だけではない。

 今日はコーニアと、珍しくキャリバンも剣術訓練希望だ。

 二人とも前回の任務で思うところがあったのか、いつもより気合いが入っている。


「よーし、キャリバン先に来い! コーニアは見学がてら一旦休み!」

「はいっす!」

「了解!」


 二人とも今はアマル以下の実力だが、コーニアはこれまで空回り気味だったやる気が明確なイメージに向かい始めて動きが良くなっている。キャリバンはハルピーのぴろろの世話係まで追加されたことで根本的な体力増強に乗り出したらしい。


 これは良い傾向だと俺は思う。


 オークとの戦いはこれからも激化する可能性がある。

 それに、いずれオークを本当に絶滅させることが出来たとき、外対騎士団は役割を変えることになる。その変化にも対応して次代を担う後輩たちには色々と苦労が降りかかるだろうから、今のうちに逞しくなっていて欲しいのだ。


「気張れよ、若人たち。俺が引退したら後は任せたぞ」

「いや先輩と俺たち年の差一、二年っすよね? 何急におっさん臭いこと言ってるんすか」

「てか、その、先輩が引退するヴィジョンどころか老いるヴィジョンすら見えないんですけど……」

「そうですわね。なんならヴァルナ先輩より先にこちらが現役を退く可能性すらあり得ますわ」

「多分センパイは引退した後も騎士団に顔を出して仕事しようとするタイプだと思いまーす! 地元の職場にそういうおじさん結構いたし! 引退後に暇になって結局元の場所に戻ろうとするんだって!」


 アマルの予想が一番リアリティがあって怖い。

 仕事以外の趣味をちゃんと見つけようと心に決めた瞬間であった。


 しかしこのとき、俺たちはまだ知らなかった。

 翌日、全く予想だにしない任務に抜擢され、後輩達と離ればなれになる未来が待っていることを。

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