377話 集団幻覚です

 カシニ列島はアルキオニデス島で発生した大騒動、及びモレキュラ森林での討伐から数日――王立外来危険種対策騎士団は無事に本土に帰港。騎士団は今、つかの間の休息に身を委ねていた。


 任務終了を喜ぶ者、思うところがあった者、ハルピーに小銭をパクられて悲しみに暮れる者……そして、島で起きた出来事を全て報告する者とそれを聞いて王国議会に臨む者。


 騎士団長ルガーの戦いは、この任務終了後に始まる。

 

「――という訳で、アルキオニデス島のオークは無事討伐を完了いたしました」

「無事? これのどこがかね?」


 王国議員の一人にして、以前ヴァルナにトマト議員と名付けられたホーラルスが声を荒げる。


「民間人に負傷者! 騎士にも負傷者! 襲撃は未然に防げず!! この醜態のどこが『無事』なのか説明したまえ!!」

「とは言われましてもねぇ……ではホーラルス議員のために改めて説明いたしましょう」


 まず、民間人の負傷者であるが、確かに騎士には民間人を守る義務がある。

 しかし、実はこれには騎士団に都合の良い例外規定も存在する。


「外来危険種対策法によると、外来危険種襲撃の可能性があるときは、王国民は原則騎士団の指示に従うものとなっています。逆に指示に従わなかったことによる死傷について、騎士団は責任を負いません。それは判例でも示されていますぞ」

「民間負傷者は全員指示を無視したというのかね!」

「そうなりますねぇ。負傷した騎士も、その煽りを受けた感は否めませぬ」


 こんな屁理屈が通じるのかと問われれば、実は通じる。

 何故なら騎士は職務上、特殊な権利を有しているからだ。

 外対騎士団に限らず、似たような規定と判例は他の騎士団にも存在する。王国社会では騎士とはあくまで平民より上の身分の存在なのだ。


 更にルガーは髭を弄り、付け加える。


「先ほど述べたケースに当てはまらないものは、各個、法に基づいた処置を行いました。どうしても気になるというならアルキオニデス島とその関係者各員を再度徹底的に洗い直しましょうか?」

「ああ、そうし――」

「やめたまえホーラルス。事前の話し合いを忘れたか?」

「い、いや……いい。調査しなくていい。納得した……」


 ホーラルスは近くの議員に何か耳打ちされ、歯切れ悪く引き下がった。

 ルガーは予想通りの展開に、やはりな、と内心にやつく。


 アルキオニデス島の商人たちの行動は、他の商人から見ても悪辣な類だった。生物種の保護や文化の保全などの観点から見ても、相当に性質が悪い。にも拘わらず彼らが強引な商売を続けていた理由について、ヤガラがこんなことを言っていたと報告があった。


『聖靴派はここ近年影響力の低下に焦ってどうにか味方を増やそうと躍起になっています。それこそ裏で何の商売をしてるかも知れない底辺商人にまで声をかけ、利権をちらつかせてね……分かるでしょう?』


 もしもアルキオニデス島内の出来事を事細かに調べて報告することになれば、裏で聖靴派に甘い汁を献上して便宜を図って貰っていたろくでもない商人が表舞台に引きずり出される羽目に陥る。そうなれば彼らは外対騎士団以上のダメージを自分に呼び込みかねない。


 前々から聖靴派は不正な資金の流れが噂されていた。

 このような動きは世界の如何なる組織であろうと存在するが、それを表立つほど荒く派手にやらないからこそ、そうした不正をする人間は一方的な利益を享受し続けられる。しかし、近年になって派閥の焦りからか、今回のようなが目立ってきた。


 十年前の議員たちなら、つついても効果が薄い場面はもっと淡々と、事務的に確認してこちらの隙をうかがっていた。しかし世代交代した議員は他人に止められなければ無謀に突進を続けるような輩だ。ルガーからすれば子犬を相手にしているようなものである。


「では、アルキオニデス島のオークの特異性についての報告をば……」


 オークの話題になると、今までは殆どの議員が興味をなくしていた。

 しかし最近は傾聴する人間が増えている。

 軍閥関連の人間は元々しっかり耳を欹てるが、それ以外に関しては別だ。国内で行われるオークの『品種改良』の下手人は未だに見つかっておらず、更にはついこの間『狩り獣のダッバート』というとんでもない存在まで確認されている。


 大陸でも悪名を轟かせた史上最悪のオーク、『狩り獣のダッバート』が生きて、品種改良とおぼしき処置をされ、王国にいた――これはもはや、王国に対する生物テロ攻撃と言って過言ではない。そして輸出入のチェックが厳しい王国にこれを誰にも悟られず持ち込める存在がいるとすれば、それは国内法を熟知して資金力がある国内の特権階級以外ありえない、というのが言外の結論である。


 まさか聖靴派閥が組織的な嫌がらせの為にこのような馬鹿をするとは考えにくい。

 やはり、この政界に犯人は潜んでいる。

 それも、並の議員ではなく――。


「つまり、今回のオークたちは従来オークとは全く違う動きは見せたものの、今までの品種改良共とは別物ということかね?」

「追って調査をしておりますが、今のところ人為的な改良は確認されていません」

「ふん。まぁそれはあの小さな専門家を信じるとして……」


 これが本題とばかりに議員たちの目がぎらつく。


「では、そろそろハルピーの話に移ろうではないか」


 ハルピーは王国民の財産を強奪し、器物を破損した危険な魔物である。

 これを王立外来危険種対策騎士団が、外来種と見なさなかったことや、彼らの被害から民を守れなかったことへの糾弾が始まる――筈だった。


「何故退治しなかった!! このような危険な魔物を!!」

「彼らはいわば渡り鳥のような存在ですから、外来種ではないのですよ。それに、彼らには高度な知能と文化性があるとの現場の判断がありました」

「ナーガの時と同じく先住民と言いたいわけか。であれば、先住民は国民であるからして、王国法で裁かれるべきではないのかね?」

「それは国王が彼らをお認めになり、特例措置が敷かれた以降の話になりますのぉ。そうですな、カルスト議長?」


 議会の長にして、ヴァルナの同級生ネメシアの父であるカルスト議長は、厳格な顔で頷いた。


「王国に新たな種族や民族が加入する場合、原則として遡及効は認められない」


 遡及効とは、ある法律が成立した際、法律の効力が過去にも遡ることを指す。しかし、法律は時代と民に合わせて変化していくものであるため、王国では社会の均衡を保つためにも多くの法律が遡及効を持たない。これは法律家の間では不遡及の原則と呼ばれている。


 ざっくり言うと、もしハルピーの王国加入に際して遡及効が適用されるとハルピー側が一方的に不利な立場に立たされるから、そういうのはやめよう、という話だ。以前のナーガの件で法整備をした際に、既にこれは決定している。


 しかし、追求の声はまだやまない。


「ということは、騎士団が接触した時点で少なくともハルピーは危険種ではあったわけだ!」

「そうだ! それに対して何も行動を取らず、あまつさえ取り入ろうとするとは浅はかだとは思わなかったのかね!!」

「とは言いますが、専門家からも敵対すべきではないと指摘がありました。そもそも、話が通じる相手に刃を掲げて迫るのは蛮人の行いでは?」

「相手は魔物だ! 蛮も淑もあるか!」


 議会側は、ハルピーは魔物で危険という一点を押し出すことで議論を押し切ろうとしている。だが、それは無理というものだ。


「ハルピーに本土攻撃能力があるとしても、ですかな?」

「……どういう、ことかね?」


 議員の大半が本当に理解していないようなので、ルガーは大仰に説明する。


「考えてもみてください。ハルピーは空を飛んで海を渡るのですよ? それも大陸から王国までも彼らにとっては苦ではない。おまけに彼らは『喚び風』という特殊な魔法で同胞に危機を知らせる習性が確認されています。この『喚び風』は、驚くべき事に群れ単位ではなくハルピーという種全体に対して有効で、音の届く範囲はなんと推定1000キロメートル以上にも及びます」

「つまり」


 議員の一人、シュトラケア・クロイツ・フォン・バウベルグが神妙な面持ちで確認を取る。


「ハルピーと敵対するということは、世界中の何処に何羽……いえ、何人いるかも確認できていない全てのハルピーを一斉に敵に回すことを意味する、と」


 シュトラケアは議員の中でも最年少で、外対騎士団所属のロザリンドの兄に当たる人物である。そして彼の生まれたバウベルグ家は代々特殊戦術騎士団の重役であるため、戦力分析等は驚くほどに正鵠を射る。


「ハルピーは高度な飛行能力で容易に王国領土に侵入可能、かつ、子供でさえ一度に六人の人間を抱えて山を越え、弓矢を完全に無効化するほど強く精密な風の魔法が使用可能だと報告にあります。アルキオニデス島に現れたハルピーだけでも数は百以上。商人の大型船舶も容易に転覆させることが可能……王立魔法研究院の教授からの確かな情報です」

「く、空中戦力ならワイバーンがいるではないか!!」

「ワイバーンは確かに強力な空中戦力ですが、風を自在に操る点ではハルピーが大きく勝ります。それにハルピーは体が小さく小回りも利き、ワイバーンと違って背中に人を乗せないのでかなりの高高度で飛行が可能です。どうあってもワイバーンでハルピーは止められないでしょう」

「うぬっ……」


 漸く言わんとすることに気付いた議員が悔しげに唸る。

 ワイバーンの名が出た辺りから黙して語らない聖天騎士団派閥の議員――それが既に一種の答えだ。現状の聖天騎士団ではハルピーには対抗出来ない。


「彼らを不用意に刺激せずに取り入る選択を取ったのは、妥当かつ適切な判断でしょう。本格的に敵対した場合、報復行動による被害は予測不能です」


 そう締めくくったシュトラケアに、反論する者はいない。

 何故なら、資料には今回ハルピーが港町フロンを襲撃する際、騎士ヴァルナとその部下が死傷者を出さず、報復もフロンと近隣商人に留めるよう交渉した旨が記載されていたからだ。若干好意的に脚色された報告だが、虚偽はない。


「……ふん、いつも君たちの報告書には同じ名が踊るな」


 資料をペラペラめくった議員の一人、ヴァルナにはトマトと内心で呼ばれていたマトーマが鼻を鳴らす。


「今回も筆頭騎士のおかげで難局を乗り越えた訳だ、君たちは」

「流石は世界一の筆頭騎士。我が国も彼がいる間は安泰ですかな」

「ああ、そうだろうとも。彼あっての王立外来危険種対策騎士団だからな」


 急なヴァルナ賛美が始まるが、ルガーは彼らが何を言いたいのか察している。

 彼らは、外対騎士団はヴァルナがいなけれな何も出来ないんだろうと挑発しているのだ。


 実際には、今回の任務で外対騎士団はヴァルナ抜きにボスクラスのオークを複数討伐している。それも、普段より少ない人数でだ。しかし彼らにはその目覚ましい活躍よりも、要所を締めるヴァルナの名前がやたらと大きく見えているらしい。


 しかし、会議では印象より数字の方が雄弁だ。

 ルガーは餌に引っかかった議員たちに現実を見せるように、騎士団のオーク討伐データが記載された資料ページへと議員たちを誘う。


「ちなみにこちらのページが現在の我ら騎士団のオーク討伐ペースです。これまでの討伐データとの比較もあります」

「なっ、これは……!!」


 そこには、騎士団を二分して以降右肩上がりに討伐ペースを上げるグラフがあった。

 第一部隊は今年度、特殊な任務も多かった為にそれほどペースが上がっていないが、それでも部隊が二つになる前の人数や討伐ペースと比較すると効率が維持されているのが分かる。


 また、当初低調だった第二部隊も、今まで蓄積してきたオーク狩りのノウハウが身についてきたのか急速に討伐数を増加させている。既にそのペースは嘗て部隊が一つだった頃のそれに肩を並べる程だ。

 しかも、おまけとばかりに長期化すると思われていたモレキュラ森林での討伐で、未確認の品種改良オークと思われる種が出現したにも拘わらず一人の負傷者も出さず討伐を成功させた旨まで添付されている。

 この資料のインパクトを最大限に発揮させる為に、敢えて後に来るような構成にしたのだ。


「我が騎士団も議会の皆様から認めていただいたことで順調に討伐ペースを上げています。将来的には国内オークの完全討伐も夢ではないと、わたくしは考えております!」


 感極まったように力強い言葉で成果をアピールするルガーに、聖靴派の殆どが苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 第一部隊の成果はヴァルナのおかげと揶揄出来るが、第二部隊は海外冒険者をスカウトして作った寄せ集めの部隊だ。そのため聖靴派は放っておいても勝手にへまをして潰れると踏んでいた。ところが、蓋を開けてみればむしろ討伐数ではヴァルナのいる第一部隊を上回る成果を見せているではないか。


「このルガー、騎士団を引退するその日まで部下たちと共に王国のために粉骨砕身の努力を続けますぞぉぉぉッ!!」


 それは言外に、王立外来危険種対策騎士団の隆盛はもはや聖靴派閥では止められないことを示唆しているとも取れる。聖靴派は彼の勇気と熱意に満ち溢れたような表情の斜め後ろあたりに「ウキョーッキョッキョッキョッキョ!!」と人を馬鹿にしくさったひげジジイの奇笑の幻覚を見た。


 これぞ世に言う集団幻覚である。

 いや、実は本当に生き霊が嗤っていたのかもしれないが。

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