短編7 しかしてその正体です

 王宮にその名を轟かす、パーフェクトメイドがいる。

 容姿端麗、品行方正、文武両道。

 男性だけでなく女性すら虜にするそのメイドは、王宮メイド長のロマニーだ。


 その余りにも完璧な仕事ぶりと美麗な容姿から王子の信頼も厚く、更に同じ職場で働く妹のノマを厳しくも優しく見守るお姉ちゃんである点も密かな人気だ。ロマニーは王国の全メイドの憧れと言っても過言ではない。


 そんなロマニーの瀟洒なる日常を覗いてみよう。

 ロマニーが王宮内で王子の部屋を掃除し終えた頃、班長級メイドが慌てた様子で彼女の下に駆け寄ってきた。苦労を見せない優雅さが求められる王宮メイドらしからぬ行動に普通なら眉を顰めるところだが、パーフェクトメイドはこの程度で感情を露わにはしない。


「メイド長、メイド長!」

「どうしたのですか、そんなに慌てて。例え緊急事態であってもメイドたるもの冷静さを欠いてはいけませんよ? さぁ、一度深呼吸して普段通り報告をなさい?」

「は、はいっ!」


 ロマニーから発せられる丁寧で落ち着き払った雰囲気に微かな冷静さを取り戻したのか、班長級メイドは促されるまま深呼吸する。

 班長級は分担された業務が履行されたかを最終確認する重要な役目を担うメイドだが、その彼女にとってロマニーは年下の上司という微妙な関係だ。それでも彼女はロマニーが何故メイド長に抜擢されたか、その所以を知るために反発を覚えることはない。


「じ、実は……厨房の冷蔵設備が一部故障したらしく、本日王族の皆さまの夕食にお出しする筈だったお魚が駄目になったとのことです! つきましては、料理長から大至急魚を仕入れて欲しいと……」


 なるほど、とロマニーは彼女が何故あれほど取り乱していたのかを察した。

 王宮には最新の魔法を応用した便利な道具があるが、それらは一度故障すると容易には修理出来ない物が多い。その中でも、冷蔵設備の故障は食品にとって致命的だ。


「委細承知しました。この件は預かりましょう」

「お願いします! 調達する魚は……」

「今晩は確かメカジキのポワレでしたね。貴方はこのまま通常の業務にお戻りなさい」


 ロマニーは即座に執事長への報告に向かった。その背中を見送る班長メイドは、自分が魚の名前を言うまでもなく王族用メニューを暗記していたロマニーに、やはり出来る人は違うな、としみじみ思った。


 一方のロマニーは、どうやってメカジキを調達するか考えていた。


(メカジキは海の魚……これは難易度の高い問題ですね)


 昨今、魔法を応用して生の魚を運べるようになったとはいえ、流石に技術の普及率の低さから王都の市場に海の魚はそうそう出回らない。仮にあるとしても一般向けの鮮魚店に王族に出せる品質のものがあるとは思えない。

 であるならば、手段は限られる。

 餅は餅屋だが、一流の食材を揃えているのが商人だけとは限らない。


「王族御用達のレストランに直接交渉するしかありませんね。その為には……」


 ロマニーはメイド長しか知らない隠し部屋に入り、そこで着替えを始める。王族御用達のレストランのシェフはその仕事に誇りを持っているためプライドが高く、また今の料理界は男性中心のため、シェフでもない女性が向かったところで最悪門前払いにされる。嘗て宮廷料理人だったタマエが最近は女性の弟子ばかりをとっている理由が垣間見える事情である。

 王宮直属メイド長でさえも、彼らは口には出さずとも機嫌を損ねるのだ。


 女であることに都合が悪いとき、ロマニーには最終手段がある。


「ふー……久々にこの格好になるな」


 そう、メイドのロマニーは世を忍ぶ仮の姿。

 彼女の本当の正体は、ノマの『兄』、ロマなのである。

 執事長の計らいで王宮関係者として「フォロウ」という名前で扱われている彼は化粧を落とし、ウィッグを外し、男性用の服と王宮出入り許可証を身に着ける。絶対に誰にも見られないタイミングを見計らって隠し扉から姿を現したロマは、ロマニーの面影こそあれ、どう見ても同一人物には見えなかった。


「たまに女口調が出そうになるから気をつけよっと」


 彼にとっては男の際も女の際も隠し事があるので気が抜けないが、それでも男の時の方が開放感はあるようだ。


 結果的に、ロマと店の交渉は上手くいった。王宮メイド長であるロマは当然のごとく料理にも精通しており、しかもオフの日にフォロウ名義で実際に店で食事をしながらこんな時の為の会話材料を仕入れていた。それが見事嵌まり、気を良くさせることに成功した。

 もちろん、困ったところを助けて貰ったのでお礼は確約する。

 男の時も気配りにそつがないロマである。


 あとはメカジキを王宮に届けるだけになったとき――ロマの耳に女性の悲鳴が聞こえた。微かだが確かに聞こえたそれを頼りに向かってみると、なんと買い出し中のメイドがタチの悪い男に絡まれているではないか。表向きは部下でもあるメイドを捨て置けないと思ったロマは、メカジキの箱を片手で抱えたまま二人に近づく。


「いやっ、やめてください! 衛兵を呼びますよ!」

「カタいこと言うなって。仕事も大事だけど男女の出会いって一生ものだろ? な、な、俺の事情に奉仕してくれよ」

「おい、そこの男」

「あん? 何だよ、混ざりたいの……か……」


 声に振り返ったタチの悪い男が眼を剥く。

 そこには、メカジキを傷めず保存するための巨大な箱――しかも保冷用の氷入り――を、まるでウェイターがお盆を持つように片手で軽々と持ち上げるロマの姿があった。

 一流の仕事人は荷物を地面に置かないし、他人に任せない。

 故に、持ったまま事を為す。


「真面目に仕事をしてる人の邪魔はいけない。そうだよな?」


 にっこりと笑うロマが次の瞬間巨大なメカジキ入りの箱を片手で投げつけてくる光景――を、幻視した男は、「そうですね失礼します!」と脱兎のごとく逃げ出した。


「さ、君も仕事に戻った方がいい。それと、対人訓練も機会があったら学ぶといいよ」

「あ……ありがとうございます! 本当に助かりました!」


 心底安堵した顔で綺麗にお辞儀する彼女にひらひらと手を振り、ロマはこの日も見事に仕事をこなすことに成功した。これぞパーフェクトメイドの日常である。


 そして、翌日。


「なんか同僚の友達が王宮関係者で大きな箱を片手で持ち上げられるイケメンの男の人知らないかってすごい聞いてくるんだけど、おにぃ……お姉ちゃん知ってる?」

「シ、シラナイデスワー?」

「……お姉ちゃ~~~~ん?」


 妹のノマに女誑しの色魔を見るようなじとっとした視線を浴びて、パーフェクトメイドは冷や汗を流す。唯一にして絶対のウィークポイントだけは克服できないロマであった。

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