短編8 苦難の系譜です

 道具作成班副班長、ザトー。

 騎士団内でも屈指の体格と身長を持ちながら、彼は全く戦いの才能がない。士官学校時代は筆記の成績が良かったためになんとかデスクワークの方向性に行けるよう励んだ彼だが、そんな彼に待ち受けていたのは王都本部所属ではなく道具作成班という過酷な環境だった。


 唯でさえブラックな王立外来危険種対策騎士団の中にあって、特に過酷。時間のあるときはたっぷり暇な代わりに、ひとたび出番が来れば徹夜、変形労働は当たり前。なまじ体格のいいザトーは特に重い道具を何度も運ばされ、同僚は職人気質の堅苦しい騎士ばかり。時折金策で儲かった時に遊べるお金が手に入るくらいしかいいことはなく、ザトーは何度も辞めかけた。


 しかし、年月が経つにつれて同僚騎士たちの定年が近づいてきたことで、いつの間にかザトーは後に出来るであろう新生道具作成班の橋渡し役にされ、辞めるに辞められなかった。


 唯一つ、このままなら自分が次期班長になるのでは、という淡い期待はあった。

 こんな過酷な職場でも、出世できれば給料は上がるし、仮にも班長という肩書は外対騎士団でも選ばれた一握りしか名乗ることのできないものだ。

 だが、世界はザトーという凡人には優しくなかった。


「新人のアキナだ。こいつを次期班長にする」

「今日からオレがここのボスだ!」


 それは、当時の班長以外の騎士全員にとって青天の霹靂だった。


 騎士団初の女性班長。

 騎士団初の入団と同時の班長抜擢。

 当時まだ二十歳に届かない、ザトーからすれば子供のような体格差の生意気そうな女に、ザトーは未来を掠め取られた。


 アキナは見た目通り生意気で、歳上に物怖じするどころか逆に強気で、しかも腕っぷしも強かった。職人気質だった当時の道具作成班は当然彼女を一切歓迎せず、無視するのも当たり前だった。しかしアキナは無視されると容赦なくその騎士の尻を猛烈な威力で蹴り飛ばして「返事がねぇ!」と叱責し、怒らせて取っ組み合いになると素手で容赦なく叩きのめして先輩方のプライドを丁寧にへし折っていった。


 控えめに言っても職場の空気は最悪だった。

 そんな日々が暫く続いたある時、当時の副班長がこんなことを言い出した。


「あんなのを後継者にして、班長も耄碌したんだ! やってられねぇ……あの小娘に現実ってものを教えてやる!」


 その当時、騎士団の任務では川から侵入してくるオークの足を止めるための柵を欲していた。だが、アキナを頂点とした体制に不満を持った道具作成班の面々は体調不良を訴えて仕事を休んだ。

 もちろん心労はあったろうが、職場を離れるほど深刻なものではない。彼らは、アキナに対して『ただ頭ごなしに怒鳴っているだけでこの仕事は成立しない』ということを理解させるために、減給覚悟で敢えてそうしたのだ。


 当時はローニー副団長もまだ外対騎士団に完全に慣れ切っていないため、熟練騎士たちの意見を無下にすることが出来ないでいた。恐らくその時代にヴァルナがいたら「それで任務を妨げるのは本末転倒だ」と怒りを露にしただろう。それでも、当時の道具作成班の怒りは限界だった。


 道具作成班は人手が足りないときは手先の器用な騎士で手の空いてる者に頼んで手伝ってもらうのが通例だったが、アキナにはきっと誰もついてこないと先輩方は思っていた。ザトー自身、当時はアキナに地位を取られたことへの微かな嫉妬心が捨てきれておらず、アキナの困る様が見られるかもしれないと期待していた。


 ――その日の夜、アキナの様子を見て来いと先輩に言われた。


 今頃ひぃひぃと息を切らしながら一人で作業しているのか。

 それとも諦めて寝ているのか。

 様々な妄想を膨らませたザトーの目に飛び込んできたのは、黙々と作業を続けるアキナの姿だった。本来数名がかりで組む柵を、通常の道具作成班が使わない素材、使わない工法を用いて組み上げている。しかも工程を一つずつ行うのではなく、細かい技術が必要な部分だけを行い、他を後回しにしている。

 表情は真剣そのもので、普段の荒々しさは一切感じられない。


「おい、体調治ったのか。暇なら手伝え」

「えっ……あ、その……」


 つい身を乗り出して様子を見たせいで、ザトーはアキナに気配を察されてしまう。

 彼女の物言いは相変わらず一方的で、こちらを見ようともしなかった。

 その高慢とも取れる態度に、ザトーはかっと頭に血が上った。


「え、偉そうに命令するな、俺は年上だぞ! 大体なんだその工法! いいか、オークを防衛する柵は強い強度が必要だから何度も何度も改良されて完成したもんだ! 素材も勝手に変えて、これがきちんと機能しなかったらお前責任取れんのかよ!?」

「確かにお前らの開発した柵はいい柵だ。平地なら役立つ」

「だったら!」

「でも今回は素材集めてる時間がねぇし、別の安モンで代用できる。今回設置する川べりは砂が多くて杭をブッ刺しやすいからその分を考慮すれば減らせる構造があるし、そもそも今回の柵はオークの進撃速度を鈍らせる為のモンだ。壊されても足さえ鈍れば作戦に支障ねぇ。副団長にも話通した。他になんか質問あるか?」

「うっ……それ、は……」


 彼女の意見は全て理に適っているし、筋が通っていたので言い返せない。

 だがそれは、自分がまだ未熟だった頃に先輩に同じ提案をして、実際に作り、上手くいかなかったときと同じ行動だった。先輩たちも無駄に年月を重ねている訳ではなく、経験則であらゆることを知っていたのだ。


 しかし、ザトーが何を喚こうが彼女は既に新型の柵を量産する体制に入っている。彼女は柵の要だけ自分でやり、他の誰にでもできる部分を他の人間にさせることで作業が間に合うように計算しているのだ。成程確かに、手先が器用じゃない人でもなんとかなりそうな加工ばかりが残っている。


 彼女は普段あんなにも乱暴で粗雑なのに、こんなにも計算高かったのか――と、ザトーは思った。そして、思う。先代班長が何も言わず彼女を次期班長に迎え入れたのは、その計算高さが自分を越えていると感じたからではないか、と。


 職人が敗北を認めるときとは、己が絶対に越えられない職人にぶつかったときだけだから。


「……確かめてやるよ。柵を一つ借りるぞ」

「壊したらブッ殺す」


 それは、肯定ともとれる言葉だった。


 ザトーは柵を完成させ、先輩たちを呼び出して強度を検証することにした。

 道具作成班にとっての正義は一つ、優れた道具を作れるかどうかだ。

 ザトーが実際に設置予定の場所に柵を持っていくまで、先輩方はアキナの柵を「手抜きだ」「不細工だ」「こんなものは使い物にならない」と口々に非難した。ザトーはそれに曖昧に頷きつつ、彼女から聞いた設置方法で柵を実際に設置する。


 体格のいい自分をオークに見立てて実際に試験を開始するや否や、全員が眼の色を変えた。


「前の杭が思った以上に深く刺さってやがる。こりゃオークでもスッとは持ち上げられん。それをする間に槍で突かれる」

「この構造なら左右を結びつけるロープも少なくて済むな」

「飛び越えようにも川と地面の絶妙な位置関係が邪魔して越えられねぇか……」

「それだけじゃねえぞ。結び目の組み方が絶妙だ。ほれ、こんな構造で結ばれたら柵ごと壊さないと外れねぇ。しかも弾力性があって一発じゃあ壊せねぇぞ。使う紐も短く済む」

「おいザトー、この柵幾つ作ってた?」

「ざっと三十程度かなと」

「……流れの速く深い部分との兼ね合いか。ギリギリ足りねぇと見せかけて、地形を利用したキルゾーンを作る計算だ」


 誰一人として、やはりこの柵は駄目だと言えなかった。

 道具作成班の全員が体調回復を理由に職務復帰を宣言したのは、その直後だった。

 アキナという女は、確かな技術と計算力を持つ天才だったのだ。


 ――それから、道具作成班メンバー誰もアキナに逆らわなくなった。次第に高齢を理由に少しずつ人が離れ、新しいメンバーが入り、今はもうザトーが最も古株だ。自分が入ったころと今とでは、職場の空気は豹変したと言っていい。


「おいザトー、これに穴開けてヤスリで丸めろ。服のボタンだ」

「ボタンなんか手作りせずに工場で仕入れた方が早いだろ?」


 また新しい金策のアイデアだと思ってそう返すと、「馬鹿野郎ぉぉぉーーーーッ!」という罵声と共に容赦ない拳が飛んできて、アキナにしか理解できないアキナ理論を述べられて最終的に折れる――それがこの騎士団の基本だ。そして、その謎理論を解明して周囲との円滑なコミュニケーションを取るのが、今の自分の役割である。

 ザトーはそう思いながら、アキナに予想通りぶん殴られた。


(うん、辞めたい。でも俺が辞めたらきっと道具作成班が上手く回らねぇ……)


 一部可愛い後輩たちの為、ザトーは相変わらず身を削っていた。


「アキナさーん! 見てくださいよこれこないだ市場で見つけた最新型の撥ね罠の……て、うわぁぁぁーーーーー!? アキナさんまたザトーさんを殴っちゃったんですか!?」

「ンだよブッセか。いーんだよこいつは何度言っても分からねぇ奴なんだから」

「だからって暴力に頼ってちゃんと会話しないのはよくないんじゃ……」

「ホッホウ。良くなかったらお前は何するんだ? ん?」

「えっ、えっ、えっとそれはその……めっ!」


 しどろもどろになった挙句、ブッセは拳を作り、アキナの頭には手が届かないのでお腹あたりをぽすっと殴った。いや、殴ったというよりむしろ撫でたと形容すべき威力の低さであった。

 純朴な少年ブッセのなんともいじらしい報復活動に、アキナはというと――。


「どんな理由があったにせよオレに逆らう奴は許さんッ!」

「ふえぇぇぇーーーーっ!? 怖いよぉぉぉーーーーっ!?」


 ブッセの両手を掴んでブンブンとジャイアントスイングをかました。


「大人気なさすぎだろあんた……」

「心の中の子供が失せたときが才能の限界なんだよッ!」


 それでも驚かせるだけでケガはさせないようブッセに気を遣っているアキナに、床に倒れ伏たままのザトーは「こんな可愛げが残ってるとは知らなかった」と思った。しかしその可愛げを自分に向けることはないだろうという無情な現実を思い、力尽きたように床に突っ伏す。この精神の損耗を癒すにはみゅんみゅんブロマイドでも見るしかない。


(そういえばあのブロマイド考案したのってアキナ……まさか、心が折れないよう調整されてんの……? 生かさず殺さずで……?)


 永遠の二番手ザトーは、永遠に貧乏くじを引く運命にあるようだ。

 いつか彼が報われる日が来ることを、一人でも多くの人に祈って欲しいと切に願う。

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