短編6 唯の雑魚かもしれません
真の強者は戦わない、という説がある。
余りにも強すぎる者は、戦うまでもなく勝敗が決している。勝ち目がないことを悟った周囲は勝手に道をあけるようになり、結果として戦うことが無くなる。だから真の強者は戦わないという。
現実にそんなことが起こるかは別として、確かにそこまで行きつけば武人の極致だろう。勝てない相手とは戦わないという選択は生存戦略において正しいものであるため、机上の空論とは一概に言えない。
その疑問は、あるときふと浮上した。
「ロック先輩って強いのかね?」
騎士ベビオンは、同級生であり同じ外対騎士団所属であるカルメとキャリバンに質問する。
その質問に、二人は意図が分からず首を傾げた。
「どうした急に?」
「いやさ、あの人遊撃班じゃん。てことはそこいらのオークとサシで戦っても勝てる技量がある筈だろ?」
「た、確かに……飛び道具使いはちょっと例外だけど、そういうことになってるね」
カルメ、ベビオン、キャリバンは士官学校時代から何かと絡む事が多い友達同士であり、休日は共に遊ぶことも多い間柄だ。ただし、三人で歩いていると周囲に「一人の少女を二人の男が取り合っている」と噂されかねないのでカルメにはできる限り男子っぽい格好で遊びに行くが。
そんな三人の話題に挙がったのは、騎士団随一のロクデナシことロック先輩である。
「遊撃班に所属はしてるけどさぁ。あの人がオークと戦ってるとこ見たことないし、それどころか剣術の訓練してる所さえ見た事ないんだよなぁ俺」
ベビオンは工作班所属なので、積極的には前線に出ない。
故にロックの働きぶりを目にする機会はない。
しかしカルメはロックと同じ遊撃班だし、キャリバンはファミリヤを通して情報を整理する役目をしているのでベビオンより多くの情報を持っている筈だと彼は考えた。
「てなわけで聞きたいんだけど、実際どうなの?」
「弱いに決まってます」
カルメは真顔で即座に断言した。
「戦っている場面は見た事ありませんけど、普段あれだけヴァルナ先輩の足を引っ張っておいて有能な筈がありません。しかも訓練すらしていないんだから弱いに決まってます」
カルメは先輩騎士のヴァルナを敬愛するが故に、そのヴァルナを困らせるロックには異様なまでに厳しい。しかしロック先輩の仕事中も飲酒を欠かさない醜態は有名なので一概に否定しづらいのも確かだ。
一方、キャリバンは別の意見だった。
「確かに戦ってる場面は見ないけど、そんなに弱かったらあのヴァルナ先輩と一緒に行動することを任せられないだろ。それに先輩方も色々言いつつロック先輩を見下してる感じはないし」
酔っぱらってふらふらして呆れられることは多いロックだが、失態を犯すなどして上司から本気で叱咤される姿は見覚えがない。それに、任務で与えられた役割自体はきちんと果たしているし、行軍にもきっちりついてきている。
「やるときはやる人なんだって」
「いいえ、上手いこと周囲に仕事を押し付けてるだけですよう!」
「うーん……うっし、じゃあ試してみるか」
二人の意見が食い違うのを見て埒が明かないと思ったベビオンは、一番シンプルな方に訴えることにした。すなわち、模擬戦で確かめるのだ。
「てなわけで、先輩! ここは一手ご指南お願いします」
「嫌だけど? この芳醇な香りの酒の前に無粋だねぇ~……」
「射ますよ」
「やります」
一瞬酒瓶をちゃぽちゃぽ言わせて断るロックだが、カルメの冷ややかな一声で瞬時に要求を受け入れた。渋々立ち上がったロックは訓練スペースに移動し、武器であるショートソードの柄頭に手をかける。今回は実剣を使った本格的な模擬戦だ。
だが、ロックは剣を抜きはせずにベビオンの前に仁王立ちした。
ベビオンは隙だらけの姿に困惑する。
「あの、剣は抜かないんで?」
「遠慮せずにさぁ~……かかっておいでよぅ」
酒のせいか微かにふらつきながらも余裕綽々の笑みを浮かべるロックに、ベビオンは攻めあぐねる。これは酔っぱらって正常な判断が出来ないのか、それとも本当に今のままで十分なのか、判別がつかない。ベビオンの剣術成績は平凡よりやや下だった。故に、ベテラン騎士のロック相手に瞬殺される可能性は十分ある。されど、実はこのまま進んで剣先を突きつければあっさり勝てるのでは、という誘惑も頭を過ぎる。
(これは……どっちだ!?)
キャリバンとカルメも、ロックの余りの余裕ぶりに実はこれは強者の余裕なのではないかと場の空気に呑まれ始める。やがてロックがすっと目を細めた瞬間――。
「おーい! 近くではぐれオークが目撃されたと報告があったから緊急出撃だ!」
突如、武装した騎士たちが現れて新人三人を急かす。
「おら、新人共も一号騎道車前に集合! ロック、てめーもだ!」
「あいよー……ひっく」
しゃっくりしながらも意外としっかりした足取りで他の騎士たちの後ろを追う姿に、新人たちははっとする。呆けてないで自分たちも向かわなくてはならないからだ。
結局、その後は私語をする暇もなく任務に突入。
はぐれオークは幸いにも太陽が落ちる前に発見され、カルメが矢で仕留めた。
基本的に人目のつかない場所で行動するはぐれオークが今回のように単独行動しているのが発見されるケースは非常に珍しい。単独行動が珍しいのではなく、そもそも活動範囲が広域かつ無秩序すぎて、狙っても見つけるのが難しいだけだ。
他の騎士団ならどうせ大した害はないと言い訳して放置するところでも、見つけた以上はきっちり倒さなければならないのがこの騎士団の辛いところだ。大山鳴動して鼠一匹、といった気分で騎士たちはとぼとぼ帰路に就いた。割に合わない労働は、肉体より精神を蝕むものだ。
帰還途中で合流した三人の新人騎士は顔を見合わせてため息をつく。
「オークは見つかったけど、結局……」
「実力、分かりませんでしたね……」
「もうどうでもいいから休みたいわ……」
三人は仕事疲れからその日はぐっすり眠り、そして翌日にはロックの実力の話をすっかり忘れていた。
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