断章 書籍化記念短編集
短編 おとぼけ一族です
平凡な親から優秀な子が生まれることの例えとして使われるものだ。
しかし、同時にこんな諺もある。
蛙の子は蛙――親子の縁は、良くも悪くも消えないものである。
ヴァルナの両親は先祖代々のどかな村で農業を営むどこまでも穏やかな人たちだ。
父の名はワサト。母の名はアルザー。
二人とも怒った顔は殆ど見せたことがなく、幼少期からアホ丸出しだった騎士志願の息子が引き起こす騒動に付き合い、騎士志願のために王都に行くと言った際に生活に必要な金を工面して後押ししてくれた程度には優しい人たちだ。
農民にとって王都で一年間暮らす為のお金は決して安くはない。
ヴァルナはこのとき、両親に深く感謝した。
故に、士官学校の入学試験を突破してチャンスを掴んだのち、最初の休暇を使ってヴァルナは夢の第一歩を踏み出したことを両親へ報告に向かった。胸を張って、誇らしく。
「おやじ、おふくろ。俺、試験受かったんだ。頑張って騎士になるよ」
「そうかぁ、めでたいなぁ!」
「うふふ、めでたいわねぇ!」
「……、……えっ、反応そんだけ?」
ニコニコ笑う二人を前に、ヴァルナは、もうちょっと驚いてくれてもいいのではないかと思った。
士官学校に入ったというのは事実上の騎士就任確定だ。しかも平民にとって騎士になることは最高の出世であり、家族から騎士を輩出したら一生周囲に自慢できる程の誉れ高き出来事である。
にも拘わらず、この「よかったねー」程度のふわっふわに軽い反応はどういう了見か、ヴァルナは困惑した。
「えっと……他に何か言うことがあるんじゃあないかなぁ、なんて?」
「いやぁ、まさか本当になるとはなぁ。昔はあんなにやんちゃだったのにすっかり落ち着いて……おれは息子の成長が我が事のように嬉しいぞ?」
「今日は家で寝るんでしょ? 今夜はごちそうねぇ。後で鶏を一羽絞めておかないと!」
「う、うん」
確かに子供の頃は落ち着きのないアホだったので成長の自負はあるし、この辺の地域で鶏を晩ご飯に出すのはごちそうに分類される。幼少期は誕生日などの特別な記念日にしか食べられなかったので嬉しいと言えば確かに嬉しい。
しかし、違うのだ。
ヴァルナの脳内ではてっきり両親は狂喜乱舞して「おまえが息子で良かった!」などと言いながら抱きしめに来るくらいのリアクションは期待していたのだ。なのに、何故この両親はちょっと良いニュース聞いちゃった程度の笑顔で済んでいるのだろうか。
「それで、これから休みはどれくらい取れるんだ? 収穫期くらいは戻ってきてくれるよな?」
「え? いや無理じゃない? めちゃくちゃ過密スケジュールだし、そういう休暇は取れないと思う」
とぼけた父ワサトの質問に戸惑っていると、母アルザーが首をかしげる。
かしげたいのはこっちだが。
「あら、そんなに忙しいの? 変ねぇ、大会を開いていない時期は割と暇な筈だけど……ところで、どこに弟子入りしたの?」
「はい? 弟子入り……??? 騎士になるのになんで弟子入りがいるの?」
「何言ってるの。お母さんだって昔は騎士だったんだからでまかせは通じないわよ? 騎士は弟子入りして腕を磨いてから初めて公式戦に参加できるんだから。まぁ私は結局そこまで稼げなかったから田舎に引っ込んだんだけどね?」
「……?????」
おかしい。
すこぶるおかしい。
母が騎士になったことなどあるわけがないし、弟子入りとか公式戦とか、士官学校と関連性が見いだせないワードが次々に飛び出てくる。この人たちは本当に人の話をちゃんと聞いていたのか心配になってきたヴァルナは身を乗り出す。
「あのさ……二人は俺が何を伝えに帰ってきたのか、本当に分かってんの?」
「勿論だとも! 騎士になる試験を受けに行ったはいいものの案の定落ちたから、名前の似てるチェスの『棋士』になったという話だろう? 分かる、分かるぞ! お前の正直に言い出せず意地を張りたい気持ちが! おれだってそうだった!! 勝てないどころか公式戦に出る前に金欠になってその道すら諦めたがなッ!!」
「わたしとお父さんの馴れ初めはその頃なのよ? うふふ、ここまで似てるとやっぱり家族ね!!」
「違うわぁぁぁーーーーッ!!」
誠に遺憾ながら、ヴァルナの嫌な予感は的中したのち的を貫通していた。
「俺はッ!! 頑張ってッ!! 士官学校の入学試験ちゃんと突破したのッ!! というかそんな馴れ初め聞きたくないわッ!! 俺はチェスによってこの世に産み落とされた子なのかッッ!?」
ここまでヴァルナが微かに胸の内に抱いていた願望、「自分は実は騎士になる宿命の血筋に生まれた説」が今度こそ完膚なきにまで打ち砕かれた瞬間だった。もちろんいい年をしてそんなことを期待していた自分も恥ずかしいのだが、それ以上に父の意地の張り方の余りの情けなさに涙が出そうだった。
というか、今の話が本当ならばヴァルナはへぼチェス棋士同士の間に生まれたハイブリッドへぼということになる。この両親はつまり、そんなへぼ遺伝子を受け継いだ息子は絶対に騎士になれないと勝手に確信していたのだ。
頼むから十五年分の両親への感謝の念を返して欲しい。
それを別の何かにつぎ込んでそれっぽい過去を買いたいから。
ワサトもアルザーもこの期に及んで息子を全く信じておらず、からかうような表情でにやにやしている。
「またまたぁ、嘘は良くないぞヴァルナ。ほら、意地張ってないで素直になれって。若いんだから都会でもうちょっと遊びたいんだろ? な?」
「そうよヴァルナ。子供っぽい夢を追うのはいいけど、あなたにはうちの家督を相続して農地を守るっていう立派な使命があるんだから。弟子入り先で将来のお嫁さんが見つかったら帰ってきなさいね?」
「こ、ん、のぉぉぉぉ……ッ!!」
人生で初めて両親の顔面をぶん殴りたいと思ったヴァルナである。
この両親、息子に対する信頼と期待値が限りなくゼロか、或いは逆に信頼と期待が高すぎて現実から乖離している。そもそも棋士としての大成すら欠片も信じてない。可能性を否定する汚れた大人の対応に、ヴァルナは無性に泣きたくなった。
「たった今ッ!! 俺の中での親父とおふくろの信頼株が下落しすぎて落下死したわッ!! 言っておくがこっちにゃ王国公認の合格証明という動かぬ証拠があるんだからな!? 後になって吠え面かいても知らないからな!?」
「またまたぁ」
「意地っ張りな所も昔のこの人そっくりねぇ♪」
血反吐を吐くような心の痛みを籠めた叫びに対して返ってきたのは、子供の嘘に苦笑いしながら付き合ってあげてますと言わんばかりの生暖かい視線だった。
その表情が動かぬ証拠によって両親の顔面が驚愕に崩壊したのは、それから十秒後の出来事である。
これは、のちに王国最年少で筆頭騎士まで上り詰める伝説の男の――なんというか、その、偉人伝では高確率で「見なかったことにしようか」「そうですね」と没られ闇に葬られそうな記録である。
今のうちに目に焼き付けておくように。
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