第358話 突破されません

 アルキオニデス島西部――港町フロン。


 ハンターたちがいなくなった町で住民を守るために防衛線を敷いた残存騎士団。町の高所に監視を置き、どこから侵入しても対応可能なように陣を展開した。


 町の細かな路地は徹底的に封鎖して罠を張り、広い空間は敢えて放置し、防衛拠点に大半の力を割いてバリケードや塹壕を作る。相手が藤甲を装着していようが倒せるように、簡易ながら火焔瓶も用意した。これは本当の最終手段である。


 防衛網の構築が間に合ったのは、川と海の側を警戒する必要が薄かったことにある。というのも、アルキオニデス島の川には大型のワニが複数生息しているから、オークに川の中は通れないと考えたのだ。


 オークは泳ぎが得意な魔物だが、特化した魔物ではない。彼らにとってワニや水棲の肉食魔物は一種の天敵であり、よほど必要に迫られない限りオークは天敵のいる川に自ら入水することはない。オークにも避けられるリスクを避ける程度の知能はあるので、町沿いの川を通ることは考えにくい。


 大きく迂回して海から侵入する可能性もなくはなかったが、カシニ列島の海は透明度が高く、日差しを遮るものがない。体毛の少ないオークはこうした強い日差しを避ける傾向にあり、また、藤甲で防ごうとすれば水の抵抗の大きさから消耗し、最悪の場合は海の大型魚類の餌になるだろう。


 オークは水場からは来ない。

 限られた時間しか残っておらず、本当にオークが町に来るかも分からない状況で、ローニー副団長はそのとき出来る最大限の知恵を振り絞り、そう結論付けて作戦を建てた。


 だが、ローニーも作戦に際してアドバイスしたノノカも、ひとつ理解していることがあった。


 『まさか』と思っている時に限って、それは起きる。

 だから川も海も来ないと思いつつ、見張りには警戒を怠らないよう伝えた。

 そして、今。


「はぁぁぁぁぁぁぁ~~~……」


 ローニーは一度『それ』から目を反らして地面を歩くアリを眺め、そして心底沈んだ顔で空を見上げる。眼鏡で視力を補う彼の両眼には、原生林に侵入した騎士団がいると思われる場所及び町の河口付近の二か所からほぼ同時に立ち上る信号弾の煙と光が映る。


 町と討伐組の同時襲撃、そして川からの侵入。

 およそ今一番起きて欲しくない出来事が発生した。

 ローニー副団長は胃の辺りをさすって眼鏡のずれを正し、手を鳴らして動揺する部下たちの注目を集める。動揺する騎士たちの視線が一気に集中した。


「……侵入してきたオークを水の化身になぞらえシワンナ・トーテム、ないしシワンナと呼称します。各員はケースR-4へ移行。予定通りに行きますよ」


 最悪の事態にはもう慣れたとばかりに、ローニーは万一敵が川から侵入してきた場合を想定した指令を発し、肩を落として防衛拠点の研究所前に歩いていく。落ち込んではいるが全く動じない副団長の背中には、得も言われぬ哀愁と風格が同居していた。




 ――同刻、原生林。


 オーク討伐のために進軍していた騎士団は、予想以上の猛攻を受けていた。

 物陰から隙を伺うガーモンとアキナは互いに眉を顰める。


「これはまずい展開だぞ……」

「ちっ、長距離から土だの石だのぴゅんぴゅん飛ばしてきやがって……何だっけあいつ、名前」

「両腕の異常な太さ。大地の化身、アマラ・トーテムだよ」


 現在、騎士団は先日姿が確認された土を投げるオークと遭遇していた。

 アマラ・トーテム――アマラと呼称されることになったそれは、丁度遮蔽物がなく、進軍するのに最適なルートに居座って土や泥、石を投擲して来る。もとよりオークの投擲物には油断ならない威力があるが、腕部が異常発達したアマラの投擲は土でさえ人間の骨をへし折る異常な威力を誇る。


 おかげで騎士団は、前進もままならず大きな木の陰に隠れるしかない。ガーモンとアキナはそれでも班長格の面目躍如と前に出たが、今一歩距離を詰め切れない。と、アキナの隠れる樹木にアマラの投擲した拳大の投石が命中し、木が抉れた。流石のアキナもこれには焦る。


「うおっ、やべー……てか信号弾はもう撃ったのか?」

「撃ったけど、町からも上がってる」

「じゃあもうジャングル諦めて町に帰ろうぜ。心配だし、あいつ相手どるの面倒だし」

「そうも行かないでしょう? ハンターたちが何を思ったか森に突入してるから、彼らを捕捉して保護という名の強制撤退をさせる必要があります」

「ちっ、邪魔くせぇ! 島に来てから全てにおいて邪魔くせぇ! そもそも森の生態系がどうとかいうのもあいつらのせいだろうが!! 外来種だ外来種、全部駆除しちまえ!!」


 苛立ちの余り目に余る暴言を吐くアキナだが、騎士団全員の本音を代弁している面もあるので誰も咎めない。と――上からかさり、かさりと不自然に木の葉が擦れる音がする。はっとしたガーモンがアキナに合図を飛ばす。


「上から何か近づいてる!!」

「もう一体か……!!」


 直後、太陽の逆光を突き破った隻眼のオーク――コヨテ・トーテムの棍棒がアキナに迫る。


「ンだっしゃらぁぁぁぁッ!!」


 直後、アキナの全身から氣が噴出し、彼女が全力で振り抜いた片手斧とコヨテ・トーテムの棍棒が激突。


「ウラァァァァアーーーッッ!!」

「グオッ!?」


 アキナは攻撃と攻撃を拮抗させようとせず、斧のスイングに全力を傾ける。結果、上空からの重力加速によって威力を増していた筈のコヨテの棍棒はそれを握ったコヨテごと横に逸れ、地面に叩きつけられる。


 その一瞬を逃さず更に追撃を重ねようとするアキナだったが、直後にアマラの泥投擲が彼女とコヨテの間に飛来し、足踏みした瞬間にコヨテは体勢を立て直して再び木に駆け上って見えなくなる。


「~~~ッ!! オークが一丁前にコンビネーションなんて見せてんじゃねえよクソがッ!!」

「しかし実際問題これは厄介ですよ……というか、よくあれを躱さず攻撃に転じましたね?」

「アん? オレは天才アキナ様だぞ? オーラ程度昼寝しながらでも覚えられらぁ」


 汗で蒸れたか胸元辺りをぼりぼりと掻きながら、アキナは事もなげに言う。事実、アキナは騎士団内でもかなり早い段階で外氣と内氣の理屈を理解し、そして自分には内氣を応用したオーラが一番向いているという結論に達していた。


 氣もオーラも根の部分は同じだが、氣が力の精密なコントロールに特化しているのに対し、オーラは攻撃性に特化している。単純な戦闘能力に重点を置くならオーラの方が優れていると言えるだろう。まさに斧を扱う怪力のアキナ向きだ。


「それよかどーすんだ。あの土弾のせいで部下共も奥の木に引き籠らなくちゃならねぇし、まごついてたらさっきと同じくあの隻眼が上から仕掛けてくるぞ? 同時に相手にするのは骨が折れるんじゃねえの?」

「物理的にも折られかねませんが、さて……」


 この膠着状態は、相手に有利だ。

 そのことを自覚している二人の班長の額から汗が粒になって落ちる。

 原因が不快な湿気だけではないことを、二人自身がよく理解していた。




 ◇ ◆ 




 今頃、他の騎士たちは何をしているのか。

 考える暇がない今に限って、そんなことばかりが気になる。


「ぜぇいッ!!」

「ブオッ!!」


 ミノアの台地でのアース・トーテムとの俺の死闘は続く。

 しなりが敵の攻撃を見切りづらい原因だと気付いた俺は、すぐに対策を取った。要はしなりが最高速度に達する前に止めてしまえばいいのだ。オークの動きを落ち着いて見極め、両刃槍がしなった瞬間に剣を打ち込む。


 オークは剣の直撃を避けるために器用に槍を取り回して凌ぐが、それによって槍の攻撃は中断される。槍の欠点は一度懐に入られると剣相手には不利になることだ。

 しかし、アース・トーテムにはその欠点を克服する秘策があった。


「ゴガァァァァァッ!!」


 凄まじい力で槍をバトンのように高速回転させたアースは、回転をそのままに攻撃を仕掛けてくる。恐ろしくしなる槍と軸のせいで槍のリーチは縮まり、接近戦にも対応してきた。しかも角度を誤れば飛ぶ斬撃の餌食になるため、わざわざ接近しても思うように攻め込めない。


 げに恐るべきは武器の特性を最大限に理解しているオークと、両刃槍の材質だ。ここまで無茶な動きにも耐えられるということは、形状からしてかなり上位の魔物の骨を材質にしている可能性がある。


(これ以上まごついてはいられん!! 死体回収は諦めるか……!!)


 どんな実力だろうとオークはオークだ。

 出来るだけ出血の少ない状態で仕留めるのがセオリーだが、その無意識の箍を外し、構える。全身全霊が集中力を束ね、すべての意識が敵を打倒するという一点に注ぎ込まれていく。


 異様な空気にアースも勘付くが、すでに遅い。

 この間合い、この奥義なら、躱すことなど不可能だ。


「十二の型――八咫烏」


 俺はただアース・トーテムを殺す為だけの刃と化す。

 視界が加速し、全て等しくなる純粋な感覚に突入する。

 求めるべき結果は唯一つ。

 この戦いの早期決着、それのみ。


 俺の刃、俺の意志はアース・トーテムへと向かい――ギャリイイイイイイッ!! と、その刃が阻まれる。


「……ッッ!!」

「ガッ、カッ、ハァ……ッ!!」


 ミスリル銀で鍛えられ、ドラゴンウェポンとも互角に渡り合った自慢の剣だ。それを、今放てる最高の奥義によって放った。しかしその切っ先は、両刃槍の腹で受け止められていた。攻撃による衝撃波はアース・トーテムに到達していたようだが、相手の体には傷一つついていない。


 両刃槍の刃の部分を固定していた金具のようなものが砕け、刃が落ち、オークの槍は槍とも呼べない唯の棒となった。しかしその棒が、八咫烏さえも受け止めて見せた。

 表面に、傷一つつけぬまま。

 俺はその武器の正体に思い至り、戦慄を覚える。


「まさか、何でそんなものがこんな辺境の地に……」


 経験上、八咫烏を全力でかましても傷一つ付かないような材質は数えるほどしかない。そのなかで動物の骨に該当する素材など一つしかない。


「その武器、ドラゴンウェポンだって言うのか……ッ!!」

「ブグゥ……グゥゥオオオオオオオオッ!!」


 オークは全力で俺の剣を弾き返した。

 あれがドラゴンウェポンだと言うなら、恐らく今の俺がどれだけ全力で攻撃を叩き込んでも決して壊れることはない。刃が外れた所で弱くなることも決してない。その武器を十全に使いこなす相手が握っている以上、恐らく八咫烏はそれを突破しきれない。


 ここから先は、精神力の勝負だ。

 何かの執念に駆られて人間を同時襲撃するような知恵と、武器を扱う技量、そして不退転の決意を湛えた死兵の目をしたオークとの――これは誇りを賭けた決闘だ。

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