第356話 空気が読めます

 一斉襲撃による敵の殲滅。

 外対騎士団の常套戦術だ。


 一斉に殲滅させる理由は、取りこぼしの防止。

 そしてその為には、敵がどこにいてどのような行動をしているか、全て見極める必要がある。ファミリヤを飛ばし、身体に泥を塗りこんで体臭を上書きし、気配を殺し、数日かけて入念に相手を観察する。それでも、作戦の成功率はどうしても十割にはならず、何かしらの予定外がどこかで発生する。


 しかし今、この状況はどうだろう。


 相手に一方的に観察され、それぞれの戦力がバラバラの場所で襲撃され、目の前のこのオークは恐らく俺を最高戦力と見越して足止めしつつ機会あらば殺そうとしている。台地を中心に人の気配や動きをずっと観察していたのだろう。


「普段自分たちがやってることなのに……相手にやられると、無性に腹立つなッ!!」


 オークの群れには必ず中心になるメスオークがいる。これだけ人間の動きを把握されている以上は、各地で襲撃を仕掛けたオークたちは囮で、メスオーク自身は島からの脱出を図っていると見ていい。経験豊富なオークならそうした判断をすることもある。


 今からメスオークを探し出して始末するのは、不可能に近い。

 組織として、既に外対騎士団は負けた。

 最早騎士団に出来るのは、これ以上怪我人を増やさないために一刻も早くオーク達の首を刈り取ることだけだ。


 だが、相手の異常にしなる両刃槍の動きに、全身を突き抜けるような悪寒が奔り、咄嗟に地面を転がって避けた。


 瞬間、ひゅぱっ、と、風を切る音が響き、先ほどまで自分のいた場所に裂傷が奔った。ほんの小さな音だったのに大地を抉る斬撃の深さは相当だ。それだけ無駄のないコンパクトな破壊だったという事だろう。


 だが、そんなことは重要な問題ではない。

 今、明らかにリーチを超えて斬撃が『飛んだ』。


 咄嗟に思い出すのは、最速の冒険者こと『千刃華スライサー』リーカ。

 彼女の鋭すぎる斬撃は刃を離れ、切れ味のみとなって相手に届く。

 実際には彼女だけの特技ではないが、彼女レベルで速度の神髄に至ってなければこれほどの一撃は放てない。


「ゴアアアアッ!!」


 俺の視線に臆したと見たか、オークが追撃を仕掛けてくる。

 即座に応戦しようとするが、俺は距離感を見誤り、まともに攻撃を受け止めてしまった。防げたのはいいが、攻撃の威力がもろに剣に伝わり、危うく崖の下に落ちそうになるのを咄嗟にもう一本の剣を地面に突き刺すことで防ぐ。


 断崖絶壁ではないにせよ、急な傾斜から転げ落ちた人間は大地に何度も全身を打ち付けられ、ただ高所から落下するより悲惨な末路を辿る。仮になんとか無事に済んでも、今度は傾斜を昇り切れずに降りるしかなくなる。それは余りにも致命的な時間のロスだ。


 オークは容赦なく斬撃を連発する。

 その一つ一つに俺は対応が遅れてもたつく。

 数多のボスオークを狩ってきた自分が何故こうまで苦戦するのか――最初は飛ぶ斬撃への対応の難しさだと思ったが、冷静に相手の動きを見て原因は他にもあることに気付く。


(しなりだ……こいつの槍、半端なくしなるから攻撃の出が見えない!!)


 戦いに於いて大振りの攻撃というのは隙だらけなイメージがあるが、しなる攻撃は別だ。しなりによって通常とは違うタイミングで加速するし、視覚的に攻撃の出がいつなのか図りづらい。結果、突然攻撃が加速したように見えてしまう。


 オークの戦士としての技量は、恐らく高く見積もったところで六星冒険者に及ぶほどではない。しかし、このオークはあのしなる武器の性能を100%引き出して戦っている。そして通常の人間が使う武器に、あのようなしなりと強度を両立させるものはない。


 すなわち、武器の性能が異常なのだ。

 このオークはそのことをよく理解し、武器を極めたのだろう。

 狩り獣のダッバートとは全く違う成長の極みに達したオークだ。


 俺でさえ見切りきれない斬撃を放つ以上、このオークは森で目撃された二体のオークより恐らく格上。下手をしたら本当に群れで最強のオークかもしれない。


 七体存在するトーテムの中で最高位。

 すなわちトーテムの王――偉大なる大地のアーストーテム。


「……だが、それでも通して貰うぞッ!!」

「ブガァァアァァッ!!」


 人間の思い通りになどさせぬ、とでも言いたげに巨体が躍動し、両刃槍がしなる。巨体のリーチ、オークの筋力、武器の性能、そして一種の武術。あらゆる条件が奇跡的に絡み合って誕生した王たる存在。


 本当にお前は傲慢な人間を誅殺するために生まれたのかもしれない。

 だが、だからどうした。こちらは人を守るための存在だ。

 想いが対立したならば、やることは一つしかない。




 ◇ ◆




 同刻、アルキオニデス島東部――ナルビ村に撤退中の騎士団。


 カルメは、その気配に真っ先に気付いていた。

 この事態に備えて手持ちのクロスボウの中でも最大の威力を持つモデルを携えたカルメは、即座に矢を装填した。他の騎士たちも何となく気配を察していたか、剣や槍に手をかける。


「先輩のいないタイミングを狙ってきましたか……」

「やっぱりいるのか、カルメ」


 ヴァルナ不在時の指揮を任された先輩騎士メランの言葉に、カルメは頷く。

 最近の氣の鍛錬で、カルメは第二部隊のピオニーが扱う『森の呼吸』に近い察知能力に目覚めつつある。元々山村で育った狩人であるカルメなので、ある意味順当なのだろう。


 気配が近づいてくる。

 そう感じた刹那――風切り音がカルメの耳に飛び込む。

 視界に飛び込んできたのは、四つのブーメランだった。


「なっ!?」


 カルメは咄嗟にそれを躱すが、躱した先に別のブーメランが軌道を描いて接近し、やむを得ず矢で撃ち落とす。貫通力の高いモデルに変更したことが功を奏してか、矢はブーメランを射落とした。


 しかし、他二つのブーメランがナルビ村の戦士と不意を突かれた騎士に接近。


 警戒していない方向からブーメランが迫った騎士だが、背中に大型のリュックを背負っていたのが幸いしてブーメランはリュックに直撃。中身がぐしゃぐしゃに壊れてぶちまけられたのがクッションになり、転倒はしたもののケガはなかった。


「あ、荷物やられた」

「こりゃ弁償だな……ドンマイ!」

「マジかよ畜生ぉぉぉぉぉーーーーーッ!!」


 こんな非常時でも騎士は責任の所在から逃げられない。

 騎士の哀れな慟哭が木霊した。

 一方、残った一つのブーメランが回転しながら村の戦士に迫っていた。


「なっ、なんのぉ!!」


 戦士は辛うじて槍での防御が間に合うが、ブーメランの威力が予想以上に高く、その体が槍ごと弾かれる。


「がはっ!!」

「大丈夫か!!」

「けほっ……何とか!」


 土煙をあげて地面を転がった戦士がせき込みながら立ち上がる。彼の手にした槍は相応の強度があった筈なのに、完全に中ほどからへし折られていた。戦士たちは忌々し気な顔をする。


「ブーメラン! ブーメランだと!! 何故そんなものを!? 何者だ!!」


 くの字型の投擲道具であるブーメランは投げれば回転しながら持ち主の方に戻ってくることで有名だが、鳥を神聖視するアルキオニデスでは、これは鳥を傷つける道具の象徴でもある。故に、今は過去の民族の過ちを再現する儀式でしか使うことはない。ましてそれを人に向けるなど言語道断だ。


 だが、相手は恐らくオーク。

 どんなに怒鳴っても返事など獣の鳴き声のみだろう。

 ブーメランは西の民が儀式など不要と捨てたものを再現したのかもしれない。

 騎士団に付随していたファミリヤが慎重に戻ってくる。


「敵ハッケン! 数ハ一、サイズ三メートル強、緑ノ肌ニ草ノヨロイ! ドーミテモ外来種ダァァーーー!」

「そうみたいです……ね?」


 投擲攻撃に視線を取られた隙に奇襲を受けないか警戒していたカルメの言葉が止まる。何事か、と思いその場の全員がカルメの視線の先を見ると――そこには、先ほどより増えて六つになったブーメランがひゅんひゅんと風を切って騎士団に接近していた。


 たかが木片とは思えない威力を発揮するブーメランが、一度に六つ。

 カルメのクロスボウではどんなに頑張って連射しても撃ち落としきれない。

 メランが叫ぶ。


「撤退!! 見通しのいい場所まで一度撤退!! ブーメランに当たらないよう細心の注意を――うおぉぉ!?」


 途中でそれぞれ軌道を変えたブーメランたちが前後左右から襲い掛かる。他の騎士ならともかく万が一にもプファルさんが流れ弾に当たれば大惨事だ。ブーメランは丁度木や丈の長い草の生い茂ったエリアから次々に飛来している。


 何とか危険度の高いブーメランから撃ち落とすカルメだが、陣形を無視して飛来するブーメランに騎士団は翻弄され、見通しのいいエリアまでなかなかたどり着けない。騎士の一人がなんとか合間を縫って信号弾を空に発射したが、ナルビ村からここまで相当な距離がある上に、なんと村の方からも襲撃を知らせる信号弾が立ち上る。


「ウソだろ……同時襲撃かよ!!」

「互いに『援軍は期待できません』と知らせ合う信号だったのか、これ」

「馬鹿言ってねぇでブーメランどうにかしろ!! クッソ、ブーメランってこんなに威力あったのか!!」


 また、ナルビ村の戦士たちの中にはまだ相手が人だと思っている者がおり、無謀にも茂みに突っ込もうとするのを騎士が静止する。それがまた全体の足を遅くしている。


「止めるな!! ブーメランの扱いを知っているのなら人に違いなかろう!!」

「だからッ! お前らが崇める精霊の遣いの鳥が違うって言ったろ!! いいから、ここは危ないんだよ!!」

「戦士に逃げろと言うのか!? 我々の誇りを軽んじるか、王国人!!」

「勇気と無謀は違うでしょうがッ!!」

「……最悪だ、ちくしょう」


 完全に集団が浮足立っている状況に、カルメは思わず悪態をつく。

 これでは相手のオークにいいように踊らされているだけだ。

 戦いは数が物を言うが、統率の乱れた部隊ほど弱いものもない。


 相手は延々と射程外から、いったい幾つ用意したのか問いたくなる量のブーメランを放ってくる。あちらからはこちらの姿が見えていない筈なのに、風の動きを全て見切っているかのように正確な狙いだ。


 途中、ブーメランの帰る方角を見定めて矢を放つ。

 しかし、今度は別の角度からブーメランが飛来した。


「風を読み切ることで自分の居場所を偽装しているのか……!?」


 相手を仕留めるにはどうすればいいか、カルメは思考を巡らせる。

 遠距離攻撃の弱点は、接近戦に弱いことだ。

 しかし、丈の長い草むらに今から騎士団が突っ込めば、最悪の視界の中で身動きも取りづらくなった状態でボスクラスオークと戦うことになる。オークは武器など持たずともその剛腕で呆気なく人を殺すことが出来る以上、それは無謀だ。


 火を放って草を焼き払うか――駄目だ。

 大規模な火事になれば自分たちの首を絞める。

 草を刈るにしても、そんな時間も、それに適した装備もない。

 更に、外対騎士団が普段使い途のあまりない盾を標準的に用意していないのも、数によるゴリ押しを難しくしている。


「こんなとき先輩なら……」


 ここにはいない、尊敬する大きな背中を思い出す。

 今、あの人を頼ることは出来ない。

 この場には騎士は多くいるが、ボスオークと安定して渡り合える騎士は同行していない。このような形で襲撃されるとは誰も予想していなかったからだ。作戦はいつも理想通りに上手く行くとは限らない、とは、先輩方の口癖だ。


 何かいい作戦は。

 誰か頼れる人は。


(――いや、駄目だ僕。そんな考えでは……駄目だ!!)


 思い出せカルメ、自分は狩人だろう。

 誰かに頼って安心しようとするな。

 獲物を前に逃げることばかり考えるな。


 頼れる人がいないのなら、答えはシンプルだ。

 カルメは後方に近づき、戦士の中でも数少ない弓矢使いの女性に向かって叫ぶ。


「すみません、弓と矢を貸してくれます!?」

「なに!? でも貴方、もう持っているじゃない!」

「クロスボウだけじゃ対応が難しいんです! 僕は今から、このブーメランの主を狩りにゆきます!!」

「えっ……おいカルメ!?」


 周囲がぎょっとする。最低でもツーマンセルが原則の騎士団の中で単独行動して相手を倒そうなど、それこそヴァルナくらいしかやらないことだ。それを、あの女の子と見間違える小さなカルメが行おうとしていることに、周囲は驚きを隠せなかった。

 カルメは必死に頼み込む。


「お願いします!! このままじゃ犠牲者が出る!!」

「……」

「お願いします!!」

「……そんな風に頼まれると、ね」


 一生懸命に、しかし敵を仕留めるという確かな闘志を宿したカルメの目に心を動かされたか、女性は諦めたように弓と矢筒を外してカルメに渡す。カルメは矢筒を手早く装備すると、丁寧に女性に一礼して矢を構えた。


 騎士団では利便性からボウガンを愛用しているが、元々カルメは弓使いだ。

 絢爛武闘大会でも弓を使って射的大会を優勝した。 

 故に――。


「調子に乗っていられるのもここまでだ、ブーメラン使い!!」


 カルメは三本の矢を同時に弓に番え、ギリギリと引き絞って一気に解き放つ。すべての矢がまるで自分の意思を持っているかのように空を裂き、正確に三つのブーメランを撃ち落とし、更に撃ち落とされたブーメランの軌道が狂って別のブーメランに衝突。一時的ながら、空中の全てのブーメランが無力化された。


 装填数が一発に限られるクロスボウでは決して出来ない芸当だ。


 カルメはクロスボウを腰のベルトに装着し、弓に矢を再び番え、敵が潜むであろう茂みに向けて前進する。メランが慌てて静止の声を上げるが、カルメは止まらない。


「おい待てよカルメ!! 敵に有利な状況で戦う気か!? いったん見通しのいい場所に撤退して、それから!!」

「相手は人間に攻撃した危険なオークです。それに信号弾が村の方でも上がっていた以上、ナルビ村もこいつらにとっての攻撃対象になったんでしょう。逃げれば村に先回りされる可能性は否めません。それに……僕だって狩人だ。条件は五分五分です」

「でもッ!!」

「勝って戻ってきますよ! ファミリヤくん、ブーメランに気をつけながら情報伝達お願いね!!」


 それだけ言い残して、カルメは疾走した。


 このオークは風を読む。

 すなわちトーテムセブンのうち、風の化身――フウピリク・トーテム。

 しかし、狩りとは風だけ読んでいれば勝てるものではない。


 狩人と狩人の決闘が始まる。

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