第351話 SS:避けられぬ邂逅です
月夜に照らされる森の中に、七つの大きな影があった。
七つの影は、戦いが避けられないことを知っていた。
七つの影は、人が自分たちの領域を冒す日が近いのを知っていた。
七つの影は、死を恐れてはいなかった。
七つの影は、譲れないものがあった。
七つの影は、七つの選択をした。
◆ ◇
この日、西部駐留の外対騎士団は幾つかのチームに分かれて原生林調査を行っていた。今回、ハンターたちと話がついたことでやっと本腰を入れた調査になっており、かなり奥まで進んでいる。
そのグループの一つに彼女たちはいた。
「さあ、今日こそ私たちの勇名を轟かせ、男性中心の騎士社会に革命を起こす時!! 者どもよ立て!! 進め!! 我らが王国の明日を拓く先駆けとなるのだ!! はぁーっはっはっはっはっは!!」
グループの先頭に立って高笑いするのは工作班の騎士リズカ。そろそろ三十代を迎える女性であり、実力的には騎士団内でも上から数えた方が早いほど有能な人物だ。そんな彼女は自分が社会の女性代表だと勝手に自負しているらしく、たまにこんな感じで勝手に盛り上がってしまう困った癖を持っている。
ちなみに騎士団の幹部格は確かに女性が少ないが、そもそも騎士志願者の男女比そのものが男性寄りだし、そうした傾向は聖靴騎士団と聖艇騎士団が特に強く、他の騎士団ではそうでもない。
他、実質的な副団長秘書のセネガと女性最年少班長になったアキナには勝手に一方的な友情を感じている。相手からはちょっと褒めるとすぐ満足する面白い珍獣みたいに思われているが。
「また出たよ、リズカちゃんの病気が」
「騎士団内における女性の割合が少ないのは確かだけどねー」
「リズカちゃん……何でもかんでも男女の差異の話に持って行っちゃうから……」
そんな彼女の若干ポンコツなところをフォローする三人の女性騎士が口々にいつものことだと肩をすくめる。
一人目が遊撃班所属の騎士、メイナスはクロスボウを片手に周囲を警戒しながら彼女に警告する。
「盛り上がるのはいいけど、道案内に協力してるハンターさん達に喧嘩売るようなことは言わないでよね?」
「むっ、それくらい分かってるわよ」
「本当かしら~? こないだ合コンで狙いだった男の子もそれが原因でお付き合い断られたじゃない。女の社会進出だなんっだって言って、女の幸せ逃してるようじゃ訳ないわよ」
「……ふんだ」
メイナスはリズカの同期で、ずけずけと物をいう性格である。ちなみにルガー団長にいつも痔になれと煽っている人物でもあり、そのことで損もしているので全く人の事を言えた義理ではない。
彼女のクロスボウはカルメのような百発百中ではなく、仲間が立ちまわりやすいように牽制や援護に徹する射撃だ。命中精度は特別高くないが、自分の射撃で相手をどう動かすかを重点に置いた彼女の援護は前衛にとって心強い。
リズカとメイナスの間に割って入るのはフィーアだ。
「まーまー、喧嘩は帰ってからにしようよ。そんなカリカリしてたら足元をすくわれ……フギャッ!?」
言っている傍から木の根に足を引っかけて盛大にスッ転ぶフィーア。転んだ拍子に泥に顔を突っ込み、地面にはものの見事にフィーアのデスマスクめいた痕跡が残る。
フィーアの盛大なドジにリズカとメイナスは毒気を抜かれ、彼女の後方にいた回収班の騎士オーリスが手を差し伸べる。
「だ、大丈夫フィーアちゃん……? 今日はなんだか、随分転ぶね」
「うえぇ~……べっ、ぺっ! いつも転ぶ先がぬかるみだから怪我はしてないけど、何で今日はこんななの~~!?」
「幸運に愛されたフィーアがこの調子とは珍しい。今日は世界で一番運勢の悪い日なのかしらね? 不吉不吉」
「いや! フィーアのことだからこれも大きな幸運の前触れなのかもしれないわ! 私、フィーアの才能を信じてるし!」
悲観的なメイナスに対し、楽天的なリズカ。
そして剛運のフィーアと少し引っ込み思案なオーリス。
彼女たちは私生活では仲のいいグループだが、班がばらけているので任務中一緒に行動することは少ない。そんな彼女たちの様子に案内をする二人の男性ハンターは少し不安げであり、胡乱気でもある。
この騎士たちにこき使われて自分たちは大丈夫なのか――と、不安なのだ。
「大丈夫かよ。そろそろ危ないエリアだぜ」
「コリントスさんが協力しろっていうからしてるが、素人連れは不安だぜ……」
彼女たちのグループは既に相応に深いエリアであり、嘗てであれば虎に襲われても文句の言えないテリトリーだ。ハンターたちは時折無意識に獲物を探して木々を見つめてしまうが、騎士たちはおかまいなしに歩み続けるので小遣い稼ぎも出来ずにいる。
と、リズカが立ち止まって一つの木を見る。
ハンターはそれに怪訝な顔をするが、他の騎士たちは自然な動きで同じ木に集まった。何を寄り道しているんだとハンターが声を出そうとするより先に、メイナスが口を開く。
「どうした?」
「この木、上の方見てみて」
「……泥、かな?まだ乾ききってないけど」
彼女たちの視線の先には、木にぽつぽつとついた泥があった。
オーリスがハンターに質問する。
「ハンターさん……これは、何の痕跡か分かりますか……」
「え、いや……」
言われて初めてその木をじっくり見たハンターは困惑する。
森に慣れている筈の自分たちでさえ気づかなかった、謎の痕跡に。
「なんだこれは……イノシシが泥浴びの後に木の根元に擦り付けるのとは全く違うな。猿が上った後にも見えるが、それにしては泥と泥の幅や位置が変だ。虎なら爪痕が残る筈だし……」
「……」
「……」
騎士たちが目配せし、リズカは剣を抜き、メイナスはボウガンに矢を装填し、フィーアとオーリスも無言で周囲を注意深く見渡す。突然騎士たちの空気が張り詰めたことにハンターが戸惑っていると、リズカが抑揚を抑えた声で指示を出す。
「オークが近いかもしれません。ここから私が先頭にメイナス、貴方方、そしてフィーアとオーリスの順で陣を組んで進みます。いいですか、こちらの指示を絶対に聞き漏らさないように。そして会話も出来るだけ小さな声で、手短にしなさい。指示に従っていただけない場合、お守りできませんのでお気を付けを」
「な……あれがオークの痕跡だってのか?」
「声を抑えて。木登りの痕跡によく似ていますが、本格的な縄張りはもっと先でしょう」
それ以上の問答をせず、騎士団が動き出す。ハンターたちもその緊張感に呑まれて指示に従うが、内心ではこの陣形に意味があるのか懐疑的だった。いつもハンターは陣など気にせず、原生林内の些細な変化を見極めて狩りをしている。今の状況では動きが制限されて逆に自分が危険かもしれない。
ハンターたちの疑りなど気にも留めず、騎士団の調査は更に緊張感を増している。
「足跡……」
先頭のリズカがぬかるんだ足元に点々と続く、大きな足跡を見つける。その足跡はこの近辺でハンターが見たことのない形で、まるで巨大な人間が歩いた痕跡のようにも見えた。
リズカはその足跡の近くにしゃがみ込み、足跡を注意深く観察して息を呑む。
メイナスはそちらに視線を送らず、確認だけする。
「サイズは?」
「最低でも三メートル……ボスクラスかも」
「引き返すか?」
「他の足跡がないから群れでの行動はここではしていない。この足跡だけでは判断基準にならない。もう少し、何かの痕跡を見つけないと……毒矢、準備して」
「……ちっ、大当たりだったら運命の女神を射てやろうかしら」
メイナスは懐から筒を取り出すと、蓋を開ける。蓋の中には小さなハケがついており、彼女はボウガンの矢の先端と、矢筒の中の矢にもそれを手早く塗る。事情を呑み込めないハンターたちにフィーアが補足する。
「かなり大型のオークの足跡です。でも狩りをするオークは複数で動き回るから、あの足跡だけじゃ偶然通っただけなのか縄張りなのか判断できません。なので調査を続行しますが、いつでも指示に従えるよう注意してくださいね」
更にオーリスからも忠告が入る。
「大型のオークは、狩りの経験が豊富、です……木の上から来ることも、あります。回避するときは……全力で、回避してください」
余りの緊張感にハンターたちは生唾を呑んだ。
彼らの見る限り、森に大きな変化はない。いつもどおり獲物が妙に減っただけの原生林だ。しかし、騎士団の彼女たちはハンターでさえ気づかない重大な危険を鋭敏に感じ取り、リスクを鑑みた上で調査を進めるという。
ハンターは今更になって、自分たちが散々無責任に討伐しろと叫んだオークのことを何も知らない自分の無知を悔いた。彼らはまだオークに遭遇したことがないが、同僚から話は聞いた。『大きく恐ろしい形相で、戦おうとさえ思わず全力で逃げた』、と。
その時は、臆病な奴だと心のどこかで彼らを嘲っていた。
しかし、彼らが本当に臆病風に吹かれたかどうか、もしかすれば、自分はこれから身を以て味わうことになるかもしれない。
調査隊はとうとう、オークの目撃情報があった原生林最奥に近づいていた。
ここまでの道は獣道だ。当然、木や地形が邪魔して直進出来る場所は少ない。しかし、オークの足跡は都合のいいことに途切れることなく開けた空間まで続いていた。よほど堂々と森を闊歩していたのだろう。時折オークが上ったと思しき痕跡も見受けられる。
緊張感は更に高まり、もはやハンターたちは自分たちの首筋に虎の吐息がかかっていると錯覚するほどになっていた。
「これだけ大型の個体なら、枝の細い木で待ち伏せはできない。大きな木の周りは特に気を付けて……全体、止まれ」
リズカが手を挙げて隊列を止めた。その顔つきが険しい。
彼女は双眼鏡を取り出して注意深く進行方向を確認する。
そして何歩か進んでより詳細に確認し、呟く。
「……足跡が途切れた。ここまでだな」
「もう少しきちんと確認した方がいいんじゃないか?」
「いや、ここらは見晴らしがいいし木々にも何の痕跡もないなのに足跡が残っていないなら、もうないと判断すべきでしょ」
「ですね……ん……」
「フィーア?」
「……なんか、見落としてる気が――足跡が『不自然に』途切れてるときは、なんだっけ……」
唸るフィーアに、オーリスがああ、と納得する。
「もしや……バックトラックのことですか?」
――その言葉を聞いた瞬間にリズカとメイナスは目を見開き、全く同時に周囲の木々を見回し、そして叫ぶ。
「「総員右に回避ぃぃぃぃぃーーーーッ!!」」
その声に反射的にフィーアとオーリスがハンター二人を右に全力で引き寄せるのと、四人が先ほどまで立っていた場所に巨大な質量の『何か』が降り立ち、ぬかるんだ地面が弾け飛ぶ程の衝撃が迸る。
「出やがった……よりにもよって!!」
「私としたことが、初歩的な見落としだった……!! 知能の高い一部のオークは自分の足跡を逆に辿ることで自分の行き先を偽装する、バックトラックを行う!!」
「でも、ここは周囲の大きな木から距離があったよ!?」
「跳躍したんだ!! 信じられん、十メートル以上は飛んでる……オーリス、緊急信号弾を用意!!」
――調査隊の目の前で、三メートルを越す巨体がゆらり、と立ち上がる。
腕には丸太を荒々しく削った巨大な棍棒。
身体には枯草で編まれた服のようなもの。
巌の如き巨躯は武骨な骨と筋肉で構成され、戦う為に存在するかのような一種の美しささえ感じさせる。騎士団員は、直感的にこの個体が激しい争いを勝ち残ってきた一種の傑物であると理解する。
瞳は片方が稲妻のような傷跡で抉れ、既に光を灯していない。
代わりにもう一つのぎょろりとした瞳が、ありったけの闘志を湛えている。
『ブゴォ……グギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
数多のオークを屠ってきた騎士団員を以てして総毛立つ圧が、森に伝播する。
この日、騎士団は初めてこの森に潜む『トーテムセブン』の一角と対峙した。
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