第322話 意外性の人物です
悔しいが、俺はこの手の問題を解決する能力に乏しい。
よって、誠に遺憾ながら、真っ先に頼る人物は限られる。
王立外来危険種対策騎士団の黒幕――もとい、団長のルガーである。
「というわけでじじい。なんかアイデア出せ」
「人に物を頼む態度ォ!!」
「うるせぇ余裕がねぇからあるならある、ないならないでとっとと言えひげ毟るぞコラ!」
「イデデデデ!! だから人のひげを気軽に引っ張るなって言ってんだろうがイデデデデ!! 顎が、顎がしゃくれる!!」
騎士団本部にさっそくやってきた俺はアイデアを求めるついでに日頃馬車馬のように働かされる騎士団の恨みを代弁した。決して後者がメインではない。これは正当な権利である。
「いでで……ったくどいつもこいつも抗議があるたびにひげ引っ張りやがって。我が毛根の粘り強さに感謝だぜ……で? 要件は?」
「知ってるんじゃねえのか? 言わなくてもさ」
「想像する範囲だ。ちゃんと言えっての」
これ以上復讐を続けても互いの為にならないので、素直に用件を伝える。
クルーズの一件の手掛かりをイセガミ家が握ること。
それを知るにはイセガミ家の人間にならなければいけないこと。
そして何故か他の女にも関係なく迫られていること。
最後まで話を聞いたひげジジイは神妙にうなづいた。
「もげればいいんでね? ……イデデデデだから引っ張るなって言ってんだろうがよぉ!! こっちだって貴重な時間割いて来てんだぞ!? それを結婚するとかしないとか女にモテて困るとか言われたら悪態の一つくらいつきたくならぁッ!!」
「一理ある」
「なら引っ張るなやッ!!」
言わんとすることは分かるがこっちだって真面目な話だ。
佇まいを正したひげジジイは口を開く。
「騎士団としちゃあ、管轄違いのあの一件をウチで抱え込む必要性はねぇ。しかしコトがコトだ。情報の内容如何では他の騎士団に有効なカードになる。手に入れて損はねぇわな」
「だろーと思ったよ」
「まぁ待てや」
嫌味の一つでも言ってやろうかと思った俺を手で制したひげジジイは話を続ける。
「イセガミ家はここ最近、注目度が下がりつつあった農作物の販路を一気に広げたやり手だ。他もちょこちょこ堅実な道に手を出してる。借金四億に回収の目途が立ってるってのも、先行投資に必要だったんならあながち法螺じゃねえかもしれん。四億と聞くとデカく感じるが、商売の世界じゃなくはない額だしな。まぁ無論、今このタイミングでその負債を帳消しにできりゃ黒字に転じるわけだが」
やはり、このじじいはこんなとき頼りになる。
じじいはたとえスポンサーを名乗り出てくる相手にも表向き友好的に接しながら裏は必ず探る。じじいがやり手と言うからには、本当にやり手なのだろう。マモリの言葉も間違ってはいなかったようだ。
「ちなみに騎士団のスポンサーにはまだなってねぇが、実のところ接触はちょこちょこある。こっちを品定めしてるのさ。強かだぜぇ、あの当主は。まさかヴァルナをこうも素早く奪いに来るとは流石に読めなかったが、狙ってくるかもとは思ってた。とはいえ……こっちが頼む側になる以上、どう立ち回ろうが不利だぞ?」
「それは感じてた。そしてあの人は、自分の優位性を最大限に活かして取れる利益を堅実に取りに来てる。娘の気性まで利用して」
「……騎士団からプレッシャーはかけられん。代わりの婚約者用意もほぼ不可能。お前の婚約以外の利益なんぞ騎士団からは出せん。なにせうちの看板で個人としての最高戦力だ。もうストップ高だよ」
相談した結果、状況が詰みに近いことが判明した。
唯一、断るという論理的手段は断たれていない。
マモリも強引な婚約には反対している以上、情報という利益に目を瞑れば答えは一つしかない。だが、断れば手掛かりは二度と手に入らないかもしれない。このジレンマが俺の判断を迷わせる。
「ヴァルナよぉ、コイヒメ氏が返事までの日付を一日と指定してきたのはどういう意図か分かるか?」
「それは……プレッシャーじゃないのか? とっとと返事しないと心変わりするぞっていう」
「それもあるだろう。でもな、これはカンだが……長引かせる類の話ではないのかもしれん。情報提供の線では俺たちの想像より更に逼迫したギリギリのラインを選んで譲歩してることを遠回しに伝えてきてんじゃねえかな。これが通らなきゃ二度と話をすることもないくらい。長期戦を避けたい思いもあるかもしれんが、それも含めて判断が手強いな……一つの判断で複数の問題を解決しつつギリギリまで利益を取ろうとする交渉力、味方につけば頼もしいのは確かだ」
外対騎士団の強さの一つに、協力者の多様さがある。
列国と太いパイプを持つ商人の協力者で、しかも交渉力が高いなら、騎士団としては有難い話だ。
「お前は特権階級になれる。可愛い嫁さんと頼もしい義母も得る。情報も手に入るし両親も賛成してる。仮に少々商売がコケてもこっちから便宜を多少は図れるという保険も出来る。まぁヴァルナファンクラブから一時的に女性ファンが減るかもしれんが、なるほど確かに『結婚させて損はさせない』たぁよく言ったもんだ」
「俺の認知しねぇクラブの人が減るって言われてもなぁ」
「大会優勝でドッカン増えてるんだよなぁ……」
「だから知らねえよ。さてはテメー商売してるだろ」
ギリギリ法律的に問題にならない程度と範囲で人をダシにしてそうなひげジジイ。これは一度ロザリンド警察による摘発を頼むべきかもしれない。あの子なら喜んでやってくれそうだ。
話を逸らすように咳払いして「なんにせよ」とじじいは話を元に戻す。
「受けるかどうかはお前が決めること。俺には決定権なんぞ欠片もねえし、別に受けなかったから降格だなんだと騒ぐ気もねぇ。だってこれ、任務じゃねえもの。そこまで口を出し始めたらこの組織はお終いよ」
「……はぁ。それが聞けただけでもよしとするよ」
俺の認識以上に結婚という選択肢は利益が大きいらしい。他人からすれば俺が抱いているのは贅沢な悩みなのだろうが、俺にだって人生を誓い合う相手に悩む権利はある。ひげジジイはあまり力になれていない自覚があったのか、何か考えながら言葉を付け足す。
「結婚そのものに悩んでるなら結婚してる奴か恋愛中の奴にでも聞いて回れ。期限は明日までだったな? 決定打とは行かなくとも手土産の一つでもありゃ多少は心象が変わるかもしれん。何か用意しとくから明日また来い」
「了解」
俺は今まで向き合ってこなかった問題と向き合うため、心当たりを回ることにした。
◇ ◆
まず相談相手として真っ先に思い浮かんだのはタマエ料理長だった。
しかし、そういえばタマエさんからは結婚の話を何度か聞かされている。それにどうやら家族のために家に帰っているらしく、家族団欒を邪魔するのもどうかと思い遠慮した。
タマエさんは割と晩婚らしく、二十代後半までは料理に情熱を注いで諸国を巡り歩いたりもしたそうだ。結婚相手の旦那さんはタマエさんが料理人だということは知らず、たまたま出会って恋に落ちたという。
子供は二人おり、片方は旦那さんのいる実家暮らしのようだ。
ちなみに子供は料理人ではないと念を押された。
『仕事は仕事、家は家さね。もう山ほど弟子がいるんだから、当人たちが望まない限り料理を本格的に教える気はなかったし。ま、美味いご飯を食べさせ過ぎて結婚相手に『かあちゃんの料理のが美味い』なんて言ってなきゃいいがね!』
けらけらと笑うタマエさんの顔は、なんというか、親の顔だった。
三大母神だの騎士団のカカアだのと言われているが、やっぱり本当の子供の話のときに見せる表情は違っていたのは今も印象に残っている。
タマエさんの結婚は、単純に出会ったときにピンときたという感じだ。
そこには理屈も何もない。ロマンチックな運命の出会いがあるだけだ。
残念ながら今回のケースには該当しない。
(ていうか俺、本当にそんな出会いがこれからあるのかね……)
ふと自分の周囲を見回すと、割と近い範囲に一目惚れしてもおかしくないレベルの美少女が複数名いる。あの面々相手に「あっ、このひと好き……」ってならなかった俺の心に一目惚れ機能が本当になるのかが謎だ。
一番それに近かったのが初対面のときのネメシアだが、もし機能が壊れたとしたらあいつのせいだな。
(……ネメシアにも、知られたらまずい気がしてきた)
正直ずっと目を反らし気味だったのだが、コロセウム・クルーズの祭りを二人で回った日の別れ際の一言がいまだに脳裏を離れない。幸い彼女は砂漠行方不明事件によって心配を使い切ってしまったのか「暫く心配してあげないんだから!」とチャージのために実家に帰っている。ちなみに生存したときは案の定泣いてたが、彼女が何かするより先にミラマールに尻尾でしばき倒された。
人間で言えばツッコミレベルに手加減はしていたし、倒された後はいつものミラマールだったが、実際ネメシアには心を落ち着ける時間が必要だとは思う。
そして当然セドナに知られるのもまずい。
今までは何かしらあっても可愛い嫉妬で済んだが、結婚となると何故か途轍もなく嫌な予感がする。むしろ断りたいと思う気持ちの大部分が何故かそこに注がれている。
ぐるぐると纏まりのない思考を回しながら騎士団本部の外に出ると、脇の訓練場に後輩たちの影があった。ロザリンドとアマルだ。
ロザリンドは相変わらずだが、アマルは武器が小洒落たエストックに替わっている。どうやらスタイルに合わせて剣を買い替えたらしい。訓練場の隅に見覚えのない見物人もいるが、二人はいい勝負をしていた。
「そりゃ、そりゃ、そりゃー!」
「くっ、やりますわね!!」
まだ粗削りなところがあるアマルだが、刺突特化の戦い方と氣の力によって入団当初とは比べ物にならない技の冴えを見せている。既に氣の力だけならロザリンドを上回る刺突攻撃は、下手な剣士なら抵抗できず一方的に負けてしまうだろう。
対し、絢爛武闘大会で一つの壁を超えたロザリンドは狼狽えることなく冷静に剣を捌き、隙あらば反撃に転じるために揺さぶるように剣をぶつけていく。一見すると互角に見えるが、やはり技量で大きく上回るロザリンドがアマルの剣技を態と引き出させているというのが本当だろう。今のロザリンドなら突破できないほどの攻撃ではない。
やがて隙をついたロザリンドがアマルの頭上に剣を振り下ろす。アマルはそれを二の型・水薙で受け流そうとするが、もたいついてしまったか上手く受け流せない。そのままロザリンドの剣が続けざまに放たれ、とうとうアマルは負けてしまった。
「んあー!! なんか水薙のときの剣が上手く動かなかったぁーー!!」
「前の剣の動きのクセがついているせいですわ。貴方の今の剣は重量も重心も幅も大きく違います。こればかりは慣らすしかないでしょう」
「あとロザリーなんか強くなってるし! 頑張って息したのにー!」
「あら、ちゃんと気付けてましたのね? わたくしとしては氣の呼吸を全身に馴染ませすぎて動きのキレが増したアマルの成長にも少々驚きましたが……まぁ格の違いと努力の質の差ですわね! おほほほほほ!」
「ムキー!! くやしーーーー!!」
小馬鹿にしたようなオホホ笑いに猿人のような鳴き声で怒りを露にするアマル。なんとも微笑ましい後輩たちのやり取りである。うーん、後進が順調に成長していると自分のことでもないのに嬉しくなるな。
「おのれロザリー、今に見て……あれ、センパイだ。センパーイ!」
「先輩! もうお戻りになられていたのですね……あら? 少し顔色がよろしくない気がしますが?」
「ギャンブルに負けて月のお小遣い全部使い切った近所のおじさんに似た顔になってますよ?」
「先輩はそんな下賤な金の使い方はしませんッ!!」
いや、お金がなくてやる機会がなかっただけです。
と、アマルが見物人の一人――この夏に似つかわしくない長袖長ズボンに加えて白い布のフェイスベールを装着した割と不審な男に手招きする。
すべてを見透かすような深く黒い知的な瞳の男は、ベンチから立ち上がる。足が長く、身長は俺以上。視覚的な威圧感はあるが、顔立ちは美しい。こんなイケメン騎士団関係者にいたかなぁ、と思っていると、アマルはその男性の腕を両手で抱きしめた。
「彼氏のエリムスでーす!」
「ちょ、アマルちゃ……そんな急に知らない人に紹介されてもテレるんだけど」
「マジか」
「マジみたいですよ。先輩が砂漠に派遣されてる間に出会ったそうです」
そういえばフラれたとはいえ、ここに恋愛経験のある女がいるのを失念していた。
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