第323話 危険な後輩です

 時は遡り、ヴァルナが砂漠でナーガ達と共にロックガイについて調査していた頃――アマルはクリフィアから西に進んだ先にある港町、イーハトーヴァに赴いていた。理由はクリフィア商人たちの護衛及びイーハトーヴァの視察……という名目の、暇つぶしである。これはアマルが言い出した訳ではなく、待機していた騎士たちが「ここでダラダラしてるのも時間の無駄だから」と始めた活動の一環である。


 アマルも最初こそ氣の呼吸を使いつつ動く練習をしていたが、なにせ普段練習に付き合っているロザリンドがいないのでイマイチ張り合いがなく、息抜きがしたかったのだ。


 イーハトーヴァは特別な名物もなく、都市から距離があり、漁業もそれほど盛んという訳ではない。それほど大きくない造船所や聖艇騎士団の拠点などもあるが、活発というほど活動はしていない。あくまで「この地域に全く港がないのは不便だから」という理由で存在しているようなものだ。


 ただ、ここには王都のような都市部にはないものがある。

 それが、ゆるりとした時の流れだ。

 生活に困らない程度に豊かで、適度に人の出入りがあり、田舎よりはほどよい刺激がありながらも都会ほど時間の制約にも縛られない。特権階級にとって居心地のいい街をヴェネタイルとするならば、平民にとって居心地のよい街は恐らくイーハトーヴァだ。 


 ちなみにイーハトーヴァは外国人が王国に来る際の賃料が最も安い。

 距離的にはルルズの方が大陸に近いのだが、商船への相乗りを利用するとイーハトーヴァ行きの方が金が掛からない。そこから王都までの距離は流石にルルズに負けるが、観光業者が格安の定期馬車を出しているので不便というほどではない。


 なにより賭博街であるルルズの魔性に目が眩んでギャンブルに金を溶かさずに済むので、通の旅行者はこちらの港をよく使うという。


 もちろんそんな話は右の耳から入れて左に受け流すアマルなので、外国人が多いのかな、くらいしか思っていない。ちなみに少しでも目を離したら迷子になりそうなアマルがここに来る許可を貰った理由は、最悪迷子になっても翌日また来るのでその際に回収できる、という何ともアバウトなものだった。


 さて、そんなイーハトーヴァで唯一他の町より盛んに行われていることがあったりする。それは、騎士団主導で行われる密輸や密航者の取り締まりである。理由は言わずもがな、大きな港の方が取り締まりが厳しいからとイーハトーヴァを狙い目にする犯罪者が相応にいるからである。


 ただ、先ほど説明したとおり、仮にもここは聖艇騎士団の拠点がある場所だ。海上から他国の船舶等を監視し、ときに強制捜査や海賊との戦闘を行う彼らがその手の問題に手を抜くわけもなく、結局どこで密輸しようが五十歩百歩のリスク差しかない。ただ浅慮な犯罪者がなかなか減らないというだけだ。


 そんなイーハトーヴァの港を特に何も考えず散歩していたアマルは、そこで騒ぎを聞きつけた。


「ん? なになに、何の騒ぎ?」


 彼女が向かった先には、なにやら異国風かつ高貴そうな服装の男性が複数名言い争っており、何人かが倒れ伏している。出血の類は見受けられないが、アマルはここで暴力沙汰があったと確信した。


 男たちの中でも周囲に包囲されつつある長身の男が叫ぶ。


「ヤだぞ俺は! ぜってぇウチには帰らねぇ!! もう継承権がどうとか親父が誰だったとかそーゆー問題には付き合わん! 俺はこの魔物がいない平和な王国で一人孤独で幸せに暮らすんだァ!!」

「困ります、王子。護衛まで丸め込んでこんな地の果てまで……国王がご心配されておられますよ」

「さぁ、楽しい旅行はここまでです。あとは我々にお任せを」

「ウソつけあの人が本気で俺を捕まえようとしたら大使館とかに連絡してる筈だろ!! わざわざ船で追いかけてきたってお前らコレ、もうアレだよ!! 俺の中での疑い度マックスなんだよ!!」


 アマルは頭が悪いので全く会話の内容が分からない。

 同じ人類の言語を喋っているのは認識しているが、いまいち意味の分からない部分が多くて彼女の頭脳ではその会話から得られるであろう重要な情報を読み取れなかったのだ。


 なので、アマルはとりあえず追い詰められている側がいじめられているんだろうと考え、大声で名乗りを上げる。


「こらそこ!! 集団で弱いもの苛めしない!! 悪いことしたらこの騎士アマルテアが逮捕しちゃうぞ!!」


 とても真っ当な騎士とは思えないふわっとした名乗りに、その場の全員がポカンとする。ただ、誰よりも早く我に返ったのは追い詰められていた長身の男。彼はアマルの目から見ても運動音痴だとわかるドタドタ走りで素早くアマルの背後に隠れ、包囲してきた連中に叫ぶ。


「おら、俺を捕まえれるなら捕まえて見ろ!! 王国の騎士さんが黙ってないぞ!! ……え、ちょっと待って。騎士さんなんか見習いの女の子じゃね? え? 俺もしかして詰んだ?」


 アマルは客観的に見て、国内ならともかく国外の騎士団から見るとかなり若い。当人も人懐っこそうな顔が年下に見られがちで、到底頼もしい騎士様には見えない風体だ。 

 包囲していた男たちもその事に気付き、にやにやと笑いだす。


「かわいい騎士のお嬢さん。威勢がいいのは結構ですが、我々は寒国の公的な身分の人間です。ここで事を荒立てるべきではないのは理解できるでしょう? これは高度に政治的な問題です」


 この件に首を突っ込めば、外国との外交問題に発展する可能性がある――彼らはそう暗に匂わせた。事実、彼らの服装には一目で寒国――大陸北西にある国だ――の人間だとわかる六芒星のマークをあしらった衣を身にまとっていた。

 察しのいい人間はここでまずいと気づく。

 察しの悪い人間も、旗色の悪さを感じるだろう。

 して、アマルはというと。


「やだ、可愛いだなんてそれほどでも! でへへへ……あっ、でも足元のその人たちに暴力振るったんじゃないの!? そういうの、えーと、なんかの罪に引っ掛かるから騎士団としては見逃せません!!」


 全く人の話を聞いていなかった。

 いっそこの女は本当に騎士なのか疑りの視線を浴びるレベルの発言である。


 しかし、戦いは数だ。幾ら武器を持った騎士であっても、徒党を組んだ相手と戦えば数と戦略が物を言う。話にならないと感じた男たちは、手荒な手段に訴えるために全員が杖を取り出す。王国は剣について特殊な法律があるために刃物が持ち込めないと知った彼らは、自衛の武器がてら鉄の芯を入れた戦闘前提の杖を持ち歩いていた。

 明らかに単独行動中の世間知らずな新米騎士が相手なら、口封じは容易いと彼らは考えた。


「ちっ、馬鹿女が……おい、やるぞ」

「痛い目を見てもらうぞ、お嬢さん!!」


 全員が一斉にアマルに杖で突きを放つ。

 誰もが彼女は逃走すべき状況だと思っただろう。

 しかし彼女は剣を抜くと、護衛対象の筈の長身の男をグイグイ押して後退しながら構える。地面を踏みしめ、剣を持つ腕を引き絞ったアマルは弾かれるような瞬発力で高速の刺突を解き放つ。


「六の型、紅雀! 紅雀! くじゃぁぁぁーーーく!!」

「なにッ!?」

「くっ!?」

「バカな!!」


 アマルは僅か一秒程度の間に後退、構え、突きの三つの行動を複数回繰り返し、一斉に襲ってきた男たちの杖の先端を全て剣先で撃ち落とした。必要最低限にして最速の動きから放たれた突きは杖を芯の金属ごと二つに割き、男たちを驚愕させる。

 格好つけてくるくると剣先を回したアマルは、気取ったポーズで剣を構え直した。


「ふっふん、遅い遅い! ロザリーに比べると亀さんみたいなもんだね!」

「つ……つええぇぇぇーーーー!! なんだこの女の子メッチャ強ぇじゃん!!」


 後ろの男が色めき立つほどには鮮やかな手際だった。

 アマルは多数の敵がいると気づいた時、一度に戦うのは面倒くさいから逃げながら戦えば一人ずつ倒せるのでは、と考えた。彼女的には単なる思い付きだが、多対一の戦闘ではきわめて合理的な思考である。


 ここでアマルの普通ではなかったところを敢えて挙げるなら、アマルの突きの精度、威力、そしてそれを磨くための練習相手だ。

 彼女の訓練相手は剣の天才であるロザリンド。しかもそのロザリンドの指導によって彼女の六の型・紅雀とその運用方法はかなり煮詰められており、加えて当人の氣の習得だ。


 普通の人間なら杖相手に刺突のみで迎撃するなど無理があるが、突きに特化した鍛え方をしたアマルであれば余裕というか、むしろそれしか手段がない。嘗て教官に無能と判定された少女は、いつの間にか一芸に特化した一端の剣士としてスタイルを完成させていた。

 縦に割かれて使い物にならなくなった杖を見て、男たちの顔が青ざめる。


「そ、そういえば王国の騎士は一人一人が異常な実力の持ち主だって聞いたことが……嘘だろ、こんなガキまでこうも強いのか……!?」

「前の絢爛武闘大会でも王国騎士が散々大会荒らし回って、優勝も王国騎士だったって話だな……」

「しかもコイツ、この人数相手に物怖じどころか笑ってやがる……! こんな曲芸染みたやり方で武器を破壊して遊んでやがるんだ……!!」


 男たちの中で、目の前で剣を構える少女の威圧感が膨れ上がっていく。

 実際には笑っているのは単にアマルが煽てられて調子に乗っているからであり、威圧感は彼女が特に何も考えず氣を放っているから。そして武器が曲芸で破壊されたのは、それがアマルの極芸きわめたげいであるからに過ぎない。

 アマルはそんな彼らの事情が呑み込めず、首をかしげる。 


「?」


 その首の動きと表情に、男たちは一斉に恐怖を覚えた。

 彼女のそれは、まるで来ないならこちらから攻めるという意思表示に見える。分が悪いと判断した男たちの決断は早かった。


「グ……くそったれ、撤退だ!!」


 勝手に怯え、勝手に勘違いした男たちは、苦渋に満ちた顔で杖を捨てて一斉に逃走する。ここに趨勢は完全に決した。長身の男は安堵からかへたり込み、両手を天に突き上げて歓喜の声を上げる。


「や……やったぁぁぁぁ!! よかった、マジどうなるかと思った!! ありがとう騎士さん!! このお礼は絶対する! いや、します!!」

「え? ホント?」

「そりゃもう俺に出来ることでしたら!!」


 弾ける笑みでアマルの差し出した手を取る男。

 その男の顔を見て、アマルは思った。

 あ、この人イケメンだから付き合いたい、と。


「じゃあ私と男女のお付き合いしてくれません!?」

「ひょえッ!?」


 脊髄反射レベルで決められたお礼の内容に、イケメンはイケメンらしからぬ素っ頓狂な悲鳴を上げた。




 = =




 時は戻り、現在。

 二人の馴れ初めを聞いたヴァルナは、自分の想像を絶する話に思わず聞き入ってしまっていた。エリムスはアマルの若干主観的過ぎる話にちょこちょこ注釈しながらも、もじもじしている。


「や、俺ショージキ女子とお付き合いってしたことないし、地元だと根暗とか言われて告白されるの初めてでキョドっちゃって。マジそれ言うの恥ずかしいんすけど、アマルちゃん話してみたらスゲー明るくて可愛いなってなっちゃって。んでお付き合いさせていただいてるっす、ハイ」

「エリムスって顔は高く留まったイケメン感あるけど、喋ってみたら全然接しやすくって! 頭もいいし気遣いも出来るハイスペックでラブリーな彼氏なんだよっ!」

「ああ、うん。幸せそうで何よりだね」


 ちなみにアマルは碌に気にしていないようだが、エリムスの注釈によると彼は一応ながら王位継承権を持った血筋。すなわち他国の王子様である。なんで最初の揉め事の際の会話で気付かねーんだよとも思うが、アマルならまぁ仕方ないか。王子の方も気にしてないみたいだし。


「いや、俺っていわゆる妾の子って奴なんすよ。継承権めっちゃ低くて、最近まで親父が国王とか知らんかったし。しかも寒国ってちょっと国王が妾作り過ぎて継承権問題ですっげー一族仲悪くて……俺思ったんすよ。『こんなところに居られるか! 俺は国外逃亡する!』って!」

「失敗しなくてよかったな本当に」


 何故かそのセリフは果てしない失敗の予感を匂わせるものだが、最終的にエリムスは護衛の男三人と共に王国への亡命に成功したようだ。ちなみにアマル曰く護衛達もかなり顔立ちが良かったらしい。


「……ちなみに、なんでそのイケメンな顔をフェイスベールで半分隠してるんだ?」

「あっ、すんません身バレ防止ってことでつけるの癖になっちゃってて……だって俺、詩人ポエットなんすよ? バレたらハズイじゃんか!」

詩人ポエマー?」

「あー出た、ポエットとポエマーの違いが分からない人……だから名乗るのハズイんすよ。うっかり同級生にバレてポエマーポエマーって馬鹿にされて学校を泣く泣く転校した俺の気持ちが分かりますか!!」


 さっきまで気弱そうだったエリムスの目がクワッと見開かれる。

 どうにも逆鱗に触れたようなので謝っておいた。

 彼はかなりデリケートな精神の持ち主のようだ。


 曰く――少なくとも彼の母国ではポエマーは詩に無理解な人間がつけた蔑称で、本職はポエットらしい。母国では根暗で父もおらず運動も出来なかったエリムスは周囲に内緒で詩人として詩集を作り、これがなかなかの売り上げだったそうだ。

 なお、ペンネームは「マリアローズ」。完全に女性の名であるが、これは女性のフリをすれば正体が男だとバレないと考えたからだそうだ。ただ、詩人マリアローズは俺が知らないだけで世界的にはなかなか名の知れた存在だとロザリンドは言う。


「マリアローズの詩は、飾り気ない言葉で若者が抱く身近な葛藤や苦悩、淡い想いを詠んでいます。それまでの古典的な詩と一線を画す点は、詩に込められた情念が想像の届く範囲にあり、なおかつ人が容易に口には出来ずとも心の奥底で抱く一種の普遍的な感情の表現に挑戦していることです」

「……そ、そうか」

「まぁ、読んでみれば分かると思います。というのも、近年の詩は古典が過ぎて若い人には小難しすぎると敬遠されていた中で、マリアローズの詩は非常に理解しやすいことから若者の人気を集めているのです。よろしかったらその、わたくしのものをお貸ししますが……?」

「ああ、いや、自分で買うよ」


 作者の真ん前で自分では買いません宣言もどうかと思った俺は、後で本屋ラジエーラに久々に立ち寄ることを決めた。

 なお、当のマリアローズことエリムスは、アマルに後ろから抱き着いてもじもじと恥ずかしがっている。


「うおぉぉぉぉ、女の子にこんな詳細に自分の詩を解説されるのって嬉しいけどめっちゃはずいぃぃぃぃ……!!」

「ほんとテレやさんだねーエリムスって。ま、私まだ読めてないけど」

「読まなくていい! アマルちゃんは読まなくていい! もし『よく分かんなかった!』とか言われたらショックで立ち直れない気がする! ああでも、アマルちゃんに言われるなら……いやダメだ! ダメっ!」

「え~どっちなの~?」

「マリアローズじゃなくてここにいるエリムスの方が俺ってことで一つ!」

「よく分かんないけどいいよー!」

「はぁぁ……この全然分かってないのにテキトーに返しちゃうアマルちゃんのポジティブさが、好き」


 つい最近成立したカップルとは思えないほどいちゃついている二人。 

 もしかしたらエリムスは詩人として真面目な分、私生活ではもっと開放的になりたいのかもしれない。もしくは当人の言う通り若者言葉全開の今のエリムスが素なのだろう。

 俺はふと、自分の悩みの参考になればと二人に質問してみた。


「いきなりで悪いんだけど、二人は結婚とか考えてんの?」


 この質問に、二人の反応は真っ二つだった。

 エリムスは目に見えて挙動不審になり、アマルは自然体のままだ。


「えっ、ちょっ、い、いきなりそれは早すぎというかストレートすぎというか……!!」

「私はショージキまだそこまで考えてないでーす! もちろん夫婦になれたら嬉しいけど、まだ私たちが本当に相性いいか分かんないですし?」

「え……ああ、そうそうそれそれ! 結婚するならもっと互いの事知ってからだよねーそうだよねー!!」


 片や明らかにそこまで真面目に考えていなかった男、片や真面目でないようで物凄く真っ当な結婚観を語る女。ロザリンドは意外そうにアマルの方を見た。


「貴方、意外とリアリストでしたのね。てっきり頭がお花畑で来週結婚式強行するとか言い出すのかと」

「そこまで急いでませんーっ! 恋愛は幾らでもいいけど結婚は別! 私、家族を養っていかなきゃなんないんだもんっ!!」

「実家の家族か。これまた至極真っ当な言い分が出たな」


 アマルの家は貧乏かつ大家族だ。一家で最も収入が太いアマルなしに生活は成り立たない。当然、結婚しても家族と金の問題は付いて回る。アマルにとって付き合うまではロマンティシズム、結婚になるとリアリズムが反映されるらしい。


「でもまぁ、亡命したとはいえ王子なんだろ? 王国でも詩は書けるし、なんとかなるんじゃないか?」

「うーん、お金は正直護衛のみんなに任せてるんすけど、国から補助とかは出てる感じですわ」


 かなり護衛たちを信頼しているのか、その点に関してエリムスの精神に動揺は見られない。今までその辺の事情を確認していなかったらしいアマルはウンウンと頷く。


「そっかぁ。でもまぁ……前のカレシでも私は運命の人だと思ったわけで、それが髪切っただけで別れ切り出されるような男だった訳ですよ。エリムスはスッゴイ魅力的な人だけど、その辺の相性は未知数な訳でして」

「確かに……結婚してから受け入れられない部分が見えても困るか」


 何故か脳裏にヴェンデル侯爵夫人の顔が脳裏にちらつく。

 旦那を嫌うあまり旦那を負かせた騎士の追っかけとなって熱狂する夫人。

 あれはあれで人生楽しんでる気もするが、今は捨て置こう。

 俺が納得する一方で、ロザリンドはある意味アマル以上にドライな反応を見せた。


「上手く行かないなら家庭内別居すればよろしいのではなくて? そうした家もありましてよ」

「えー、そんなの愛がないじゃん!」

「無くてもいいでしょう。わたくしが結婚相手に求めるのはバウベルグ家と繋がるに相応しい何かを持っていることと、わたくしの趣味嗜好に口を出さないことの二つです。一族として最低限の義理さえ果たせば、後は好きにさせていただきたいですわ」

「うわー冷たい。超冷たい。鉄と氷の女ロザリーだ」

「黙らっしゃい。わたくしはヴァルナ先輩と共に果てしなき剣の道を歩むと決めているのですから、己よりヴァルナ先輩を優先することを許せる心がない男は夫として不適格ですわ!」

(え、何それ怖い)


 しれっと恐ろしく重く歪んだ愛が見えた気がしたが気のせいか。

 聞こえなかったふりをしたかったが、アマルがそんな空気を無視して堂々と掘り返す。


「んじゃ、センパイと結婚すればいいじゃん」

「まさかそんなっ、わたくしがヴァルナ先輩の伴侶だなんて烏滸がましいですわ!! ……しかし、うぅん……あまりにも先輩に相応しくない存在が先輩と結婚せざるを得ない状況になったら、その時は不肖の身ですが……!!」

「やめて。いや本当にやめて。そうならないように相手選ぶから、もっと自分の人生を大切にしてくれ」


 少し照れながらも覚悟を決めた瞳をするロザリンドを抑える。

 期せずしていろんな結婚観を知ることが出来たが、また一つ目を反らしたい事実が浮上した俺であった。なお、彼女の基準からすると少なくともシアリーズとマモリはセーフだと思うのでお願いだからその覚悟は永眠させてくれ。


 なお、エリムスはというと、俺がちゃんと自己紹介してなかったせいでロザリンドの言葉で初めて俺が騎士ヴァルナであることを認識したらしく、すごくサインを迫られた。


「もうマジ寒国にとって王国ってめっちゃリスペクトな国家で、ヴァルナさんの噂も二年前から回ってたくらいで!! やっべ、テンションが上がりすぎる!! 俺のイマジネーションが嘗てないほど高まってるぜぇぇぇぇッ!!」

「お、おう」


 サインを受け取ると同時に懐からノートとペンを取り出してベンチをデスク代わりに凄まじい勢いで作詩を開始したエリムスの背中に、俺は元流浪のミュージシャンことメラリンさんと同じ気配を感じた気がした。

 もう知り合いかもしれんけど、今度イクシオン王子に紹介してみようかこの人。ミルキー☆ウェイの為に新曲の作詞してくれるかもしれん。

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