第315話 今こそ断たれる因縁です

 若かりし日のンジャは、あるとき海外の要人である家族の護衛任務を受けた。当時名を挙げていたンジャを、金に物を言わせて選んだ要人たちはしかし、深い見識と知識欲を持つ者達だった。


 不愛想だったンジャにもよく話しかけ、ディジャーヤのことについてもよく質問してきた。ンジャが護衛として最低限の礼儀とばかりに質問に答えると、感謝の念を込めて母国の事を語ってくれた。少し鬱陶しくも思ったが、権力者であるにも拘らず何より礼節を重んじる態度はンジャも好感を抱いていた。


 要人は夫婦で、赤子を連れていた。

 きっとンジャに高い金を払って護衛をして貰ったのは、その子の為なのだろうと察することが出来た。


『色々事情もあってね。万が一のことがあったら、この子は君に頼みたいな』

『そうね、お願いしようかしら? この子を必ず王国へ帰して頂戴ね?』


 二人が冗談交じりにそんなことを言う度、ンジャは「自分の子は自分で守れ」と呆れ顔で返しながら、依頼の限りにこの家族を守る決意を固めた。

 大袈裟な護衛は続いたが、危うい場面はなかった。

 

 護衛最終日、馬車での移動。

 ンジャが己の未熟を一生後悔することになる日。


 行き先の道が天候不順でぬかるんでおり、馬車の車輪の具合がおかしいと馬車を止めた際、ンジャは物音を聞いた。

 普段なら様子を伺いつつも一旦保留にするような些細な物音だったが、このときンジャは護衛対象に少しばかり入れ込み過ぎていた。仲間の護衛も馬車を守っていたため、念を押してと物音の正体を確かめるために一旦偵察に出た。


 今ならばわかる。

 あれは、護衛の中で最も厄介なンジャを遠ざける為の策略だったのだと。


 馬車の方から馬のけたたましい悲鳴と木材がへし折れる音が響いたのは、それからすぐのことだった。ンジャは全速力で護衛の下に駆け戻り、そして自らの失態を悟った。


 正確な大きさは覚えていないが、それは大きな魔物だった。

 図抜けて巨大ではないが、見覚えのないシルエットと自らの動揺した精神がそれを大きく見せたのだろう。『それ』は護衛全員を口にすることも憚られる悲惨な形で殺害し、馬車の側面を壊し、家族のうち父親の腹を握力で潰した所だった。


 ンジャは死に物狂いで駆け出して魔物と戦った。

 魔物は狡猾で残忍だったが、抜きんでて強くはなかった。魔物も棍棒を手に抵抗したが、ンジャの刃はすぐに魔物の身体を切り裂き、腹に十字の切り傷をつける。敵に傷を負わせ、その傷に致命的な一撃を叩き込む――ンジャの必殺の戦法だった。


 だが、魔物は自らに勝ち目がないことを悟るや否や、馬車を道から突き落とした。道の脇が崖だったのだ。ンジャはこの瞬間、馬車の中にまだいるであろうもう一人――奥方とその赤子の顔が脳裏を過った。

 ンジャは魔物を殺すことを諦めて、馬車を追った。


 何度も大きく跳ねながら崖を転げ落ちる馬車に追い付いたンジャは、ディジャーヤ伝統の編み方をした縄を木に引っかけて利用し、落下しきる前に停止させてみせた。目撃者がいれば「神業」と呼んだであろう動きで。


 馬車の中にいる奥方は既に血塗れで、馬車の破片が胸を貫いていた。一目で手遅れだと理解できた。しかし奥方は死に瀕しながら、赤子の身だけは守り切っていた。


『ここまでは……守れまし、た……でも、あとは……』

『王国に連れていけばいいのだろう!! 必ずそうする……必ずッ!!』

『あ……よか……た……』


 奥方はそのまま息絶えた。

 ンジャの手には、腹を空かせて泣き叫ぶ物心つかない赤子だけが遺された。


 ンジャは傭兵を引退して赤子を育て王国に戻す作戦を練る傍ら、を探した。

 それほど間を置かず、その正体が『狩り獣のダッバート』と呼ばれるネームドであることは判明した。それが当時ンジャたちの通った道を狩場にしていたことも、その道にダッバートが出ると知っていて、その道を選ぶよう誘導していた外交官の存在も、その時に知った。


 外交官には然るべき報いを受けさせた。

 あらゆる障害も排除した。

 そしてンジャは『狩り獣のダッバート』の行動を、その犠牲者の有様を、犯行現場を徹底的に調べ上げた。ダッバートを恨むすべての人がンジャに惜しみなく協力した。ンジャはディジャーヤの戦士の誇りに懸けて、ダッバートを徹底的に追い詰めた。


 ンジャはダッバートの作戦の裏を掻き、戦略を瓦解させ、時に粘り、時に耐え、注げる全ての能力を使ってダッバートを追い詰めた。この獣を殺さない限りあの夫婦の魂に安らぎはないと思ったし、残された赤子――セネガがいつかダッバートと出会うという根拠のない運命的な予感がンジャにはあった。


 セネガのこれから歩む人生に、ダッバートは必要ない。


 仇討ちの心。

 託されし犠牲者たちの無念。

 獲物を逃がした屈辱。

 セネガに抱いた情。


 あらゆる因子と感情が混ざり合い、ンジャは己の二つ名――『蛇咬』の名に相応しい業を叩き込んだ。


 初めて遭遇したあの日に刻んだ十字の傷と全く同じ場所に十字の傷を刻み、毒のナイフを傷に向けて叩き込んだ。ダッバートに初めて死の恐怖を刻み込んだその一撃は、しかし、即死させるまでには至らなかった。

 ンジャは最後の最後で窮鼠の反撃を受け、自らも生死の境を彷徨った。


 身体など、とうの昔に戦士としての限界だ。

 それでも寿命を削る想いで今まで耐えてきた。


 環境を用意してくれたあの化け狸のルガーには、感謝している。

 宗国由来の漢方で今まで保たせてくれたタマエにも感謝しかない。

 フィーレスには健康診断の度に険しい顔をさせ、申し訳なく思った。

 そして――。


「全ての清算をしよう」


 ダッバートの腹の傷は開きかけている。

 一度刻み、二度目は毒まで用いて致命寸前まで刻んだ、それはいわば魂の傷だ。包囲網で疲労し、無理に包囲網を突破したことで余分に受けた攻撃もあってダッバートは肉体的、精神的に追い詰められた。


 全てはンジャの描いた作戦。


 ナーガにダッバートを落とすために特定の遺跡の床を脆く作り替えてもらい、包囲網と逃走の可能性などを説いて状況を整え、ダッバートの逃走する場所さえ現場レベルの指揮で調整して貰った。

 長らくオークの無意識を誘導してきた外対騎士団でなければ、確実にこの道にダッバートを追い込むことは出来なかっただろう。こんな非常時の中でも驚く程正確に遺跡のマッピングを済ませていなければ、待ち伏せは難しかっただろう。

 もしも、ナーガがいなければ……もしもファミリヤがいなければ……。

 もしも――もしも――積み重なる全ての幸運はンジャの背を押した。


 神はやはり、あの獣を赦さないのだと確信する。


 どんな絡繰りで魔法の力を得たのだとしても、誰の紡ぐ糸によってここに根城を作ったのだとしても、ダッバートは死ぬのだ。今日、ここで死ぬのだ。


 ンジャが駆ける。己の潜在能力全てを引き摺り出し、今だけは失った過去に匹敵する力を漲らせる。


 ダッバートは己の傷口を右手で腕で塞いだ。

 幾ら獣でも、いや、獣だからこそ、そこだけは絶対に晒してはならないという経験則がそうさせたのだろう。しかしそれは悪手だ。ンジャはヴァルナが砂を用いてやっていた『砂遁』を放って砂の壁を作り、通路に設置してあったカンテラを蹴り飛ばす。


 視界を覆った砂から真っ先に突き抜けて来たカンテラを、ダッバートは反射的に左手で叩き潰す。その刹那、ンジャは低空で砂に紛れてダッバートの右を駆け抜け、背後を取る。


 しかし、ダッバートもそれには気付く。

 即座に足元の砂を魔法でンジャに向けて発射し、接近を許さず振り返る。

 しかし、そこには既にンジャはいなかった。


『――!?』


 視界から失せたンジャの気配を探る――ことをダッバートはしない。

 気配を探れば動きが止まる。その一瞬に今度は背中の傷を抉られるかもしれない。故にダッバートは予測する。振り向いた時にはそこにおらず、そして場所的にそこは部屋に逃げ込むには遠すぎる場所。すなわち――ンジャはダッバートの身体の回転に合わせて横か後ろに回り込んでいる。


『ジャアアアアッ!!』


 ダッバートはコンパスで円を画くように片足を軸にし、もう片足にて周囲を薙ぎ払う。足が壁にもぶつかったが、魔法で強引に脆くして引っ掛かりのないよう抉り取った。床の破片が弾丸のような速度で周囲に飛び散り、空間が一瞬で制圧される。


 とん、と、ダッバートの肩の上に何かが乗った。

 ダッバートの読みは外れ、ンジャは跳躍していた。


『ブッガァァァァッ!!』


 身をよじってそれを跳ねのけようとすると、一瞬早くそれは逃げ出し、ダッバートの前に姿を現す。直後、ちゃり、と自分の首元が音を立てる。


 対ロックガイに用意した回転錠がダッバートの首に巻き付き、その先端をンジャが握っていた。

 だから何だ、とダッバートは憤りを以てンジャの手まで繋がる丈夫なワイヤーを即座に引き抜いた。こんなものがあったところで、ダッバートの重量と硬度があればナーガが何匹掛かりで引こうが首が締まる前に敵を打倒出来る。いっそンジャを引き寄せて確実に空中ではたき落としてくれる。


 しかし、予想に反してンジャはダッバートがワイヤーを引いた瞬間に手を放す。結果、引き寄せられたワイヤーは全く別のものを引き寄せる。それは、ンジャが早業で結び付けていた視界確保用のカンテラであった。

 ダッバートの力任せの引き寄せで、当人の顔面に向けて迫るカンテラ。

 そのカンテラの中には、導火線に火が灯った大量の爆竹が詰まっていた。


 瞬間、爆竹が一斉にダッバートの眼前で爆ぜる。


『ギャアッ!?』


 ナーガに一度目潰しを受けたダッバートは、ンジャに固執するあまり再び目を守ることを失念し、容赦ない閃光と爆竹の音で視覚と聴覚を失う。


 ――まずい、まずいまずいまずいまずいまずい。


 ダッバートの頭の中には、今この瞬間にンジャの手で自分が殺されるという確信めいた予感で埋め尽くされた。嘗てに比べて圧倒的に脆くなり、気配が弱まった筈のンジャに、三度目の刃を浴びせられる。


 生存しなければ、生存しなければ、生存しなければ。

 ダッバートはパニックになりかける中でも、その思考だけは決して停止させなかった。そしてダッバートは悟る。


 捨て身の人間に対抗するには、もっと捨て身にならなければいけない。


 ダッバートは、『防御に回していた魔力をすべて切り、代わりに自分の周囲にある全ての砂を魔力で前面に押し出した』。


 通路の幅全てを覆う砂の壁は、もう人間が突っ込んで突き破れるものではない。元々遺跡内部に降り積もる砂に加え、外で轟音を立てる砂嵐によって吹き込んだ砂も合わせた質量は、今度こそンジャに逃げ場を無くした。


 ――勝った!!


 放った砂がンジャを捕らえた感触があった。幾ら砂でも速度と質量を得れば、それにぶつかるのは岩に衝突するに等しい威力となる。運がよくとも骨の数本はへし折れる。


 ダッバートの心に多幸感が溢れた。

 彼は勢いのまま全ての防御力と引き換えに砂を更に押し出し、両手を突き出して魔力に勢いを持たせて前方に向けて押し出す。砂嵐の風圧をも上回る勢いで砂は遺跡の外に発射された。


 ンジャは、砂の中だ。

 囮の人形や岩なのではない、確かに気配があった。

 砂嵐の中で発射した砂の中に褐色の肌が見えた。

 この手で殺せないのは心残りではあるが、砂嵐の風圧は人間に立つことさえ許さない。ンジャが過酷な砂漠でこれ以上生き延びる方法はない。


 これで、今度こそ心置きなく。


「――死になさいッ!!」


 突如としてダッバートの近くの壁が崩れ落ち、そこからセネガが躍り出た。


 その手に、ダッバートを致命に至らしめた刃とよく似た剣を握りしめて。




 ◇ ◆




 セネガの耳に、ンジャの言葉の一つ一つがこびりついている。


『我は敗北するだろう。彼奴が己を守る限りは負けぬが、彼奴は決断し、守りを捨てて魔法に頼る。それが最も確実に我を捉える方法だからだ。故に彼奴はその瞬間、必ず無防備に身を晒す。そして慢心する。狩人とは敵を狩る瞬間が最も無防備なものだ』


 包囲作戦の段取りを整えたンジャは、セネガを包囲網から離れた場所に引き寄せ、話を切り出していた。


 包囲網にて誘導した先でンジャがダッバートと一騎打ちをすること。

 ダッバートは因縁の相手で、何を犠牲にしても逃がす訳にはいかないこと。

 今まで散々ンジャを揶揄っていたセネガが口を挟めないほど、ンジャは重く硬い覚悟を決めていた。


『セネガ。お前を戦わせたくはなかったが――お前にしかこれは託せぬ』

『何を――』

『ダッバートには腹に古傷がある。その傷の中心をこの剣で貫け』


 それはディジャーヤ伝統の短剣だった。

 唯一つ、短剣の刃の中心に妙に深い溝があることだけが違った。

 セネガはその溝に、肉眼で見えるほどの粘性ある何かが塗られていることに気付く。


『毒剣……』

『致死率を遥かに超える猛毒だ。扱いには細心の注意を払え』

『……初めてですね。貴方が剣を私に持たせるのは。子供の頃は絶対に触らせなかった癖に』

『それが不満で、記憶を頼りにディジャーヤの剣と同じものをオーダーメイドして隠し持っているであろう』

『……ふん』


 図星だった。

 隠れ里に居た頃、ンジャは幾らセネガが望んでも戦闘技術は決して継がせようとしなかった。不満を募らせたセネガは戦闘訓練を受けている隠れ里の子どもの姿を盗み見て体を動かしたものである。おかげで王国騎士になる際に剣技には大して困らなかった。


 特に刺突の腕は騎士団内でも上位であるとセネガは自負している。

 ディジャーヤの戦士の基本、致命の刺突である。


『セネガ、戦士として我はお前の実力を認める。今のお前ならば、一瞬でも全盛期の我に追い付ける』

『そうやって煽てて……自分は死ぬ気なんでしょう!? 最後だけ調子のいいことを言って、自分だけ勝手に満足して……!!』


 ンジャは何事もないかのように己は敗北すると言った。

 危険度の高い魔物と戦って敗北するのは、死と同意義である。

 セネガは、こんな時にこんな形でンジャに認められたかったのではない。

 セネガは――。


『私は、娘として貴方に認められたかった!! 遺言ついでみたいにこんな形で託されたくなかったッ!!』

『セネ――』

『知ってますよ!! ダッバートは私の両親の仇なんでしょ!? だから固執するんでしょ!? でも考えたことあるの……? 親を二度失う子供の気持ち、貴方は考えたことがあるんですかぁッ!?』


 堪え切れない涙と共に、セネガは叫ぶ。

 今のは嘘だ。最初の親など覚えていない。

 一人しか知らない親の為に、本物の両親をだしにした。

 誰かに言われるまでもなく、知っている。

 セネガは本当は、素直になれず父親離れできない大きな子供なのだと。


『まだ教えてもらってないことが山ほどあります!! 言いたいこと、言われたいこと、幾らでもッ!!』

『生きて帰ったら、聞かせてやる』

『嘘つきっ!! 貴方は大嘘つきですッ!! 同じことを言ってふらっと出ていった貴方は、その日にダッバートに挑んで死にかけたじゃないッ!!』

『だが生きて帰った』

『結果論でしょうッ!!』

『セネガ』


 ンジャの手が伸び、セネガの頭を優しく撫でる。

 隠れ里でセネガが子供らしい不満を爆発させたとき、いつもそうしてくれた手。あの頃よりも細くなってしまった手で。


『これは、お前にしか頼れないことなのだ。ディジャーヤの戦士の戦いを知り、信頼できるお前にしか出来ない。命懸けの戦いだ。お前が命を懸けるなら、我も命を懸ける。絶対に生きることを諦めはしない。頼むセネガよ――我に、過去を清算させてくれ』


 セネガは知っている。

 こうなったらンジャは決して道を譲りはしない。不器用なこの男はどこまでも愚直に、どこまでも本気で、そして有言実行する。セネガの我儘を聞いてくれたことなど、一度しかない。


『生きて帰らないなら、清算したことにならないから……!』

『肝に銘じる。終わったならば、話をしよう。幾らでも付き合う』


 分かっていても、セネガには託された刃を捨てることが出来なかった。


 それから、ンジャはナーガに頼んで本来は存在しない小さな部屋を魔法で無理やり作ってもらい、その入り口を遺跡の壁そのものにしか見えないよう偽装した。セネガはその中で、外の様子を把握するために補助役を務める兵士ナーガのサマリカと共にひたすらに待った。


 そして、その時はやってきた。

 自分の歯が砕けそうなほどに歯を食いしばり、短剣の柄を握り潰したいほど力を込めて堪え、堪え、堪え切った果てに、セネガは剣を振るう。


 ディジャーヤの走法に加えてヴァルナが使っていた王国攻性抜剣術裏伝も取り入れ、加速する。両腕を振り上げた態勢のダッバートはそれを躱すことが出来ない。


「父、母、数えきれない犠牲者たちの無念、私が引き継ぎますッ!!」


 護身の為とンジャに無理やり教えてもらった父の業。

 しなやかなる手は蛇の如く。

 煌めく刃は牙の如く。

 滴る毒は一撃必殺。


 それが、砂漠の民の必殺。


 ――しかし、必殺とは目撃者を生かさぬからこその必殺。


 そして目の前の怪物は、その必殺を一度浴びた者。


『ブギャアアアアアアッ!!』

「――ッ!!」


 ダッバートは、その場で背後に向けて跳躍した。

 反撃ではなく、逃避。

 余りにも動きがンジャに近かったために、ダッバートは嘗てのトラウマを想起し、刃を絶対に受けてはならないと判断した。その本能が必殺を否定し、命を賭した二人の親子の全力を嘲笑った。


 そう、本能。


 本能とは、状況Aに対してBの反応を取る。

 それは反射に近く、思考が絡まない性質のもの。

 故に。


 ダッバートは


 何故ならば、彼の背後には既にもう一人の死神がいたのだから。


「討伐対象、再確認」


 魔物に死を告げるその騎士の名は、ヴァルナ。

 疾走しながら壁を駆けて虚空を舞ったヴァルナは、銀色に輝く愛剣を振りかぶり、ダッバートの跳躍に完璧にタイミングを合わせて奥義を解き放つ。凝縮された氣を纏った剣が棚引くような光の帯を虚空に残す。


 罪に罰を。

 暴力に報いを。

 生き足掻く者に終焉を。


「三の型――飛燕・舞扇薙ぶせんなぎ


 刃は瞬く間に、まるで風を切ったようにするりとダッバートの首を通り過ぎた。ダッバートが己の首が取れたことを認識した瞬間に見えたのは――始末した筈のンジャが己の古傷を刃で抉る光景だった。


 ダッバートは、それがンジャではなく彼の娘によるものだと最後まで理解することなく、地獄への旅路へと堕ちていった。


 ――本能に従うは獣の争い。


 ――戦いとは、狩りとは、二手三手先を読むもの也。


 ヴァルナもセネガもンジャの作戦を最後まで全うしたが故の、完全な止めだった。

 

 ダッバートを貫いたセネガは、その首が飛んだとを確認するとすぐさま踵を返して遺跡の外を見た。先ほどンジャが外に飛ばされた方向だ。だが、踵を返した頃には既にヴァルナが全速力でその横を通り抜けていた。


「ンジャ先輩は俺が見つけて回収します!! セネガ先輩は嵐が収まるまで待機ッ!!」


 それを聞いて血相を変えたのはセネガではなく待機していたサマリカだ。


「お待ちくださいラージャ・ヴァルナ!! 今は砂嵐の真っ只中!! ナーガでさえこの風圧では方角を見失わないだけで精一杯――ああっ、もういない!?」


 ヴァルナは普通なら前に進むことすら困難な砂嵐の中に飛び込み――そして、何分経っても戻ってはこなかった。ンジャもまた、戻っては来なかった。セネガは我慢できずに何度も外に出ようとしては、無謀な行動を周囲に止められて歯噛みした。


「誰も彼も、どうして行ってしまうのですか!! 私を置いてぇぇぇッ!!」


 希望はまだあるのに――また、自分は指を咥えて待つしかない。

 二人の捜索を開始したのは、砂嵐が収まった翌日の朝からだった。

 客観的に見て――特にンジャの生存は、絶望的だった。

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