第309話 下手したら殺されます

 その日まで――ロックガイはおおよそ平和と呼べる日々を享受していたのだろう。


 流砂を使って楽に移動し、岩に擬態して手当たり次第に得物を食み、唯一危険と見做してきたナーガはへっぴり腰だから砂に潜って逃げるのが間に合う。最近になって人間が現れ、一匹が行方知れずになったが、ロックガイたちはそれほどの危機感を抱いてはいなかった。


 安定した食料、安心できるねぐら。

 地下に行けば水も飲み放題。

 彼らにとってこれ以上快適な暮らしはない。 


 たとえそれが、生態系全体で見れば節度を超えた暴飲暴食であったとしても。


 生態系とは長い年月をかけて調和がとれる反面、異物の侵入によって呆気なく調和が崩壊する脆さを併せ持っている。その先には多くの種の衰退と絶滅が待っており、時には生物を育む環境そのものを崩壊させてしまうこともある。


 大陸には、放牧に精を出し過ぎた結果、草一本生えない荒れ地が出来たという話もある。その荒れ地を作り出したのは人間であり、人間が持ち込んだ家畜という名の外来生物の仕業でもある。

 

 砂漠はそれ自体が既に環境破壊の進んだ状態とも言えるが、そんな砂漠の中にも生物は住み、ナーガは緑を育む術を発展させてきた。しかしこのままではロックガイは遠くない未来、砂漠を真の意味で死の大地に変え、そして次なる餌を求めて砂漠の外に出るだろう。


 これは、オークに次ぐ新たな王国の脅威である。

 岩に擬態するため発見が難しく、訓練された兵士でも刃を通せない。万一ロックガイが人間を狩りの対象として認識した場合……そしてロックガイが大繁殖した場合……その被害は計り知れないものになりかねない。


 この魔物達が一体どうやって砂漠に突然現れたのかは不明だ。

 しかし、王国全土を調べてもこれほど特異な存在は今の所砂漠以外で一切確認されていない。類似する目撃例等も存在しない。上は品種改良オークを王国に放った存在がやったことを疑っているが、それは上が気にすること。現場には現場の仕事がある。


 ロックガイを根絶やしにせよ。

 一匹たりとも外に逃がしてはならない。

 一切の慈悲を捨てよ。

 一切の油断を捨てよ。

 一切の恐怖を呑み込め。


 ここが最前線、民の安穏の要だ。

 王立外来危険種対策騎士団にとって、ここぞ命を賭する戦場だ。

 鬨の声も名声も栄誉もここには要らない。


「狩り尽くすぞ」


 明けない夜を、お前たちに捧げよう。




 ◇ ◆




 騎士団とナーガは静かに、しかし迅速に遺跡の出入り口を確認する。

 ロックガイは夜目が効かないらしく見張りの類は確認できない。

 俺とンジャ先輩、ピオニーが先行して砂中の気配を探るが、地中の待ち伏せも確認できない。俺達がハンドサインを送ると、投擲錠を持った騎士たちと槍を携えたナーガたちが左右から各出入り口の脇を固めた。


 ナーガの工芸技術で作った特殊なカンテラに火が灯る。

 騎士はそれを振りかぶり、一斉に出入口内部に放り込んだ。

 直後、隊長格を先陣に一気に戦士たちが遺跡に雪崩れ込んだ。


「突入!! 突入!! 行け行け行けぇ!!」

「カンテラは等間隔に設置しろ!! 出し惜しみはいらん!! 先が見えなかったらまずぶん投げて視界確保しろ!!」

「影に隠れた通路やくぼみ、大きな亀裂を見逃すな!! 進行しながらマッピングする!!」


 遺跡内部は真っ暗闇である為に予め用意したのがこのカンテラだ。

 外のフレームは正六面体で、内部の燃焼部分はどんなに乱雑に扱っても常に重力による修正で火が上に向くよう複雑な細工が施されている。構造も頑丈で、投げても壊れずしっかりと周囲を照らしてくれる。


 突入からわずか数分、部屋を発見した俺は後ろにハンドサインを送りつつカンテラを投げ込み一気に突入する。今回は打撃武器が有用であるためメイン武器はメイスだ。いつもの剣術のようには振り回せないが、先端でぶん殴ることだけを意識すればいいので考えることが少なくて済む。


 気配は三つ。既に音で気付いたか気配を絞って擬態に徹している。

 しかも万一の時の備えなのか、崩落した遺跡の破片の大きなものや砂の塊で似た大きさのものを目くらましに用意し、遮蔽物もある。本来なら全て壊して確実に対象を発見すべきだが、時間が惜しいので最低限の動きで行く。


 俺は真正面にあった岩に飛び乗り、その裏で擬態していたロックガイの頭蓋に垂直にメイスを振り下ろす。岩とは僅かに違う柔らかさを感じる手応えと共に、ボゴッ、と、声と呼ぶには不細工すぎる声と共にロックガイがよろめいた。


 続けて短く跳躍し、壁際にいたロックガイを横から殴打。

 このロックガイは体を丸めていたようで、殴られても悲鳴を上げずに耐えた。しかし俺が殴ったことで後から続く突入組に正体が割れる。追撃はせずにすぐさま部屋の反対方向に走った。岩に擬態した三匹目のロックガイに向けて、縦方向に半月を描くようにメイスを大きく振りかぶってたっぷりと遠心力を乗せる。


「アストラエのパクリだが――月砕槌ッ!!」


 腕のしなりを乗せて振り抜かれたメイスが岩に擬態し両手で頭を守っていたロックガイに直撃。頭蓋を粉砕する威力で放たれた重量級の一撃はロックガイの両腕をへし折った。


「ブガァァァァァァァッ!!」


 想像を絶する衝撃と痛みにロックガイは悶え苦しむ。

 アストラエ曰く「僕の考えたオリジナル棍棒術」の一つであるこの奥義を実戦で使うことになる日が来るとは思わなかったが、確かにこれは大した威力だ。当人曰く先端の重い打撃武器全般で使えるらしいが、大斧やメイスなどの重量級武器は流派と呼べるほど精細な動きが求められる武器ではないので、作ったあいつは間違いなく暇人である。


「あと任せたっ!!」


 部屋にいるロックガイの居所を全て暴いた俺は、トドメを刺さず制圧を後から続く騎士に任せる。


「あらよっと!!」


 躍り出てきたのは工作班でもそこそこベテランである騎士ディンゴ。工作班の中でも前線慣れしている方である彼の投擲した錠は最初に頭を殴打されてよろめくロックガイの上方に逸れ――ディンゴがワイヤーを手元で引いた瞬間に軌道が変わって見事に上腕付近を捕らえた。


「へっ、面白いなこれ! ヤヤテツェプ戦の槍投げより俺向きだぜっ!! そら、パス!!」


 ディンゴが後ろのナーガにワイヤーを託して避難すると、ナーガが全身を捻って一気にロックガイを引き寄せる。突然肩を凄まじい力で引かれたロックガイは床を擦りながら引き寄せられる。


 ナーガは引き寄せられる勢いを完璧に読み取り、全身を大きく捻って回転する。先端である硬い尾は特に鋭く空を切り、最高速度と威力が上乗せされる。そして間合いに入った瞬間、ナーガは一気にその破壊力を解き放った。


「シャラァァァァァッ!!」


 パカァンッ!! と軽快な音が鳴り、ロックガイの首が直角に折れ曲がる。

 確認するまでもなく完全に即死だった。


 擬態を続けていた別のロックガイもまたナーガの尻尾による痛烈な一撃を叩き込まれて態勢を崩し、騎士に錠で掴まれては手繰り寄せるナーガによって首を正確にへし折られていく。ナーガの筋力と蛇の下半身が生み出すリーチと破壊力は、メイスの一撃に勝る破壊力を生む。


 ギリギリまで反復練習を繰り返したロックガイ戦略が、そこにはしっかり反映されていた。鼻を鳴らしたナーガの一人が成功の興奮を押し殺して呟く。


「槍より断然強いではないか、我らの尾は。軽々しく振るわぬよう己を律さねばならんな」

「おうよ。俺等が間合いから離脱したかの確認は特に怠るなよ? ミスったらマジで半殺しにするか、場合によっちゃ呪い殺すからな。互いにあんまり恨みを買わないよう生きようぜ?」

「は、はい……」


 リラックスした様子でサラっとごんぶとな釘を刺すディンゴに、調子に乗りかけていたナーガの肩がビクっと撥ねた。騎士団は多少のミスは仕方ないと割り切るが、洒落にならないミスに情状酌量など与えない。普段どんなにふざけていても、やっていいことと許されないことの境はきっちりしているのだ。

 特にナーガの尾の一撃は容易く人体を粉砕するので、周囲を巻き添えにしないよう環境確認は死んでも怠らないよう厳しく指導してある。


 尾の攻撃はナーガの新たな、そして強力な武器だ。

 当然どう使うかはナーガ次第だが、人に向ければどうなるのかについては容赦なく厳しい言葉を交えている。情ある生き物なら誰しも持ちうる、恨みという厄介な感情――それは時に同胞へと伝播する。思想を強要はしないが、上手く使っていって欲しいものだ。


 ともかく、これで部屋の一つの制圧は完了だ。

 俺が一人で殺し回った場合、倒しきるまでに時間のロスが生まれる。半面、俺が暴いて後続が一体ずつ仕留めれば僅かだがロスが少なくなり、死体の整理もしやすい。ロックガイの気配を正確に読み取れる人間が少ない以上、この決して大きくはない回転率の差が後々響いてくる。


 俺は改めて気配を探ってロックガイ全滅を確認し、先に通路を確保している次の突入部隊の下に駆けた。


 同時進行で突入した部隊も次々にロックガイを始末していく。


「ノロマ過ぎてアクビが出るぜ、まぬけな魔物さんよ?」

「おお、やるじゃねえかウィリアム! 両手で別々のロックガイ確保かよ!!」

「下がれ騎士たち! 仕留めに行くぞ!!」


 あるときは鮮やかに、そしてあるときは苦戦しながら。


「待ってください……森の呼吸が教えてくれる。この部屋の奥の砂に二体隠れてます!! 掘り返すぞー!!」

「うわぁ、鍬で砂掘ってやがる……ていうかちょっと待てピオニー! 掘り返す砂と鍬が赤く染まってるぞ!? もしかして上から惨殺してない!?」

「ロックガイはイナゴの同類! 駆除っ、駆除っ、駆除ぉぉぉーーー!! ……ふう、殺しました。血は砂が勝手に固めてくれるので回収しやすくていいですねっ!」

(狂気から一転して急に笑顔になるの怖ぇ……)

(ていうか鍬で殺す絵面が猟奇的過ぎんだよなぁ)


 的確に、迅速に。


「この部屋にはおらぬ也。次に赴かん……」

「はぁっ、はぁっ、ンジャさん確認早すぎるだろ……カンテラで進路の確保まで並行でやってるぞ……」

「体力がないって本人言ってるけど、結果的に体力を一切無駄にしない動きするから俺等の方が先に疲れるという……」

「流石はンジャ。ぶっちゃけ我等ナーガより砂漠慣れしてる感あるぞ」


 騎士団とナーガの混成部隊は、初の共同戦線とは思えぬほど順調に事を運んでいた。

 唯一人、微かな警戒感を抱くンジャの心境を除いて。


(矢張り、微かだが警戒すべき気配……地下ではなく上階か? 動く気配は今の所ないが、急ぎ他の部隊と合流せねば)


 ヴァルナもピオニーも恐らく上の階からの気配には気付き、上階にもロックガイがいるという認識は持っているだろう。だが、ンジャだけはその気配に、嫌な胸騒ぎがしていた。戦士の第六感が警戒を発しているのだ――全霊を賭さねば死人が出ると。


 狩りの夜は未だ終わらず、狩りの結末もまた然り。

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