第308話 砂漠の夜です
遠征や作戦というのは準備の段階で成否がほぼ決まる、とは先輩方に口を酸っぱくして言われたものだ。
ナーガの協力がある以上は物資の運搬に問題はなく、遺跡の中は外の砂漠よりは快適であると思われる。それでも遺跡内部の構造は謎だし、ロックガイも何匹いるか分からない。
ただ、騎士団も殲滅まで手をこまねいていた訳ではなく、キャリバンがファミリヤを使って偵察した結果を報告してくれた。
「ファミリヤにしたトカゲたちを使って可能な限り遺跡の構造を調べた地図を用意したっす。残念ながらトカゲの知覚能力を人間の認識に落とすには限界があるので細かい部分はアテにしないでください」
「これだけでもあるとないのとじゃ大違いだ。にしても、意外と狭いな……」
報告にあった遺跡の外見に比べて大分こじんまりしている印象に、俺は最初縮尺を見誤ったかと思った。しかし、キャリバンはああ、と察したように頷く。
「それなんすけど……遺跡内部の結構な範囲が砂で埋まってるんすよ。きっと地下もあるんでしょうけど、判明してるのは入口より三層下に水が湧いてるところまでです」
「その遺跡を埋没させてる砂の中にロックガイが隠れる可能性はないのか?」
だとしたら砂のどこから襲撃があるか分かったものではなく、下手をすると発掘しながら殺さなければいけない。
しかし、幸いにしてこの懸念は杞憂に終わる。
「その可能性は極めて低いっす。トカゲたちによると遺跡を埋めている砂は結構硬めで固まってるらしくて、俺達が歩く砂漠の砂みたいにフカフカしてないらしいっすよ。ノノカさんとナーガ達にも確認したっすけど、固まった砂は大型サンドワームでもない限り強引に潜ることは出来ないとのことっす。逆を言えば、フカフカになってる場所には潜んでる可能性があるので気を付けてくださいっす」
また、この偵察でロックガイの意外な特性が判明した。
なんとこいつら、間合いに獲物が入った瞬間だけ俊敏に動くらしい。近づいたトカゲがこれで食われかけたという。考えてみれば待ち伏せや擬態を使う生物ならこの動きは当然だし、事実、動物の死骸が砂漠にあった以上は狩りをしているのは間違いない。手痛い反撃を受けないよう注意が必要だ。
相手は岩に擬態し、砂の近くなら砂に潜り、最悪の場合は襲ってくるとは気の抜けない相手だ。一か所一か所確実に虱潰しで殲滅するしかない。
いいニュースもある。ナーガ達は事前にロックガイを逃がさないよう砂の中を自在に動く為の術の開発と特訓を行っており、多少の深度なら強引に地上に引き摺りだせるようになっている。
これに加え、俺とンジャ先輩の氣による探知能力で敵を殲滅したか確実に確認することで討伐漏れを無くすことが可能だろう。最初は気配を押し殺していた連中の擬態に引っかかったが、今度は逃がさない。
更に、ロックガイは集団行動が基本らしく、活動時間は規則的であることが判明した。その生活サイクルを確認するに、どうやら夜は外出せず全ての個体が遺跡内で過ごすらしい。つまり、夜に合わせて包囲すれば漏れなく確実に全滅させられるということだ。
作戦決行は明日の夜。
それまでに基本をしっかり押さえる訓練をしなければいけない。
訓練場では投擲錠の訓練ということで仮想標的のナーガ相手に騎士たちが様々な投擲方法を試している。鞭の名手である第二部隊のウィリアムの手捌きなら相当な精度が出せたかもしれないが、いないのが少し残念だ。
「あいつはその手の動き得意そうだしなぁ」
「フッ……風が噂を運んできたぜ。俺の助けが必要かい?」
「ん?」
唐突に耳に届く、ここで聞こえる筈のない声。
無駄に気取ったその声の方に首を向けると、そこにテンガロンハットを人差し指でくいっと上げたウィリアムがいた。コロセウム・クルーズではその鮮やかな鞭捌きに感心させられたウィリアムだが、彼は外対騎士団第二部隊所属なのでここにいる筈がない。というわけで率直に聞いてみる。
「職務放棄は重罪だぞウィリアム。第二部隊まで走って戻れ」
「フッ……本気じゃないよね? 死ぬよ、普通に?」
「無論、事情にもよる」
「待ってくれ、これは正式な命令だから。決して気まぐれで来た訳じゃなくて辞令込みで聖天騎士団のワイバーンに乗せてもらったから」
口調は落ち着いているが既に彼が心掛けるハードボイルドが欠片も感じられない。ただ、これだけ言っているのだから本当なのだろうと思って彼が差し出した辞令の紙を見る。そこには第一部隊と第二部隊の人材を定期的に交換する仕組みのテストケースとして彼を送る旨が書かれていた。
「ナーガが先住民として認められたってのは現地についてから知ったんで流石に驚いたが……いや本当……大陸人から言わせたらイカレてんのか王国ってちょっと思ったが……ああうん、筆頭騎士もイカれてるからイカれてるんだろうな」
「いまから砂漠走るか?」
「ウップス、口は災いの元か……ともかく、事情は聞いてる。俺の投擲技術が火を噴くぜ!!」
キザったらしく投擲錠を見せつけるウィリアム。
確かに彼の腕前を考えれば、歓迎すべき援軍だ。
しかし、俺は知っている。
辞令の裏にこっそりと小さな字で「ウィリアム 姉襲来 一時避難」と書かれていることを。ウィリアムの姉であるアイリーンさんはかなりキツい度合いのブラコンであり、恐らく外対騎士団のスポンサーの一人となることで合法的にウィリアムに会いに来たのだろう。いたたまれなくなった部隊長の憐れみといったところか。
ついでにピオニーもこちらに来ているらしいが、見当たらない。
「ああ、ピオニーならナーガのリラクゼーションルームって所に搬送……もとい、そこに行ったぜ……男も時には弱い顔を見せたい日があるさ」
辞令の裏にこれまた小さな字で「ピオニー 重篤 要治療」と走り書きされているのを発見し、俺は全てを悟った。多分病だろう、心の方の。さっさと治して『森の呼吸』で手伝え。感知能力多分俺より上だろお前。
(姉から逃げた先には鬼がいた。後ろの騎士たち『ロックガイはオーク!』って叫びながらマネキンの首を錠で締めてるし、ナーガたちなんか尻尾ぶんぶん振って『脳挫傷!』とか『脊椎粉砕!』とか叫んでるし。ここは地獄か。おお神よ、世界よ、楽園は何処に消えた……?)
――その日、リラックス効果のあるお香を焚いているナーガのリラクゼーションルームでフィーレス先生に頭を撫でられるピオニーと、ついでに安らかすぎて天に昇っているのではないかと思えるほど熟睡するローニー副団長の姿が目撃されたという。
「私はみんなのフィーレス。貴方のフィーレスにはなれないわ。でも辛い現実に明日向き合う為に今泣きたいんなら、特別に膝くらいは貸してあげる。辛いなら泣きなさい。涙は明日を受け入れるために流すのよ……」
「ふぃーれす
「頭撫でてあげただけでもう寝ちゃった……これは相当な重症ね」
「ん……むにゃ……あれ、ここはどこでしょう。私は副団長でしょう。オークは殺さなければならないでしょう。休めばころせな……」
「こら、ローニーさん! 今の貴方は寝るのがお仕事!
「そうでしょうか? しかしマチとリベリーが私を呼んでる気がするんですが……」
「寝なさいって言ってるのよ。それともなぁに? 副団長さんともあろうものが私の診断を疑うんですか? さあ、目を閉じて深く息を吸い込むの……そう……無理に寝ようとする必要はないわ。眠い時に眠ればいいだけよ……」
「眠りたいときに……寝る……そう……ですね……妻にも……昔……聖靴、時代に……」
「うん……うん……」
普段は厳しめなのに、重病人相手には保母さんのように耳を擽る優しい声を出すフィーレス先生。どちらもフィーレス先生の持つ側面なのだろうが、この使い分けに翌日騎士団とナーガ双方から「寝かしつけて」と頼みが殺到し、甘えんなと蹴散らされたそうだ。フィーレス先生ちょっと目つき鋭いから意外とナーガにもモテてんだよなぁ。
みんな曰く、あのギャップで励まされてしまうと例え女性であってもバブみを抱くらしい。バブみって何だ。よく分からんが、そのよく分からない欲望の対象にされて疲れてそうなので、フィーレス先生の肩を揉んであげた。まぁまぁ凝ってますね。
「んー、悪くないけど七十点ってところね。精進なさい、弟弟子!」
「えぇ……まぁ、そのうち
「あら、そんな人いるの? 気になるわね……実力如何では王立魔法研究院附属医学校にスカウトでもしようかしら」
「就職先探してる途中だったと思うんで、まだ仕事見つかってないならありですね」
後に「なんでフィーレス先生にボディタッチ許されてるんだ」「あんなに気楽にフィーレスお姉さまに会話して貰えるなんておかしい」「何で他の料理班だって妹弟子の筈なのにヴァルナだけ弟弟子って可愛がられるんだ」と滅茶苦茶嫉妬混じりのクレームが来た。
そんな下心丸出しだから厳しくされるのでは? と言ってみたら、フィーレス先生相手に下心を持たずにいられるか! と開き直られた。そして厳しくされるのもいい! と熱弁された。そういうとこだと思う。
――同刻。王都、オーガスタ家。
「ふぇぇぇん、オルクスさまぁ~~~!! お皿を割り過ぎてまたクビになっちゃいましたぁぁぁ~~~!!」
「またか貴様!! もう飲食店は向いていないから別の職を探せ!!」
「でもぉ、他のおしごとはオルクスさまがやるなっておっしゃる夜のお仕事しかないんですぅ……」
「あ~~~~!! 分かった、おのれ分かった!! もう貴様を専属肩もみ師として臨時雇用してやるから泣くな鬱陶しい!!」
「お、オルクスさまぁ……! うち、真心こめて一生懸命オルクスさまのコリをほぐしますねっ! いつでもなんなりと! いえ今からとかどないでしょ!?」
「分かった、分かったから抱き着くな!! みだりに『それ』を当ててくるなァ!」
(オルクスお坊ちゃま、完全に篭絡されてませんかね……?)
(失恋の慰みだから口は出すなと旦那様は仰っていますが……)
(俺も揉んでもらいたい……そして揉ませてほしい)
(死ねば?)
最近のオーガスタ家の空気は、妙に緩いようだ。
なお、この日オーガスタ家から特大の生ごみが出たという噂があるが、真偽のほどは定かではない。多分死んではいない筈だからセーフ。
◇ ◆
翌日――日差しが砂の地平線に沈みゆき、夜が訪れる直前。
「ファミリヤより報告、全てのロックガイが遺跡内に入ったのを確認。このまま遺跡周辺の偵察を続けさせるっす」
「装備及び配置に問題がないか、各班長及び百人長は点呼を」
「カンテラ用意。フォーメーション最終確認」
「鞘に砂が詰まって抜けませんでしたなんて間抜けはこのまま走って里に帰らせるぞ」
「ワイバーンより報告。ワイバーンたちは風向きをしきりに気にしているとのこと。気候が急激に変化する前兆の可能性あり、存分に留意されたし」
「了解、ケースCを総員に伝達」
砂漠の昼は灼熱の熱さだが、夜は放射冷却により恐るべき寒さに移り替わる。
太陽の時間が終わり、月が空の支配者となり、月光が荒涼たる砂漠を照らす。
暗闇の中、砂丘の上に煌めくものがあった。
それは、数多の人の目。
数多のナーガの目。
ファミリヤとワイバーンの目。
ずらりと並ぶ眼光が、ただ一点に集中する。
月光を反射し、息を呑む程の冷酷さを湛えた戦士達は、今宵ただ一種の生物を根絶やしにする為に古の遺跡へと殺到する。カンテラを掲げ、武器を引き抜き、前線指揮官ヴァルナは静かに呟いた。
「時刻、フタマルマルマル。作戦決行。狩り尽くすぞ」
バノプス砂漠遺跡ロックガイ掃討作戦――『オペレーション・ナイトハント』、発動。
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