第307話 心を鬼にしています

 贈り物をした翌日、騎士団はナーガの代表たちと一緒に王宮から送られてきた書状と指令書を囲っていた。まだ誰も開いていないそれに、ナーガと騎士団の今後を決定づける文書が記されている。


 送付した資料に関わったラミィ、そんなラミィの肩に乗るくるるん、三賢長も当然いるが、さっきから建築長ドゥジャイナの尻尾が「もしこれで快い返事がなかったらぶつわよ」と言わんばかりにうねって俺を射程圏内に捉えている。


「ででで、ではなななな中身ををををを……」


 全員を代表してローニー副団長が封を切ろうとして、手が震えすぎて封筒が明後日の方向に飛び立った。いかん、長期滞在と重圧で副団長のメンタルは崩壊寸前だ。空を飛んだ書物はくるくると回転し、放物線を描いて落下を開始。偶然にも壁に凭れ掛かっていたンジャ先輩が目を瞑ったまま受け取った。氣の使い手かい。


「たとい氣と根本が同質であれど、ディジャーヤに伝わる秘術故、ディジャーヤの者でない相手に教えられぬ掟也」

「はぁ。まぁ、そのうち教えてあげてください」

「……読むぞ」


 誰に教えるのかという部分は言わなかったが、僅かな沈黙は心当たりを示していた気がする。例えば隣のセネガ先輩とか。ともあれ、仕込みナイフで封を切ったンジャ先輩は内容を読み上げる……直前にセネガ先輩が釘を刺す。


「簡潔かつ端的にお願いしますよ? 貴方の言葉アレンジとか一切求められてませんから」

「喧しい也」


 微笑ましい家族喧嘩と見るべきか、ギスっとした父子関係と見るべきか。

 なんとはなしに、父親って大変なんだなと思った。


「読むぞ。国王はナーガを先進的な技術を擁する隣人として、先住民族と正式にお認めになられた。印もある。ついては、これから外対騎士団と聖天騎士団による最低限の護衛の下に、有識者――つまり研究院の人間を含めた視察団を結成する為、その到着まで任務を続行する旨が記載されている」


 最初の認定が一枚目の書状で、細かい部分はナーガ宛て。後半はそれとは別に送付された騎士団宛ての勅命になる。そしてもう一枚の書状を取り出したンジャは、表情一つ変えずに内容に目を通した。


「……ロックガイの討伐方法については、よきにはからえと。すなわち、ナーガ側の同意があるならば我等の筋書きを止めはせぬと解釈できる也。ただし、ナーガとの今後の関係を鑑み、いたずらに遺跡を破壊することなかれ、と」


 逆を言えば、どうしてもロックガイ討伐に必要な被害には目を瞑るということ。これはカリナ古代遺跡群の任務より格段に取れる選択肢が増える有難いものだ。俺は思わず腕を振り上げて叫んだ。


「おっしゃあ!! ありがとうございます国王っ!!」

「よかった……よかった……本当に……」


 へなへなと崩れ落ちるローニー副団長を他の団員が支える。


「副団長、やりましたね! ……副団長? 副団長! ……し、死んでる……!」

「いや殺すなッ!! 失神してるだけだ! ……いや失神も十分ビックリだよ!?」

「可哀想にこんなに精神が摩耗して……治療室、いやナーガのリラクゼーションルームに運ぶぞ!!」


 騎士団組が盛り上がり、自分の目論見が嵌ったネメシアも「やったぁーっ!!」と飛び跳ねて叫んだ後、周囲に微笑ましいものを見る目を浴びせられて恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながら縮こまってしまった。


「素直に喜べよ、こんなときくらい」

「私は馬鹿な貴方と違って周りの目が気になるのよっ!! 部屋を出てからこっそりガッツポーズくらいにしたかったのに、貴方につられちゃったのっ!!」


 罵倒しつつ素直に本音を言い過ぎなネメシアに、更に周囲の視線が温かくなる。どうやら皆もネメシアの素直さに気付き始めたようだ。これなら俺がいなくとも騎士団内で孤立する心配はなさそうで一安心である。

 

 一方、ナーガ組の反応は様々だ。


 ニャーイは王国から送られてきた文章を国語辞典片手に慎重に読解し、サマーニーはこれからの戦いに思いを馳せて拳を握り、ドゥジャイナは尻尾で俺の脇腹をつつきながらも「まぁ遺跡の所有権が手に入るなら……」と根に持ちつつも一応納得はしてくれている。なお、尻尾つつきは擽ったいレベルを通り越してボディブロー寸前の威力なので全力でガードしている。やめて、ナーガの頑丈な身体とは違って俺たちは脆いんだよ。


「説得力がないぞ、ラージャ・ヴァルナ」

「左様だラージャ・ヴァルナ」

「恐らくドゥジャイナ様は遺跡を直に見る為に前線に出てくると思われるので護衛をお願いしてよろしいでしょうか、ラージャ・ヴァルナ!!」

「お前ら段々俺の扱いにこなれてきてない!?」


 かくして、騎士団はやっと謎の魔物――ロックガイの討伐に乗り出すこととなる。


 まず、取り掛かったのはロックガイをいかにして倒すか。

 これはノノカさんを中心に話し合いが行われた。


「ロックガイの岩のような皮膚を刺突や斬撃で破るのは効率が悪いとヴァルナくんに聞きましたので、ロックガイには別の対策で挑みます。その方法は……首を絞めて撲殺ですっ!!」


 弾ける笑顔で妙にリアリティのある殺害方法を提示するノノカさん。彼女に誓って言うが、これは唯の合理的判断であってノノカさんがサイコパスな訳ではない。なのでそこ、引き攣った顔しない。ベビオンが怒るぞ。


「貴様なんだその顔はァッ!! ノノカ様の決定に不満でもあるというのかぁ!?」

「いうのかー!!」

「いうのかー!!」


 ベビオンの真似をしてきゃっきゃとはしゃぐ子供ナーガたち。ナーガ相手にも全力の子供好きを発揮したベビオンは今やナーガの里の子守役であり、里の中限定とはいえ彼の近くには常に四、五人の子供ナーガがついてきている。親曰く、人間の言葉を覚えさせるための強かな作戦らしい。

 ナーガの里でも英才教育が始まっているというのか。どの世界にも教育ママはいるらしいが、今だけは教育に悪くないだろうか。


 閑話休題。

 駆除方法がこのようなバイオレンスな手段に絞られたのには当然理由がある。


「ロックガイは皮膚が極端に頑丈な生物なので打撃もトーゼン効果が薄いのですが、ノノカの調べによるとどうやらロックガイの骨格は比較的人間に近いようなのです。人間に近いという事は体全体における頭の割合が大きい……これは人間と同じく、頭が大きな弱点ということです」


 と、騎士の一人が手を挙げる。聖天騎士団の一人だ。


「はい質問。頭が弱点なのはどの生物も共通では?」

「確かに大体の生物は頭に脳がありますから、頭を破壊されたら死んでしまいます。しかし二足歩行の生物というのは体における頭の割合が大きく、構造上どうしても首が衝撃を緩和する機能も四足歩行の生物には劣ります。当然ながら脳のサイズが大きいと頭部に強い衝撃を受けた際に脳も損傷しやすくなります。つまり、頭が一番致命的なダメージを与えやすく、よしんばダメでも衝撃を受けきれない脊椎が損傷すれば結果オーライというわけです」


 生物学的に情け無用なことを平然とのたまうノノカさんに、彼女の愛らしさに騙されていた聖天騎士団の面々の口元が盛大に引き攣る。繰り返すが、ノノカさんは別にサイコパスではない。ただ仕事として求められた解を提示しているだけだ。


「な、成程……ところで、それなら首を絞める必要あります?」

「その辺に関しては戦闘の専門家に聞くのが一番! ということでヴァルナくんお願いしまーす」

「はいはーい」


 我ながら締まりのない返事だと思いながら皆の前に出る。


「まず前提から話すけど、ロックガイを効率的に殺害するには最低でもロザリンド級の剣の冴えか、アキナ班長級の怪力が必要だ。この時点で剣を使うのは無茶過ぎるので殴打を中心に考えなきゃならん」


 氣を纏った今のガーモン班長や置いてきたアマルなら可能かもしれないが、人数が足りないし出血で遺跡が余計に汚れる。


 逆に、人を平気で投げ飛ばすアキナ班長のハンマーによる撲殺なら、相手の皮膚の硬度のお陰でほぼ出血なしでの殺害が可能だ。そして幸運な事に、今、この騎士団の協力者にはアキナ班長に匹敵する怪力の持ち主がゴロゴロいる。


「人間でも殴打を繰り返せば殺せはするだろうが、時間かかるし確実性に欠ける。ならばナーガの戦士による殴打ならばより確実な効果が期待できる。これで人材の問題はクリアだな」


 ナーガたちが尻尾を振り上げたり力こぶを見せつけ、やる気をアピールする。共同訓練で彼らの力強さを間近で目撃した騎士団は、その頼もしさをよく知っている。


「が……もう一つの問題が発生する。それは、殴打で殺すというのはロックガイの頭がある程度無防備に晒されているという前提があって初めて成り立つということだ。そこで用意したのが……これだ」


 俺が部屋の隅から取り出したのは、ロックガイ捕獲の為に道具作成班がナーガと共同研究で開発した新道具、『投擲錠』だ。外見は丈夫そうなワイヤーの先端に吊るされた金属パーツが目に付く。この金属パーツは大型犬の首輪より一まわり大きな金属のリングになっており、特殊なギミックが仕込まれている。


 俺はそれを掴み、訓練所から持ち出した仮想敵のマネキンの首に軽くスナップを効かせて投げつけた。すると金属パーツはガチャリ、と音を立て、なんと首を完全にホールドしていた。


「この鉄の輪は主に二つの半円型金属で構成されていて、片側の半円は反対側の半円の間にある隙間を突き抜けて回転する錠のような仕組みになっている。そしてもし一周する前に二つの半円パーツの間に何かを挟み込んだ場合、ロックがかかって半ば自動的に相手を拘束する」


 アキナ班長曰く、このロック式はブッセくんの罠を見ていて思いついたものらしく、将来的には犯罪者を捕縛する際に面倒な縄や手枷でなくこのロック式が主流になるだろう、とのことだ。実際、鍵をかける手間なく拘束を完了するので手間いらずである。

 当人は金もうけのアイデアとして特許を取るつもりらしいが、製造の手間がかかるので人間サイズで実用化されるのは大分先のことな気がする。あの人の発想はちょっとばかし人類には早すぎるのだ。


「ちょいと使用感に癖はあるが、縄を首にかけるよりは現実的だし、首だけじゃなくロックガイの手足にも引っかけられるサイズにして貰った。開錠用の鍵もあるが、ロックガイ用のサイズとはいえヘマして味方の首に引っかけないようにな」


 遺跡内部は狭い通路があることも予想されるので、ぶん投げて投擲できるよう設計されている。オークにも使えないことはないのだが、見た目の割に意外と俊敏で怪力なオークにこれを使う必要があるシチュエーションは殆どないだろう。引っ張るのもナーガを想定してるしな。


「敏捷性に欠けるロックガイはこれに対応できない筈だ。ワイヤーも魔物の重量に耐えられる大陸製。投擲錠で相手の自由を奪った所でナーガが引っ張ってこちらの間合いに一気に引き摺り込み、頭部に確実な一撃を叩き込む。役割分担を考えれば小回りの利く騎士が錠をかけ、ナーガが引っ張るのが妥当だな」


 ナーガ頼りなので少々力押しだが、今回は早期決着が望ましいし、環境が特殊中の特殊だ。人間でも出来るように汎用性に富んだ策を、などと悠長には言っていられない。手錠に使っているワイヤーも、予算に物を言わせて普段は使えない高級品だ。

 こうしてロックガイの基本駆除方法が決定したのだが――。


「寄ってたかって縄で首を縛って引きずり回した挙句に撲殺って、何処の蛮族?」

「引くわぁ……」

「生態系に悪影響とはいえ、ロックガイ自体は臆病みたいだし……」

「はいはい、言いたいことは分かるけど外来危険種である以上は扱いはオークと一緒ですから。皆さん相手は特殊なオークだと思って遠慮なく撲殺してくださいよ?」

「成程、オークだと思えば殺意湧いてきた」

「言われてみれば人型だから実質オークだな」

「オークはこの世に存在する価値ないもんな」

(外対騎士団ってカルト宗教なのかなぁ)

(ニンゲン、コワイ……!)


 俺たちの鉄の団結力に聖天騎士団とナーガたちも慄いている。

 だがこれも守るべき国民の為に、敢えて心を鬼にして事に当たっているのである。俺達は民の安寧の為には血で手を汚さねばならない時もあるのだ。それはそれとして、本当に出血させたら遺跡が傷物になるので回収班に超絶怒られるものと思われる。


「貴方たち、平民とかそうじゃない以前に絶対何かがおかしいわ……頭? きっと頭ね?」


 ネメシアの素直なツッコミは、賑わしくなってきた会議場に静かに溶けて消えた。

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