第306話 その手に星を掴みます
カリナ古代遺跡群は王国の国土内にあるため、王国のものである。
では、この国の遺跡は全て国の有するものなのかと言えば、そうは言い切れない。
所有権は国にあるが、管理は別の自治体などに委託されているもの。
調査が終了し、特別な価値がなくなったもの。
そして、古来より先住民の生活の場となっているもの。
こうしたものは例外に当たる。
特に最後の一つは、時と場合によってはその民族にとって信仰などの特別な意味合いを持つことも少なくない。勝手に国の所有物にしようとすれば住民の反発は必至。故に、自治権を認められた土地に存在する歴史的建築物について、王国は条件付きで先住民の所有権を認めている。
では、今回の場合――ナーガを先住民とするなら、その自治権の及ぶ範囲とはどこからどこまでなのか?
「ネメシアさんッ!! いえ、
「ひぃっ!? な、何をしているのですかローニー副団長殿!? やめてください、目が怖いですっ!」
ローニー副団長はネメシアのアイデアを聞いた瞬間に跳躍して空中三回転ひねりの後に華麗に回転し、着地と同時に跪いてネメシアの手を取った。が、ネメシアが普通に嫌がったので名残惜しそうに放していた。充血した目のせいか言い逃れようもなく危ない人に見える。
「しかし大胆不敵なアイデアだな。遺跡の所有権をナーガのものにしてしまえ、とは……」
まだ遺跡内部には騎士団もナーガも入っていないから、遺跡の管理者は決定していない。ならば、先にナーガが遺跡に侵入して寝転がり「ここ今日からナーガの住処ね」と主張してしまえば、古代の重要文化財はナーガの管理場所に早変わりする。王国の先住民に寛容すぎる法律を逆手に取ったアイデアだ。
後はナーガが騎士団に「遺跡壊れてもいいから邪魔なロックガイ始末してよ」と頼んでくれれば前段階での殆どの問題がクリアになる。ただ、提案者のネメシアとしては乗り気とまではいかないようで、時折ため息を漏らしている。
「こんな法の抜け道を突くやり方、本来は犯罪者のすることよ。王が否と言えばご破算なんだからね!」
「少しいいかね」
ナーガの里の法律家、天秤長ニャーイが質問する。
「後から法律を捻じ曲げて前の法を無効にする可能性は?」
「ああ、それは大丈夫。王国では新法は法律が施行された時点から効力を持つんだ。つまり施行前に行われた行為は施行前の法律ルールで判断される。少なくとも今回の件で議会が今からルールを変えても間に合わないよ」
「成程な。確かに我らの里でも新たな掟が出来た場合、それ以前の行為が掟に背いていても酌量してきた。王国の法はそれを明文化しているということか……うーむ、一度きちんと学びたいのう」
天秤長ニャーイは王国法に興味があるようだ。
しかし、法律の問題はクリアできても前提の問題は解決しない。
正気に戻ったローニー副団長がその点を指摘する。
「全てはナーガが先住民として認定されるかどうかに懸かっています。王国民はなまじ魔物を知らないが故、魔物は全てが害悪と一面的に考えがちな節がありますからね。王を納得させ議会連中を唸らせるだけの文化性を示さなければ、例えヴァルナ君の意見があろうが先住民とは見做されない。下手すると大陸の例に倣って不干渉とするのかも……」
ナーガが不干渉の存在になれば、遺跡をナーガの先住権に収められなくなり、結局重要文化財に指定される可能性は高い。仮に今は調べられなくとも、将来的に調べることが出来るかもしれないとあらば、勝手に侵入するわけにもいかなくなる。
騎士団とナーガの長達全員で知恵を出しあう。
研究院の人も参加しており、ノノカさんもアイデアを出す。
「王国の言語や文字を既にマスターしていることを文書でアピールするっていうのは?」
「どうでしょう。外対騎士団の入れ知恵だと難癖がつくかも……」
「むー……ラミィちゃんのレポートを送るのはどうでしょう?」
「悪くはないと思いますが、内容が長かったり研究者向けだと理解がはかどりませんし、庶民的過ぎるとそれはそれで庶民感覚に欠ける人物の多い議会や王宮では理解が及びにくくなります。決め手に欠けますね」
「ぬぬぬ……文化政治は畑の外なのであんまり力になれそうにないですね」
唸るノノカさんも可愛らしいが、確かにノノカさんはそういう政治的なあれこれを煩わしく思う側の人間だった。
同じく政治的なあれこれが嫌いそうなタマエ料理長も難しい顔をしている。
「料理ってのもアリだと思うんだけどねぇ。他国のゲストに自国の最高の料理を振舞う。これ、外交だと結構効くんだよ。美食文化のレベルが一発で分かるし、とびきり上質な食材や特色のある食材はのちの交易の指標にもなるだろ?」
「成程……」
余り考えたことがなかったが、今の話を聞くと海外ゲストが厚遇される理由も分かる。それだけ質のいいサービスを提供できる国だというアピールになるのだろう。ただ高い食事をむさぼっておべんちゃら並べてる訳じゃないんだな。
「流石は元宮廷料理人! じゃあ料理を……」
「ただ、今回はこっちから料理人を送る暇もないし、あちらが食べに来てくれる訳でもないからベストな料理が用意出来ないんだよねぇ。それにナーガの里の味付けは確かに美味しいけど、王国の伝統的な美味しさとは系統が違う。相手の好みにも多少は寄せる必要があるから、今からは流石に無茶だね」
こればかりはしょうがない、とタマエ料理長も首を横に振る。
ただ、タマエ料理長は嘗て宮廷の胃袋を手中に収めた人物だ。現在の宮廷料理人もタマエ料理長の弟子だという意味では、この人の意見も多少の影響力がある。後で一筆したためてもらった方がいいだろう。
この場にアストラエがいればスマートに答えを導き出せただろうが、彼はいない。代わりにネメシアという友人――と向こうも思ってくれている筈という希望的観測を含む――はいるが、彼女もまだこれという案は浮かんでないようだ。
と――今まで興味なさそうに部屋の隅で何やらガチャガチャと作業している建築長ドゥジャイナが、普段の気だるげな雰囲気からは想像できないほど無邪気な声で「出来た!」と叫ぶ。
全員が何事かと思いそちらを見ると、ドゥジャイナの目の前には奇妙な物体があった。
それはいくつもの穴が空いた、人の頭より大きな球体。
よく見ると穴にはレンズがはめ込まれ、中からは光が漏れている。
天球儀のようにU字の台座に固定されており、その台座もやけに大きく、一見して何なのか全く見当もつかない代物だ。というか、ずっと発言せずに延々とこれを作っていたのか。まるで恋人でも見つめるようなうっとりした顔で謎のオブジェを撫でるドゥジャイナは、不意に周囲を見渡す。
「灯りを消してカーテンを締めなさい。今すぐに!!」
「え!? は、はい!」
勢いに圧されて全員が言われた通りにすると、ドゥジャイナは我が子を抱くようにそれを部屋の中央に置き、何やら古代文字のような文様が刻まれたスイッチを押した。
――広がったのは、想像を絶する幻想的な光景だった。
誰もが言葉を失い、それに見惚れた。
そんな中、俺は無粋にもその使い道を考えてた
「なぁ、ネメシア。外交って言えば贈り物とかもメジャーじゃないか?」
「……え? え、ええそうね。特に相手の国にはない高級品や珍しい品は、外交において一種の格や独自性を示すものになるわ」
「……参考までに聞くが、お前『あれ』をここ以外で観たことある?」
「ないわよ。というか売ってくれるなら買いたいくらい……って、ちょっと待ちなさいヴァルナ。まさかあれを……!?」
『あれ』であれば、ナーガの文化性や格を示すのに絶好の贈り物だ。
俺は、空気がぶち壊しになるのを覚悟してドゥジャイナにアイデアを提案した。
結果。
「嫌ッ!! 嫌よッ!! 私が手塩にかけて育ててやっと理想に近づいた最高傑作をどこのラクダの骨とも知らない誰かにあげるなんて嫌ッ!! ぜったいやだやだやだやーーだーーっ!!」
「そこを何とか!! 未来の為だと思って!!」
「やだやだやだやだばかばかばかばか!!」
そこから先は最早戦場だった。
自分の作品を我が子扱いしちゃう系建築家のドゥジャイナは全力で駄々をこね、実力行使とばかりに尻尾アタックを連打。阿鼻叫喚に陥る周囲に被害が及ばないようにそれを全力で凌いだ俺は、「聞こえない聞こえないきーこーえーなーいー!!」と子供のような対話拒否アピールを無理やりこじ開けて説得に説得を重ねる羽目に陥る。
最終的に泣きじゃくるドゥジャイナに「これは先行投資だから。未来にこれのお陰で得られる利益があるから。ここはオトナの対応を、ね?」と喉元を撫でながら説得し、かなりイジケ気味な言質を取ることに成功した。
「嘘だったら許さないんだから……設計図に存在しない紅い部屋に閉じ込めて二度と出してあげないんだから……グスッ」
最後の一言は冗談であってほしい。
あと、同じ長なんだからニャーイとサマーニーは少しは手伝え。
「あの状態のドゥジャイナ相手にそんなことをすれば殺されるわ馬鹿者め!」
「むしろあの癇癪をよく宥められたな! 無残に砕けた床が目に入らないのか!? 床が抜けるかと思ったぞ……!!」
「というか、あの状態で彼女の喉の下を撫でるなど正気か!? 余程親しい間柄か子供でなければ気軽に触る場所ではないと説明した筈だが!?」
「前に妻と夫婦喧嘩したときに同じことしたら半殺しにされたぞ!?」
(そりゃ相手が怒ってるときにやるから火に油注いだだけでは?)
どうやら二人とも役立たずだったらしい。
考えてみれば根がヘタレ共なので当然だが。
割と殺人級の威力だったドゥジャイナの尻尾は床をボロボロに破壊している。建築家なのに兵士ナーガより百倍手強かった。実際には尻尾を受け止める際に震脚で多少俺も割ったけど、それは言わぬが花だろう。黙っていればバレないバレない……あ、駄目だ。ちゃっかり見てたネメシアが非難の目を浴びせてくる。
(なによ、あんなに危険な攻撃されたのに反撃の一つもしないで平然と……相手に怪我させず、自分も怪我をしないことで場を丸く収めたとでも言いたいわけ? それとも相手が美人の女ナーガだから!? どっちにしろ馬鹿よ、この馬鹿!!)
「そんな顔するなって。なんとかなったろ?」
「暫く話しかけないで。馬鹿が伝染るから」
「ストレートにひでぇ……」
……おい、誰だ今「やはり女難の相が」って小声で言ったの。このギリギリで聞き取れるよう音量調整された職人技と発言内容から察するに九割九分の確率でセネガ先輩だろうけど。
◇ ◆
その日の夕刻、在来種魔物調査を行っていた外対騎士団から王宮宛てに報告書と荷物が届いた。
内容はナーガ調査の中間報告と、ナーガの生活についての書類、更には嘗て王宮随一と謳われた宮廷料理人タマエ氏のナーガ料理についての簡易報告。そして、ナーガ達から王への贈り物であった。王宮の役人たちがその内容を一斉に吟味する中、イヴァールト六世はナーガより送られてきた謎の品に首を傾げていた。
見た所、原始的な生活をしている存在には到底作り得ない高度な加工技術が見て取れるものだが、調度品にしては物々しく、道具の割には用途が分からない。この贈り物には手紙が一枚添えられており、そこには少し読みづらい文字でこの道具の動かし方と止め方、どのような場所で扱うべきかなどが簡潔に記されていた。
ところが、肝心の「何」であるかがここには書かれていない。
「成程、何であるかは使ってのお楽しみという訳か……よし、使うぞ!!」
事前に騎士団のチェックが入った品故、命を脅かす小細工などは仕掛けられていないだろう。王は微かな好奇心を隠しきれないままそれを暗く物のない部屋で起動し――そして、美しき光景に目を奪われた。贈り物にたくさんついているレンズが一斉に光り、天井や壁にたくさんの光点を映し出したのだ。
「これは……!!」
王はその教養の深さにより、これがなんであるのか、どのような知識のある存在に設計されたかを瞬時に理解した。
「あれは虎座、あちらは象座か!! ははは、回すと他の季節の星も出るではないか!! なんともまぁ素晴らしい!!」
それは、夜空に煌めく星を知る為の機械。
古代より星の動きを計算し、再現する道具というものは確かに存在した。しかし、王国の主であるイヴァールト王を以てして、このように高度で革新的な機械は初めて見る。
受け取った相手が一見して何なのか判断できないほど高度な贈り物であれば、国王を唸らせることが出来る。そう考えたヴァルナの読みは見事に的中した。
「光を投影して夜空を再現する『
そもそも、星の位置関係を正確に投影させるには、星の巡りや正確な位置関係などを測量によって把握しているという前提がなければ発想自体が出てこない。今でこそ多少は世間に知られた星読みも、かつては学者や王族など限られた者にしか知り得ない高度な文化・学問だった。
言語や文字は短期間で模倣も不可能ではないが、星読みは高度な文明と知性なしには実現できない。ましてそれを光を用いて投影すること、それが特定の星座だと即座に判別できる程正確であること、そして恐ろしく小型であること。更に付け加えるなら、敢えて用途を記さないことで相手の文化を推し量っている点も、人間に勝るとも劣らぬ文化性を感じさせた。
「ははは……認めようではないか、騎士たちよ!! 王国ではナーガを人と呼び、彼等を先住の民とするッ!!」
この日――世界で初めて、王国は「魔物」と呼ばれた存在を先住の民であると認めた。
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