第305話 その発想はありませんでした

 ナーガが偵察で発見したロックガイの報告に、主に王立魔法研究院の学者たちは度肝を抜かれた。


「古代遺跡を根城にしてるぅぅぅぅーーーーーッ!?」


 ――順を追って説明しよう。


 ナーガと騎士団が偵察を進めたところ、この砂漠には特殊な流砂が存在し、その流砂は沈むというよりは川のように流れていることが判明した。それはごく一部にしか流れておらず、ナーガでも噂はあったものの実際に確かめられたことはなかったようだ。


 何を隠そうこの流砂、実はくるるんがそれと気づかず飲まれていたものらしいのだ。この流砂でくるるんは一気に故郷から離れてしまったわけだが、それはさて置こう。


 どうもこの流砂は地下に何かしらの秘密がありそうなのだが、その謎の解明はのちの学者たちに任せることにする。ともかくこの流砂をずっと追いかけていった結果、ナーガの里よりかなり西の方角にぽつんと巨大な建造物があることが判明したのだ。

 ナーガの特殊な探知能力曰く、建造物の中に豊富な水源があるようだ。


 そして、これまでのロックガイの被害場所と流砂の位置を照らし合わせると、ロックガイはこの流砂に乗って里の近くに来て、流砂に乗って建造物に戻っていることが判明したのである。なんて楽な通勤ルートを作っていやがるんだこいつら。


 ただし、学者たちが騒いでいるのはそれより古代遺跡の方だ。


「カリナ遺跡群と関係があるのか!?」

「もしかしたらその周辺を掘り進めたら古代遺跡どころか古代都市の痕跡がッ!!」

「だとしたらここには嘗て本当に古代都市があったんだッ!!」


 嘗て、王国がこの島に移民するより遥か前に栄え、そして滅んだ古代文明があったという説。その動かぬ証拠になるかもしれない代物が登場し、騎士そっちのけで学者たちがヒャッホウと盛り上がりまくっている。


 俺は遠い目で天井を見上げているローニー副団長を小突いて質問する。


「どうします? 国に存在を知らせたら最重要文化財待ったなしですよ」

「……どうしましょうね、これ」

「いや俺に聞かれても」


 俺達が気にしているのは、この遺跡が文化財であった場合のことだ。


 バノプス砂漠のど真ん中に人間が大きな建築物を作ったとは考え辛い。ならばその建築物は砂漠が砂漠になる前……或いは砂漠に大きな文明が存在した、太古の昔に建造されたと推測される。先住民も知らない程の太古の昔に遡るだろう。

 下手をすると人類史に刻まれる大発見だ。

 当然、これを知った国は遺跡を文化財として確保しようとするだろう。


 国の重要文化財が増えるのは別に悪いことではないのでは? と思うかもしれないが、中に魔物が住んでたら話は別だ。文化財を破壊出来ないという制限が大いに騎士団を苦しめたカリナ古代遺跡群の仕事と同じ条件が、今度は砂漠のど真ん中で発生してしまう。


 しかも、遺跡をねぐらにしているであろうロックガイの生態は一切不明。遺跡の構造も一切不明。故に作戦があるとすれば荒っぽい突入以外ありえず、その突入も流砂通路でロックガイが逃げ出す可能性を排除できない有様だ。


 現実逃避を諦めたように、ローニー副団長がメガネを外して目頭を抑える。


「これで遺跡が重要文化財になったという話になれば、限りなく手詰まりに近いです……そうなると、もうロックガイの生態調査の為に更に砂漠に入り浸りとか、無理やり殲滅の為に暴れるとか、もう、未来が見えない……マチ、リベリー、私をそんな責めるような目で見ないでくださいッ!! これが私の仕事なんですよぉ!!」

「落ち着いてください副団長!! そこには誰もいません!! 貴方の心の弱さが見せる幻ですッ!!」

「幻でもいいっ!! 家族と話せるならぁぁぁぁぁッ!!」

「副団長がご乱心だ!! 急いで三大母神を招集しろぉッ!!」


 妻子の幻影まで見え始めたローニー副団長は急病に付き退席してもらった。

 今の段階でも結構長く砂漠に居る事が彼をおかしくしてしまったのだろう。単身赴任の辛さがよく分かる光景に騎士団の所帯持ちたちも思わず目から涙が零れている。泣いてないで手伝え。


「しかしどうしたもんかね、本当に……」


 俺たちは騎士団だ。

 王に仕える身である以上、嘘の報告や隠蔽などの背信行為は許されざる罪となる。報告しないというのはあり得ない。しかしこのまま報告してはロックガイの討伐に多大な影響を及ぼす。


 ロックガイは既に既存の砂漠の生態系を破壊する者であるというノノカさんの報告が通ったために討伐対象として見ているが、もしこのロックガイが拠点から逃げて流砂に乗り、うっかり砂漠の外にでも放出されたら手が付けられない。


 バノプス砂漠は広すぎる。ナーガでさえその全容を把握できていないのに、各個撃破も行動予測も出来る訳がない。

 他の騎士からもぽつぽつと意見は出たが、結局会議では何も纏まらずに一旦保留。翌日に王宮への報告書も含めて決定する流れとなり、未だにヒャッホウしている学者たちを置き去りに騎士たちはだらだら食事に向かった。




 ◇ ◆


 


「……それで先輩は悩んでるんですね。無理ないですけど」 


 食堂にてカルメにそう言われ、俺は頷いた。

 この場にはいつもの後輩組が揃っている。ただ、アマルだけは砂漠で迷子になりそうなので連れてこられていない。大丈夫かなぁあいつ。何かやらかしてないかなぁ。


 とはいえ、それは心配してもしょうがないので料理に手を出す。

 食事は豆のペーストを中心にした煮込み料理や揚げ物、サラダなど。

 砂漠のど真ん中であるにも拘らず野菜はナーガの里の取れたてで瑞々しく、煮込み料理もスパイスの効いた味付けの刺激が舌に心地よい。何よりもスパイスや香草の組み合わせが生み出す香りがひどく食欲をそそる。

 ここにあるナーガ料理はタマエ料理長によるアレンジも加えられているそうだが、これは王都でも流行るかもしれない。しかし、素晴らしい食事で一時的に悩みから解放されても、問題そのものはなくならない。


「俺がっていうか、みんな悩んでるんだけどな」

「もどかしいですわね」


 後ろ頭を掻くと、ロザリンドが同調するように頷く。

 彼女はスパイスの強い料理が苦手なため、スパイス控えめに調整された料理に手を付けている。スパイス抜きの食事にも変えられるのにそうしないのは、多分前にシアリーズにスパイスが苦手なことを揶揄われたため克服しようと考えているのだろう。

 ロザリンドもまた、この問題に悩まし気だ。


「王家へ誤魔化しの報告をするわけにも参りません。それに、あの遺跡が重要文化財となれば中継地として必須のクリフィアの自治権やナーガの暮らしも脅かされる可能性があります。王はともかく議会はよからぬ企てをしかねません」 


 遺跡が文化財となればそこを管理するためにクリフィアを利用するのは当然だが、国はほぼ確実にナーガへの備えとして戦力を駐屯させる場所を欲するだろう。表向きは交流の為と言うかもしれないが、議会からすればナーガは降って湧いた災難に近い。居ない方が都合がいいとは思うだろう。


 人が快適に過ごせる土地の少ないクリフィアに無理やり介入する可能性もあるし、反対する住民を威圧し、最悪逮捕するのも有り得る。更にはナーガを王国の国内法に照らし合わせた罠に嵌めて滅茶苦茶な要求をしようとする輩は、断言するが、いつか必ず出る。


 異物を排除することで国内の安定を図るのはどの国、どのコミュニティでも行われることだ。まして相手が魔物であれば猶更にそうだ。故に、大義名分を得た権力者は倫理の壁を無視してナーガに対してどこまでも残酷で冷徹になるだろう。

 これについては、天秤長ニャーイにも念押しして伝えておいた。

 人と交流を持つ時に矢面に立つのはあのナーガだ。


 俺の知らない所でナーガと相応に仲良くなっていたベビオンが、グラスをつついて愚痴る。


「いい奴らなんだけどな……子供は可愛いし、大人も気さくで、技術力もあって法律も持ってる。なんなら人間より温厚でしょ?」

「そうだ。でも、それを人が理解するにはまだ時間が必要だ。なんせ人と人でも国が違えば諍いが起きるものだからな。たまにキャリバンみたいに種族の壁をスルーする奴もいるが」

「俺が特殊みたいな物言いですけど先輩の言えることじゃないっすからね?」

「そういう人間が二つの種の間にいなきゃならないって話だよ。今回の場合、俺達が偶然にもその役割を担ったけどな」


 実は、むしろ俺達より聖天騎士団の面々の方がナーガと打ち解けている節がある。ナーガの武器が槍であるため修練に参加したのもそうだが、彼等は日常的に魔物であるテイムドワイバーンと触れ合っているため、魔物に必要以上の恐怖を抱かない。ナーガの未来の関係については、聖天騎士団との連携が肝になるだろう。


 その聖天騎士団のネメシアは、ナイフとフォーク片手に難しい顔をしている。

 何か溜め込んでいそうなので話しかけてみることにする。


「どうした? 食べ慣れないなら無理せず王国料理作ってもらえるぞ?」

「べ、別にそういうんじゃないわよ! 私もナーガの未来と今後の為にどうすべきか考えこんじゃっただけ!!」

「成程。ちなみに……お前もしかして何か案が浮かんでるんじゃないのか?」


 その問いに、ネメシアの動きがぴたりと止まり、そしてため息をついた。


「完璧で確実な方法ではないものは案とは言わないの」

「つまり仮組み程度の案はあるんだろ? 別に完璧じゃなくていいから、一つのアイデアとして教えてくれよ。お前、結構そういうの自信なくて黙ってるからな」

「……知った風なこと言わないでよ。そうだけど!」

(素直かお前)


 否定するかと思いきや嘘をつくことはないネメシア節である。


「い、言っておくけど期待とかしないでよね……」


 俺が話を振ったせいで周囲からやけに期待の籠った視線が集中したネメシアは、恥ずかしそうに俯きながらぼそぼそと案を口にした。


「ナーガを先住民の扱いに出来るんじゃないかなって……そしたら話が変わってくるから」

「え? 魔物を先住民に……んなこと出来るのか? ロザリンド、どう思う?」

「そのような前例は聞いたことがありません。ネメシア先輩、それは法的に可能なのでしょうか?」


 ロザリンドの問いに、ネメシアは自信なさげに曖昧に頷く。


「ギリギリ、無理じゃないんじゃないかと思うんだけどね……」


 俺も一応法律の勉強は沢山したが、流石に士官学校でも簡単な部分しかやらないので、先住民の扱いの条件など思い出せない。ネメシアは記憶を掘り起こすように人差し指で虚空をなぞりながら説明する。


「あのね、王国は元々大陸からの移民なんだけど、この島にはあちこちに先住民がいたの。規模は国と呼べるレベルじゃなかったけど、唯でさえ時間のかかる移民と開拓という一大決心をした王国に先住民たちと争う余裕はなかった。だから彼らを刺激しないように融和政策を取り続けたの」


 その辺りはなんとか頭がついてこられる部分だ。

 先住民は得てして土着の神を信仰していたり、自分たちのテリトリーを守ろうとする。故に王国は人の住んでいなかった土地を開拓しつつ、彼等を不用意に刺激しないよう努めていった。そうして長い時間をかけて王国民は先住民と接触を続け、善き隣人となり、やがて先住民たちの殆どが王国の統治を認めるまでに漕ぎつけた。


 相当な苦労と軋轢、困難な局面があっただろうが、それでも最後まで先住民を力ずくでねじ伏せずに融和できたのは、王国が法治国家として順守してきた法律も大きな役割を果たしている。


「先住民との関係についての法律は色々とある……裁判権の特殊条件とか、著しい人道違反の場合の特例とか……特にデリケートだったのが、人種の違い」


 実はノノカさんのようなルヴォクル族、オスマン、リベリヤ、トロイヤ三兄弟のようなキジーム族、イクシオン王子に仕えていたキレーネさんのようなフィサリ族は、魔物が世界に出現する前には存在しなかった。これらの人種は魔物発生時に人間が何らかの理由で変異したとされている。


 これは世界共通の認識として知識人たちには伝わっているが、昔はその浸透率が低かった。理屈では理解出来ても、姿形が違い過ぎる彼等を排斥しようとする動きは相応に存在したらしい。


 故に王国はこのトラブルを回避するため、人種の違いについてかなりの幅を持たせた。対立するより彼らの種族的な優位性の力を借りる方が生産的だと考えたのだろう。流石と言うべきか、法律に深く関わるクリスタリア家のネメシアは先住民の条件を暗記していた。


「王国に於ける先住民の条件その一、王国民が移民を開始した時点より前にはこの島に暮らしていた事実が認められること。その二、会話によるコミュニケーションが可能なこと。その三、一定の文明や社会性を持っていること。その四、種として積極的に人間への侵略行為を行う性質を持たないこと……四つ目はちょっと分かりにくいだろうけど、要するに人間を食べたり殺して遊ぶような奴らは人間扱いしないってこと」

「そりゃそうか。幾ら先住民を尊重するとは言っても限度はあるよな」

「まぁ幸いにして首狩り族は王国に一人もいな……いな……いな、かったから」

「おいネメシア、何故こちらを見て言い淀んだ」

「貴方、自分の二つ名リストを振り返って見なさい。そこに答えがあるから」

「人間を狩った覚えはねーよ!」


 閑話休題。

 重要なのは、これが人間の異種族を魔物とする排他的な考えが存在した当時の世相を反映した法律であり、改正もされていない点だ。故に、この法律には敢えて魔物を除外する規定が存在しない。

 つまりネメシアの主張はこうだ。


「王国の法律に照らし合わせると……ナーガは、特例的ではあるけど『王国先住民』の条項を満たしている。そもそもナーガという種族自体、もしかしたら魔物よりどちらかと言えば人に近いのかもしれない。大陸ではきっと迫害されたから周囲との交流を断っただけなのかも」

「なるほど……凄いな、それは思いつかなかったよ」


 ナーガとコミュニケーションが可能というのは当然知っていたが、まさかナーガを魔物ではなく法的に人として扱う方法があるとは思いもしなかった。魔物は魔物――そこで俺の思考は止まっていたのだ。無害だったり共存可能だったとしても、あくまで魔物というくびきからは脱していなかった。

 おお、と感心する周囲の反応に照れ隠しで俯いたネメシアは、また自信なさげに呟く。


「だから、そうだと認められるのであれば、遺跡の話もちょっと誤魔化せる方法があるなって……」


 ここに居る誰もが、大陸でナーガが魔物として認識されているからカテゴリを人間にするという発想に及ばなかった。法律とは人や生物を縛るものだというイメージがあったが、真の法律家とは法律の読み解き方によって現状を変えるものなのかもしれない。


 ――で、それはそれとして。


「お前そんなアイデアあるんなら何でさっきの会議で何も言わなかったんだよ!!」


 さっきの会議の方針が丸ごと変わったかもしれない内容を温存していたネメシアに、俺はそう叫ばずにはいられなかった。しかしネメシアも好きで黙っていた訳ではないと反論する。


「あのねぇ!! 貴方は特務執行官でも私は騎士団内では下から数えた方が早い下っ端なのよ!? しかも上手く行く保障もないのに先輩方を差し置いてそんな大それたこと言えないわよっ!! 言ったとしても会議終わった後に上司にこそっと漏らす程度になるのが常識でしょ!?」

「俺に対してはいつも図々しいだろ!? その図々しいところもっと活かせよ!!」

「誰が図々しい女よ!! それは相手が図々しい貴方だからよ!! いい、言っとくけど貴方に心を許してるとかじゃなくて隠し事するのが色々と馬鹿らしいって意味よ!?」


 こうしてネメシアはぷんすか怒りつつも意見を纏めて上司に報告したり父に手紙で自分の解釈についてしたためたり、寝耳に水の理論が飛び出て騎士団会議が紛糾したりと大変だった。


「なぁ、キャリバン」

「なんだベビオン」

「ヴァルナ先輩の同級生ってとんでもない人しかいねえのかなぁ」

「……かもな。一年早く生まれただけでこんなに遠いんだなぁ」

「俺達ってもしかして物凄く低レベルな生命体なんじゃないか? カルメどう思う?」

「と、得意分野が違うだけじゃないかな……ぼ、僕たちだってそうでしょ!? ね!?」

「そ、そうですわよ先輩方。万能の人間なんていませんとも!」

「そういえばお前ら、クルーズで活躍してたな……俺なんかずっと裏方だったのに」

「俺なんかオカマに追い掛け回されたのに……」


 コロセウム・クルーズにて『鷹眼』の異名を得た射手と『若獅子レオプライド』の異名を得た剣士のいまいち説得力のないフォローは、二人の心には響かなかった。早く任務を終わらせてみゅんみゅんセラピーを実施しなければならないようだ。

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