第303話 今度は向き合います

 その日、ナーガの里の広間に騎士団の班長格とナーガの隊長格や代表が集結していた。彼らに未知の魔物と思しき生物『ロックガイ』を説明するノノカさんは、ソコアゲール靴でかさ増しした視線の高さで前に出て、ホワイトボードを教鞭でびしびし叩く。


「では、ロックガイについての調査報告を行います!」


 砂漠に生きる謎の雑食生物ロックガイ。

 ヴァルナ達の持ち帰ったロックガイの足、糞、齧られたサボテン等の少ない手がかりを元に短期間でどこまで調べ上げられたのか、俺も途中経過はまだ耳にしていないので気になる所だ。解剖はまだしも血液検査の類は全然知らない。今度暇があったらノノカさんの持ってる医学書に目を通してみようか。


「まず、ロックガイの皮膚の堅さについてですが……どうやらロックガイの皮膚は魔法による硬度強化によって補われているようです。ヴァルナくんの持ち帰ったサンプルを再三調べたんですけど、硬化のメカニズムは判明せず、代わりに出たのが魔法痕跡反応です」


 つまり、ロックガイは魔法を使うタイプの魔物ということだ。

 ただ、魔法を使う魔物は珍しいが、いるにはいる。知能の高い魔物や高位の魔物は当然の如く持っているし、環境適応型の魔物は一芸特化で使える種もいる。


 問題はその魔法が戦闘に反映されるかだ。

 ワイバーンのブレスも身体器官と魔法の組み合わせだし、ロックガイも何か砂や岩関係の魔法を使えるかもしれない。遊撃班長のガーモン先輩が挙手し、質問する。


「ロックガイはどのような魔法を行使しているのですか? また、どんな魔法を使えることが推定されますか?」

「そうですね。皮膚の硬質化は先ほど言いましたが、砂に潜って姿を消したことから、体の周囲を振動させて砂中を潜るように移動する魔法もあると見ていいでしょう。ロックガイの姿がなかなか見つからなかったのは、擬態能力に加えてこの潜砂能力もあるでしょうねー。砂漠の大型魔物の代表であるサンドワームが用いるものとよく似た魔法です」


 場所によっては竜と同じくらい恐れられるサンドワームは、小型でも五メートル、大型になると何と三〇メートル以上の巨体も確認されている魔物だ。砂の中で人を待ち伏せし、上を通った人間をパクリというえげつない不意打ちもさることながら、ミミズのようにのたうつ身体は動きが予測できず、更に砂に潜って簡易アリジゴクを作って人を砂中に引き摺り込むこともあるという。


 ただ、敵を捕食するその口こそがサンドワームの最大の弱点。サンドワームが待ち伏せする砂地は気を付けて目を凝らせば微かに砂が沈んでいるため、ディジャーヤの民なんかは見つけ次第問答無用で毒をぶちこんで殺してしまうらしい。


 サンドワームを知らないナーガ達に簡易的な説明をしたノノカさんは、話を続ける。


「環境に適応するための魔法を持つ魔物は、得てして直接的に攻撃に使える魔法は覚えていないというのが通説です。特別に知能が高い魔物や存在として高位の魔物はその限りではありませんが、今の所ロックガイがそれである可能性は低いでしょう。擬態という行動は、戦闘能力に乏しい生物が行うものです」


 俺も一応、別の可能性について確認を取る。


「例外の可能性もなくはないんじゃないですか?」

「絶対ではありませんが、使えたとしても殺傷能力のある段階には遠く及ばないでしょう。魔法を高度に運用するには、高度な知能、ないし強靭で大型の肉体、またはその両方が必須です」


 つまり、もし高度な知能があるならば自らの痕跡を残すような餌の食い散らかしや、わざわざナーガの縄張りで活動するといった部分に疑問符が出る。


 そして、ロックガイは大きいと言えば大きいが、それでも魔物の全高としては精々中の下程度だ。強力な魔法を用いる為の出力が足りない


 ヴィーラのみゅんみゅんはあの小ささで結構魔法使ってたじゃん、との指摘もあるかもしれないが、そもそもみゅんみゅんはあの小さな身体で既に人間でいえば十二、三歳程度の知能があるし、人間の言葉を完全に理解している。言動が幼いだけで知能は極めて高いのである。


「モチロン、何事にも例外はあるので警戒するに越したことはないでしょう。ちなみにロックガイの体内構造は標準的な亜人タイプの魔物と大差はありませんでした。刃は通り辛いですが、ハンマーなどの重い打撃武器なら効果が期待できます」


 騎士団の視線が自然とアキナ班長に集まる。斧がメイン武器のアキナ班長だが、サブウェポンでハンマーも使いこなせる。ただ、当の本人は砂漠に出たくない、プラス、ナーガの技術を学びたいのか露骨に嫌そうな顔で「俺ヤダ」と駄々をこねる。


 そもそも技術屋として雇われてるからある意味この反応は当然だ。それはそれとしてもし群れの本拠地が見つかったら出陣して貰おう。大丈夫、ボーナスで釣れば引っかかるから。


「……さて、実はもう少し報告があるのですが、いいですか?」


 ノノカさんの問いにローニー副団長が頷き、ノノカさんはおっほん、と咳払いをした。


「ロックガイのこれまでの行動や血中の成分を調べていて一つ分かったのですが……例えばサンドワームは一見してまったく水のない環境にいるように見えます。しかし実際には地中深くに潜っていけば湧水があるので水分補給は意外とちゃんとしています。このように、幾ら砂漠の生物でもやっぱりどこかで水分を補給しなければいけない訳です。しかしロックガイは、サボテンを食べている割には結構食事に無駄が多いですよね?」


 確かに、とナーガたちは頷く。彼らは兵士ナーガから定期的にロックガイの痕跡の報告を受けているが、彼等はとにかく食べかすが多く、砂漠における一種の食事マナーが全くなっていない。砂漠における食事マナーとは、すなわち無駄の少なさである。


「血中の成分もやはり平均的な魔物と大差はありませんでした。つまり、必要な水の量が少ない種ではなさそうだなぁと。それでノノカちゃん思った訳です。これだけ無駄な食べ方をしているのにきちんと砂漠で生活出来てるってことは……どこかに彼等専用の水源があるんじゃないでしょうか? 最終的には水源に辿り着けば水には困らないから無駄が多いのでは?」


 広場にどよめきが起きる。

 サンドワームの場合、湿り気を帯びた層を突破して強引に水のある層に辿り着けるが、それは規格外の身体の大きさから発される魔法が可能とすることだ。しかもサンドワームは皮膚呼吸、ロックガイは明らかに肺呼吸なので、条件が全く違う。


 つまり、と俺は予測を口にする。


「ロックガイの水源を特定することが出来れば、相手の喉元に刃を突きつけられると?」

「そうです! 生け捕りとか、生け捕りとか……あとは生け捕りとかがとっても容易になるのではないでしょうか!!」


 目を輝かせるノノカさんの顔に「解剖したい」と書いてあるのはさておいて、こうしてロックガイ調査は大きな転換点を迎えることとなる。


 しかし、調査開始から数日が経過しても、ロックガイの拠点とする水源は発見できなかった。その間にもロックガイとは散発的に遭遇するも、やはり逃げられた。ただ、騎士団とナーガの連携は段々と様になってきており、ナーガ兵たちは「次はあの岩の怪物を仕留めてくれる」と闘志や執念を見せるようになってきていた。


 当然、そんな時も俺以外の人々は思い思いの時間を過ごしている。

 焦る者、飽きる者、燃える者。そんな彼らの行動は俺には知り得ない、しかし確かに世界に存在するものである。




 = =




 連日騎士団とナーガが出撃しているのに、目標が見つからないこと。

 それは、連日出撃する騎士団より、待機している組を退屈させていた。そんな彼らの娯楽にもなったのが、踊り子ラミィを中心とした舞踊である。


 ナーガの男たちの注目の的であるラミィを中心に、数名の踊りたい料理班とナーガの踊り子たちがステージで音楽に合わせた踊りを披露するイベントは、連日盛況だった。


 セネガ先輩はラミィにラクヴァラを教える際、基礎だけはしっかり叩き込み、応用たる振り付け部分では「適度にそれっぽく見える動き」を中心に簡略化したラクヴァラに組み替えるという振付師も脱帽の手法で彼女の踊りを完成させていた。


 ラクヴァラはナーガに伝わる踊りにも似た要素が多く、これはナーガの踊り子たちにも良い刺激になったらしい。こうして人間とナーガのダンスコラボレーションは、王都でそれなりに大きな劇場を貸し切ってもいいくらい見ごたえのあるものと化していた。


 その踊り子の中心に据えられたラミィは、公演を終えて一息ついていた。


「だっは~……今日も疲れたっす……」


 元はと言えば先輩整備士ライの無茶ぶりで来ることになった砂漠で、何故か踊り子にされる苦労は大きい。ライには既に恨み言がてらスパナの先で脇腹を小突き回してきたものの、「でも踊りはマジでよかったぜ?」という賞賛とそれに賛同する周囲に、それ以上何も言えなくなってしまった。


 ラミィは内気な女である。

 帝国生まれの帝国育ちで、家柄は普通。

 押しが弱く口下手で大きいものに巻かれる性格が災いし、友達に半ば無理やり誘われて暴走族の一員にさせられていた時期もある。目つきが悪いのでガン飛ばし係という謎の役目に抜擢され、スレンダーな体も相まって男にもモテず、抜けたいと言えない自分の根暗さが嫌になり、かなり陰鬱な青春を送った。


 そんな彼女が機械弄りの道を歩んだ切っ掛けは、彼女が所属していた暴走族が、帝国最大の暴走族『帝韻堕狼襲てぃんだろす』に襲撃されて壊滅したときのことだ。非戦闘員だった彼女は戦いには参加せずに震えながら物陰で見ていたのだが、『帝韻堕狼襲てぃんだろす』のバイクの芸術的なまでの改造っぷりに見惚れたのは今も彼女の脳裏に鮮明に刻まれている。


 デザイン、機能、装飾、どれをとっても彼女の所属していた暴走族とは比べ物にならない完成度のバイクを自在に操る暴走族たち。それは、嫌々機械弄りをさせられていたラミィが初めて『あんな乗り物を作りたい』と思った瞬間だった。


 しかし、現実は甘くない。

 帝国は他の国家に比べればマシだが、男尊女卑の傾向が社会にしつこくこびり付いている。特に機械工学関連は男の仕事という風潮が強く、コミュ障もあってラミィが入試を受けた学校の全てで面接落ちしてしまった。

 後は単純だ。女性だからと冷遇される有能な人材を逆に集めている研究院があると耳にしたラミィは、藁にも縋る想いでなけなしの貯蓄をはたいて王立魔法研究院へ向かい、そこで見事採用を勝ち取ったのである。


 騎道車の整備は、大変だがやりがいのある仕事だった。

 先輩のライは名前が少し似ているせいか絡まれることが多かったが、確かな技術力を持つ先輩なので一応言う事は聞いてきた。こうして車関連の道を歩む筈だったラミィが、何をどうして踊り子にされているのか。それは本人が一番聞きたかった。


 押しに弱いラミィはナーガの踊り子たちにも弱く、痩せすぎだと結構ご飯を食べさせられた。人間以外の生き物関連全般が触れないラミィにとっては、直接触れられた訳ではないにせよ辛すぎる距離感である。

 踊り子にとって痩せすぎというのは見栄えが悪いらしいが、踊り子ナーガたちは人間視点で言えばかなり豊満な体つきだったので、ラミィはそこも敗北感があり辛かった。


 自分のお腹を摘まんでみると、確かにここに来る前よりは少し脂肪がついた。だが、それ以上に踊りで筋肉が鍛えられたためか、太ったというより健康的になったようだ。


「納得いかねっす……」


 ぼやくラミィの胸中には、嫌なことをやらされたのに結果的に自分が磨かれているという奇妙な感覚が渦巻いていた。


 機械とばかり向き合ってきたラミィは、自分のモテ期などというものは信じていなかった。このままどうせ仕事と結婚するんだという諦観と、それでも機械と向き合えるのならばという納得で生きてきた。


 ところが、人外のナーガ達には姫のように持て囃され、最近は人間の男にも踊りを褒められる。始めたときは出来る訳がない、早く逃げたいと思っていたのにだ。褒められることを心のどこかでこそばゆく感じている自分がいるのも、複雑な気分だった。


「ウチ、これからどうなっちゃうんだろ……」


 機械弄りから遠ざかるばかりの自分を顧みて、ラミィはぼうっと天井を見上げた。


 機械弄りは好きだし、研究院で学びたいこともまだある。

 しかし、今の非常識な生き方に飽きていない自分もいる。

 天井に翳した右手を暫く眺めたラミィは、椅子から立ち上がる。


「今回は……逃げないでみよっかな」


 幼い頃から、苦手なことからは逃げ続けるか、嫌々やらされてきた。

 食べ物に好き嫌いは多い。

 投げ出した習い事も相応にある。

 親とはもう数年連絡を取っていない。

 そんなラミィに、新天地で自ら動く勇気が湧いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る