第302話 砂漠は運びます
先日、俺はナーガの増長についていい案がないかをセネガ先輩に持ちかけた。その結果として提示されたのが、謎解きや大掛かりなギミックを用いた脱出訓練であった。
「叩きのめして解決という手段を取らないのであれば、もっと直接的に『協力が必要な場面は何か』を身をもって理解させればいいのです」
セネガ先輩的にはとっとと叩きのめせ的な空気を感じなくもなかったが、そういう意見が出た。しかし最初、俺はこの意見を現実的ではないと感じた。何せシチュエーションまでは考えついても実際にナーガだけや人間だけでは脱出不能な部屋というものを技術的、時間的問題で用意できないと思ったのだ。
ところがこれに異を唱えたのがくるるんである。
「建築長ドゥジャイナなら出来るっ!! ぜったい出来るっ!!」
アウトドアでわんぱくな癖に引きこもりの建築長ドゥジャイナを尊敬してやまないくるるんの強い要望により、俺はドゥジャイナに話の趣旨を伝えてみた。
「全く意味が分からない。そんなことをする施設を運用することに何のメリットがあるというの? ナーガの長い歴史の中でそんな非合理的な構造は生まれたことがないわ」
「まぁ、そうですよね……じゃあこの話はなかったことに……」
「何のメリットがあるのかが解明されないからには作るしかないと、そう言いたい訳ね?」
「え? いや別にそんなこと一言も言ってないですけど」
「そのセネガと、何人か人間の戦士を連れてきなさい。再利用の目途が立たなかった旧居住区画を改造します。シェシャ、人間の道案内をしなさい」
「くるるる!!」
くるるん(本名はシェシャ)は嬉しそうに頷く。
ドゥジャイナは既に俺の言うことを聞いていない。彼女は建築する者として、脱出するためのギミックという未知の文明を手中に収めようとしているのだ。向上心は凄いが、金儲けの話を実践するために突っ走るアキナ班長と同じ背中をしている気がする。つまり人の話を聞かないタイプである。
その後はもう大変だった。
道具作成班全員と身体が丈夫な騎士を何人か見繕った俺とナーガの建築技術者軍団は次々に装置やギミックの試作品を作り、俺やナーガたちで動作チェックを行い、欠点を洗い出していく。
この頃になるとナーガもギミックを考え、相手にどう解かせるか、どう引っかけるかを考えることが楽しくなってきていた。
ナーガ建築者たちの事で特に舌を巻いたのが加工技術だ。
なんとある程度の金属は炉に入れることなく魔術で形状を変えてしまえるらしい。石材はもっと容易に加工できるらしく、これを知った道具作成班は嬉々としてギミックや構造を考案。自分たちもありあわせのパーツを組み合わせて完成品を作るスキルをフル活用し、時間を忘れた全員は夜になって深夜テンションに突入。俺も含め、謎の一体感で一夜城ならぬ一夜ダンジョンを完成させた。
集合場所に俺がいなかったのは、流石に疲れて仮眠を取っていたからだ。
なお、このダンジョンで一番大変なのは施設の管理そのものより、騎士とナーガ達を監視するキャリバンである。師匠であるリンダ教授から小型生物用の新型契約リングを沢山受け取っていたキャリバンは、砂漠で大量のトカゲを捕まえてリングを全部使うことで騎士団とナーガの行動に問題がないか監視し、情報を纏めている。
流石に可愛そうなので道具作成班のトマ先輩を補佐に就かせているとはいえ、現在進行形で大忙しである。この任務終わったらちょっと真面目に労ってやった方が良さそうだ。
「第九チーム、クリアタイム四〇分。謎解きに時間がかかってるけど問題なし」
「ぐぅ……問題なし……」
「第十チーム、クリアタイム三十二分。ペースは良好だったが気の緩みがナーガ側に見られる」
「要注意……すぅ……」
キャリバンが淡々と報告を読み上げると、トマ先輩が寝ながらガリガリ紙にペンを走らせて情報を整理する。相変わらずの自動筆記っぷりだ。暇な時間は砂漠の光景を絵画にしているらしい。ちなみにナーガの里では紙は貴重品で、紙に絵を描くのは通常考えられない行為だそうだ。
そんな二人の不思議な作業を暫く眺めていたくるるんは、夜更かしの反動で寝てしまったので他のナーガに家まで運ばれていった。いい夢みなよ、くるるん。
ちなみにブッセ君は深夜突入寸前にアキナ班長に寝床に連行されたため、逆に朝を迎えて元気いっぱいにナーガの技術を調べている。アキナ班長は徹夜したので部屋の隅っこで寝ながら歯ぎしりしてるが、お腹にかけられた毛布はブッセ君の精一杯の優しさである。
オスマン、リベリヤ、トロイヤ三兄弟は頭のおかしくなる会話で何人かナーガの頭をおかしくしたが、現在は道具作成班期待の新人コーニアの機転によってナーガの遊泳施設に案内されている。
「どんな遊泳施設なんだろー」
「どんな水路の形なんだろー」
「砂漠の雨水かなー、湧水かなー」
「湧水でしょー」
「なんでー?」
「雨季じゃないもんー」
「なるほどー、雨季かその後じゃないと水は貯まらないもんねー」
「水の魔術装置とかで汲み上げてるのかなー?」
「どうだろー? 気になるねー」
「そういえば僕らキジームの民って魔法適性あるのかなー?」
「言われてみれば調べたことないねー」
「キジーム文明に魔法自体がないしねー」
「今度調べてもらおうよー」
(耐えろ、俺……これはナーガたちに不快な思いをさせない為の試練だ! 砂漠の向こうで留守番してるアマルよ、俺にその空気を読まない無神経な力を貸してくれ……!!)
代償としてコーニアが地獄に堕ちた。
あいつも少しは労わってやらねばならん。
コーニアはどんちゃん騒ぎするよりは少人数で静かにしてる方が好きっぽいので、労うにもただ単に飲み屋に連れていくついでに奢る、では落ち着けないだろう。騎士団内でも若い組はそういう性格が増えてきているので、メンタルケアには気を付けたいものだ。
さて、発起人となったセネガ先輩はといえば、翌日に備えてちゃっかり途中で仮眠を取っていたらしい。ダンジョン完成時には既に現場におらず、俺が仮眠から目覚めたときにはラミィの踊り子レッスンをこなしていた。
「ひぃ、ひぃ、昨日フィーレス先生に治してもらった腹筋がぁ……!!」
「腰の動きが乱れていますよ! この踊りは腰の回転を如何に滑らかに行うかで美しさが決まります!!」
「こ、こんなに辛いなら……美しさなんていらねぇっす~~~~!!」
ナーガの里に、ラミィの情けない声が木霊した。
それから数十分後、午前のレッスンは終了した。
「砂漠に来てからやけに積極的ですね。あれですか? 暑さで頭をやられるという」
「そういう貴方は珍しく辛辣なことを言いますね。普段から身も蓋もないことはよく言っていますが」
この場合セネガ先輩の日ごろの行いの悪さが問題だと思うが。
レッスンを終えて水浴びをしたセネガ先輩はまだ髪が乾ききっておらず、普段のメガネも外していて得も言われぬ無防備な艶めかしさがある。流石は黙っていれば美人。後は性格の性悪なところをどうにかするだけで引く手数多だ。
普段はこういった姿を人前に見せないから、俺の疑いも妥当なものと察して欲しい。最大の欠点である性格の悪さも、今は薄れている気がする。
無論、性格が悪いと言っても秘書としてはこの上なく堅実に仕事をこなしてきた実績があるので、元々いい加減な人ではない。しかし、相手を気遣うとか真面目な反復練習とか、真面目な姿を周囲に見せるのは避ける人だと思っていた。
当のセネガ先輩は、そういえば、と思い出したことを口にする。
「私が何故ディジャーヤの民の伝統舞踊であるラクヴァラを踊れるか、話しそびれていましたね。場所を変えて話しましょうか」
「言いたくないなら別にいいですけど?」
「喋りたい気分なのです。ご不満でも?」
「そういうことでしたら付き合いましょう」
「ほう。先輩騎士と禁断の
すっと眼鏡を取り出してわざわざかけてからクイっと上げるセネガ先輩。割と本当に女性沙汰が多い上に未解決の案件まで抱えているので普通に痛いところを突かれた気がする。おのれシアリーズ、あいつズルイ。
ただ、それはそれとしてセネガ先輩を口説く気は全く起きない。
「少なくともセネガ先輩とデートしたら楽しくなさそうですね。ひたすらセネガ先輩に弄り倒されて体力ばかり消耗する未来が目に浮かびます」
「失礼な、いい思いはさせてあげますよ。代わりに貴方の財布が軽くなるだけです」
普通に酷かった。
そういえばこの人、結構色仕掛けとか得意なタイプだったっけ。
セネガ先輩に導かれるがまま、岩を削って作られた吹き抜けの廊下を歩く。非常に見晴らしがいい上に、外からでは高低差の関係で中が見えないから廊下や部屋の存在に気付けない。バルコニーのように外を綺麗に見渡せる場所につくと、座るのにちょうどいい段差にセネガ先輩は座り込んだ。俺もその近くに座る。
ナーガは体の構造上、人間のように椅子やベンチの文化がない。
微かに涼しい風の吹く日陰で、セネガ先輩は周囲を軽く見渡した。
周囲に誰もいないことを確認したのだろう。
「言っておきますが、言いふらし厳禁の話です。聞かれたくないとまでは言いませんが、他人に安売りしたくないのですよ」
「了解です」
「全く、こんなときだけ素直ですねぇ貴方は。しかも嘘をつきそうにない顔をしているからタチが悪い。そうやってネメシア嬢も落としたのですがそれはさておき」
「置くな。いや、置いてもいいけど勝手に断定すんな」
「でなければあの反応はないのでは?」
あの反応とは俺の無事が確認されたときの泣き付きだろうが、あれはもう主にネメシアの為に忘れてやって欲しい。心を落ち着かせるための座禅がみるみるうちに上達する程に恥をかいたと当人は気にしているからだ。
「あいつはただ真っ当に人間が砂漠に置き去りにされる状況を心配しただけです。同級生が砂漠に果てて還らぬ人になる未来を真っ当に憂いて、それが杞憂に終わって真っ当に喜んだ。素直すぎるんですよ。多分、うん……」
「……まぁ、そういうことにしておきましょう」
本題から逸れ過ぎた――というかセネガ先輩が自分で逸らした話を自分で戻す。
「私の生まれは元々特権階級なのですが、海外渡航している際に両親ともども事故に遭ったそうです。両親は死亡しましたが赤子の私は奇跡的に助かり、その際に……まぁ、ンジャに拾われたのです。文字の読み書きがそこそこ上達する年齢になるまでは、ずっとディジャーヤの隠れ里で砂を踏みしめて育ったのです」
それは、絢爛武闘大会で出会ったサヴァーから聞いたンジャ先輩の話に符合する。もしかしたらと思っていたが、その赤子こそがセネガ先輩だったらしい。既に予想以上に波乱万丈な人生である。
両親のことはひとまず置き、気になることを聞いてみる。
「隠れ里っていうのは?」
「ディジャーヤには表の里と裏の里があります。傭兵家業をしている以上、誰かに恨みを買うこともある。だから、故あってどうしても周囲から完全に隠匿させたい、ないし隠れたい人は隠れ里に行くのです。表の人間は裏の里のことは存在さえ口外しませんし、裏の里で起きたことは外ではなかったこととして扱います」
その里で、赤子だったセネガ先輩は育った。
だからディジャーヤの伝統舞踊を踊れたのだろう。
ディジャーヤは砂漠の民。幼少期の郷愁にセネガ先輩は中てられたようだ。
「……まぁ、その後色々とありまして、私は王国の良家に引き取られることになりました。ディジャーヤの文化と全く違う王国で、王国民として生きる為に。それが私を拾ったンジャにとっては果たすべき責務だったようです」
そう語るセネガ先輩の顔はひどく退屈そうで、どこか拗ねているようだった。
「望んでいなかったって顔ですね?」
「話の流れ的には当然、そうです。肌の色の違いから少々嫌な目にも遭いましたが、私は別に砂漠暮らしで構わなかったんですよ……と言う訳で、成人として独立し、騎士団に入ると同時にわざと上司を怒らせまして、特権階級を辞めてやりました」
「巻き添えを喰らった皆さまに同情しますね」
「しなくていいですよ。聖靴派です」
(そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ……)
自分の生き方の為なら他人の迷惑を厭わないとは、どっかのアキナ先輩を彷彿とさせる身勝手さである。あの人は本当に身勝手の権化だな。
一通り話し終えたと言わんばかりにセネガ先輩は立ち上がる。
「そういう訳で、十数年ぶりの砂漠にガラにもなく少し浮かれている感は否めません。それだけの話です」
「今が幸せなら俺からは別に言う事はないですけど……」
「何故今、その話をしたのか……ですか?」
俺は素直に頷いた。
割と、セネガ先輩という人物を理解するのには重要な話だった。だが、重要なのは俺にとってであって、セネガ先輩は別に他人に自分を理解してほしい素振りを見せることはない。むしろ、自分の考えや癖を読まれないよう周囲を翻弄している節もある。
セネガ先輩は考えるそぶりを見せ、そして首を傾げた。
「何故でしょうね?」
「えぇ……」
「昔は確か、両親を亡くして野蛮人に育てられたとか可哀そうだとかいい加減な事を言う連中が鬱陶しくて頑なに言わなかったような……そんなありきたりな理由だった気がしますが」
セネガ先輩は外に広がる広大な砂漠と、うんざりするほど青い空の狭間を見つめる。
「そんな肩肘張った自分の身体から力を抜く、そんな機会が欲しかったのかもしれません。貴方の顔は、見ていると色々なしがらみが馬鹿らしくなってきますから」
そこはかとなく馬鹿にされた気がするが、何も言わないでおく。
俺はセネガ先輩の視線を追い、砂塵に紛れて見回りに出ていた部隊が戻ってきているのを発見する。セネガ先輩のことだから、今ここに居ればその姿が確認できることは知っていてこの位置に来たのだろう。
そこには、ラクダを駆るンジャ先輩の姿があった。
(そうか、赤ちゃんの頃からンジャ先輩が面倒を見てたんだったら、セネガ先輩にとってンジャ先輩って本当は……)
砂漠の風が運んでくるのは砂塵だけではない。
大陸に置き去りにした過去を、砂漠は運んでくれたのかもしれない。
――その日の夜、ノノカさんからロックガイに対する最新報告が齎された。
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