第301話 SS:未知を既知に変えましょう

 砂漠への偵察によってヴァルナ達がロックガイと遭遇した翌日――外対騎士団、並びにナーガ兵たちが里の広場に集合させられていた。


 両組織共に突然呼び出しを受けた形だが、外対騎士団が暢気に何の報告かと予想しているのに対し、ナーガ達は期待と不安がないまぜになった落ち着かない様子だった。ナーガ語で何やら話しているが、未経験の呼び出しに対する困惑と、任務に連れて行って貰えるかも知れないという期待の二種があるように見受けられる。


 そんな中、姿を現したのはヴァルナではなく現場最高責任者のローニー副団長と、百人長サマーニー。二人は集結した戦力を見渡し、先にローニーから集合の理由を発表する。


「これより、騎士団とナーガの連携訓練を開始します」

「これは人とナーガ、互いの長所と短所を理解し、連携の仕方を学んでもらう為のものである。なお……結果を残せなかった者は夜の催しに参加できないので、そのつもりでいるように」


 思わぬ罰の登場にざわめきが響く。


 実は今日、ナーガと人間の懇親会が開催される予定になっている。

 親睦会では、王立魔法研究院とナーガの識者たちが実験や調査を重ねて相互に安全が確認された料理たちが並ぶ。ナーガの中でも比較的食に関心の高い兵士ナーガ達はこれだけでも興味をそそられるのに、更にこの催しでは(ナーガ達としては)絶世にして魔性の美女であるラミィ含む踊り子たちの舞踊が披露されるとあっては、彼等の期待値が高まるのは必然だ。


 それが、訓練の結果如何では参加できないなど、寝耳に水だ。


 百人長という兵を束ねる頂点がそれを口にした以上、是も非も兵士ナーガに言う権利はない。彼等が敬愛するヴァルナはこの場にいないが、外対騎士団の面々にヴァルナが混ざっていないのであれば、訓練の準備の方に回っているのだろうという程度の想像はつく。


 その一方で外対騎士団側はというと、実はナーガと未だに距離を取っている団員が多かったりする。そのため、懇親会に多少の興味はあれど、それ以上にナーガに近づかなければならないことへの僅かな忌避感が見て取れた。


(マジかよ、あの蛇魔物たちと……)

(素人の巻き添えで怪我なんてゴメンだぞ……)

(管理体制しっかりしてんだろうな、マジで)


 普段はオープンに不満を口にする彼らがひそひそ声なのは、それだけ魔物と肩を並べるのが不安だからだ。


 管理体制のしっかりしていない催しも意味のない罰ゲームもこの騎士団ではやらないということは理屈では理解している。それなのにこのような形で不安が満ちるのは、彼らがというより人類のメンタリティに問題がある。


 確かに、魔物の中には基本的に人に無害だったり、手懐けて共存が可能な種はいる。

 しかし、それを差し引いても、人間と魔物の戦いはおよそ一五〇〇年前から連綿と続いているのだ。積み重ねた屍と血の量は数知れないし、魔物研究が進んだ今でも大陸で魔物に襲われて命を落とす人間が後を絶たない。


 ヴィーラはまだ守護対象として見ることが出来た彼らも、成体のナーガたちの逞しさを見ればあの屈強なオークたちを想起するのは無理もない。幾ら彼らがヘタレでも、純然たる種族としての能力ではナーガが上。ヴァルナみたいにしれっとナーガを従えているのがおかしいのであって、普通はすんなり受け入れられない。


 顔に出さないだけで、騎士団側も問題を抱えていたということだ。


 メンバー分けはざっくりと、ナーガ五人に騎士五人程度。

 連携訓練場所は今は使われなくなった古い居住区画で、幾つかのポイントから複数グループが入って区画に入って目的を達成する。別グループと出くわしたら別行動してもいいし、一緒に行動してもいい。

 最後に念を押すように、百人長サマーニーが兵士ナーガ達に告げる。 


「なお、騎士団の協力によりトカゲのファミリヤが君たちを追い、監視する。訓練そっちのけで罵り合いや喧嘩を始めた者たちには訓練の打ち切り、及び相応の罰が下ることを覚えておいて欲しい」


 こうして、突然の訓練は困惑と緊張の中で始まった。


 ……さて、そんなグループのうちの一つを覗いてみよう。


 グループの人員は教官側で指定しているため、意図的に固められたと思しき人もいる。その代表格が、よくヴァルナに頭の悪い要求をしては飯抜きにされたりする、騎士団三馬鹿と名高い三人衆である。組まされた残りの騎士二人は不安顔だ。ナーガに近づく不安もあるが、それ以上に不安なのが三馬鹿だ。


 名前は最初に喋り出すのから順番に、アルマシー、ベン、カツェルフランヌという。基本的に同僚からはアル、ベン、カツェと呼ばれている。ちなみにカツェはヴァルナに霊感先輩と呼ばれている男だ。三人とも一応は遊撃班であり、オーク相手に攻め込む際には先陣を切ってきっちり仕事をする。


 とはいえ、剣術に優れているのかと問われると、そんなに強いわけではない。


 アルは苦戦するふりをしつつ相手を罠に誘導するのが抜群に上手い。

 ベンは目潰しや相手の気を逸らすのが芸術的なことに定評がある。

 カツェは相手を原因不明の金縛りにする。こわい。


 このように、遊撃班だから剣術が純粋に強いとは限らない。

 もちろんオークと戦えば勝てるだけの鍛錬と積み重ねはあるが、得意分野を利用して優位に立ち回ろうとするのはおかしいことではない。カルメなど、接近戦が弱いのに弓の能力が高すぎて遊撃班に抜擢されたくらいだ。

 遊撃班の役割は、オークが襲い掛かってきた際に騎士団の他のどの班よりも早く接敵し、他の安全を守る攻撃的な盾なのだ。


 そんな役割を果たすアル、ベン、カツェは、図太い神経によってナーガ達の事を気にせず薄暗い訓練場所に足を踏み入れる。


「うわ、暗いなぁ……訓練内容は全員で協力してこの通路の出口から脱出すること、だっけ? 迷路探索っぽいなぁ」

「お願いだからヘマすんなよアル。お前の持っているナーガ製光杖が俺らの持つ唯一の光源だぞ?」

「……ここからは彷徨える者の声は聞こえない。幽霊は出ない」

「おっ、そりゃ結構なこって」


 幾ら三馬鹿と呼ばれる三人も、気を抜いていい時と悪い時の判別はつく。というかこの三人はその点でオンオフが極端である。騎士団の残り二名が内心ほっとしているところで、後ろのナーガから不遜な声がかかる。


「我等ナーガは暗闇でもある程度周囲の地形を察知できる。人間がいなければ光杖など最初から必要ない」


 彼は、騎士団を見下していたナーガの一派だ。

 彼の声色には挑発に似た空気が含まれている。

 それに対し三馬鹿はというと。


「てことは……対策されてるな」

「ああ、活かされる場所と活かされない場所を用意してそう」

「でないとぬるい訓練で終わるもんね」

「ど、どういう意味だ……?」


 困惑するナーガに、アルが前を警戒して進みながら答える。


「あのなー、この訓練を企画したのは騎士団の上とナーガの両方だぞ? ナーガだけでクリアできるぬるい内容にしたら連携訓練の意味なくなるだろ?」

「ふん、ナーガだけでは突破できない試練などありえな……フゴッ!?」


 突如、ナーガたちが鼻を押さえて苦しみだす。

 遅れて騎士団メンバーも、何かの臭いが流れてくるのを感じた。


「なんとも言えない、お香か何かの臭いか?」

「ぐおおお……これはっ、ナーガの里で最臭と言われるお香っ!!」

「そんなに臭いか? 確かにいい香りと言う程ではないけど」

「臭い、猛烈にっ!! に、人間と我等とでは嗅覚の感じ方が違うというのか……!!」


 ナーガ達が悶え苦しみ二の足を踏む中、騎士団は話し合いをしてそそくさと先の通路の偵察に向かう。先行一名、追従二名、待機二名。先行するのは三馬鹿騎士ではない工作班の騎士だ。


「臭いの発生源を止める方法があると思うから探してくれ」

「おう、戻ってこなかったら救援要請頼むぜー」


 工作班の騎士は息を殺し、驚く程静かな足取りで暗闇の中へ進んでいく。臭さで進めないナーガ達は、遠ざかっていく背中を見送るしかない。


「くっ……我らを置いて自分たちだけ脱出する気ではあるまいな」


 恨めし気なナーガの言葉に「それじゃ訓練になんないでしょーが……」と呆れたように居残りのアルが漏らす。本来なら暗闇の中、魔物を隣に待たされる騎士の方が不安になりそうなものだが、アルは暢気だった。それから暗闇の中で待つこと数分、足音が戻ってくる。


「お香は消したぞ。ついでに臭いを相殺するお香っぽいの手に入れたんで燃やしてみた」

「先に進む道があったんだが、開閉の為の装置が手動な上にハンドルがびくともしねぇ。多分ナーガじゃないと動かせないわ」

「そうか……おいナーガたち、臭い平気になったか?」


 ナーガは押さえていた鼻を鳴らす。騎士団の人間が持ってきたナーガ工房製の香炉から漏れる香りは、臭い香りと混ざり合って別の新しい香りになっている。これはお香にうるさいナーガが考えた仕組みに違いない、とナーガたちは思った。


「もう、問題はない」

「よし。俺達は力を貸したから、その分だけ力を貸してくれよ」


 気負いのない言葉と共にアルから差し出された手に、ナーガは暫くプライドが邪魔するように躊躇っていたが、やがて自らも手を差し出した。人間に負けていられない、という新たなプライドが生まれたからだ。


 そこからは、早かった。


「この程度のハンドル、ナーガならば問題ない……!!」

「おお、怪力! みるみる扉が開いていくぜ!!」


 次々に出現する力技の通じない道を、彼等は突き進む。


「おのれ、何なのだこの矢鱈と垂れ下がった紐は!! 人間、分かるか!?」

「カツェって呼ばなかったら次から無視する。お前は名前なんて言うんだよ」

「この時間が惜しい時に何を悠長な……ええい、ナラクゥだ!」

「じゃあナラクゥ、この紐は多分正解の紐を引けば扉が開くものだよ。隣にナーガの言葉が書いてあるから、翻訳してくれる?」

「ふん……なになに?『一人目のナーガは、三人目のナーガが嘘をついていると言った。二人目のナーガは、一人目と自分は正直者だと……』……何だこれは?」

「あー、推理問題かぁ。この中に一人だけ正直者がいるとか、一人だけ嘘つきがいるとか、そういうのを推理する奴だよ」


 次第に、連携は精度を増していく。


「扉の鍵があるのはこのくぼみの中か……毒サソリの群れぇ!?」

「仕方ない。サソリも我等ナーガを積極的に襲おうとはしないから、我等ナーガで……いや待て。鍵の納められた祭壇が檻に覆われている! ナーガの手では中に入らない狭さか……!?」

「よし、手の一番細い騎士こい! ナーガと肩車だ!!」

「なんだそれは!? 肩に車輪でもつけるのか!?」

「あ、ナーガは足が蛇だから肩車の文化なんてあるわけないか……」


 こうして、難関を次々に突破した二つの勢力に、一体感が生まれた。


「駄目だ、アル。このやり方ではナーガは脱出できてもお前たち人間が部屋に取り残される。ここまで来てそれはない」

「嬉しいこと言ってくれるぜナラクゥ。おいベン、もっと部屋を探索しようぜ」

「とは言ってもなぁ……もう見えるとこは全部見ただろ? 触ってないのはあの天井の鎖くらいだけど、手ぇ届かないし」

「ちょっと待てよ。あの鎖の位置……天秤のフック……色々組み合わせれば引っ張れそうじゃないか?」

「試してみよう!」


 最後には、他の訓練参加者たち総勢十数名が合流し、大掛かりなギミックや謎解きまで用意されていた。それらの試練を全て突破した騎士団と兵士ナーガたちは、時間にしておおよそ三〇分程度だったとは思えない濃密な冒険を終えて太陽のまばゆい光を拝めた。


 最初は協力的ではなかったナラクゥたちは、改めて騎士団員と向き合う。


「この訓練の目的がよく分かったよ。我等には秀でた部分とそうでない部分がある。知恵、判断力、下半身が二本足であることの利点と欠点……我等ナーガだけではこの訓練は突破できなかったし、汝ら人間の騎士だけでも無理だっただろう」


 三馬鹿代表でほぼ騎士団側のリーダーとなっていたアルが笑顔で頷く。


「ああ。正直俺らも最初は不安な思いがあったんだけどな。その……魔物と連携とか、外の世界じゃ聞いたことのねえ話だもん。お前らがガン飛ばしてくるたびに背中に変な汗かいたんだぜ? 次に会う人間にはもうちょい優しくしてやってくれ」

「恐怖を、お前たちが……?」


 ナラクゥ達ナーガからはそうは見えなかったが、それは騎士団の本音だった。騎士団は恐怖を押し殺し、最善の動きをする為に努めていたのだ。


「汝らは砂漠の外ではオークなる醜悪な怪物と争っていると聞く。なのに、そんな汝らでも恐怖を感じるのか?」

「あたぼうよ。あ、今のは当たり前って意味な?」

「覚えておこう」

「で、恐怖の話だけど……正直オークは強ぇよ。人間相手と違って話しても通じねえし、何しでかすか分からん。俺等より体もでけぇから、何度面見ても怖ぇ。でも怖ぇからって逃げちまったら、逃げたオークが被害を出して誰かを傷つける。民を守るためにも、俺らはオークの何が怖いのかをしっかり理解して戦わなきゃいけないのさ」

「恐怖を、理解する……ナーガの戦士にはない考えだ。だが……覚えておこう」


 最後にナーガ達と騎士団員は互いに握手して、休憩の為に別れた。

 ナーガは恐怖との向き合い方を知り、騎士団は未知の恐怖を既知のものとする為に歩み寄る。連携訓練は、大成功と言って差し支えのない結果に終わった。


 そんな様子を遠巻きに見る人物が数人。

 そのうちの一人、セネガは、彼女にしては珍しく自慢げに胸を張る。


「まぁ、異種相手だろうと私にかかればこんなものです」

「いや、建築長とかいろんな人に手伝ってもらったでしょ……?」


 呆れるヴァルナに、周囲の人間とナーガはうんうんと頷く。

 彼等こそ今回の訓練の仕掛け人にして功労者たちであった。

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