第296話 迷う要素はありません
俺が勝手に副業を始めた件はさておき、肝心のナーガとナーガが遭遇した謎の魔物らしきものについての調査報告が行われる。
まず第一に、調査協力が不可欠なナーガの戦士がヘタレ過ぎて最低限の見回りしか行われていない旨がンジャ先輩から報告される。
「目撃情報の多い地域は百人長に依って立ち入り禁止。ヴァルナの育成が終わらねば烏合の衆也」
「かといって一人で調査するのは無謀すぎると……」
「うむ」
目撃証言のあった場所は相応に広く、聞くところによれば一度嵌れば抜け出せない底なし流砂もあるらしい。ナーガなら抜け出せるが、そのナーガが来ないのでは安全策も何もない。この時点で調査は頓挫している。
また、ナーガと未確認生物は幾度か交戦しているらしいのだが、その内容はナーガが恐怖に目を瞑ったまま槍を棒のように振り回して「来るな来るなー!」とやっていたら槍が偶然相手に当たり、目を開けたらもう敵は逃げた後だった……というものばかり。ほぼ何の情報もないに等しい。
とはいえ、ナーガは力持ちなので腰の入っていない振り回しでも槍先が刺されば痛いでは済まない。しかし現場には出血痕等はなかったという。このことから、クーレタリアの時の如く中身が実は人間でした、という可能性はないと見ていいだろう。
その間、ライの後輩で研究院から出向となったラミィはセネガさんを護衛代わりにくるるんと共にナーガの里の調査に赴いた訳だが……。
「帰りてぇっす。はぁ……なんでウチがこんな……」
頭をおさえてため息をつくラミィ。
ローニー副団長と共に里に足を踏み入れたガラテル准教授が首を傾げる。
「なんだね、調査に支障でも? 騎士ヴァルナの威光があれば捗りそうなものだが?」
「それが……ナーガのオスに囲まれてなかなか動けないんす……」
「私から説明しましょう」
暇を持て余してナーガの里のものらしい
「どうやらナーガの雌は目つきが鋭いほどに美人として扱われるそうです。そしてラミィは見事に目つきの悪い三白眼。ナーガのオスからしたらミステリアスでエキゾチックな美女がやってきた、となる訳で……」
「もーそこまででいいから……ッ!!」
羞恥にうち震えて、過剰な説明をするセネガ先輩を睨むラミィ。
くるるん曰くそれはあくまで大別された男性の好みの指標の一つらしいが、彼等からすると人間の肌は美しい白さに見えることもあり、メンバー内で一番色白なラミィは非常に周囲の目を引いている。
今やラミィは町を歩けば男たちは熱い視線を、女たちは嫉妬と羨望の眼差しを向ける、里の姫様状態だ。本人は魔物も動物もダメなので近づかないでほしいのに。
「囲まれて全然意味の分かんねぇナーガ語で話しかけられまくって調査どころじゃないんで、人間の言葉教えてるっす。皆を迎えに出たナーガもカタコトでなんとか喋れてたしょ?」
「人生の絶頂モテ期に突入したラミィは真面目に言語を教えようとしている私の邪魔ばかりして困ります。若さゆえですねぇ」
「アンタがろくでもない言葉を教えようとするからっしょーが!!」
「失礼な、生きていくうえでいつか必要になる言語です」
「いけしゃあしゃあと!! コドモもいんのによくあんなこと言えるよな!? アンタには公序良俗ってモンがねぇんすか!?」
顔を真っ赤にして反論するラミィ。
怒っているのか恥ずかしい言葉だったのかは知らないが、一つだけ確かなことがある。
「何を教えたのかは知らんけどセネガ先輩が悪い」
「そうですね、セネガくんが余計な事を言っていない筈がないですし」
「はしたない娘に仕事を任せた己を恥じ入る也」
俺、ローニー副団長、ンジャ先輩の順に意思が統一される。
「ほう、付き合いの長い私よりもつい最近であったばかりのオスナーガ達の姫になって天狗の女を信用すると?」
「いえ、俺はこれまでのセネガさんの言動を経験則で信じてます」
「そうですね、セネガくんなら絶対そういうことしますし」
「身から出た錆に溺れる前に錆を落とすべき也」
ある意味信用100%のセネガ先輩は旗色が悪いと見たか、ギリギリで耳に届く大きさで舌打ちして話を逸らす。
「まぁ、調査するまでもなくナーガの文化レベルは極めて高いです。特にこの建築、栽培技術は下手な地方都市以上のものを感じますね。原理不明の魔法道具らしいものや設備もあるのは特筆すべき点です。法律もあるようです。ついでに三賢長について説明しておきましょう」
相変わらず都合が悪いとすぐに話を逸らすが、三賢長はナーガの社会システムの根幹なので触れる必要はある。
「まず、三賢長とはナーガの社会で最高の意思決定権を持つ三人の代表のことです。元々は頂点に立つナーガの役割があったそうですが、不自由なく暮らしているうちに三つに分けた方が効率がいいということで合議制になったとか。興味深いですね」
王は有事にこそ決断を迫られるが、ここのナーガは有事に遭遇していないので決断を迫られることはない。また、彼等の社会はここで完結しているために外へ向かう成長戦略も必要ない。故に、合議制で十分に社会が回るようだ。
「まずはヴァルナの話に出た百人長。名はサマーニーです。ナーガの軍事・防衛・狩りを司りますが、農耕技術が安定しているナーガにとって狩りで仕留めた獲物はたまの贅沢程度の価値ですので農耕の役割も兼任しているそうです。武器を持ち鎧を装備するのは戦士の役割だけなので、少年ナーガからの人気はあるようですよ?」
わかる。男の子は憧れる。
人間とナーガでちょっと意識が共有できた気がして嬉しい。
「次に、天秤長です。名はニャーイ。この天秤とは司法の天秤でして、主に里のルールを教えたり、教えに背いた者に罰を与えたり、諍いが起きればどちらに理があるか裁定したりします。我々の知る地方の村長に近しい役割です」
ローニー副団長が首を傾げる。
「聞いた感じ、その天秤長が里の王に限りなく近く感じるのですが……」
「ところがそうでもありません。何せ平和なナーガの里はトラブル発生自体が稀ですからね。むしろ最も仕事の少ない長です。一番人気はもう一つの長――建築長ですよ」
「くるる! 建築長、ドゥジャイナ! 里の全ての建築まかされてるすごいオトナ!」
戦士ナーガにはゴミを見る目だったくるるんが興奮している。
最初は一瞬大工の棟梁かと思ったが、実際には都市設計の最高責任者。つまりナーガの里を作り、管理し、時に拡張している里で一番先進的な建築の長だ。
「ナーガの里は元々岩の中の洞穴だったそうです。それを建築長が趣向を凝らして天窓代わりの穴を作ったり、ベッドの概念を作ったり、水路を設計したり、魔法を用いた道具を作ったり……ナーガの里の文化的技術の大半をこの建築担当ナーガたちが握っていると言っていいでしょう。今では岩を組んで住処を拡大する計画まで建てているそうですよ?」
ついでに言うと農耕が本格化したのも建築長の判断なしには実現しなかったもののようだ。地下から湧水を組み上げるシステムをゼロから作り上げたのだとしたら、王国の建築家も脱帽である。
つまり、とセネガ先輩が締めくくりにかかる。
「ナーガ達にとって最も恩寵を感じるのは建築長です。しかし建築長は建築は出来ても治世や防衛は専門外なので出来ません。長たちは専門職を維持しつつ互いに足りない部分を補って里を運営しているのです。尤も百人長はヴァルナの出現で大分立場が傾いていますが」
「内政干渉みたいに言わんでください。俺は外の防衛や戦闘の技術を彼らに伝授してる雇われですよ」
それはそれで、突如現れて戦いを伝授し去っていく伝説の人物感あるが、これで縁が切れるとは思っていないので別にそうはならなだろう。ファーストコンタクトを交わした時点で俺達騎士団は仲介役という立場を大きくしたからだ。
ローニー副団長は「それはそれで技術漏洩的な問題もあると思いますが……」とぶつくさぼやきつつ、ひとまず納得する。
「ヴァルナくんのナーガ育成も長い目で見れば調査の為、信頼を勝ち取るためなので理には適っています。ひとまず三賢長と話をして我々の身の振り方について条件を決めましょう。まさか人生の中で魔物と人との契約を交わすことになるとは……胃が痛い……」
こうして、騎士団は正式に里の客として迎える旨の取り決めが行われた。但し、俺はこの件に限っては平等性の観点からナーガ側の立場に立って会議に参加している。
ここで下手に王国有利な取り決めをしてしまえば、議会聖靴派が彼等にどんなちょっかいをかけにくるか分からない。外交経験がない上に魔物である彼らの処遇を議会に任せればどうなるか――騎士として、そこは妥協できなかった。
ヴィーラが何故絶滅の危機に瀕したのか。
それは、ヴィーラが人間に特別の害意を持たなかったからだ。
人間という生き物は、抵抗の弱い相手に対してはどこまでも傲慢で残酷になれることは、これまでの人の歴史が証明している。
俺は、そんなしょうもない歴史をここで継承したくないのだ。
◇ ◆
時は過ぎ――ナーガの里、客室。
正確にはそれは客室というより使わなくなった古い広間をナーガが大急ぎで掃除、装飾を施した場所に、騎士団メンバーたちがやってきている。一通り情報を共有した彼らは無事な先遣隊に安堵の息を漏らし、気付けば既に夜になっていた。
騎道車は日陰で足場の安定した場所に移動させている。
一度に多くのメンバーを里に入れればトラブルの元になるため、ンジャ先輩とセネガ先輩が説明や里の掟などを伝えに向かった。今、この客室に居るのはやってきたメンバーの三分の一にも満たない数だ。
その一人、サイラードが食事しながらため息をつく。
「敵わねぇなぁ畜生……何をどうしたらナーガの長と同格になるとかいうフザけた状況まで持ち込めるんだアンタ。ずるいぞ」
「ずるくない。買って出たら受け入れられただけだっつの」
前に出会った頃に比べて大分マシになったサイラードと会話しながら食事を続ける。流石は特権階級というべきか、俺達に合わせて食事マナーをある程度無視してもなお食事の所作が洗練されている。
俺の言葉に諦めたように首を振るサイラードの言葉に棘はない。
「まぁいいけどよ。ところでお前の所の騎士団のちび博士は何してんだ?」
「ノノカ教授な。院からの出向だし。あの人はナーガの里の食事に人間にとって害のある品が混ざってないか調べてんだよ」
「毒殺を警戒してんのか?」
「な訳あるか。異種の食事だぞ? 犬にとって玉ねぎが毒みたいに、ナーガは平気でも俺らが食べられない成分入ってたら困るだろ」
「ああ……そりゃ確かに」
納得したサイラードの視線の先では、ノノカさんを筆頭に研究者たちが様々な簡易検査をしている。俺達先遣隊で一部の果実などは確認が取れたが、見たことのない調味料等もあるので彼らの厚意もすぐに手はつけられないのだ。
ナーガは毒に強い。そのため、彼らが毒とも思っていないものが食事に入っている可能性はある。
近くの席にいた聖天騎士団――なんだかロザリンドと盛り上がっていた――プラナが感心したように唸る。
「おぉ……流石は外来危険種対策騎士団を名乗るだけあって、異種のこと色々考えてらっしゃるんですね!」
「幸いうちには専門家もいるからな。ノノカさんにとっちゃオーク狩りも研究対象の確保ついでさ」
「研究者の研究には時間がかかると聞きます。我々は魔物の里に入り込んで、これからどうなってしまうのでしょう……」
あれ、と俺は首を傾げる。
なんか今、迷う要素があるだろうか。
「ナーガは在来種だった。今の所危険度も薄い。危険でもない在来種は討伐しないから話はそこで終わり。後は彼等の事を知りつつ砂漠を荒らす謎の生物の調査及び必要ならば討伐を行えばお話終了では?」
「ですわね、先輩。その後ナーガと王国がどう関わるかは王の裁定次第。我々はその材料を集めつつ、騎士道に従うだけです」
ロザリンドも特に迷っていない。
周囲で話を聞いていて戸惑っているのは聖天騎士団だけだ。
聖天騎士団の困惑を代表するように、サイラードが疑問を投げかける。
「いや、だって……所属地でもない場所に、遠征期間も定められずに現地協力者もいない所に飛び込んで魔物に囲まれてんだぞ? お前ら不安にならねえのかよ!?」
「まぁ現地協力者は現地調達するとして、他そんなに厳しいかねぇ?」
肝心な協力者は割と今までも現地で見つけてきた。
遠征期間が定められてないのは確かにそうだが、この手の調査を一週間で全部終えろなんて無茶は流石に通せないだろう。後処理で混乱するのは命じる側だ。
魔物に囲まれてるのは――正直、人間やっつけようとか言い出しても現状まだへたれのナーガ相手なら全員ぶちのめせると思うので心配する要素が分からない。一応ナーガが騎道車に要らん茶々を入れないようキャリバンとファミリヤも頑張ってるし、それ以上は考えるだけ無駄だろう。
この主張に、外対騎士団メンバーはうんうん頷いた。
「こ、この騎士団……」
「実は王国でメンタル最強なのでは……」
顔を見合わせて汗を垂らすサイラードとプラナであった。
なお、その一秒後にやっと平静を取り戻したネメシアが「少なくともヴァルナに関しては何も考えてないだけよ」とあんまりな一言を放たれるのだが。
「色々考えてるって、俺だって!」
「考えた結果『今考えてもしょうがないか』ってポイポイ思考の取捨選択して騎士道選んでるだけでしょ? はい確認終了ー!」
どこか悪戯が成功したような笑みのネメシアに何も言い返せなくて、せめてもの抵抗に「ぐぅ」と唸っておいた。なんでこう、ネメシアは時々物凄く的確な言葉を俺に突き刺してくるんだろうか。
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