第294話 砂漠の中に見つけました

 外対騎士団は、本格的な砂漠調査の準備を整えた。


 それでも騎士の動員数は第一部隊全員ではなかったが、選りすぐりの面子を揃えた。王立魔法研究院の同行者も王都から送られてきた本格的な装備に身を包み、騎道車も数とメンテナンスを揃えて二台用意した。


 聖天騎士団も自前のワイバーンを積める最新の大型騎道車を持ってきている。砂漠には流石に入れないが、ワイバーンの運搬能力を活用できるのは有難い話だ。


 特に若い竜騎士たちは気合が入っている。


 最近になってメキメキ成長している女騎士ネメシア。

 同じく成長株の女騎士、プラナ。

 そしてもう一人、この任務に只ならぬ気迫で臨んでいるのが騎士サイラードだ。


 サイラード・ニジンスキーは聖天騎士団の重役を父に持ち、才能もあってか多少甘やかされて育った男だ。しかしつい最近、彼は大きな屈辱を味わい、更にはそれ以上の失態を冒した。


 ラードン丘陵基地ワイバーン暴走事件。

 今ではそのように呼ばれている事件の原因となったのが、何を隠そうサイラードである。


 その当時、ラードン砦にいた騎士ネメシアはワイバーンの騎乗訓練が上手く行かずに思い悩んでいた。彼女は家柄こそ立派だが人当たりがそんなに良くなく、また聖天騎士団に代々所属していた家柄でない為に彼女に親身になる人もいなかった。

 結果、彼女は拒絶はされずとも、無関心という薄く柔らかい疎外を受けていた。サイラードもまたそうで、むしろ自らの技量への自負から「口の割に大したことない」と見下してさえいた。


 そんな彼女の手を引く男を見かけた同年代の騎士たちは、珍しいと思いつつも少々からかってやろうと彼女に少々無神経な言葉を浴びせ――そこで、痛烈な言葉を浴びせられた。


『苦しんでる同僚にかける言葉がそれか。聖天騎士団の若年騎手には、どうやら騎士が一人もいないらしいな』


『俺の知ってる騎士は、悩み苦しんでいる人間を嘲笑ったりはしないんだがな。お前の言う騎士ってのはそんなに低俗なものなのか?』


 その言葉を口にしたのは、騎士ヴァルナだった。

 実際にはそれは、サイラードだけでなく、からかいの言葉を浴びせた全員に向けた言葉だったのだが、これがサイラードのプライドに火を付けた。ここで彼がヴァルナに決闘を挑んだり闇討ちや騙し討ちという手段を取らなかったのは良かったのだが、結果としてヴァルナを見返す為に取った行動は大事件に繋がった。


 サイラードは死の危機に瀕し、パートナーであるワイバーンのアルハンブラの命までをも危険に晒し、挙句に内心で見下していた上司に本気で怒られ、殴られた。


 しかも、彼を寸でのところで助けたのは、彼が見下したネメシアと自分を怒らせたヴァルナだ。その上にヴァルナは、あろうことか事件が解決した直後にサイラードに「焚きつけてすまなかった」と謝罪しようとしたのだ。


 サイラードはこの日、人生で初めて自分が情けなくて泣いた。

 このとき、ヴァルナにかけられた言葉――そして後に上司バネウスから聞かされた話を糧に、サイラードは今まで以上に努力し、今まで以上に人に手を貸す男になっていた。


 そんな彼が、自分を変えた切っ掛けであるヴァルナが砂漠で行方不明と聞かされた時に沸き上がった感情。それは、今こそ借りを返してヴァルナと対等になりたいという対抗心に似た感情だった。


「埋まっていようが絶対に見つけてやるからな……!」

「サイラードくん、意気込みはいいけど隊列崩しちゃ駄目だよ?」

「わぁってるって、プラナ」


 騎士プラナはパートナーにトプカプというワイバーンを持つ女騎士で、サイラードとは子供の頃からの友達だ。というか、同期騎士の殆どがそうだったりする。

 プラナもヴァルナに叱責を受けた側だが、今ではすっかりヴァルナファンになってしまっている。彼女は既に婚約者もいた筈だが、それはそれ、これはこれらしい。


「まぁ、気持ちは分かるよ。無事にナーガの里って所に居ればいいけど、ネメシアだって砂粒一つ見逃すかって顔してるもん」


 苦笑いするプラナの目配せの先には、パートナーのミラマールを撫でながら砂漠を睨むネメシアの姿。もちろん内心ではヴァルナの安否が気になりすぎているのだが、顔に出ないよう努めているためにサイラードたちにはただ凛々しく佇んでいるように見える。


 その姿が余裕にも映り、サイラードの対抗心を燻る。


「あいつより先に見つけてやるさ」

「駄目だよサイラードくんってば……ヴァルナさんに言われたこと忘れたの?」

「うっ……わ、わぁってるよ! 『今までの倍努力して、今までの十倍人に優しくなれ』だろ? でもこれは心意気の話だから関係ねぇんだよっ!!」


 結果的に自分より早くネメシアがヴァルナを発見すれば、それはいいことだ。先に見つけたいというのはサイラードの私情に過ぎない。今は手柄の奪い合いより結果を優先すべきだ。


 こうして、外部の騎士団も含めて一定の連帯感が保たれたまま、彼らは足並みを揃えて砂漠へ突入した。


 砂漠内では幾つかの細かなトラブルに見舞われたりもしたが、おおむねスケジュール通りに進み続けた。途中で廃棄された一号に騎士たちが別れの言葉を告げたり、ワイバーンを間近で見るのが初めてな面々が触らせてほしいと懇願したり、文化交流のような面も見受けられた。


 そして、遠征三日目に事件は起きた。


「騎士ネメシアより伝達!! 前方に何かいます!! 」

「特徴は!?」

「目測ですが、人間より少し大きく見えます!! 下半身が蛇のように長く、三叉鉾を所持しています!! こちらの存在に気付いていますが動くそぶりはありません!!」


 そこは、ヴァルナ達を送り出した場所の周辺だ。

 伝達はすぐさま現場指揮官のローニーに伝えられ、しばしの話し合いの結果、接触するしかないという結論に至った。


 ワイバーンにローニー副団長を乗せ、聖天騎士団の竜騎士たちはそのシルエットに近づく。そして、思わず息を呑む。


 顔立ちや上半身は完全に褐色肌の人間だ。

 だが、耳に当たる部分が鋭角的に突き出した不思議な器官になってること、服装が見たことのない独特の意匠であることなど、明らかに日常の世界で見かけない特徴が重なっていき、そして彼らの下半身が巨大な蛇のようである部分で違和感は爆発する。


 ローニー副団長は生唾を飲み込んだ。


(これがナーガ……この炎天下でも汗一つかかず、なんて冷静な佇まいでこちらを見ているんだ……)


 上半身は人間大でも、下半身が蛇であるために彼らの目線は平均的な人間より高い。屈強そうな外見で三叉鉾を握る彼らの人数は三名。その中心にいる、少し立派な兜らしきものを装着した者が口を開いた。


「נעים להכיר אותך……アー、王国、騎士団ですか?」

「……!! はい、王国騎士団です。初めまして」

「ウ、ハジめまして。ナーガの里を守る戦士、この場の代表のサマリカ、です」


 たどたどしいが、それは確かに人間の言語だった。

 コミュニケーションが言葉で交わせると気付いたローニーは、咳払いして会話を始める。


「私は王立外来危険種対策騎士団所属、ローニーです。ここへはいくつかの用事があって参りました」

「シッテル、ます。我々の子ども、届けに来ました。それ、感謝します」

「……!! では、我々の仲間が貴方方と既に接触しているのですか?」

「חיובי。案内、仰せつかっています。立場ある人だけ、来ること許可できる、ます。大きな仲間たちは、そうですね……מה עלי לעשות……その竜、里の皆が怖がります。一匹だけにしてください」


 ローニーは内心で唸る。

 ヴァルナたちと接触したのか、それともくるるんだけが里に辿り着いたのか、確認が出来ていない。ここで改めて確認を取るのも不作法だが、彼の真意が読めない。ワイバーンを連れてくることを一匹は許可したということは多少の譲歩を見せているのかもしれないが、見分けがつかなかった。


 少し悩んだのち、ローニーは礼を失してでも確認を取ることを選んだ。


「その前に確認したいのですが、そうですね……」


 どう聞くか考えたとき、ローニーの頭にはヴァルナにすぐ懐いたくるるんの姿が想起された。くるるんが本能で察せるのならば、彼らもヴァルナと接触したなら強い印象を残している筈だ。


「我々の仲間、ヴァルナに会いましたか? 二本の剣を持った若い男です」


 その質問に対して、ナーガたちの反応は劇的だった。


「גדול! ラージャ・ヴァルナ!! 素晴らしい人です、とても!!」


 まるで自分を誇るかのような喜びに満ちた態度に、控えていたナーガたちも一様に頷く。その様は単に気に入っているとか面白いを通り越した、深い敬意のようなものさえ感じられる。


 明らかな空気の変化を悟ったローニーは、額を流れる汗が蒸発するのを感じながら、なんとも言えない微妙な顔になる。


(ははぁん、ヴァルナくんまた何かしでかしましたね?)


 ナーガたちに恭しいまでに丁寧に先導されながら、彼らは向かう。前人未到の土地、ナーガの里と……そこで既に何かやらかしているらしいヴァルナの下へ。


 そして、辿り着いた先に待っていた光景に、彼らは絶句した。


 町が一つ乗るほどのスケールで聳え立つ巨大な岩盤を綺麗に加工して作られた昇降口。その途中に存在する無数の洞穴。流れる水路とその水を吸収して瑞々しく育つ植物たち。そして岩盤の最上部で槍を構える数多のナーガの戦士たち――ではなく。


「腰が入っていない!! もっと手首の回転を意識しろッ!!」

「「「「ラージャ・ヴァルナ!!」」」」

「こら、そこ!! 標的に意識を向けながら周りにも意識を向けろ!! 戦いの途中に仲間と得物が衝突するなんぞ、実戦では殺してくれと言っているようなものだぞ!!」

「「「「ラージャ・ヴァルナ!!」」」」

「終わったら模擬戦だ!! 体力を使い果たしてバテたら承知せんから覚えておけッ!!」

「「「「ラージャ・ヴァルナ!!」」」」


 屈強なナーガの戦士たちに教官の如く檄を飛ばすヴァルナの姿であった。ナーガたちはヴァルナの言葉一つ一つに大声で返事をしながら一心不乱に槍を振り、ヴァルナが時々動きが悪いと指摘すると文句一つ言わず「ラージャ・ヴァルナ!!」と全て承諾している。


 ――嘗て、人間が想像しうることは全て現実に起こりうるという言葉を残した哲学者がいた。その哲学者にローニーは今すぐ進言したいことがある。


 いや、想像できないし実現できると信じたくないわ、と。


 なお、この想像できなかった謎の世界に硬直していた面々は暫く思考が停止したが、唯一わんわん泣きながらヴァルナに駆け寄って抱き着いたネメシアだけはちゃんとヴァルナしか見えていなかった。

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