第293話 SS:絶対そうです

 ――とある団員の日記より。




 ヴァルナ達がナーガの里に旅立って一日が経過した。


 砂漠の環境に適応したファミリヤが用意できなかったために、今、ヴァルナ達とのホットラインは繋がっていない。砂漠慣れしたンジャの旦那を疑う訳ではないが、あの人も古傷のある身なので手放しで安心はできない。


 ンジャの旦那とは長い付き合いだが、あの人はまさに達人という言葉が相応しい。古傷故に長期戦には駆り出されないが、あの人の場合、短期決戦で十分すぎる程に戦果を挙げてしまう。


 一挙手一投足に隙が無く、相手の動きや行動を先読みして回り込む様は旦那の傭兵時代の経験を否応なしに感じさせる。あの人の訓練で強くなった騎士は数知れない。


 そんな旦那が自分の後釜のように期待しているヴァルナ。

 そして俺達以上に旦那と付き合いの古いセネガの嬢ちゃん。

 加えてお荷物の整備士の娘を合わせ、計四名。

 それが、騎道車に戻ってこない。


 正直に言えば、ひどく不安だ。

 それは、旦那たちの行動が『冒険』だからだ。

 冒険にはなんの保証もないし、些細なミスが命を追い詰める。

 将又、前提からして挑むべきでないのかもしれない。

 その不確定な未来が余計な事を考えさせる。


 尤も、ンジャの旦那ならこんな姿を見れば心構えがなってねぇみたいなことを小難しい口調で指摘するのだろうが。


 騎道車は既に撤退準備を始めている。うちの一号は駄目だったが試作はなんとか帰りまで動くようだ。狭い部屋に押し込められる生活からもう少しで解放されるという嬉しさはあるが、手放しで喜ぶ気にはなれない。


 もし、ンジャの旦那がナーガのせいで死んだと聞かされたら、俺の心にはナーガへの復讐心が芽生えるかもしれない。旦那は復讐だ何だと私情を戦いに持ち込むことを咎めるだろうが、そもそも魔物なんて碌な生き物じゃない。王国出身の奴らにはこの気持ちは分かるまい。


 ヴィーラだってそうだ。子供のうちは可愛くても、大人になったら手に余るに決まってる。その点キャリバンはまだよくやった方だ。新しい住処を見つけさえすれば解放されるって条件を呑んだからな。


 ――ともあれ、ここで俺が何を唱えようが撤退準備を進める連中を止めることは出来ないし、命令を受ける体質が染みついた俺もしっかりノルマ分働かされた。


 それでも、気付けば視線は自然と砂漠の地平線へ向き、ラクダに揺られる人影を探している。


 ンジャの旦那曰く、砂漠は砂丘の位置関係を覚えればそうそう迷うことはないらしい。俺にはどの砂丘も同じ砂の塊にしか見えないが、その知識が旦那を生かしていると信じるしかない。


 撤退後、再度砂漠へ入れるか。

 どんな装備、どんな大義名分で入るのか。

 気が急いてるのか、たらればの話ばかりが頭を過る。


 旦那、ヴァルナ、くたばるんじゃないぞ。

 嬢ちゃん共も無事でいるんだぞ。

 うちの騎士団は関係者も含め、何があろうが殉職禁止なんだからな。




 = =




 試作騎道車が戻ってすぐ、ヴァルナたちが出たまま戻ってこなかった件は騎士団中に広まった。だが、ヴァルナが居なくなった不安よりは、ヴァルナが付いてるなら何とか生き延びるだろうという信頼が勝り、士気は落ちなかった。


 ヴァルナの読み通り、既に外対騎士団第一部隊には国王からの勅命が届いていた。


『王国領土内に住まうナーガなる魔物の生態及び実態を調査し、王国の理と利に仇なすならばこれを撃ち滅ぼすべし』


 これに、くるるんの姿が脳裏をよぎって身震いした団員は少なくない。

 国王は過激な思想の持ち主でも何でもない、ただ真っ当に魔物の調査をしろと言っているだけだ。その上で、オークと同じく人に仇なすなら討伐して役割を果たせとの仰せに過ぎない。


 国王はナーガという種族の知識は持っているだろうが、それでもナーガと人間が友好的な関係を築けたという前例も、そうなるという保証もない現状ではただ魔物なのだ。


 本気度を示すように、王国は聖天騎士団を援軍に寄越した。

 聖天騎士団最大の武器とも言えるワイバーンは荒れ地や砂漠に適応した魔物で、飛行能力やブレスなどナーガにはない特徴がある。種族差で追い詰められたら種族差で覆せということだろう。

 だが、ヴァルナがここに居れば「考え過ぎだ」と暢気に言うだろう。


「要するにナーガと友好的関係を築ければそれでヨシ。共通の利益を得られればなおの事ヨシと、調査次第で歓迎すべき存在になる! ……ってことですよね?」


 鼻歌交じりに浄化場で荷物を整理するノノカの言葉に、ロザリンドは頷く。


「ですわね。ヴァルナ先輩が既にナーガの里に到達して上手く事を運んでいれば、全ての戦力は戦力として運用せずに済みますから」


 この勅命を遂行する間は第二部隊にオーク討伐を全面的に任せなければならないのが不安と言えば不安だが、彼らもだいぶ討伐に慣れてきているし、聞いた話ではシアリーズも呼び出されているそうだ。ヴァルナに匹敵する実力者の彼女がいれば余程の事があっても片を付けるだろう。


 ……冷静に考えると、世界一位の戦士と世界二位の戦士がオーク殺しの為に同じ国で活動してるというのは大分頭のおかしい状況な気もする。


 閑話休題。


「今、整備士の方々が騎道車の二号を急ピッチで換装中です。同時進行で一号の試験運用で見つかった問題の応急措置をし、試作騎道車も整備が進んでいます」

「終わるまでは?」

「……三日ほど、ですね。三日でも異常なペースの早さだそうですが」


 遅すぎる――そう考えている騎士は少なくない。


 もし派遣された四人に何かがあれば、あらゆる方面への大問題だ。出来るだけ早く彼らの安否を確かめたいと思うのは当然だろう。一方で「合法的にナーガ見れるぜヒャッホウ!!」と叫ぶ整備士の姿を少なからず見ているのが別の意味で不安を煽る。作業スピードにはプラスなので期待するしかない。


「まぁ、案ずるより産むが易しです。ロザリンドちゃんは万全のコンディションを整えて事に当たる。そうすればおのずと出るべき結果が出ますよ。だから、もっと笑いましょ?」


 振り向きざまに向けられるノノカの屈託ない笑みに、ロザリンドの口元もつられて綻んだ。この笑顔こそ、ノノカさんが三大母神などと呼ばれる所以の一つなのかもしれない。 


 既に騎士団は各々で砂漠行きの準備を進めている。


 料理班も道具作成班も、試運転から戻った面子から得た情報を基にせわしなく動いている。


 キャリバンはファミリヤの先生だというリンダ教授からいきなり送られてきた鷹――ヒュウという名前らしい――を必死で手懐けている。


「ピエー!!」

「え、名前候補がピイだった? よかったじゃん今のかっこいい名前で」

「ピエッ!!」

「痛ッ! え? 何? ピイの方が可愛くて好きだったの!?」


 鋭い視線に立派な鉤爪を持つヒュウも、狼のプロと同じくリンダ教授のファミリヤだ。人語は話さない。ロザリンドは最近までそれを喉の構造の問題だと思っていたのだが、このあいだ祭国のファミリヤ犬が喋っていてかなり驚いた。


 曰く、最新の魔法道具で犬語を人間の言葉に変換しているので道具なしにはやはり喋れないらしい。しかし研究院の教授ともあろう人が道具を持っていないのだろうか? と疑問に思って質問してみたところ、キャリバンはあっけらかんと答えてくれた。


「プロも含めて気位の高い動物は自分のしゅに誇りを持ってるから、人間の言葉は使いたくないらしいよ? なぁ、ヒュウ」

「ピエッ」


 まるで友人に話しかけるようにキャリバンはヒュウとやりとりする。

 自然体で別種に寄り沿うキャリバンを見て、ロザリンドは人間の価値観に染まり過ぎた自分を恥じると共に、キャリバンのこんなところがファミリヤ使いとしての適性なのだろうと感じた。

 彼の偵察能力はこれからの遠征でも力を発揮するだろう。


 他、ガーモン班長は最近なぜかずっとアマルの近くにいる。アマルは「もしかして先輩、わたしに気があるんですかぁ? えーしょうがないなぁ~!」と若干の期待を込めた目をしていたが、アマルの氣の呼吸を盗むためだと普通に断言されて「利用するだけして捨てる気なんですね!!」と傷ついた彼女から誤解大爆発を招くことを言われていた。


「このままだとナギに差をつけられ過ぎます! 御前試合の事もありますし、氣が必要なんです!」

「先輩はサイテェの男です!! 女から貰えるものだけ貰って逃げようとしてます!!」

「そんなこと言わずに! ヴァルナくんがいない今、君が頼りなんです!!」


 事情を知らない周囲がざわついたが、これに関してはどっちもどっちだと思うのでロザリンドは特にフォローしていない。というかアマルは割と年上の異性と付き合う気が満々なのが意外だった。

 考えてみれば、アマルは振られたとはいえ元彼氏持ちだ。

 思わぬ人間としての差に気付いてしまったロザリンドだった。


 ちなみに聖天騎士団だが、矢張りというべきか縁のあるネメシアもやってきていた。最初はきりっと礼儀正しく挨拶を交わした彼女だが、その後すぐに物陰まで手を引かれたと思ったら、彼女は心底不安そうな顔で尋ねて来た。


「あの、ヴァルナが砂漠で行方不明って……本当なの!? 装備は!? 食料は!? いつ頃の話でどこで最後に姿を見たの!? 捜索隊の準備は!? 大丈夫よね……あいつ大丈夫よね!?」


 泣きそうな顔でまくしたててくるネメシアをロザリンドは大丈夫だと力説して何とか落ち着かせた。若干の情報の錯誤があるようだったので訂正したら少しは落ち着いたが、まるで恋人が死んだと聞かされたような動揺っぷりに「もしかして好きなのでは?」と邪推が脳裏を過る。


 はあ、と息を吐いて呼吸を整えたネメシアだが、その端正な顔立ちには未だ拭えない不安感が露になっている。

 彼女は真面目で素直で優しい人物だ。

 そんな彼女だからこそ、心配が止まらないのだろう。


「あいつ変なところで運悪いから。いいことが起きた後は必ず一回がくんと落ちるっていうか……だから今回はもしかしたら本当に洒落にならないのがあるかもって……も、もう! 何でこの私があんな奴の為にこんなにモヤモヤしなきゃいけないのよッ!! 落ち着け私ッ!!」


 頭を振ってまた落ち着いたと思ったのだが、それでも振り切れない思いが溢れたのか瞳にうっすら涙を浮かべたネメシアは物憂げに俯く。


「……これでお別れなんて嫌だよ、ヴァルナぁ……」

(あっこの人絶対好きだ)


 一生懸命すぎるぐらい一生懸命にヴァルナを心配するネメシアの姿を見て、ロザリンドはそう確信した。騎士団の仲間ならこうはならないであろう心配の仕方に、色恋沙汰に疎いロザリンドでさえ桃色の何かを感じる。


(なんといいますか……恐らくヴァルナ先輩に想いを寄せているシアリーズさんには悪いですが、必死すぎて応援したくなりますね……)


 ひとまず、ロザリンドは自分の今の役目を「比較的親しい間柄としてネメシアのメンタルケアをする」に決定したのであった。その間にネメシアから学生時代のヴァルナの話を散々聞かされたが、生憎大好物の話題なので飽食はしなかった。



 ――彼ら調査隊はまだ知らない。


 彼らの向かう先――ナーガの里に、歴史上類を見ない緊急事態が発生していることに。

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