第290話 そういうの駄目です
くるるんはまだ人語を完全に使いこなしている訳ではない。
なので多少曖昧ではあるが、情報は得ることが出来た。
曰く、ナーガたちはまだこの島が王国になる前にここに流れ着いた一族の末裔だと伝えられているらしい。砂漠に適合した魔物であるナーガにはこの砂漠が最も過ごしやすく、砂漠の外に人がいることは知識で知っていても興味はなかったそうだ。
実際問題、王国民がバノプス砂漠に足を踏み入れるメリットはないので接する機会もほぼなかっただろう。ナーガたちは砂漠の中心部辺りで平和に暮らしていたそうだ。余りにも平和すぎて戦いの技術が形骸化する程に。
「さばく、ナーガより強い生き物いない。だから戦うこと殆どない」
ノノカさんが確かに、と頷く。
「魔物を除く砂漠の野生生物でナーガより強い生物が王国に生息しているとは考え難いですねー」
生態調査が余りされていない砂漠だが、予想される動物はキツネにガゼル、トカゲやヘビなどが挙げられている。ナーガは毒に強く、魔力で表皮を硬化出来るらしいので、くるるんでも大抵の野生生物は怖くないようだ。
と言う訳でナーガの慎ましくも平和な暮らしはこのまま続くと思われていた。
しかし、最近になってその風向きが変わってきたという。
「うごく岩、見かけるようになった、大人たち言う。くるるんも見た。のそのそ、もぞもぞ」
表現は可愛らしいが、サイズ的には直径一メートル以上あるらしい。そんなサイズの岩が動いてたら誰だってびっくりするだろう。その岩はどこからともなく出てきては去っていくので最初はナーガたちも意味が分からなかったらしいが、暫くして更なる異常が起きたという。
「周り、虫、動物、サボテン、急に減った。気になった大人たち、見回り。見つけたの、齧られたキツネの死骸。たくさんの岩、立ち上がって、大きくなって襲ってきた」
「魔物……!!」
保護色というならまだしも外見が岩に見える動物は聞いたことがないし、長く砂漠に住むナーガが驚くくらいだから外来種の魔物である可能性が高い。岩に見える魔物といえばゴーレムが有名だが、ゴーレムはもっと巨大だし鉱山辺りに出没するレアな魔物だ。群れも作らなかった筈だし、砂漠に住むゴーレムは聞いたことがない。
そもそも、ゴーレムの餌は土や鉱物なので肉もサボテンも食べない。
つまり。
「これまでの経験則からして新たなる品種改良オークの可能性が!!」
「……幾ら品種改良したって根っこはオークですよ、ヴァルナくん? 表皮が岩のようになって日光に耐性を得たところで急に砂漠に適応できるとは思えません。雪山と砂漠では生物に求められる条件が違いますし……いえ、でも……」
「ノノカさん?」
「……そうですね。もしそんなオークがいたら是非とも解剖したいですね!!」
にぱっと笑うノノカさんだが、今の一瞬の間はそんな知的好奇心から来るものとはどこか違った気がした。ノノカさんの頭の中では、もしかしたら俺の予想もつかない推論が組上がっているのかもしれない。敢えてそのことは言わず、「任せといてください」と笑って返事する。
「で、襲われたせいでくるるんは逃げ出して、その先でオークに捕まってしまったと」
「……砂嵐、流砂、いろいろ。見覚えないトリに捕まったり、した」
「波乱万丈の大冒険だな……」
ずーんと沈み込むくるるん。体が微かに震えてる辺り、捕まって非常食にされたことを思い出していると思われる。普通そんな経験したらトラウマになる。悪いのはオークである。尤も件のオークたちは永遠に醒めない夢の世界に旅立っていったが。
(……今更ながら、ノノカさんに逆らわない理由ってそっちか?)
閑話休題。
ナーガの里を探すのはいいが、問題もある。
バノプス砂漠は人が入り込まない上にファミリヤにも厳しい環境なので、地図がない。
くるるんのいたナーガの里がどこにあるかはくるるんの記憶力と帰巣本能次第。しかもトラブルが予想される中で日数も行きと帰りを含めて僅か四日間のタイムリミットつき。こんな厳しい追加仕事、周囲が受け入れてくれるのだろうか。ダメだった場合は俺が単独で動くしかないのでかなり厳しいことになるだろう。
何より、実は今回は管轄の問題でノノカさんを含めて同行できない人間が多い。アマルとロザリンド、キャリバン、カルメ、ロック先輩といったいつもの面子が軒並みお留守番である。一種アウェーとさえ言える環境の中で、俺は果たして騎士団と王立魔法研究院を説得できるのか。
今、俺の交渉力が試される。
で、結果。
「ナーガの里ぉぉぉぉぉ!? 行きたい行きたい行きたい行きたい!!」
「生ナーガですかぁッ!! それは是非とも死ぬまでに見に行きたいですよぉ!!」
「ナーガの生態を知れるナーガと触れる機会があるナーガの論文が書けるゥ!!」
「幼体ナーガ……これは……イイ……」
「こうしちゃいられねぇ!! 俺が一番にナーガと接触するんだぁ!!」
「抜け駆けをさせるものかよッ!! 貢物を用意しろッ!!」
王立魔法研究院の皆さま大フィーバーで、ナーガの里捜索という追加目標はアッサリ通った。それはそれとしてちょっとくるるんと距離取ってくれませんか皆さん。くるるんの人間に対する警戒心が鰻登りなんですが。
人との接触が殆どない神秘の種族、ナーガ。
砂漠の守護者とも呼ばれる彼らの秘密は、専門外の人々でも暴きたいらしい。
成り行きとはいえその存在を彼らに教えたことは軽率だったかもしれない、と俺は興奮し過ぎて踊り狂う研究院の皆さまを冷めた目で見つめた。……え、ローニー副団長? 彼なら胃薬を抱いて部屋の隅で寝ています。おいたわしや。原因連れてきたの俺だけど。
かくして王国史上初、騎士による砂漠行軍に新たな追加任務が加わった。
ナーガとの接触、及び事情の聞き取り、及びナーガの抱える問題の解決である。
ただ、ナーガの簡易生態調査の件で余りにも盛り上がり過ぎる研究院メンバーが喧しくて見ていて不安だったので、俺はナーガ研究担当者を予め決めることにした。研究院メンバーからは不満も漏れたが、そもそも騎道車の試験運用は疎かにすれば死を招く。ナーガが人間に友好的に接してくれるとも限らない。
ナーガ接触は少数の人間で行うべきだという主張は、渋々ながら承認された。
が、誰が適任かは俺には判別がつかなかったので、研究院側の人間であるノノカさんと任務にも同行するライに確認を取る。
「誰が適任とかあります? ライも、誰かいい人いるか?」
「タイムリミットがある以上、夢中になり過ぎる人は駄目ですね。かといって無頓着すぎる人も駄目ですし……」
「魔物学の知識が最低限あって、いい感じにナーガに興奮してなくて……」
「あとは民俗学の知識も欲しいですね。もちろん仕事を時間内に終わらせる要領の良さがあるとベストですけど。ライくん、誰か候補はいます?」
「んー……あ」
ライの視線が、部屋の隅に控えめに立っているゴーグルの女性に視線をやる。
年齢は俺と同じか、もしくは年下だろうか。室内なのに色レンズのゴーグルを装着して髪を纏めておらず、洒落っ気のないツナギにちょこちょこ可愛らしいワッペンというお洒落をする気があるのかないのか分からないアンバランスさが目立つ。
ナーガトークに盛り上がる集団から明らかに距離を置いているので妙に目に入るその女性に、ライは近づいていって声をかける。
「ラミィ。お前確か趣味で民俗学齧ってたよな?」
「……単位のために」
「魔物学は?」
「……今時ほぼ必修っしょ」
「趣味は人間観察って言ってたし魔物もイケるよな?」
「……無茶ぶりだし、その趣味はなかったことにしてって言ったじゃないすか」
すっと顔を背ける彼女にうんうんと頷いたライは、こちらに振り返る。
「ヴァルナさん! 後輩のラミィを推薦します! 仕事も要領いいですし、今回は別にナーガ生態調査が主じゃないんでしょ?」
「ちょ、センパ……やるとか言ってない!」
「いいだろ? 本格的な調査じゃないからそこまでカッチリしてなくていいって!」
「でも、あのちびっこ教授が見るんっしょ?」
「出来る出来る、お前なら出来る! センパイ命令だ、やれ!」
「センパイのそういうとこ嫌い……」
全く乗り気ではないように見えるが、断らない辺り、拒否はしないようだ。ゴーグルのせいで目元が見えないが、同じような経験を何度もしたので断れないと分かっているのかもしれない。
「それはそれとしてライ、こういう職場で先輩風吹かせてパワハラはどうかと思うぞ。今そういうの自覚なくても抵触するからな」
「ええっ! いやいや、俺とラミィはいつもこんなノリなんですって!!」
「そう説明する奴に限って実は強要してんだよなぁ……」
「……そっす。センパイはちょっと専門外のことがあるとすぐにウチに仕事を押し付けようとするっす」
「なぁっ!? 裏切ったなラミィ!!」
とりあえず、二人は先輩後輩としてそれなりに気安く信頼関係もあるようだ。思えばライから誰かを紹介されるって初めての経験かもしれん。
「あ、ちなみにラミィは恋人とかいないんで口説いちゃっても大丈夫ですよヴァルナさん! 心配ご無用、ゴーグル外せば結構可愛いですから!」
「ライ、今のは言い訳のしようもないセクハラだぞ」
「ちょっと女心が分かってなさすぎるゾっ♪」
「最低、女の敵。騎士様、こんな駄目セクハラ先輩は成敗すべきです」
「でぇぇぇぇーーーーーッ!? そりゃないぜーーーー!!」
最初は内向的かと思ったが、ラミィはそれなり話せる女性のようだ。
こうして無事にナーガ担当も決定したのだが……問題が一つ。
俺が抱いていたくるるんが身を乗り出してラミィを品定めすると、ラミィはびくっと体を震わせる。
「くるる……?」
「ひぇっ! ……あの、ナーガ調査って別にナーガ触らなくてもいいっすよね?」
「ん? そうだが……魔物、怖いか? くるるんでも?」
「生物全般と、あと子供……だめっすぅ……」
へにゃっとした弱気な声を出すラミィと、それを「コイツ本当に大丈夫かよ」と胡乱気な目で見つめるくるるん。まぁ、観察するだけなら問題ないと信じる他ないだろう。別の研究者だと逆に気安く近づきすぎて大変なことになるかもしれないし。
こうして砂漠行きの準備はあれよあれよという間に整い、翌日には出発にこぎつける。我らが騎士団の任務にしては珍しく、大冒険の予感が立ち込めていた。
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