第289話 心からの行動です

 騎士たるもの思慮深くあれ。


 確かに騎士は巨悪と戦う勇猛果敢さが求められる場面もあるが、皆の規範たる騎士ならば時には知恵で困難な場面を潜り抜けなければいけない時もある。様々な可能性を考慮する中で最善を選び、それを通す。その為には待ち、耐えることを甘んじて受け入れるべきだ。


 アホだった子供の頃の俺はどんな敵にも対応できるよう騎士物語での騎士の知略を現実でも出来るようによく妄想したが、妄想は現実にはならないのであんまり意味はなかった。むしろ騎士になってから読んだ名作『ふんたぁクン奮闘記』の方がよっぽど現実に即している。


 そんな俺達騎士団が、今まで踏み入れたことのない砂漠に足を踏み入れる為に予め準備していない筈はなく、現在俺たちは騎道車の実用試験の為の砂漠レクチャーを受けている。


 まずは整備に参加していたライが研究院代表として流れを説明する。


「今回使うのは騎道車二台! 片方は完全に砂漠を想定して設計された試作機で、もう一台は外対騎士団が使っていたものをパーツ換装したものです。この二台を実際にバノプス砂漠で動かしてデータを得ます。一日目で砂漠中心部へ向かい、二日目と三日目は試運転がてら砂漠の地形調査をしつつ騎道車が砂漠に滞在した際に起こりうることを調べ、四日目に帰ってくるという流れですが……最悪の場合、騎道車が想定外の事態で機能不全に陥る可能性もあります」

「そのときは騎士たちは自力でここまで戻ってこなければならないってことか」

「そういうことです。データさえ取れればモノは放置で大丈夫ですし、騎士団の騎道車も新しい物を直ぐに手配します」


 面子は騎道車の整備士たち約十名と、それを護衛する約二十名の騎士だ。

 砂漠出身のンジャ先輩が基本的な指揮を執り、俺は副官的な役になる。

 なので、その約二十名は入念に砂漠で注意すべきことを確認する。

 なお、ンジャ先輩の説明は口調のせいで聞いてて疲れるので、何故か既に砂漠装備になっているセネガ先輩が代理を務める。


「いいですか、砂漠の日光は上からも下からも照り付けてくる上に日陰などの逃げ場が殆どありません。決して昼は皮膚を露出させないようになさい。さもないと酷い日焼けの痛みで眠れなくなりますよ」


 支給される服を眺める騎士の一人が、服を触って眉を顰める。


「これが今回着る服……厚くない? 余計しんどくならない? なんか妙に布がだぼっと余ってて動きにくそうだし」

「薄いと太陽光の熱を防ぎきれないので死にます。それに厚手でも通気性はいいのでこれが最も合理的なのです。ついでに言うとバノプス砂漠にも危険な毒を持つサソリが生息しているので、靴も当然丈夫でなければなりません。安いの履いていくと針が貫通しますし、靴裏から伝わる熱で死にますよ」


 さっきからポンポン死ぬ死ぬと言っているセネガ先輩だが、隣で黙しているンジャ先輩が訂正しないということは本気で死ねるということである。俺も含めて騎士団に砂漠経験者は少ないので、戦々恐々である。


「食料は高熱に耐えられる保存食と水。生ものや砂糖菓子は絶対に持ち込まないように。水は当然貴重品なので無暗に飲まない。騎士の皆さまは言うまでもなくご存じでしょうが、水だけ飲んでも塩分が不足すれば死にますので、体調不良になったら報告を怠らないように」

「なるほど、無茶ばかりの俺達でも無茶出来ないほど過酷ってことだな」

「他にも注意はまだありますよ。砂漠の砂は足を取られるためにそもそも歩きにくいですし、砂漠の岩は卵を落とせば目玉焼きが出来る熱量なので触ってはいけませんし、飛ばされた砂が目に入ると危険ですし……あとは夜ですね。砂漠は昼と夜で寒暖差が極端に大きいので暑いからと服を捨てないこと。死にますよ」

「砂漠って厳しいな……」

「厳しいのです。私がおふざけを挟めない程度には。さぁ、王立魔法研究院の方々がパーツの試験運用の為に砂場を作っていますので、そちらで予行演習です」


 そう言うとセネガ先輩は分厚い装束を普段着のように着こなして自然体で歩いていった。

 誰も突っ込まなかったけど、あの人絶対砂漠経験者だよなぁ。

 砂漠の民ディジャーヤで勇名を轟かせたらしいンジャ先輩にやたらと突っかかるセネガ先輩が砂漠経験者。これで何も関係ないという想像をする方が無理だろう。二人の関係の謎は深まるばかりだ。


 ――さて、砂漠に行くと決まったならばあの子にも声をかけなければならない。


 そう、最近すっかり騎士団の新たなアイドルとなったナーガのくるるんだ。


「くるるるるる♪ ヴァルナ、きた!」

「わるな、きたー!」


 くるるんとみゅんみゅんが俺を熱烈に歓迎してくれる。

 この愛くるしさを見てると子供欲しいって言う人の気持ちが分かる。


 ここ数日間でくるるんは加速度的に言語を学習し、今やみゅんみゅん以上の会話能力を身に着けている。引っ張られる形でみゅんみゅんも成長しているが、こうして比べるとナーガの学習能力の高さには驚かされる。

 一方、相手を見て態度を変えるところは変わっておらず、相変わらず格上と判断した人間には逆らわず、俺にはこの通り甘えるように接し、そして格下と判断した連中は近づいてくると尻尾を床にぺしぺし叩きつけて威嚇している。


 キャリバンの事は世話係としてやや下に見ている節があり、ファミリヤ契約も拒否している。確かに彼女にとってファミリヤ契約は今の所魅力的な案とは言えない。もしも彼女が群れからはぐれたのならば、帰る場所はある。今こうして俺達と共に行動しているのは、俺達が逃げられない状況を作っている側面もある。

 そろそろ彼女の真意を知りたい所だ。


「くるるん、明日俺は仲間と一緒にバノプス砂漠……ここから東に広がる大きな砂地に行ってくる。ナーガは砂漠に住まう生き物だって聞いてるし、一緒に行くか?」

「くるっ……」


 ぴくん! と、彼女の鋭利な耳が反応した。

 どんなに知能が高くとも、子供は子供。関係ないふりをして耳を擦っているが、内心は脱出チャンス到来といった所だろうか。


 彼女に愛着が湧いていないと言えば嘘になるが、群れと合流したいのであれば止める気はない。ただ、出来れば安全に届けてあげたいのが一つ。ナーガがどんな場所でどんな生活をしているのか軽くでいいから知り、ヴィーラの時のように何か取り決めを交わして未来のトラブルを避けたいのが一つ。

 そして、何故群れからはぐれたのかは、特にはっきりさせたい。


「くるるん、砂漠にもし君の故郷があって、仲間が待っているんなら、俺はそこに帰してあげたいと思っている」

「……」

「警戒している理由が『人間に里の場所を知られたくないから』だって言うなら、故郷まで安全に帰れる場所に辿り着いた時点で別れよう。ただ、俺達はナーガをどうこうしようとは考えてない。出来れば嘗てヴィーラの一族と接したときのように、話し合いは一度したいと思っている」

「……」


 くるるんは不安そうに、ちらりとみゅんみゅんを見る。

 みゅんみゅんは彼女の不安を察したのか、水槽から身を乗り出した。


「わるな、つよい! かりばん、やさしい! ののか、みゅみゅ……たまにこわい」


 近くでティーブレイクをしていたノノカさんがすっと目線を逸らす。まぁ、安全だからと言いつつ何度かみゅんみゅんを酷い目に合わせたことがあるのでその辺は流石のみゅんみゅんも根に持っているらしい。ごめんなさいノノカさん、そこは反省すべきだと思います。悔い改めましょう。


「でも、でも……みゅん、みゅーあ! ゆぅ、みゅみゅん!」

「くるるるる……? くる、くるる」

「みゅおーん!」

「くる……くぉ、くおぉぉー!」

(すっごい肝心なところで人語が終了したッ!!)


 何喋っているのかものごっつい気になる。

 迸る想いは彼女の語彙力では人間の言語に変換しきれなかったらしい。ただ、凄く真剣にみゅんみゅん言っているみゅんみゅんと、それにくるくる言いながら真剣そのものの表情で応じているくるるんの姿はどこまでもメルヘンチックである。


 やがてみゅんみゅんとくるるんは通じ合ったように見つめ合い、決意を秘めて視線でこちらへと振り返る。


「ヴァルナ、ナーガの民、困ってる。ヴァルナ、問題、どうにか出来るなら……くるるん、ずっとヴァルナのくるるんでいい」


 静かで、しかしその小さな体からは想像もできないほど重い覚悟を感じる言葉だった。


「……それはつまり、砂漠にはナーガたちが住んでいるが、何か問題が発生していて解決できないでいるってことか」

「うん。頼れるの、ニンゲンだけ。ヴァルナみたいな強い戦士、必要」


 こくりと頷くくるるんは、さっき、ずっと俺のくるるんでいいと言った。親元を離れて俺にずっと従う――人間でいえば身売りの覚悟を決める程に、真剣に問題を解決しようと考えているのだ。こんな小さな女の子が。


 俺に甘えていたのは、自分の身を守るためではなく、いつかお願いを聞いてもらうために相応の力を持った人間の協力が必要だったから。こんな子供がそれだけ一途に行動することにも正直心を打たれるが、何よりもナーガほどの種族が解決できないほどの困りごとが王国内で発生している件も見逃せない。


 近くで息を呑むキャリバンに、俺は確認を取る。


「……王立外来危険種対策騎士団の基本理念、覚えてるかキャリバン」

「えっ、ええと……本音じゃなくて建前の方っすね? 外来種が及ぼす国内への悪影響を多面的に防ぐため、外来の危険種魔物及び危険を及ぼす可能性のある魔物を捕捉、討伐し、国民の安全、産業、自然環境を守る……とか、でしたっけ?」

「その通り。そしてナーガは国内に暮らす者――広い目で見れば、王国の一員だ。だったら騎士としてやることは一つ。人としてはもっと簡単な話だ」

「……そうっすね! 俺たちのやるべきことは変わらない!!」


 言わんとすることを理解したキャリバンは鼻息荒く拳を握った。こいつの持つ生来の優しさが心地よく、柄にもなくいい後輩を持ったな、と内心でごちる。俺はそっとくるるんの身体を抱き上げ、審判を待つように微かに震える彼女の頭を優しく撫でた。


「王国騎士は困ってる相手を見捨てない。君の依頼、この騎士ヴァルナが受ける」


 俺の言葉を聞いたくるるんは、暫く茫然としたのち、瞳に涙を溜めて俺の手に頬ずりをした。多分、今度は打算ではなく心からの行動で。

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