第十四章 砂塵、巻き上げて

第284話 まさかの死因です

 騎士たるもの、常に先を見据えるべし。


 騎士というのは基本的に主に仕える存在である以上、主の敵や主の味方、利益と不利益は知っていて然るべきだし、世の情勢にも鋭敏であるべきだ。そうして賢明な選択をすることが、結果的に主を守ることになる。


 ところで、主を守るといいつつ普段の俺は民を守ると言っている。

 これは現実と夢の差異だ。一般的に弱きを守るとされる騎士だが、原則として騎士は民より王を優先して守り、その命令を厳守しなければならない。王は国を守る存在だから結局同じことのようにも思えるが、実際には民の欲しい明日と王の見る国の明日は全く違うものであることが少なくない。


 俺が王に仕える騎士でありながら民を守ると公言できるのは、王が民を守ることの重要性を誰よりも深く理解しているという信頼があるからだ。王の望むものと俺の望むものが重なっているからこそ、この関係は成り立っている。


 外対騎士団も実は同じで、ひげジジイの思い描く「絶対にしてはいけない」と「絶対にしなければならない」が俺の理想と概ね合致しているから仕事を続けられるのだ。それ以外にも、この騎士団で共に戦ってきた仲間たちの事は手に取るように分かる。


 任務中の外対騎士団野営地にひょっこり顔を出した俺は、皆がいるのを確認して一言告げる。


「どもー、世界一になって帰ってきましたー」


 世界大会優勝を辛くももぎ取り、赤字を埋める賞金まで貰って帰ってきたのだからみんな俺の活躍を喜ぶと同時に戦場への帰還を歓迎してくれるだろう……いや、この言い方は正確ではない。

 より具体的には、俺の懐に入った金を大歓迎してくれるだろう。


「ィィィイヤッハァァァァァァーーーーーーーーーッ!! 赤字解決ッ!! 赤字解決ッ!! よくやった金づる!! あっ、間違えたヴァルナ!!」

「これでオンボロ装備全部買い換えられるぜぇぇぇッ!!」

「自分の金で買えよ」

「独占は許さん……富の再分配ダァッ!!」

「それ、独占というより貯蓄せずに散財した自分が悪いのでは……?」

「騎道車増やして個室ゲットって噂は実現する!?」

「聞いたことねーぞその噂。まぁロックと同じ個室に放り込まれたんだから気持ちは分かるが。どんまいどんまい」

「王都の酒場にツケた金額も当然支払ってくれるよなヴァルナ? 俺、先輩だよ?」

「新しいカノジョにプレゼント予定のプラチナ指輪の代金肩代わりしてくれるんだろ、ヴァルナ? 俺、先輩だしぃ?」

「王都の外れにあるささやかな丘のある土地を買収して譲ってくれるんだろ、ヴァルナ? 俺はお前の先輩だもんな」

「はいはいタカりバカり三人衆とその他の金欲に塗れた連中は後でタマエ料理長から粛清のゴハン抜き決定~~!!」

「待って、懐がキビシーんです!! ご勘弁を!!」

「待って、今度こそプロポーズ上手く行きそうなんです!! ご勘弁を!!」

「右隣の奴らに言われてどうしても土地を手に入れたかったんです!! ご勘弁を!!」

「例によって例の如く貴方の右にあるのは人じゃなくてタルなんですがねぇ……また見えてはいけない何某が見えてるのですか――え、ちょっと待ちなさい。今、奴『ら』って言いました?」

「………………みんないい子で整列してるから大丈夫ですよぉ」

「大丈夫じゃない予感しかしなぁぁぁぁぁいッ!! 何があった、その丘で一体何があったんですかぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ホラ見たことか。どいつこもこいつも金、金、金だ。

 予想通りおめでとうの言葉が聞けなくて逆にほっとしてる自分がいる。

 しかし、今日の俺は機嫌がいいので大サービスしてやろう。


「金はやらねぇけど俺の幸せを少しおすそ分けしますよ。ルルズで仕入れた大量の食材と酒でね!! 崇め奉れぇい!!」

「「「「「特務執行官万歳ァァァァァァイッ!!」」」」」


 ほら、即物的だから飯で釣れるんだよこいつら。

 宴だ宴だわっしょいわっしょいと肩を組んで踊り出す騎士団員たちに、ンジャ先輩がやれやれと首を振る。


厚酒肥肉こうしゅひにくに溺れる欲深き者……杯盤狼藉はいばんろうぜきが目に浮かぶ也」

「ンジャ先輩にはこちらを。ディジャーヤの知り合い経由で手に入れたラクダの干し肉です」

「む……随分と懐かしき物を。ディジャーヤではラクダの肉を食すのは特別な祝い事のみ也」


 と、いつのもようにセネガ先輩がンジャ先輩に絡みに来る。


「じゃあ丁度いいじゃないですか。騎士団の窮地を脱した今こそ祝い時なのは確定事項、わざわざ婉曲な物言いをしなければラクダ肉を食べることの正当性を主張できないとか言い出す気ですか?」

「お主は食べたいだけだろう。婉曲なのは果たしてどちらかな?」

「自分と私の思考を勝手に同一化しないでください。子供っぽく見えますよ」

「じゃあセネガ先輩はラクダ肉要らないようなんで、料理班にはそう伝えておきます」

「……!! ……お好きにどうぞ?」


 セネガ先輩から果てしないラクダ肉に対する欲求と、それを悟られまいとする意地を感じる。好きだったのか、ラクダ肉。俺はセネガ先輩と違って意地悪はそんなに楽しく感じないので、それとなく料理班にセネガ先輩がラクダ肉を欲していたと伝えて調理して貰おう。


 その日、料理班が振舞った料理と飲み物は王国の星付きレストランを凌駕する美味なもので、ある者は泣きながら、ある者は笑いながら、またある者は味の衝撃に無心で食事を貪った。その間に俺への祝辞やら感謝やらを済ませ、軽く酒を飲み、腹ごしらえがてらオークの死体を前に小躍りするノノカさんに付き合って食後のオーク解剖を行い、部屋に戻るのが面倒で浄化場のソファで一晩過ごし――翌日。


「――とまぁ、大会には優勝したものの色々問題を解決しなくちゃいけなくなりました」


 ローニー副団長には経過報告書を昨日の段階で渡していたのだが、大会の疲れもあるだろうからと報告は翌日に回していた。その報告を終えて浄化場のソファに座ると、ローニー副団長は難しい顔をした。


「これまた手に負うには厄介な話ですね……この件についてはいずれ王都に戻った際に他の騎士団との話し合いになるでしょう。今は騎士団としては動かず、現在の任務を優先します。ノノカさん宛ての調査依頼を進めながら待ちましょう」

「了解です。で、ノノカさん解剖結果どうでした?」


 昨日解剖に付き合いはした俺だが、あの衰弱死したオークは肉体そのものは健康体だった。ただ、ノノカさん的には気になる部分があったらしく、その気になる部分を自分なりに整理すると言ってその日の解剖は終わったのだ。

 目の下に微かな隈が見えるノノカさんは、真面目な顔で資料をテーブルに置く。


「結論から言うと……あのオークの死因は、餓死です」

「「……はい?」」

「そんな顔しないでくださいよぅ。ノノカだってこんな症例初めてですよぅ」


 思わず首を傾げる俺たちに、ノノカさんはぷぅ、と頬を膨らませる。


「餓死って言ったって……昨日俺も解剖に立ち会ったあの筋肉ムキムキオークでしょ? どう見ても栄養足りまくってるじゃないですか」


 犯人の手で『何か』をされたオークたちは、それはもう元気いっぱいに暴れ回っていた。

 飢餓状態のオークはあれほどの筋肉を有することは出来ない。極限の飢餓状態だと腹部だけが不気味に膨らむ奇怪な姿になったりするが、どちらにしろそこまで衰弱すると戦闘力は見る影もなくなってしまう。

 そもそも、あの魔物たちはクルーズの見世物用に管理されていた筈だ。


「確か胃や腸にも少ないながら内容物があった筈ですよ?」

「いくら栄養があっても吸収出来なきゃ同じ事ですよ。餓死です、餓死。より正確には栄養が極端に不足することで体の機能が維持できなくなったってことになるのかもしれませんが、肉体を維持するエネルギーが枯渇して内容物さえ消化できなくなって死んだんです」


 ローニー副団長は顎に手を当て、質問する。


「……飢餓状態になった人間は固形物を胃が受け付けなくなると言いますが、それとは違うのですか?」

「全く違います。こんなこと通常の生物でも魔物でもまず起きない事例ですよ」


 ぱらぱらと報告書をめくるノノカさんは、ページを開いて俺たちに見せる。


「クルーズからオークの飼育状況の資料が添付されてきたんで確認しましたが、事件当日の朝のチェックまで、あのオークは成人オークとして平均的な栄養状態と筋力でした。ところが何らかの理由で筋肉が肥大化し、異常な興奮状態に陥った」

「それがステージ乱入時の状態……」

「で、そこから何とか私見としてひねり出した仮説なんですけど……そもそも、筋肉の多い人と少ない人では体を維持する栄養の量が違います。そしてあのオークは異常な筋力量と、それに反比例する異常なまでの体脂肪率の低さでした」


 俺の知る限りでは、人間は栄養を取らずに行動を続けるとまず筋肉から栄養が抜かれて体の維持に当てられ、更に進むと今度は体の脂肪分を分解して体を維持しようとする。その理論からすると、オークは餓える前に筋肉が萎むことになる筈だ。


「理屈としては簡単なんですけどね……生き物は無から有を生み出すことは出来ません。筋肉が異常に膨張したということは、その筋肉を生成するために体中の他の部分から栄養を引っ張り出している筈です。これによってオークは瞬間的に異常な戦闘能力を得る代わりに、とんでもなく燃費の悪い肉体になってしまったんです」

「……ハチドリみたいな?」

「おお、よく知ってますねヴァルナくん。イメージは近いです。勤勉で偉いゾっ♪」


 嬉しそうになでなでしてくれるノノカさんをこちらも撫でる。


 ハチドリという鳥は常に激しい運動状態にあるため、餌である蜜を求めて動き回らなければ数時間で餓死すると聞いたことがある。逆を言えばそれでも一応ハチドリの生活は成り立つのだ。

 もしもハチドリが更に激しい運動状態になれば更に機動力が増すかもしれないが、餌を見つける前に体力を使い果たして死んでしまうリスクも比例して高まる。


「犯人が行った『何か』によって生物としてのサイクルが破綻し、オークは強化の代償として短期間で餓死する肉体に変貌。その後、本当に餓死してしまった……これがムキムキの餓死死体の正体ってことですか」

「原因が全く見当もつかないのがノノカとしては屈辱ですけどね」

「最大の問題はそこですね。現状、オークをそのような状態にする方法の手がかりがありません。品種改良オークとの関連性も含めて完全にお手上げです。こればかりは聖靴の続報に期待する他ないでしょう」


 いくら魔物とはいえ、生物に対して直接触れもせずに極端な変異を引き起こす方法など考え難い。薬物によるドーピングにしても症状が現れるのが早すぎるし、内容物や排泄物も調べたが怪しい成分は出なかった。薬でゆっくり変えられていた説は棄却である。


「ちなみに犯人の血液に関してはまだ調査中です。数日中には暫定報告書が出せると思うので、それまで待っててね?」

「お願いします、ノノカさん。では会議はこれにて終了です。お疲れ様でした」


 会議が終われば何をするか。

 そんなことは決まっている。


「では皆さん、そのままオーク討伐作戦会議に行きましょう! 今回のクソったれオーク共はよりにもよって王国保護遺産の遺跡内にたむろしてるのでこれがもう難航してて……」

「資料には目を通しましたけど、史上初のパターンですね」

「追い出すための薬物の調合どうしよっかなぁ……?」


 皆さんお待ちかねのオーク討伐の時間である。

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