第280話 これがエンターテインメントです
国を揺るがす大事件が発生したその日の翌日朝――バニーズバーの一番大きな個室をギュウギュウ詰めにして人が集結した。並んでいる面子は錚々たる顔ぶれ。昨日の事件で重要な局面に関わった人物ばかりである。
本来これは王立外来危険種対策騎士団の会合なのだが、善意で多めに人が集まっている。逆を言えば部外者も混ざっている訳だが、そこはそれ、俺の権限で招いたことにする。
まず。セドナが悔恨から微かに表情を歪めて頭を下げることで、話は始まった。
「ごめん、ヴァルナくん……犯人にしてやられました」
大会に茶々を入れさせない為に任務に身を乗り出した筈なのに、結果は真逆となってしまった。普段重要な局面で失敗しない彼女なだけに、余計に俺に合わせる顔がないのだろう。
少し返答に迷ったが、俺はセドナを慰めはしないことにした。
「ならその悔しさ、忘れないようにな。いつか同じ事が起きたときに後悔を重ねないように」
「うん……ヴァルナくん」
「なんだ?」
「ありがと」
セドナは気落ちしていたが、それでも口にしたのはお礼だった。
セドナを励まして「相手が悪かっただけだ」とか「俺も捕まえられなかったから」等と同調するのは簡単だが、今回のセドナは自ら失敗出来ないという思いを抱いて事に臨んだ。それが失敗した今、彼女に必要なのは安い同情ではない気がする。
彼女とて責任ある騎士のひとりだ。
その責任を感じる権利くらいはある。
アストラエも察したのか何も言わず頷き、ロザリンドとカルメは所在なさげに俯く。前者は自分も参加していればという後悔、後者は結局役に立てなかったことに対する悔恨だろう。
こちらは責任を感じすぎだ。役割りを果たした二人に落ち度はないが、納得できていない顔なので、フォローも必要だろう。
「ロザリンド。咄嗟の事態だったが、観客の避難誘導を優先したのはいい判断だった。それと厳しいことを言うようだが、お前と犯人が相対していたら、お前は負けただろう」
「……っ、はい」
「背伸びするな。どんなに剣の才能があろうが、それ以前にお前は騎士団の一員だ。勝手に一人で背負わず上司の俺にも背負わせろ」
ロザリンドの肩をそっと叩き、今度はカルメに顔を向ける。
悔しさからか唇を噛み締めているが、そのせいで唇に血が集まって逆に口紅を付けたような艶が生まれてる気がする。お前は何をやれば男らしくなるんだよ。
「カルメ、お前もだ。王国一だろうが世界一だろうが、射手は射手。人には人の役割がある。お前は作戦上必要な役割は果たした。それでも全体で作戦を見ると失敗に分類されることはある。それを覚えておけばそれでいい」
「……っ」
「二人とも納得できないのが顔に出るなぁ。だが悔しがったら急成長出来るほど人間簡単じゃない。焦らず一歩ずつ進んでいけ」
「「それは少し納得できません」」
異口同音に、今回の事件以上に納得できないというジト目をされた。
なんでや。俺なんか変なこと言ったか?
疑問に思ってアストラエの方を向くと、そっと手鏡を差し出された。どういう意味だコラ。俺の場合はそれに至る積み重ねがあるんだっての。多分。
「……改めて、犯人の話に移ろう。結局あれはどこに潜伏してたんだ? ホテル・ネビュラーの宿泊者だったのか?」
こうも状況を掻き任された以上は俺も犯人を逮捕したい。
質問に対し、セドナは難しい顔で首を捻る。
そんな仕草も可愛らしいので若干空気が和んだ。
「それなんだけど、犯人の潜伏してた部屋そのものは、全く関係のない人が使ってた部屋だったみたい。つまり、当日しかその部屋にいなかったってことで、実際には別の部屋にいたんだろうね」
「どうやって侵入したんだ?」
「そこも調査中だけど、実はね……犯人のいた部屋からこんなの出てきちゃった」
セドナが取り出したのは、ホテルのものと思しき鍵だった。
しかし、鍵の形はともかく何かデザインに違和感がある。一流ホテルのそれにしては細かいデザインが雑というか、少しのっぺりし過ぎというか。その原因が判別できずに困惑すると、セドナが少し得意気に説明してくれた。
「これ、多分ホテルに宿泊した人が粘土か何かを使って型を取って、後でコピーした違法な合鍵だよ。犯罪者って悪いこと思いつくよねー……」
「つまり、そいつがあれば受付で鍵を受け取らずとも部屋に入れちまうってことか!?」
その方法は完全に予想外だった。犯罪畑に詳しいという程でもないが、セドナも呆れている辺り捜査本部にとっても予想していなかった手口なのだろう。
「うん。これ多分国内初の事例。しかも悪いことに、裏ルートでこれを販売してた組織があるみたいなの。一応鍵を手掛かりに犯人を追うついでに組織の摘発に動いてるんだけど、買う人も当然身の上は知られないよう買ったと思うから……」
「その線は途切れる可能性が高い……」
「うん。犯人は多分、今日の騒ぎに乗じて既に町を出てると思うから、正直お手上げかな。ホテルから新しい手がかりでも出てくるといいけど、今報告出来ることは以上だよ」
もどかしそうに両手で伸びをして、セドナは報告は以上とばかりに引っ込む。
次は、犯人と直接戦闘したボンバルディエとサヴァーが交代で前に出る。
「貴方たちに聞きたいのは、犯人と交戦して感じたこと。些細な事でもなんでもいい、教えてくれないか?」
「初めましてだな、筆頭騎士! で、内容だが……犯人の奴かなりの力だったぞ! 技量はまだまだだが、筋力、速力、スタミナは七星並だな! 俺も頑張って追いかけたんだが、魔物の飼育小屋の穴からノコノコ出てくる魔物を仕留めてるうちに全部終わっとったわ!!」
「俺もできうる限り戦ったが、恐ろしくタフな上に毒も効かず、挙句の果てにあのパワーだ。絶対にまともな人間ではない。奴の血液サンプルとやら、騎士団にいるノノカという学士にしかと調べて貰え。恐らく彼の人物ならば真相に辿り着ける筈だ」
ボンバルディエの予想外の能力も驚いたが、ノノカさんの話をしてからサヴァーのノノカさんに対する絶対的な信頼感がヤバイ。顔も見たことないのに何でそんなに信頼してるの? 薬を調合する人間にしか分からない何かを感じたんだろうか。
そして二人も下がり、最後にガドヴェルトとセバス=チャン執事長が出てきた。
「おうヴァルナ! チャンに頼まれて生け捕りにしようとしたオークだがな……スマン、死んだ!!」
「力加減を間違えて? まぁあんたの馬鹿力なら別に不思議とは思わないけど」
「いいや、違う。魔物の生け捕りは何度か経験があるんだが、あのオークはちょいとおかしかった。失神するよう弱所を突いたり氣を応用して意識を奪おうとしたんだが全く通じず、気が狂ったように暴れ回り、やがて力を使い過ぎたか衰弱死した」
ガドヴェルトの失態ではないとフォローするように、セバス=チャン執事長も同様の報告をする。
「わたくしも執事としてオークの拘束に挑戦しましたが、関節を外して無力化しても同じく最終的には衰弱死しました。あのオークたちは命の限界を超えて暴れていたと推測されますが、ひとまず魔物の死体の中から状態の良いものを選別し、まとめて王立魔法研究院のノノカ教授当てに輸送させていただきました。生け捕りに失敗したオークは先に騎士団駐屯場所に回しています」
世界最強の座に就いたことのある二人が駄目だったと断言すれば、それはもう不可能だったと諦めるしかない。むしろ執事長の死体の冷蔵と輸送手続きが鮮やか過ぎる。死体とはいえ魔物は魔物、移動させるには国の承認や煩雑な書類処理が必要だった筈だが……実際には恐らく、イクシオン王子が手を回してくれたのだろう。
これは俺を贔屓したのではなく、純粋に原因を知りたかったから。
はっきり言って、あのレベルのオークが群れで王国領土に出現したら小さな村など容易に皆殺しにされかねない力と凶暴性だった。当然、祭国に原因の心当たりはないし、狂暴化薬など作っているという話を聞いたことすらない。
その原因を究明できそうな人間と言われてパっと思いつくのは、やはり我らがノノカさんだろう。そう考えるとノノカさんに対する王族の信頼度やべーな。段々あの人に任せれば魔物関係は全部解決するみたいなノリになってきてるぞ。何とかしそうだけど。
それにしても、と腕を組む。
「犯人の目的、犯行経緯、行方、全ては謎に包まれたままか……」
一応オークは全て掃討できたのでそれでいいのだが、歴史ある大会の決勝戦が途中で中止になったことで観客の盛り下がりは避けられないものになる。結果も有耶無耶だ。これだけの事をしでかしてまんまと逃走に成功した犯人ではあるが、祭国と王国両方のプライドを傷つけた罪は重い。
イクシオン王子がこの事態を収拾するために陣頭に立って動いているという話だが、果たしてどうなることやら。よく考えたら優勝賞金がパァになる可能性があるので内心膝が震えそうである。
「皆、協力感謝する。部外からの客人は既に聞いたと思うが、今回の事件には箝口令が敷かれてる部分もある。くれぐれも外部に漏らさないようお願いしたい」
こうして集会は解散になり、既に食事を済ませていた皆は各々の行くべき場所に移動した。大会参加者は全員コロセウムに集合だし、十時から予定通り閉幕式を行うらしいので緊張する。
◆ ◇
『――まず結果発表を前に、皆に謝罪しなければなりません』
いつもは熱い実況を提供するマナベル・ショコラの声がいつになく厳かに響く。
『先日、警備の隙を突いて侵入したテロリストが当コロセウムの魔物飼育場に侵入。檻を破壊して決勝戦に乱入するという未曽有のトラブルが発生しました。我々コロセウム・クルーズはこの事態を深刻に受け止め、再発防止に務めると共に王国騎士団と共に犯人の調査、追跡に当たります。スリルと興奮、感動を提供する筈の我々の不始末によってお客様方に不安、恐怖を与えてしまい、誠に申し訳ございません。今回の騒動で発生したあらゆる被害は、コロセウム・クルーズが補填させて頂きます』
世界一を決定する注目度の高い大会でこれほどの事態を発生させたクルーズの責任は重い。王国側の責任も当然あるにはあるが、犯人の犯行経緯が伏せられている為、表向きはクルーズ内で発生した事件だ。どうしてもクルーズ側に責任が傾く。まして決勝戦への横槍など最もさせてはいけない行為だ。
――が。
「そんな長話どうでもいいから決勝の結果聞かせろやッ!!」
「再試合! あそーれ再試合!」
「試合終わらねぇと賭けの結果が出ねぇだろうが!!」
「魔物に対して肩を並べて初代と二代目の決闘王が戦ってるのを見られた俺は勝ち組」
「はぁーー!? なんだそれふっざけんなよ!! 逃げて損した!!」
「あたしさ、逃げてる途中にすっ転んだんだけど騎士ヴァルナに助けられてさ! そのときこっそり背中触っちゃった!!」
「生背中を!! どうだった、ねぇどうだったの!!」
「そりゃもう、えっちな背中だったわよ……?」
「これ以上大会日程を延期されたら生活が火の車な月刊ジスタの敏腕女記者ペイシェと言いますッ!! 糸目王子イーシュン選手、コルカ選手と交際なさってるって本当ですか!? 記事とは別に個人的に気になって朝に眠れませんッ!!」
「だから一生寝てろ。寝ぐせだけじゃなくて隈も凄いことになってんぞ」
えっちな背中って何だよ。服越しに触るだけでそんな風に断言できるもの背負った覚えはないぞ。あの人助けたときにやけに背中を必死に掴んで来ると思ったら下心かい。まあ怪我はなくて良かったけどさ。
あとイーシュン選手が必死に気付かないフリしてるけど、コルカさんが獲物を狙うような熱視線を送ってるのが気になる。格闘家の道に足を踏み入れたことで新たな恋が芽生える予感だ。国境の問題をどうするのか知らないけど、俺は応援するよ。
『……よし!! 観客席の皆さんの我慢も限界らしいのでいい加減話を進めましょう!! 湿っぽいのも暗いのも、この輝けるクルーズには似合いませんッ!! 盛り上がって行こぉーーーーッ!!』
「「「「「イエェェェーーーーーッ!!」」」」」
一気に立ち込めた湿っぽい空気が弾け飛び、一気に大歓声に包まれるコロセウム。最初は厳しい顔をしていた人々も、この盛り上がりに中てられて歓声を上げ、気が付けばコロセウムはいつもの賑わいを取り戻していた。
これが、コロセウム・クルーズ。
これが、エンターテインメントの持つ力。
雨季の雨雲さえ押しのける人間の熱気は、昨日の事件を些事と捨て置くかのように快晴の空を昇っていく。気が付けば、待機していた選手たちも自然と笑顔になっていた。
『さて、皆さん注目の決勝戦について発表ですッ!! 昨日の戦いでヴァルナ選手とシアリーズ選手は全力で衝突し、ステージを粉微塵に粉砕する最大火力の奥義を放っても決着が着かないという互角ぶりを見せつけましたッ!! よってクルーズは協議した結果……三つの条件を照らし合わせての判定に持ち込むことに決定しました!!』
最後の決着は、俺達の戦いを見届けた人々の手に託された。
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