第279話 いつでも奴らです

 俺とシアリーズは、白熱した勝負に水を差す闖入者達の方を見た。

 魔物を搬入するための大型の門が破壊され、次々に魔物が会場に入り込んでくる。その様相は一様に興奮状態にあり、目は血走り、筋肉は異常に隆起し、明らかに尋常ではなかった。


 何故神聖な一騎打ちの場にそのような無粋な連中が侵入するのか。

 何故様子が明らかにおかしいのか。

 シアリーズにとってどうだったのかは定かではないが、少なくとも俺にはどうでもよかった。


 理由は二つある。

 一つ、魔物が観客席の方を振り向き、壁を殴り壊そうとしたり跳躍するそぶりが見えた事。

 そしてもう一つは――。


「オークの存在を確認。王立外来危険種対策騎士団特務執行官の権限の下、外来種討伐を開始する!!」


 シアリーズが何か言うより早く、俺はオークに向けて疾走した。

 人命第一、オーク殺害も第一。

 うちの騎士団の厄介な無茶振りダブルスタンダードである。


 一気に距離を詰めた俺は四足歩行の魔物達をすれ違いざまに斬殺し、オークに迫る。瞬時にボスオークを視界に捉えると、何故かオークはその肩にローブを着込んだ人間を乗せていた。攫われたのか、このどんちゃん騒ぎ首謀者か――どちらにせよ確保対象だ。


 ここは王国の大地と違って魔物の血が流れる事を想定した場所。

 ならば殺し方から出血の問題は除外だ。


「七の型、荒鷹ぁッ!!」

「ブギュウウウッ!?」


 取り巻きオークを全てすり抜けて即座に横薙ぎの刃を解き放つ。

 オークは悲鳴を上げるが、思った以上に刃の通りが浅い。異常に隆起した筋肉に阻まれて上手く刃が通らなかった。上に乗る人間を回収せざるを得ない為に手加減したとはいえ、普通のオークなら上半身と下半身が分離している威力なのだ。


(周りの魔物もだが、このオークもおかしい……何があった?)


 可能ならば一匹生け捕りにしたい――そう思った刹那、オークの上にいた人物が刃の潰れた剣を手に突然攻撃を仕掛けてきた。まるでスタミナを考慮しない、しかも氣を纏った力任せの一撃。しかし、その圧に俺は即座に八咫烏を放つ。


 ゴガァァァァァァンッ!! と、凄まじい重量の一撃と俺の剣が衝突し、拮抗する。力任せで技術に乏しいにも拘らず、その一撃はシアリーズの放った一撃と遜色ない威力で周囲の大気を押しのけた。


「公務執行妨害……加えてその特徴、通り魔事件の犯人と一致するな」

「……」


 もとより返答など求めていないが、状況がよろしくない。

 魔物が観客席まで続く高い壁を昇り切り始めている。自国民を守るのが仕事の俺とはいえ、自国民でなければ守らなくていいなどと下劣な方便を用いる気はない。シアリーズも動き始めているが、彼女の周囲にはこのコロセウムでも上位の魔物が押し寄せており、しかも小大会で見たそれより明らかに動きが激しい。それでもシアリーズは難なく切り裂いているが、通常なら即死しているダメージを負った魔物が立ち上がり、肉体の損傷を無視するかのように更に襲いかかる。

 これにはシアリーズも眉を顰めた。


「ちょっと、楽しい逢瀬を邪魔した上に……しつこいッ!!」


 ザバッ!! と刃が煌めき彼女を襲ったミノタウロスの首が飛ぶが、ミノタウロスは首がないまま腕を振るって彼女を襲う。その腕も切り裂くと足で、足が裂けても胴体を動かして。最早生物学的な法則を無視している動きだ。


 犯人確保、オーク殲滅、観客の安全確保――同時に三つの条件が押し寄せる。

 ジリリリリリリリリッ!! と唐突にベルが鳴って観客席とステージの間の壁から防御柵がせり上がるが、魔物が壁を破壊したことで一部の柵が上がらず、とうとう魔物が観客席に突入し――パァン、と乾いた音が鳴り響く。


「小職、帝国軍人として魔物が無辜の民に手をかけることは許可できないでアリマス」


 そこにいたのは、大会一回戦で戦った男。

 帝国最強の軍人、カイリー・クーベルシュタインだった。


 カイリーはあの時と同じ銃で昇ってきた魔物――確か武器を使う魔物の代表格とも言われる猿の魔物、ショージョウだ――の心臓を正確に撃ち抜き、更に続く銃剣で鳩尾と肝臓を素早く刺し貫き、それでも動こうとするショージョウの脳天に装填した弾丸を叩き込む。


 そうしているうちに他の魔物も柵の奥へ突入して来るが、もう心配は無用だろう。


「上に昇った連中と観客を任せたぞ、皆!!」

「「「「任された(ました)!!」」」」


 そこには、カイリーに続けとばかりに魔物と相対する戦士たちと、逃げ惑う観客たちを上手く出入り口に誘導するロザリンドたち騎士団の姿があったからだ。


 壁を破壊して檻を壊した小型種トロールを前に、『竜殺し』マルトスクは静かに剣を振る。太刀筋が霞む程の斬撃は一瞬のうちに複数回トロールを手首、足首、手、足、首、胴体に亘ってバラバラに引き裂いた。

 無駄のない動きで剣の血を払うマルトスクはふん、と鼻を鳴らす。


「首を刎ねても動くなら、動けぬよう達磨にしてしまえばよいだけ。あのシアリーズとやら、才覚は大したものだがまだ若いな」

「すごい剣捌き……シアちゃんと違った圧! 負けてられない!!」


 対抗心を燃やした『千斬華スライサー』リーカは神速の刺突で次々に頭突きを敢行してくる雑多な魔物たちを斬り崩していく。正確に急所を刺突で貫く速度と腕前は、俺でさえ感心する。


 その奥ではアストラエが八咫烏でヘルハウンドの腹に穴を空け、ナギが観客を襲おうとする同じヘルハウンドの胴体を槍で殴って壁の外に叩き落とし、更にはバジョウが高い位置に移動して弓矢で援護射撃を行い、観客を守っている。


「実はこれが初めての魔物との戦いだ!」

「まぁ王族ならフツーそんなものなんじゃね? というかそれなら逃げろよ!! 護衛の兄ちゃんたち後ろで逃げる人波に押されておろおろしてんぞ!?」

「まぁまぁ。不肖ながら、このバジョウが援護しよう!!」


 勇ましく魔物を押し返す見知った顔たちの奥では、剣を振るよりパニックになった観客の誘導を優先したロザリンドが叫ぶ。


「そこ!! 他のお客さんが転ばないように歩調を合わせて!! 大丈夫、勇敢な戦士の皆様が敵を食い止めていますし、私も騎士です!! 焦らず確実に避難を行ってください!!」


 さりげなくバジョウの忍たちも誘導に参加し、転んだ人や突き飛ばされた人をフォローしている。


 ちなみにその近くでは迫ってきたオーク相手にセバス=チャン執事長が素手で対応していた。一体何の体術を用いているのか全く分からないが、目にも止まらぬ拳捌きで一方的に十発ほど殴られたオークが突然吐血して死んだ。怖い。

 死して尚痙攣するオークを少しの間見つめたチャン執事長は、おもむろにその奥でオークを頭から殴り潰して全身をひしゃげさせているガドヴェルトに話しかける。


「ガド、オークを一匹生け捕りに出来ますか? 報酬はお支払しますが」

「んん? 別に構わんが……金だなんて水臭いこと言わんでも引き受けてやるよ!!」


 そう言うとガドヴェルトはオークを一匹掴んで床に押し付けて拘束した。

 恐らくチャン執事長は魔物狂暴化の原因サンプルとしてオークを確保して外対騎士団に提供する気なのだろう。こちらはまだ頼んでいないのに最良の気配りをするとは、やはり執事長の肩書は伊達ではない。


 なお、拘束されたオークを助けようと寄ってくる別のオークをチャン執事長が恐ろしい殺人拳で(恐らく)内部から破壊して仕留めていく。名付けて友釣り戦法である。あの人だけジャンル違うんだよなぁ。


 他にも糸目王子だのと呼ばれたイーシュン・レイとヴェンデッタ名義で大会に参加したコルカさんが何故か抜群のコンビネーション拳法で魔物を押し返したり、やっと快復したらしいオルクスがやたら魔物に狙われるアルエッタさんを庇って必死に奮戦していたり、とにかく大会で見覚えのある大勢の戦士たちが異常な魔物達を押し返している。

 危機を前に団結する戦士たちの奮戦で、五十近く居た魔物の半数が既に死に絶えようとしていた。


 ――それはいいとして、問題は目の前の戦士をどう片付けるかだ。


 ゴバァッ、と抉るような音を立てて割れたステージの破片を乗せた空気の塊が飛来するのを回避し、俺は舌打ちする。


「こいつ、なんて馬鹿力だ……ッ!!」

「――ァァアッ!!」


 犯人の抵抗と力が、想定を遥かに超えて手強い。

 尖った耳に奇妙な服装、未だに顔が見えないその犯人の無力化が余りにも難しい。


 出鱈目に剣を振り回す様は相当な焦りが感じられるが、纏った氣だけでは説明できない風圧が見えないハンマーのように飛来し、風圧もあって容易に近づけない。剣も余りに出鱈目過ぎて逆に軌道が見切れず、しかも剣速が速い。


 纏う氣は、正直覚えたてのような練度の低さだ。

 放つ氣の大きさ自体はそこそこだが、ムラが酷く纏まりがない。

 だが、その割に体から繰り出される剣の威力がシアリーズに匹敵するとは、一体どういう了見だ。氣を纏わずあんな威力を出すには、それこそガドヴェルト並みの筋力と体格が必要な筈である。にも拘わらず犯人の体格は細身で、それほど身長もない。


 そうこう言っているうちに背後で魔物の絶叫。

 恐らくマルトスクの剣を盗み見て効率的な殺し方を選んだシアリーズが相対する魔物達を全滅させたのだろう。犯人もそれに気付き、更に氣が乱れる。焦りが身体から滲み出ていた。


「……魔物でパニックを起こしてその隙に何かする算段だったんだろうが、もう諦めろ。お前は自ら袋小路に迷い込んだんだ。魔物狂暴化の原因も含め、詰所で話をきっちり聞かせてもらおうか」

「……拒絶」

「……!!」


 犯人が、俺の前で初めて意味のある言葉を口にする。


「拒絶。拒否。不認可。逃走、逃走、逃走……方法算出。学習結果――『過去のデータとの差異』参照!!」

(なんだ? 何か――嫌な予感がするッ!!)


 八咫烏を放って強引に攻めるべきだと本能が叫ぶが、俺と犯人の間に突如としてオークが数匹滑り込んで来て、歯噛みする。


「邪魔だぁッ!!」


 踏み込みと共に脳天から真っ二つにするが、狂暴化のせいで弱点のみを突いて殺すことが出来ない。その一瞬の隙を犯人は見逃さなかった。剣を天高く翳した犯人は、雄叫びを上げながら繰り出せる最大の氣を収束させて大地に叩きつけた。


「ォォォオオッッ!!」


 瞬間、目の前に暴風と肉片と化したオークが殺到した。

 八咫烏で大気を切り裂きその両方を躱しながら舌打ちする。

 犯人は剣を大地に叩きつけた反動で高く、高く空を飛び、俺の頭上を影が通り過ぎていく。とうとう観客を守るための柵の上にまで到達した犯人は、懐から何かの玉を取り出し、観客席に投げつける。すると、玉は観客席にぶつかると同時にもうもうと黄色い煙を撒き散らし始めた。その煙の正体を俺は知っていた。


「祭国警備員が常備している催涙玉ッ!! ここに来るまでにパクって……くそッ!!」


 遅れて俺も裏伝一の型、杜鵑ほととぎすで跳躍する。

 横の移動が速い八の型・踊鳳とも障害物を利用する三の型・雷跳とも違い、杜鵑は全身が軽くなったかのようにひたすら高い位置への跳躍を可能とする。ただし、精々十メートルが限界な上に速度に優れる訳ではなく、地面を殴った衝撃で無理やり十五メートル近くの跳躍を見せた犯人にはどうしても追い付けない。


 観客も自分たちの場所は魔物が迫っていなかったから気の緩みがあったのだろう。逃げ遅れが多く、しかも催涙効果のある煙を吸い込んで激しく咳き込む観客を見て「毒ガスだ!!」と別の観客が叫んだ瞬間、一気に恐怖が伝播して集団パニックが発生する。


「うわぁぁぁぁぁッ!!」

「どけ、どけよ!! 急がないと……!!」

「やめて!! 子供がいるんです!! 私はいいから子供だけでも……!!」

「道を空けろ下郎が!! 我は皇国貴族だぞッ!! 逆らえば貴様らなど……!!」

「落ち着け!! 死ぬような煙じゃねえって……げほ、げほっ!!」


 犯人はそのまま煙の中心に落ちて、出入り口に殺到する人混みの中に消えていった。柵をよじ登って観客席に辿り着ける状態にまでなった頃には、乱れた人々の気配で氣さえ追えなくなっていた。


「まんまと……眼前で、犯人をみすみす……畜生めッ!!」


 俺はその後、せめてこれぐらいはとパニックの中で押し倒されたりこけた人を必死になって助け、周囲に落ち着くよう呼びかけ、祭国スタッフの手伝いもあって何とか事態が終息した頃には暴走した魔物達もほぼ討伐され尽くしていた。


 負傷者多数、されど死者は奇跡的にゼロ。

 人混みの中に消えた犯人の手がかりを掴むことはなく、俺は試合中止となったクルーズの控室で乱れる心を鎮めるためにずっと座禅を続けた。犯人について、確保に動いたセドナについて、賞金がどうなるかについて……考えるべきことは数多あった筈なのに、俺の胸中に最も強く渦巻くのは一つの忌まわしい記憶。


「あの時、オークが犯人との間に割って入らなきゃな……それも含めて実力不足か」


 人生で初めての、自分の不甲斐なさを原因とした任務失敗だった。

 俺の邪魔をする敵は、いつだってオークなのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る