第277話 信念と野望が吼えます

 課題――力不足。


 筋肉ではシアリーズに勝っている筈だが、その筋肉の常識を覆すのが氣だ。シアリーズが普段から強いのは、彼女が鍛えているのは勿論だがその異常なまでの氣の強さが全身から滲み出ているのだろう。


 対し、こちらが勝るものは何か――技量、だろうか。

 シアリーズの動きは全てが隙なく、大胆なようで全てが無意識化に行われる予測に即したものになっている。ただ、反復練習に裏打ちされたテクニックという点ではこちらの方が勝る。それでも圧されているのは、アドバンテージを上手く活かせていないからだろう。


 反応速度が互角であるならば、技量をどう活かせば戦いに勝てるのか。

 衝撃に軋む体に鞭を打って攻撃を凌ぎながら、考える。

 一発逆転に都合のいい切り札は、ない。

 戦いの中に垣間見える僅かな光明も存在しない。


(相手に隙がないなら……自分を変えるしかない) 


 淡々と、そう判断した。

 一刀流になって回転率を上げたものの、それでは根本的な部分の解決になっていない。氣の力に氣の力で対抗するにも、その力量差で押し込まれているのでは意味がない。剛氣も使っているが、練度が足りないのかそもそも通用していないのか、判別すらつかない。


 だが、ヒントはある。

 準決勝でアストラエに勝った後、あいつから聞いた話――王国攻性抜剣術は、より効率的に氣を習得し、扱う為の技術でもあったという部分だ。アストラエは「奥義を信じろ」と言った。というのはつまり、俺は今までの戦いで完全に奥義を信じ切れていないというメッセージだったのではないだろうか。


 ――思考する。


 マルトスクに勝てたのは、奥義を選択する判断力の差だ。マルトスクにない経験を俺は持っていたが、技量そのものは俺が勝っていた訳ではない。そしてマルトスクは冒険者として、これまで俺以外の誰にも剣で負けなかった。それは先手必勝、一撃必殺が基本のスタイルだったからだろう。


 マルトスクを思い出すと、圧は凄まじかったが氣を分かりやすく纏ってはいなかった。彼の戦闘スタイルであれば派手な氣は必要なかったからだ。つまりマルトスクの一挙手一投足は、王国攻性抜剣術の奥義によって完結している。氣を用いた俺と纏わなかったマルトスクがほぼ互角だったということは、技量では俺が劣っていたのだ。


(無駄な氣を使ってるんだ。本当は奥義の中に氣は完結しているのに)


 嵐のような猛攻の中で、嘗ての練習で習得した奥義の基本を思い出す。

 今ならば、奥義のどれが氣と繋がっているのか理解出来る。

 止まぬ衝撃を前に力み過ぎていた肉体の、必要と不必要を静かに洗い出す。


 剣戟、火花。

 一瞬の力の加減間違いで破綻する応酬の中で、一つ一つの奥義を見直す。


 シアリーズの攻撃を受け流す二の型・水薙を受ける手から、無駄な握力と肘の力を削ぎ落す。

 八の型・白鶴の瞬発にある僅かな無駄、溜め、刃を戻す為の軌道の修正を行う。

 裏伝五の型・鸛鶴による衝撃緩和をもっと能動的に、相手の力と綺麗に拮抗するよう加減を覚える。


 その一つ一つを重ねる度に、僅かずつ、僅かずつ、自らの動きが洗練される。


(――見えてきた)


 シアリーズの縦斬りを九の型・打翡翠で真正面から受け、彼女がそれを切り払う為に剣を左右に振り払う。それにすら刃をぴったり合わせて互いに弾き、彼女が自然と腰だめに放った逆袈裟の斬撃をまた防ぐ。


(ここ、隙間がある……)


 俺は、まるで最初からそういった奥義であるかのように、防いだ剣の勢いをそのまま全身の回転に乗せ、七の型・荒鷹による回転斬りのカウンターを放つ。曲芸のようでいて一連の流れに逆らわない鮮やかな反撃だと自画自賛するものだったが、シアリーズはそれを寸での所で躱した。


(あ、ここも攻める隙あるな……)


 身体に染み込んだ奥義を強く意識し、先ほどの攻撃から六の型・紅雀を放つ姿勢へ辻褄を合わせるように構える。シアリーズもそれに応えるように、魔物の頭蓋を貫かんばかりの突きを放つ。


 ギャリィィィィンッ!! と、刃と刃が再度衝突する。


「……凄いじゃん」

「王国筆頭騎士だからな」


 シアリーズの刃は俺の顔の左を通り抜け、俺の刃も同じくシアリーズの顔の左を通り過ぎる。一見して互角に見える状況だが、少しだけ違う。心底嬉しそうに笑うシアリーズの左頬に、浅いながら切り傷が生まれていた。

 この試合が始まってから初めて負わせる、彼女への手傷だった。


 そこからは会話がなく、ただひたすらにシアリーズと打ち合う。


「ハァァァァァァァッ!!」

「もっと鋭く、もっと柔らかく……斬るッ!!」


 シアリーズが引けば迫り、迫られれば引き、数多の斬撃が飛来すればそれを最低限の動きで受け流しつつ接近する。互いに紙一重の剣がすれ違い、互いに小さな切り傷を生みながら、留まることなく淀みのない攻防が幾度とない衝突を繰り返す。


 ほんの一瞬の仕草から次に相手が何をするのか即座に判断し、可能性を取捨選択した上でこちらも相手の出目を潰しに剣を振るう。全身から汗が吹き出し、筋肉は悲鳴を上げる。心臓は馬車馬の如く血液を全身に送り込み、肺は内側から引っ張られるように酷使される。


 そんな極限状態の攻防なのに、どうしてか、俺はそれに心地よささえ感じていた。

 今まで経験してきた様々な奥義が、完全に組み合ったような解放感だ。戦いが、戦略が、奥義が、一つの生命体であるかのように絡み合い、これまでより上位のポテンシャルを発揮している。気が付けば全身から放出されていた氣はより狭く、濃く収束していた。


 それでも、シアリーズの纏うオーラの衣とは全く違う。

 すなわち、今やっとこの形に落ち着いた氣にはまだ踏み込んでいない先があるということ。そして、その先に到達することが出来れば、更に奥義を効率化できるということ。

 可笑しさがこみあげて、笑ってしまう。


「なんて馬鹿な話だ!! 世界の頂点決める戦いなのに、お前のオーラブレイズとかいう技法のこと聞きたくなってきた!!」

「こんだけ動けるのにもっと先を目指すの、ヴァルナはっ!?」

「手が届きそうなんだから伸ばすだろ!? お前は違うのか!?」

「考えたときには既に手に取ってるかなっ!!」


 シアリーズの剣も次第に鋭さが増し、一瞬凌駕しかけた趨勢もまた五分に戻る。それでも悔しさや焦りはない。ただ純粋に追いかけっこを楽しむように、無数の斬撃と斬撃を衝突させ合う。斬撃の威力を込めすぎて互いに互いの足場が砕けていくが、それも最適化した奥義で肉体への負担を拡散させていく。

 もはや会場の歓声や実況の声が耳に届かない程に、俺達は高揚していた。


「ヴァルナがもっと強くなるんなら、私ももっと強くなっていいんだよねっ!!」

「いいんじゃ、ねえのッ!!」

「どんなに高い所に昇っちゃっても、また追い付いてくれるっ!?」

「おいおい、俺に追い抜かされる可能性を勝手に除外すんなよッ!!」

「じゃあね、じゃあねっ!! 最終試験!!」


 ギャリンッ!! と互いに剣が弾かれた瞬間、シアリーズの構える二本の剣にオーラが巻き付くように収束し、余りにも高密度に圧縮された氣が烈風を纏う。彼女の髪と同じ藍色の――見る者の意識を飲み込むような淡く深い輝きのの光剣を両手に、シアリーズは緩やかに構える。

 戦人である筈なのに、その姿は神に舞いを捧げるかの如く神々しい。


 本能が告げる。

 あれはシアリーズの持つ最大の一撃であると。

 握る剣が叫ぶ。

 全身全霊を以て迎え撃たねば敗北あるのみと。

 そして、俺の心が叫ぶ。

 限界を超えて、究極の先に踏み込めと。


 俺は自然と、一度は納剣したもう一太刀を引き抜いて、両腕を交差させるように構えていた。そうすることにも、その先に待つ結果にも、何も不安はない。きっとマルトスクが言っていた、奥義の目覚める時が来たのだ。


「王国攻性抜剣術――」

「吼えよ右方の刃『信念グラウベン』、滾れ左方の刃『野望エアガイツ』ッ!!」


 互いの闘気と闘気が衝突し、空間がミシミシと震える中で、互いが互いに己が愛剣にありったけの力を注ぎ込む。加速する意識と、迫る時間がすれ違う。


「――十二の型ッ!!」

「『藍晶戦姫カイヤナイト』の名の下に我が道を切り拓け、情熱の波動ッ!!」


 一つ、確信を持って言えることがある。

 これから放つ一撃は、俺の人生の最高の一撃を更新する。


「八 咫 烏 ッッ!!!」

「クロスゥゥッ!! ブゥゥレイクゥゥゥゥーーーーッ!!」


 二つの奥義は誰の目にも捉えられない速度で接触し、音さえも置き去りにする衝撃がコロセウム全体を包み込んだ。風も、砂埃も、腹の底を叩く振動も、全ては互いの奥義が激突したという事実から遅れて現実に辿り着いた。


 煙が晴れた先の光景を覗き込んだ観客が、思わず口元を覆う。


「なんじゃ、こりゃ……これが人間様に出来ることか……!?」


 そこには、ステージどころかその下部さえ激しく抉る二本の破壊痕と、その反対側に同じように根こそぎ地面を破壊し尽くした痕。そしてその中心に残る二人の戦士だけが残っていた。二人の足場はその周囲が抉れ過ぎて小さな崖のようにアンバランスに残っており、もはやどこからどこまでが場外なのかさえ判別できない有様だった。


「……まだ戦わなきゃならんか。勝敗って難しいな」


 俺は全身を襲う心地よい疲労感を覚えつつ、また構える。

 シアリーズもまた何かから解放されたような清々しい顔で剣を構える。


「もう満足はしてるけど、それはそれとして勝負事って勝ちたいものだよね?」


 最終奥義で決着を着ける気だったが、着かないのであればしょうがない。

 こうなれば、どちらかがぶっ倒れるまで試合続行だ。


 ――そう、思っていた。


 次の瞬間、ステージ奥にある扉が粉砕され、中から無数の異常に興奮した魔物の群れが雪崩れ込んでくる、その時までは。

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