第274話 後手が不利です

 シアリーズとヴァルナの激突は、熾烈を極めた。


 試合開始前こそ、やれシアリーズでは役者不足だ、やれヴァルナは安定した勝ち筋を持たないとお喋りな連中の中には酷評する者もいたが、いまステージ上で繰り広げられる異次元の攻防を見て同じ事が言えるのならば、その人物の目は間違いなく節穴だろう。


 二刀流対二刀流という他に類を見ない手数の多さ。

 互いに剣を剣としてだけ使う訳ではない柔軟なバトルメイクを行う為、時折剣が乱れ飛び、突き刺さり、時には互いに互いの突き刺した剣を踏み台に跳ね回る光景まで繰り広げられた。


 剣と剣が衝突するたびに甲高い金属音と火花が飛び散り、衝撃は風を薙ぐ。それが、一秒の間に複数回繰り返される。マルトスクとヴァルナの激戦にも似ているが、そこまで純粋な剣技ではない。そこに優劣がある訳ではないが、言うならば二人とも勝つために手段は選ばないタイプの戦士故、それが噛み合ってしまっている。


 平気な顔で一歩間違えば即敗北する一撃にフェイントや肩透かしを挟むヴァルナに、それらを紙一重で躱した上で倍返ししようとするシアリーズ。両者一歩も引かず、戦いばかりが激しさを増していく。


 また、ヴァルナの氣とシアリーズのオーラもまた、場の存在感を相食むような圧力となって観客にまで押し寄せる。


『ご……互角ッ!! 両者全くの互角ですッ!! 呼吸をするように刃と意識が乱れ飛び、互いに一歩も引きませんッ!! ここまでに数多の優勝候補を屠ってきたヴァルナ選手の熾烈な攻撃を相手に笑みすら浮かべるシアリーズ選手の攻めもまた壮烈ッ!! 準決勝まで本気すら出さなかったシアリーズ選手も底知れませんが、相手はどんな強敵相手でも必ず戦局をひっくり返してきた稀代のやらかし男ッ!! 果たして勝負はどこに向かうのか、全く予測がつきませんッ!!』


 そして、ステージ上で火花を散らすように、会場でも火花を散らす者たちもいた。


「ヴァルナの勝利は揺らがないね。絶対に勝つとも!!」

「いいえ、それは浅慮というものですよ!! シアちゃんの恐ろしさを知らないからそんな口が利けるんです!!」


 まさかの場外論戦を勃発させているのは、ヴァルナを信じすぎる男アストラエとシアリーズにビビりすぎる女リーカである。偶然最前列の近くに席に座ってしまったのが運の尽き。ガチ勢とガチ勢はあっという間に火がついてしまっていた。


「シアちゃんは冒険者だからこれぐらい平気とかいって三日間碌に食事せずに魔物の待ち伏せとかするんですよ!? しかもその状態でも鬼のように強いし!! 持久戦ならヴァルナさんに勝ち目はありません!!」

「はん、それがなんだって言うんだ? ヴァルナはオークを殺す為なら三日の断食くらい屁でもない男!! 持久戦なんて得意中の得意分野だ!! 御前試合での全騎士団五タテ伝説を知らないだろう、君!!」

「そんなのシアちゃんの方が山ほど伝説ありますぅー!! リザードウォーリア100匹斬り伝説とか聞いたことないんですかぁ!?」

「ヴァルナなら200いけたね!!」

「シアちゃんがその気になってたらきっと300は余裕でしたよ!!」


 師匠にビビりなリーカだが、それは逆を言うとシアリーズへの高すぎる評価の裏返しでもある。事実、彼女は短い旅路のなかでシアリーズがどれだけ怪物か体験してきている。彼女は自分がバカにされるのは流せても自分の尊敬する人がバカにされるのは許せない性格だった。


 対し、アストラエはヴァルナこそ人生の楽しみと言うほどヴァルナの実力と可能性を信じている。しかも頭がおかしいのか体がおかしいのか分からないヴァルナの数々の学生時代の事件、更には任務での報告書に記載されたヴァルナの活動を全て把握する程の超絶ヴァルナマニア。ここで引けば親友の名が廃ると言わんばかりだ。


 だが、二人がどれだけ争おうが戦っているのはヴァルナとシアリーズだ。

 そして、戦いの流れが変わってきたことを互いに瞬時に察知した二人は、観戦に戻る。喧嘩しているのか仲がいいのかどっちなのだろうか、こいつら。


「……動きが変わった。先を強く意識してるな」

「シアちゃんもです。仕掛けようとしてる」

「となると、ヴァルナは間違いなく八咫烏を使う筈……さて、オーラバーストとやらだけでどこまで抵抗して見せるか?」

「シアちゃんはいい加減に見えて戦いでは貪欲です。絶対に八咫烏に対抗する手段を用意しています。ヴァルナさんと違って」


 アストラエもそこには言い返しづらい。ヴァルナは準決勝までに出せる殆どの手を出しきってしまっている。しかし――。


「それならそれで、あいつは勝つ方法を考えて頭を回すさ。憎たらしいことに天才であるこの僕さえ、追い詰められたヴァルナが繰り出す一手は予測がつかない。それでいて……戦いの中で成長とかザラだもんなぁ」


 ヴァルナは明らかに大会開始時点より強くなっている。

 序盤から世界の猛者たちや戦い辛い相手とぶつかり過ぎたことが、逆に糧となっている。手の内を明かさず勝ち抜いてきたシアリーズは確かにヴァルナの手を読みやすくなっただろうが、彼女自身は今大会、戦士として経験から来る実力の向上は殆どない。小手先の技術や今ある技能の応用を知った程度だ。


 しかし、それを諫めるような声が届く。


「――だが、彼女も天才肌だ。ここまで追い詰められずに勝ち上がってきた分、彼女自身が追い詰められた際に何をするかも予測がつかないんじゃないか?」

「バジョウ……まぁ、そうだな。結局のところ、外野が何を言ったところでステージ上に起きたことが試合の全てだ。成り行きを見るしかない」


 女性ファンを振り切って漸く最前列までたどり着いたバジョウは、衣服の乱れを整えて席に座る。何故か上着のボタンが根こそぎ引きちぎられているのは何故だろうか。


「いや、本性を現した上で敗北してもファンってなかなか減らないんだね。皆なぜかおれのボタンを欲しがるから千切って投げては注意を逸らし、なんとかここまでたどり着いたよ」


 ちなみにバジョウは気にしていないようだが、彼の服のボタンは純銀である。列国では銀はそこまで貴重ではないらしいが、民の目を逸らすこの手はいつかどこかで使えそうだな、とアストラエは服のボタンを貴金属に変えることを密かに検討した。


「お前はこの戦い、どう見る?」

「八咫烏という奥義にシアリーズ氏がどう対抗するのか、それに限るんじゃないかな」

「やっぱりか……」


 ヴァルナが使える最大の奥義――王国攻性抜剣術十二の型、八咫烏。

 大会開始当初までは同じ八咫烏か自身の使った『究極奥義、剣を床に置く』でしか対抗出来ないと思っていたアストラエだったが、ガドヴェルトがそれを破ったことで話が変わった。あの拳は確かに極致に至った業であったことは確かだが、動きとしてはただシンプルに殴っただけである。何をしたか認識すら出来ない八咫烏とは明らかに異なる。


「八咫烏は可能性を引き出す技……ガドヴェルトに奥義を崩されたのは、ヴァルナの可能性を剣の性能が引き出せず、ガドヴェルトを倒せない状況だったからだ。今、ヴァルナの剣は一流の品……あの時より八咫烏の威力は増してる」

「ああ。だが、藍晶戦姫の本気の実力がもしもガドヴェルトに匹敵するか、それ以上であったなら……!」

「ヴァルナさんは決め手を失うってことですか」


 隣で話を聞いていたリーカの言葉に、アストラエを挟んでバジョウは頷く。まだ自己紹介もしてないのに何で息が合ってるんだろうか、とアストラエは謎の疎外感を覚えた。


「この空気感が解らん……」

「戦士と戦士、共に至上の戦いを前にすれば平等なり」

「僕は純粋な戦士じゃないんだけど……ていうか誰!?」


 背後に糸目で宗国風の服を着た男がいてアストラエは思わず二度見する。そこにいるのは今大会で数少ない素手バトラーにして糸目王子の仇名を付けられた男、イーシュン・レイだった。言わずもがなアストラエとは一切絡みがない。


 が、リーカもバジョウもそれを気にすることなく試合に集中している。


(僕か? これ僕が騒いでる方がおかしいのか? 大陸の人は分からん……)


 大陸戦士たちと馴染めない疎外感に左右と背後から挟まれたアストラエは、居心地が悪くなって身動ぎするしかなかった。この場に王子の肩書きはなんの意味も持たないらしい。




 ◆ ◇




 ――仕掛けてくる。


 シアリーズとの攻防の最中、彼女が焦れてきたのを感じた俺は、そう直感した。


 焦れている、というのは厳密には焦りではないし、集中力が乱れて大振りの攻撃を仕掛けてくるという訳でもない。ただ単純に、更に遠慮なく仕掛けたいというもののように思えた。これだけの力を発揮しておきながら、彼女にはまだ先があるらしい。


 どうするか、考える。


 普段の俺であれば、相手が力を発揮する前に圧倒して使わせずに敗北させるべきだろう。しかし、彼女ほどの技量と付け入る隙のなさだと、具体的に敗北させるルートが構築できない。必然、八咫烏をぶち込むのが安定になる。


 だが、もし彼女が用意する隠し玉がそれだけでなかったとしたら、八咫烏が通じず試合の流れは確実にシアリーズに持っていかれる。そうなれば決め手に欠くこちらはどんどん不利に追い込まれる。


 彼女がその本気を何故この期に及んで溜め込んでいるのかが読めずに不気味だが、どう戦うにせよ出来ればここは彼女の出方を見たかった。


「……そろそろいいかな。ヴァルナさ、私の次の一手見たいんでしょ」

「大いに興味をそそられるね」

「レディを急かすのはマナー違反って言いたいところだけど、貴方は付き合いがいいし……じゃ、張り切っちゃおうかな?」


 特に、前触れのようなものはなかった。

 特別な何かをする、という風でもなかった。

 彼女はただ自然に、ちょっとしたサプライズをするように――。


「本邦初公開、オーラバーストのその先を見せてあげる!!」


 瞬間――ガドヴェルトが発した金色の氣を遥かに上回る熱と存在感が、シアリーズの内から爆ぜた。


 場の空気が全てシアリーズに呑まれる。溢れ出す膨大な氣が彼女の身体だけでなく武器までをも包み込み、余りのエネルギーに風もなしに髪が浮かび上がる。ふぅー、と少し深く息を吐いたシアリーズは――たん、と音を立ててその場から掻き消えた。


 俺はその瞬間、全神経と全霊の力を込めて背後から迫るシアリーズの剣を防いだ。マルトスクの研ぎ澄まされた斬撃、リーカの神速、ガドヴェルトの圧、その全てを兼ね備えたかの如き一撃を受けきれず、俺はそれを逸らした。


「防ぐよね、もちろん!! 一瞬で終わったりしないって信じてた!!」

 

 頬を微かに赤らめ、恋する乙女のように破顔するシアリーズの剣を受けた腕が、びり、と震える。全く以て出鱈目な話だが――今の彼女はただひたすら、単純に、さっきより全てが強くなっていた。


 シアリーズが踏み込むと彼女の足元に突風が吹き、瞬きの間に三回は刺殺されかねない速度で斬撃が浴びせられる。辛うじてそれを捌いた先に待つ刺突を二本の剣で切り上げて逸らすが、一撃が重すぎて逃げることも反撃することも出来ない。


「ぐ、ぅううううううッ!!」


 連撃、刺突、合間を縫う足払いや殴打――先ほどまで辛うじて拮抗していたバランスが崩壊し、俺はリスク承知の回避に行動を切り替えざるを得なくなる。辛うじて潜り抜けた先に待っていたのは舞うように剣を振り翳すシアリーズの姿だった。


 その姿はオーラがたなびくように纏わりつき、まるで王族か何かが纏う雅な衣を羽織っているかのように、美しかった。


 俺は、迷いなく八咫烏を放った。


 全ての音や光が通り過ぎる無我の世界――俺が到達しうる極致。

 今、この瞬間を逃がせば届かないかもしれないとまで感じたその奥義は――。


「――!!」


 気が付いた時、ステージを両断する程の衝撃が左右を通り抜けて客席寸前の壁に激突し、空を割る程の突風が俺を中心に巻き起こり、そして眼前には恍惚とした表情のシアリーズが両手で握った直剣が、俺の双剣と衝突した状態で止まっていた。


 すぐに理解する。彼女が放った余りある威力の一撃を、八咫烏が辛うじて割って防いだのだと。そしてマルトスクとの経験を経て、剣を変え、更に完成に近づいた八咫烏を彼女はたった一振りで相殺したのだと。


「ドラゴンの首を刎ねるつもりでやったのよ、今の?」

「馬鹿言え、首じゃなくて頭から尻尾まで両断する威力だったろ……」

「だってヴァルナ、ドラゴンより手ごわいんだもん?」


 可愛らしくこてっと首を振ったシアリーズが纏うオーラは、止まる気配なく噴き出し、一本の剣で俺の双剣を圧す。全力で踏ん張るが、信じられない事に足の滑りが止まらない。


 俺は彼女の拘束から逃れるために、もう一度八咫烏を放った。


 俺はその場から抜け出し、彼女の一太刀はそのまま地面に吸い込まれ――斬撃が空を裂いて飛び、俺の左足に裂傷が走った。八咫烏を叩き込んでおいてなお、あの剣は殺人的な威力を損なわなかったのだ。


 余韻に浸るように息を吐くシアリーズを尻目に俺は懐から丈夫なハンカチを出して足の裂傷を縛る。思ったより傷は浅く、表面が裂けただけで済んだらしい。


 ――八咫烏を使ってまで逃れたにも拘らず。


「オーラバーストの先……オーラブレイズって名付けたの、この状態。スゴいでしょ?」

「凄いし、聞いたことないなそんなもの。もしかして開発した?」

「さぁ? アタシは自分がこれを使えればそれでいいから、他人からして何なのかって興味ないかな。じゃあ……続けよっか、ヴァルナっ!!」


 シアリーズはまだ全く満足していない。

 その事実に、ぞくり、と鳥肌が立つ。

 敗北の足音が、これ以上なく明瞭な響きで近寄ってくる。




 その、一方で。


「傷害罪、不法侵入罪、器物破損その他諸々の罪で、貴様には逮捕状が出ている。これは貴様の国籍、立場に関わらず有効である。大人しく武器を捨てて投降しろ!!」

「抵抗するそぶりを見せた瞬間に矢で射貫きます。直ちに武器を捨て、手を後ろに組んで膝を付いてください」

 

 ホテル地下下水道を出た大会選手襲撃犯と、その出入り口を包囲していた騎士や警備隊の攻防もまた、犯人の敗色を強めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る